コッふん

そもそも古墳(こふん)ってなに?
古墳(こふん)とは、一般に日本史にて、3世紀後半から7世紀前半に築造された墳丘を持つ古い墓のことである。古代の東洋では位の高い者や権力者の墓として盛んに築造された。
日本史では、墳丘を持つ墓は墳丘墓と呼んでいるが、この内、3世紀後半から7世紀前半に築造されたものを特に「古墳」と呼んで区別している。(Wikipediaより)
要するに、むか~しの有力者のお墓ですね。

 

2010.06.17 東武 北千住駅

今回のテーマは、関東にある大きな古墳を見に行くこと。
規模の大きな古墳の多くは、たとえば大仙稜古墳(伝仁徳天皇稜)など、近畿地方にあるものが有名ですが、関東にもいくつかあります。その中でも群馬に限定して見に行くことにしました。

『太田天神山古墳』
『八幡山古墳』
『愛宕山古墳』

という3つの古墳を紹介します。


ちなみに左の写真は、上が「特急りょうもう」下が「特急スペーシア」(どちらもブレてますが)。北千住から群馬県の太田までは1時間少々かかります。

[場所は印のついたあたりです]
map

太田天神山古墳(おおたてんじんやまこふん)
群馬県太田市内ケ島町1606-1
前方後円墳 (全長 210m )
築造年代 5世紀中頃から後半
まず最初に訪れたのはこちら。日本の前方後円墳では29番目に大きい古墳なのだそうです。近寄って見てみるとやはり「大きいな」と思わされます。


太田駅からここにたどり着くまでの20分くらいの間に、昭和のにおいがするスナックやパブが数多く並んでいました。ひょっとしてこのあたりは訪れるサラリーマンとか多いのでしょうか?街を歩いていてもサッパリと人間と出くわすことがありませんでしたが。。。

ちなみに現在は墳丘の上にのぼったり、内部に入ったりすることはできないみたいです。


それにしても暑い。今日の高崎・前橋あたりの気温は32度!
今年で一番の暑さです!昼過ぎですでに体中が汗だらけでした。

東武伊勢崎線 伊勢崎駅

太田駅を離れ、車窓の中途半端な田園風景を横目に伊勢崎駅までたどり着きました。JR側の駅ホームは最近立て直したのか非常に新しかったのに比べ、東武線側は瓦葺の駅舎がまだ残っていました。でもそれはそれでイイ感じです。
右の写真の赤い点線で示したところ。おそらくJRのホームの改良工事で無理やり途中でぶった切った渡り階段なのでしょう。切ったところをベニヤで閉じてひと段落してるあたりに、のどかさを感じました。
(※車両の写真は太田駅にて写した伊勢崎線です)

JR両毛線 前橋大島駅
右の写真の左側が前橋大島駅です。最近立て直したのか、伊勢崎駅に続きこちらも新しい感じがしました。しかし、駅前に人っ子ひとり歩いていない、お店もない、工場も家もそんなに無いこの駅に、果たしてこの規模の駅舎が必要だったのか、疑問です。。。

ところでここにたどり着いた時間が15時過ぎ。かく汗からはすでにミネラル分や油分はほとんど感じられなくなってきています。暑すぎ!!水分を摂らねば。。。と自販機を探すと、人っ子ひとりいないくせに妙に自販機が多い気がする。不思議。

八幡山古墳(はちまんやまこふん)
群馬県前橋市朝倉町四丁目9-3
前方後方墳(全長130m)
築造年代 4世紀末から5世紀初頭
あまり聞き慣れない「前方後方墳」という形状の中では全国で4位の規模だそうです。
前橋大島駅から歩いて15分程度で八幡山古墳のある公園にたどり着きます。公園にはサッカー場もあり、日陰のベンチもあったり、広々ゆったりとした場所でした。

こちらの古墳も墳丘に上ったりしてはいけないようです。
[古墳の隣の公園には馬の埴輪のレプリカが]

JR上越線 群馬総社駅
いよいよ田舎の駅に来た!といった感覚を受ける駅です。基本的には木造の待合室や建物が非常にいい味をかもし出している。。。と思っていたら、この当たりはこんな建物が結構多く、さらには立派な倉を持っている家が何軒もあり、興味をそそられました。

愛宕山古墳(あたごやまこふん)
群馬県前橋市総社町総社
方墳(1辺55m)
築造年代 7世紀後半
全国の四角い形をした古墳の中では、島根県の造山古墳、三重県の明合古墳と並んで10位だそうです。

この古墳のすぐとなりが中学校になっています。

ウグイスが鳴くくらい、いい環境でした。

この時点での時刻は16:50




<結論>
夏場に、電車と徒歩で、群馬県の古墳3箇所を、1日で巡ると、
そりゃもう疲れる。

 

このページに掲載されている情報は
相原 精次/三橋 浩著『関東古墳散歩』 2004年 彩流社
より抜粋させていただきました。