コッふん

 

2011.8.17
大阪府 羽曳野市


たまに仕事で来る大阪。
今回は前回(11年2月の堺市)の続きと決め込みます。 訪れる場所は羽曳野市。近鉄南大阪線の藤井寺~古市の路線が取り囲む地域になり、堺市に負けず劣らず巨大な古墳が軒を連ね小さなものまで含めるとかなりの数になりますね。グーグル地図なんかで見てもこの地域の古墳は地図中に明記されています。
ちなみにこの地域には日本第二位の墳丘長を誇る「誉田御廟山古墳(応神天皇稜)」があります。
真夏の大阪。今回も太陽との戦いになると思いますが行けるだけ行ってみましょう。

近鉄南大阪線
土師ノ里駅(はじのさと)


前回この辺に来たときは同じ線の「恵我之荘」と「藤井
寺」で降りましたが、今回はそのひとつさきの「土師ノ
里」という駅までやってきました。8月なのでしょうが
ないのですが、太陽全力投球のカンカン照り。

市野山古墳 (いちのやまこふん)
(允恭天皇陵)
住所:
大阪府藤井寺市
墳形:
前方後円墳(全長227m)
年代:
5世紀後半
出土:
埴輪
稜名:
惠我長野北陵
(えがのながののきたのみささぎ)

土師ノ里駅の駅舎を出るとすぐに古墳らしいものが
ふたつ見えてきます。ひとつは信号をはさんですぐ
めの前にある小さな円墳。もうひとつはこちらの
允恭天皇陵です。
そういえば忘れていましたが、この辺りは古墳密集
地帯。有名なところだけチェックしてきましたが
考えてみれば大小いくらでもあるわけですね。油断
していました。それにしても駅前留学とかいいますが
こちらは駅前古墳。宮内庁管理で、後で知りましたが
仁徳天皇稜のような鳥居も反対側にはあるようです。
立ち入りは禁止です。

鍋塚古墳 (なべつかこふん)
住所:
大阪府藤井寺市沢田478
墳形:
方墳(全長45m)
年代:
4世紀末??
出土:
葺石、埴輪

あらためて土師ノ里駅に戻り信号を渡ります。200mを超える前方後円墳を見た後ではそう驚きもしませんが実は全長45mもある方墳です。現地看板によれば古市古墳群の初期築造ではないかと書かれています。
むかしは沢田の七ツ塚と呼ばれる小規模な古墳が多数あったそうですが土木工事でつぎつぎに墳丘が失われ、原形をとどめるのはこの鍋塚古墳のみとなったそうです。現地看板より。
ところでここの看板、周辺の古墳の所在を細かく記載してくれています。見るんじゃなかったと、くじけそうになるほどたくさんありますね。もともとはどこの地域でもこれくらいあったのかもしれませんが。


↑クリックして拡大できます。
是非みてみてください。

仲津山古墳 (なかつやまこふん)
住所:
大阪府藤井寺市沢田4丁目
墳形:
前方後円墳(全長290m)
年代:
5世紀前半
出土:
埴輪
稜名:
皇后仲姫命仲津山陵
(こうごうなかつひめのみことなかつやまのみささぎ)

地図を見ながら鍋塚古墳の横の道から細い道を入って
いくと、おそらくアレだろうという小高い茂みが見えて
きます。宮内庁が応神天皇の皇后の陵墓と治定している
仲津山古墳です。全国でも9番目くらいの墳長だそうで
三段に築かれた美しい墳丘と造り出しをもっているとの
こと。

古室山古墳 (こむろやまこふん)
住所:
大阪府藤井寺市古室2丁目
墳形:
前方後円墳(全長150m)
年代:
5世紀前半
出土:
埴輪、勾玉

墳丘は三段築造で造り出しは東側だけ確認されている
そうです。埋葬施設や副葬品については不明ですが出土
した円筒埴輪の特徴から仲津山古墳や誉田御廟山古墳
よりも先行して築造されたと考えられているとのこと。
こちらは宮内庁の管理地ではないので自由に登ったり
できます。

大鳥塚古墳 (おおとりづかこふん)
住所:
藤井寺市古室2丁目344-1
墳形:
前方後円墳(全長110m)
年代:
5世紀前半
出土:
埴輪、銅鏡、鉄剣、鉄刀、鉄鉾、鉄鏃

古室山古墳の墳頂から降りて3分くらい歩くと大鳥塚
古墳にたどり着きます。誉田御廟山古墳のちょい北。
墳丘には葺石と円筒埴輪列が認められ、くびれ部分両側
には造り出しが。埋葬施設は不明で、副葬品として銅鏡、
鉄剣、鉄刀、鉄鉾、鉄鏃が出土したとか。
こちらも宮内庁管理ではありません。

誉田御廟山古墳 (ごんだごびょうやまこふん)
住所:
大阪府羽曳野市誉田
墳形:
前方後円墳(全長420m)
年代:
5世紀初頭
出土:
埴輪
稜名:
恵我藻伏岡陵
(えがのもふしのおかのみささぎ)

はい。今回の目玉。というかこの辺で一番おおきい
前方後円墳です。全国でも2番目の大きさになります。
宮内庁管理の天皇稜ならではの鳥居&立ち入り禁止
パターン。周溝の水はあるところとないところが
あるようです。
で、あらためて思うのですが、確かに今は樹々の茂った
ただの小高い丘になっていますが、表面を葺石で覆って
キレイに仕上げていて、しっかり周溝に水があって
という状態だったとしたら、どれだけ威圧感のある建造
物だろうかと。広島や群馬のように復元された古墳を
みてそう思いました。

近鉄南大阪線
藤井寺駅


唐突ですが藤井寺駅です。ワープしたわけではありません。
誉田御廟山古墳のあとに定例の迷子になり、気づいたら藤井寺駅まで来てしまいました。地元商店街を通り抜けて岡ミサンザイ古墳に向かいます。

鉢塚古墳 (はちづかこふん)
住所:
大阪府藤井寺市藤井寺4丁目
墳形:
前方後円墳(全長60m)
年代:
5世紀末~6世紀初頭
出土:
埴輪

商店街を抜けてしばらく住宅街を歩くと幼稚園か保育園の
隣に古墳らしきものがありました。
古市古墳群の中では小規模な前方後円墳。
目だった乱掘坑
もなく比較的原型をとどめています。周溝は埋め立てられ
ていますがかつては盾形の周濠がめぐり、埴輪列も見られ
たそうです。

岡ミサンザイ古墳 (おかみさんざいこふん)
(仲哀天皇陵)
住所:
大阪府藤井寺市藤井寺4丁目
墳形:
前方後円墳(全長242m)
年代:
5世紀後半
出土:
埴輪
稜名:
惠我長野西陵
(えがのながののにしのみささぎ)

午後の暑さでそろそろ限界です。
とりあえずたどり着きましたが、柵のはじっこで
しばらく休憩してしまいました。
宮内庁管理の天皇稜ならではの鳥居&立ち入り禁止
パターン。こちらはしっかりとした濠が残っています。

帰宅の時間。

まだいくらでも古墳はありますが新幹線の時間もあり
そろそろ大阪を離れなければなりません。
ちなみに藤井寺駅前商店街は大きな桃が安かったです。
今回は古市駅周辺まで南下できなかったので、次回
大阪に来ることがあればその辺に。

 

 

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