コッふん

 

2011.2.5大阪府
古墳タイムアタック


お仕事で大阪にやってきました。
そう、大阪といえば古墳の本場!(笑)長期滞在がゆるされるならば見るところは古墳も含め数限りなくありますが今回は時間に限りがあります。
というわけで今回も関東シリーズに続き「大きなものを優先的に見に行く」というテーマのもと、「まわれるだけまわる」というタイムアタックでいってみます。
宿泊していた江坂駅を6時に出発して約40分。なかもず駅から歩き始めます。
今回の装備はスーツと革靴です。また、既にチェックアウトしているので旅行カバンと、買うのが早すぎたお土産を持っています。
こんな早朝の古墳があるような穏やかな場所には、間違いなく不似合いな人物です。ともすれば不信人物です。旅先でポリスにご厄介になるわけにはいきませんのでできるだけ紳士を装います。

 

 

なかもず駅

宿泊していた江坂の駅から地下鉄御堂筋線に乗って約40分。なかもずという駅から歩き始めます。
この時点ですでに、荷物の多さを後悔しています。

先に歩いた経路を説明しておきます。
なかもず駅から歩き始めてぐるっと時計回りするように古墳をめぐって阪和線三国ヶ丘駅に行くルートです。
そんなにひどくは離れていませんが古墳ひとつひとつが大きいので見るのにも時間がかかります。

ちなみに今回おとずれる古墳は軒並み100メートル超えのボスキャラ級。あらためてこの地域の古墳の大きさに感心しますね。

 

 

ニサンザイ古墳 (にんざいこふん)
住所:
大阪府堺市北区百舌鳥西之町
墳形:
前方後円墳(全長290m)
年代:
5世紀後半
出土:
???
朝もやのなか、最初の古墳にたどり着きました。
関東で古墳をまわっていたときには常に、どこに古墳があるのだろうと四苦八苦していましたが、駅前から歩いていく方角に、なんとなく山のようにして見えているくらいの大きさ。
近づいてみると周囲は散歩やジョギングができるコースになっており、墳丘自体には近づけないようになっていました。
ちなみにこの「ニサンザイ」や、あとででてくる「ミサンザイ」というのは「陵(みささぎと読む)」の音が変化したもので、そもそもこういったお墓をミササギと呼んでいたのが、古墳そのものの名前になったというのが由来・・・というはなしがどこかに
かいてありました。ちなみにこちらは天皇陵ではありません。

 

 

御廟山古墳 (ごびょうやまこふん)
住所:
大阪府堺市北区百舌鳥本町
墳形:
前方後円墳(全長186m)
年代:
5世紀中期~後期
出土:
???
応神天皇陵の陵墓参考地に指定されている古墳。
ニサンザイ古墳同様に周囲がジョギングコースのようになっており、墳丘に近づくことはできません。というか濠をわたるすべがありません。こちらもそれなりの大きさ。

 

いたすけ古墳 (いたすけこふん)
住所:
大阪府堺市北区百舌鳥本町
墳形:
前方後円墳(全長146m)
年代:
5世紀後半
出土:
衝角付冑形埴輪
昔は橋がつながっていて墳丘にも登れたそうですが現在は橋は崩れ落ち、修復もされていませんでした。
近くのひとに橋は直さないんですかねと聞いたら「文化財だからあんまり中に入られせたくなくってなおさないんでない?」とおっしゃっていましてなるほどそうれもそうだなと思いました。桜のシーズンにはとてもキレイな景色になるそうです。
タヌキも現れるそうですよ。
ところで「いたすけ」ってどんな漢字を書くんでしょうか?

 

 

上石津ミサンザイ古墳
(かみいしづみさんざいこふん)
住所:
大阪府堺市西区石津ヶ丘
墳形:
前方後円墳(全長360m)
年代:
5世紀後半
出土:
???
仁徳天皇の第一皇子である履中天皇の陵墓に指定され宮内庁に管理されているそうです。ぐるっと一周はしていませんが周囲のほとんどがしっかりとした柵で囲まれています。写真は柵の内側に手を入れて撮りました。

 

 

大仙陵古墳 (だいせんりょうこふん)
住所:
大阪府堺市堺区大仙町
墳形:
前方後円墳(全長486m)
年代:
5世紀前期~中期
出土:
埴輪馬、須恵器、鏡、甲冑、環頭大刀 他
仁徳天皇陵として有名な、日本で最大の前方後円墳です。せっかくなのでパーツパーツの大きさを詳しく書くと、墳丘全長480m、前方部幅305m、後円部直径245m、周濠を含めた東西の長さ656m、南北の長さ793m。正式には百舌鳥耳原中陵というそうです。
以前訪れたときと変わらぬ堂々とした風格。面積だけで比べれば秦の始皇帝陵よりも、クフ王のピラミッドよりも大きいと
言われています。地元のひとはこの古墳を「にんとくさん」と
呼んでいました。なんだか親しみがある呼び方ですね。昭和天皇が崩御したときにはこちらの正面広場で記帳が行われたそうです。

 

 

JR三国ヶ丘駅

買い物に出かける人や少年野球の子供たちが集まる中、スーツ姿でハァハァ言っている、明らかに不似合いな人間が
三国ヶ丘駅に飛び込みます。
ここから次の恵我之荘駅まで行くのにまずは阪和線に乗り天王寺駅まで行きます。

 

三国ヶ丘駅
→天王寺駅(大阪阿部野橋駅)
→恵我之荘駅


天王寺駅に着いたら徒歩で近鉄に乗り換えます。近鉄の天王寺最寄駅は大阪阿部野橋駅といいます。
ちなみに天王寺駅では初期型103系が並んで停車しているという、シーラカンスの群れを見るかのような景色と出会えますよ。

 

恵我之荘(えがのしょう)駅

大阪府羽曳野市 近鉄恵我之荘駅にやってきました。「荘」というくらいですから大昔はどこかの「荘園」だったのかも
しれませんね。
駅を降りると次に向かう大塚山古墳が目に入ってきます。
道すがらの花壇。
よく見ると「花と緑の~」の「花」の部分だけ違う色で書いたせいで消えているんですが、妙に気になる消え方をしています。

 

 

大塚山古墳 (おおつかやまこふん)
住所:
大阪府松原市西大塚・羽曳野市南恵我之荘
墳形:
前方後円墳(全長335m)
年代:
6世紀後半
出土:
埴輪、勾玉
大和王権の大王墓と考えられているものの学術的発掘調査が行われていないため被葬者を特定できていないそうです。(民話では雄略天皇陵という伝承があるとか )昔は墳丘に人が住んでいて、石室も見えていたとか。現在は立ち入り禁止になっています。
で、そろそろ気づいた方もいらっしゃると思いますが、古墳もここまでの大きさになるとただただ山(もしくは島)にしか見えないですよね・・・。そして軒並み立ち入り禁止・・・。本当はヘリか飛行機で上空から見るとキレイな形がはっきりとわかるのでしょうが。地元の人の話では、堺市の市役所ビルの展望台に登って見下ろすと結構キレイに見えるそうです。次回は是非やってみたいです。

 

 

ゲームセット
新大阪駅から東京へ


結局大塚山古墳でタイムアップとなり誉田御廟山古墳もある羽曳野市の古墳はほとんど見られませんでした。というか
そもそも古墳って、タイムアタックして見学するものではないような気がしますね。
仕事で来た大阪で予定を満喫した私はのぞみ指定席に乗り込み悠々自適に東京に帰るのでした。また来たいですね~。

 

 

 

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