明神山古墳群は、古墳時代後期の多数の円墳と小前方後円墳からなる群集積で、明神山の尾根から南の斜面及びそれに続く平地部に分布の中心を持っている。また少数が北西部の山裾の部分に存している。現在では山裾から平地部にかけての古墳は大部分湮滅したが、かつては前方後円墳一基、円墳三十三基以上を数えた。古墳群中、前方後円墳一基、一、二、三、八、九、十号墳
などについて発掘調査が行われ、埴輪、河原石の葺石、チャート割石による横穴式石室などの施設をもち、副葬品には、直刀、刀子、鉄鏃などの武器、耳環、玉類などの装飾品、須恵器などの器類があったことがわかっている。
北西に県指定八幡山古墳群、北東に弥生時代から奈良・平安時代にかけての下八幡遺跡をひかえた本古墳群は、足利市内に存する古墳群中でも貴重なものである。(昭和五十七年六月二十三日 足利市指定)