コッふん

 

 

2014年2月1日
足利市駅南口


足利市には昨年、一昨年と、意図せず頻繁に訪れています。それというのも東武線による東京都心からのアクセスのよさが要因といえるでしょう。東武線と渡良瀬川をはさんで北側を走るJR線は本数が少ないのででまったく利用する気分になりません。。。
さて今回は足利市駅の南側を古墳目掛けて歩き回ります。もともとは門田稲荷神社というところに行ってみようと周辺を調べていたのですが、古墳もたくさんあることがわかったのであわせて行ってみることにしました。

 

八幡山古墳群

足利市駅の南口を出て県道38号線をまっすぐ南に歩き、途中で右折して野州山辺駅方面に少し歩くと八幡山古墳群のある丘陵にたどり着きます。丘陵全体が古墳群になっている感じです。野州山辺駅に行くにはこの古墳群の中を突っ切るといくらか近道になると思います。

足利市中心街の南の独立丘陵(浅間山)に続く比高約40mのゆるやかな丘陵上に位置し、古墳71基が群在している。往時においては100基を超える規模であったろうと推定される。丘陵の尾根、傾斜面を築造され墳形は円形で現存するもののほとんどは、横穴式石室と葺石とをもっている。消滅してしまった古墳も多い。多くは20~10m、高さ3~2mの規模の円墳で、もっとも大きなもので直径約28m、高さ約4m、小さなものは直径約10m以下、高さ約1m。6世紀後半から7世紀。(栃木県指定史跡)

 

門田稲荷神社

昨年元日に足利市の織姫神社の古墳を訪れたときに、境内に掲げられたのぼり旗に描かれていた二人のうち、門田みたまさまの祀られた門田稲荷神社です。織姫神社とは異なり、こちらは境内に萌キャラのぼりは取り付けられていません。ちなみに門田稲荷神社は「縁切り(悪縁や災難を切る)」で有名な神社だそうですが
下野國一社八幡宮の境内に間借りしています。山の上に鎮座する朱塗りの織姫神社とは対象的にも見えます。お稲荷さんいうだけあって、きつねの置物がたくさん置かれていました。

 

 


明神山古墳群

門田稲荷神社から東に10分くらい歩くと明神山古墳群の立て札が見えます。とはいえフェンスが張ってあったり神社が建っていたりで内部には入れない(ように見えました)。

明神山古墳群は、古墳時代後期の多数の円墳と小前方後円墳からなる群集積で、明神山の尾根から南の斜面及びそれに続く平地部に分布の中心を持っている。また少数が北西部の山裾の部分に存している。現在では山裾から平地部にかけての古墳は大部分湮滅したが、かつては前方後円墳一基、円墳三十三基以上を数えた。古墳群中、前方後円墳一基、一、二、三、八、九、十号墳 などについて発掘調査が行われ、埴輪、河原石の葺石、チャート割石による横穴式石室などの施設をもち、副葬品には、直刀、刀子、鉄鏃などの武器、耳環、玉類などの装飾品、須恵器などの器類があったことがわかっている。
北西に県指定八幡山古墳群、北東に弥生時代から奈良・平安時代にかけての下八幡遺跡をひかえた本古墳群は、足利市内に存する古墳群中でも貴重なものである。(昭和五十七年六月二十三日 足利市指定)

<参考>
現地看板

 

 

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