大晦日のこの日、関東の古墳の聖地、行田市にやってきました。 JRで熊谷駅まで行き、そこからは車両が面白い秩父鉄道で4駅。武州荒木という駅で下りました。 本当はJRの行田駅から市内循環バスに乗る予定だったのです。 しかしなぜ武州荒木駅に来てしまったのかというと。。。
行田市周辺は決して本数がたくさん有るわけではないものの市内循環バスというものが張り巡らされています。観光するのにもとても役に立ちます。 数年前『さきたま古墳群』に来たときはこの循環バスを下調べもしていなくてあまり活用できなかったので今回はかなり念入りに調べて予定を立ててきました。
さぁ、そろそろ行田駅が近づいてきました。 もう一度スマートフォンで時刻表や乗り場などをおさらいしておきましょう。
ん?
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Σ("д" )
まぁそんなわけで半ば強制的に武州荒木駅から全体約6キロくらい歩いて周ることになりました。
この古墳は、若小玉古墳群の一つで、墳頂に地蔵堂が安置されていることから、 地蔵塚古墳と呼ばれています。墳形は方墳と思われ、築造時期は七世紀中葉 頃と考えられています。 規模は一辺約28m、高さ約4.5m、周堀幅約1m、深さ40~50cmです。石室 の形態は、胴張りで、奥壁と天井石は緑泥片岩ほかは安山岩の切石を用いてい ます。奥壁及び側壁下には、根石が置かれていました。遺物としては石室内から、 鉄鏃(矢じり)片や須恵器片が少量出土しています。 この古墳の最大の特徴は、左壁・右壁及び奥壁に線刻画が描かれていることです。 鳥帽子を被った人物、弓を引いている人物、馬、水鳥、家かと思われるものが描か れています。北武蔵唯一の線刻画として大変貴重なものといえます。
八幡山古墳は、この周辺に広がる若小玉古墳の中心となる古墳のひとつで7世紀 前半につくられた直径約80mの大型の円墳と推定されています。昭和9年に約2km 東にあった小針沼埋め立てのために古墳を崩した際に石室が現れ、翌年には発掘 調査が行われて、前・中・後室の3室からなる全長16.7mの巨大な石室であること が明らかになりました。その後昭和52~54年に発掘調査と復元整備が行われて 現在の姿になっています。 発掘調査では最高級の棺である漆塗木棺の破片や銅鋺など豪華な遺物が発見され ており、この古墳に葬られていた人物がかなりの権力者であったと考えられることか ら、この古墳を「聖徳太子伝暦」に登場する武蔵国造物部兄磨(むさしのくにのみやつ こもののべのむらじえまろ)の墓と推測する説もあります。なお、この石室は奈良の 石舞台に匹敵する巨大な石室であることから「関東の石舞台」と呼ばれています。
帰りは秩父鉄道の東行田駅から電車に乗ります。 今日は電車運がいいのか、駅に着いて1分もしないうちに電車がきました。
<参考> 現地看板
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