異世界ファンタジー編 エピローグ(甜花)

 

481 名前:1 [] 投稿日:2006/02/09(木) 00:07:13
エピローグ(甜歌) 
「甜歌……」 
脳裏に甜歌の笑顔が過ぎった。とても明るい、っていうか天然っぽい笑顔。 
「あの世界に平和は訪れたんだろうか」 
えなりがもう存在していないことは確かだ。魔王の死は、彼の魔力によって生かされていたえなりの死も 
意味するからだ。 
だが、それより前に甜歌達は、えなりや有田と交戦中だったのだ。皆、無事で戦いの終わりを迎えられた 
のだろうか。それとも…… 
せめて彼らの安否だけでも知りたい。俺は何かに憑かれたように井戸の木蓋をずらした。身を乗り出して 
覗き込むと、井戸の底でかすかに水面が揺れるのが見える。 
「何も見えるわけないよな」 
小さく嘆息して身を引こうとした時、背後から飛んできた何かが、俺の後頭部を直撃した。 
「おおっと!?」 
俺は古井戸の中にまっ逆さま。井戸の底には思ったよりも水が溜まっており、俺は大量の水を飲みそのま 
ま気を失った。 
「ん……」 
どれくらい時間が経っただろうか。心地よい風に吹かれて俺は目を覚ました。しかしそこは井戸の底では 
なく、見渡す限りの大平原。 

482 名前:1 [] 投稿日:2006/02/09(木) 00:07:47
「なんか……激しくデジャヴ」 
この場所で目覚めたのは三度目。一度目は、最初にこの世界へやって来た時、次は現実世界に帰り再びこの 
世界に戻った時だ。変わっていない。いつも優しい風が吹き抜けている始まりの場所。 
辺りを見回すと、すぐ側に剣身を失ったtanasinnソードの束が転がっている。おかしい。束はアパートの 
机の引き出しにしまっておいたはずなのに。 
(状況が把握できていないようだな) 
不意に聴こえたのは、頭の芯に直接響く重く低い声。 
「誰だ?」 
もうちょっとやそっとのことでは驚かない。我ながら度胸が据わったものだ。 
(我はtanasinn) 
「あなたがtanasinn……」 
この妄想世界を統べる神tansinn。Tanasinnソードを造りだした者。何ていうか、全てが終わってから現れる 
なんて、本当調子がいい神様だ。 
(魔王討伐ご苦労であった。礼を言う) 
改まって礼を告げられると、ついついかしこまってしまう。 
「あ、いえ、どういたしまして。で、何で俺がここに?tanasinnソードが何故?」 
(剣を現実世界に置いておく訳にはいかんのでな。遠隔操作で呼び寄せたのだ) 
なるほど。その際に俺の頭に直撃させたわけか。 
「何も俺にぶつけなくても」 
(我が剣を呼び寄せた時、たまたまお前があそこにいただけのことだ。お前が悪い) 
全面的に俺のせいかよ。 
「たまたまって、何ておっちょこちょいなんだ」 
神様をおってょこちょい呼ばわりしてみた。もう何でもありだな。 
(まぁまぁ、そう目くじらを立てるな。あ、それと再び現実世界への門を開くまでに時間がかかる。しばらく 
待っているんだな) 

483 名前:1 [] 投稿日:2006/02/09(木) 00:08:18
「え?」 
(なに、せいぜい一週間程度だ。じゃノシ) 
「おい!ちょ!待ってくれ!」 
沈黙が訪れる。tanasinnは行ってしまった。無責任にも放置プレイ。 
「一週間もどうしろっていうんだ」 
早速、途方に暮れる。あるのは雄大な大自然のみ。建物はおろか文明の息吹がかかったものなんて、視界には 
何一つ入ってこない。 
俺は腕組みをしてしばらく黙考した。そして、 
「一番近い村は確かレク村だったな」 
そう。甜歌と出会った村だ。彼女が壊滅させた盗賊砦で一晩明かせば、明日には到着できるだろう。 
先ほどまでとは打って変わって、晴々とする俺の顔。心が高揚していくのを感じる。レク村に行けば甜歌に 
会えるかもしれない。そうすれば皆のその後も確かめられる。もういてもたってもいられない。 
「よし、行くか!」 
俺は力強く一歩を踏み出した。 
                                                                 続  く 

506 名前:1 [] 投稿日:2006/02/18(土) 01:36:00
エピローグ(甜歌2) 
「にしても腹減ったな」 
自身の腹から発せられる古典的な効果音に、俺はため息を吐いた。 
澄み渡る青空の下、俺は砦跡地を目指してとぼとぼと歩いている。目指す砦は、かつてこの一帯で悪名を轟かせる 
盗賊の根城だった。それが、ご存知の通り甜歌によって殲滅の憂き目にあい、それ以後は無人の廃墟と化している 
ようだ。深田と、甜歌襲撃後の砦を調べた時、相当な量の保存食が貯蔵してあった。手持ちの食料など当然ありは 
しないので、それを当てにする以外ない。因みに、この世界の保存食は魔術により腐敗を遅らせた長期保存食で、 
乾肉の場合、常温で2、30年は賞味期限を維持させられる。 
そうこうしている間に、砦が姿を現した。小高い丘の上にいると、柵に囲まれた内部の様子が伺える。 
「うわ、盗賊復活してる……」 
目を凝らしてみると、砦内で人影が動いているのが確認できた。建物自体は以前のままだが、砦入口には見張りが 
立っており、中には多くの人影が認められる。見張りは、頭に黒いターバンを巻きシミターを背負っている。あの 
格好は、どう贔屓目に見ても盗賊だろう。 
「ここはやめといて、どっか野宿できる場所を探すか」 
俺が諦めてその場を去ろうとした時、砦の一角で閃光が光り、轟音が鳴り響いた。仰天してそこに視線を向けると、 
もくもくと黒煙が上がっている。盗賊一味は大混乱。 
俺は用心深く岩陰に隠れながら、斜面を滑り降りて、砦に潜り込む。火事場泥棒みたいで申し訳ないが、混乱に乗 
じて食料を調達できそうだ。 

507 名前:1 [] 投稿日:2006/02/18(土) 01:36:30
中はてんやわんやの大騒ぎ。皆多種多様な武器を手に、黒煙の方向に走っていく。俺は建物の陰から陰へ、素早く 
移動していく。と、2人の盗賊が話しているのが耳に入った。一人は頭目か何かだろうか、身なりからして賊内で 
それなりの地位にある人間のようだ。 
「侵入者はどこだ!?」 
「ひ、東門から侵入。こちらに向かっています。門番の話によると、一人のようです」 
下っ端盗賊がおずおずと答える。 
「一人!?一人を相手にこのザマか!」 
「いえ、それが召喚魔術の使い手のようで」 
「一体何者だ。見つけ次第殺せ!」 
彼らが走り去ったのを見届け、俺は地下の食料庫に侵入。場所が変わっていなくて助かった。庫内にはどこから強 
奪してきたのか、松坂牛顔負けの霜降り肉、果物、ワインなどなど、よりどりみどり。手ごろな布袋を見つけて、 
食料を詰められるだけ詰める。夕食どころか朝飯まで手に入ってしまった。 
用が済んだらこんな物騒な所は、一刻も早く立ち去ろう。俺は布袋をしょって、階段を駆け上がり地上に出た。 
「ん?」 
おかしい。妙に暗い。俺は頭上を見上げた。 
「ご、ゴーレム……」 
眼前に、石によって創造された召喚魔物ゴーレムが立ちはだかり、影を落としている。 
ヤバい。マジヤバい。頭の中で脈絡もなくVip starが流れ始めた。 
「あんたが最後の一人みたいだね」 
ゴーレムの肩から、誰かが姿を見せた。太陽を背にして顔は見えない。これが侵入者とやらか。どうやら俺を盗賊 
を勘違いしているらしい。 
「さぁ、大人しくお縄についてもらいましょうか」 
あれ?っていうか、どこかで聞き覚えのある声…… 
記憶を反芻している間に、俺はゴーレムの巨大な手に身体をつまみ上げられた。もがくことも出来ず、ゴーレムを 
操る召喚魔術師の顔が視線の真正面に来た。 
俺と召喚魔術師、お互いの目が点になった。 
「て、甜歌!?」 
「お、おにいちゃん!?」 
不意にゴーレムの指から解放され、俺は地面に尻をしたたかに打ち付けた。 
                                                                 続   く 

515 名前:1 [] 投稿日:2006/02/19(日) 01:00:30
エピローグ(甜歌3) 
俺は甜歌に案内されて、盗賊達の無残な死骸が散乱している現場にやってきた。憐れ、先ほど部下と話していた男も 
混ざっている。 
「これ全部、甜歌独りで殺ったのか?」 
「殺ったって、ひどいなぁ。殺してなんかないよ。半殺しってとこ」 
と、甜歌は心外という顔で、頭の後ろを掻いた。確かに見る限りでは、彼らは呻き声を上げて苦しんではいるものの、 
絶命している者はいないようだ。出会った頃の彼女が容赦なく盗賊の命を奪っていたことを考えると、今回の旅で彼 
女の心の持ち方が変わったと言うことか。 
「そいつは失礼しました。で、甜歌は何故ここに?」 
「ウチに依頼が来たの。最近、ここらで大暴れしてる盗賊がいるから退治してくれって」 
「なるほど」 
ネームバリューがあるせいで、南の魔術師も結構大変なんだな。握手会なんてのも催していたし。 
「そろそろ警吏が来るころね。これにて一件落着っと……あ、えっと、それじゃ改めて……」 
「改めて?」 
胸に手を当てて、大きく深呼吸をする甜歌。 
一瞬の沈黙。そして、 
「おにいちゃん!!会いたかっt亜wsでfrtgyふじこl;p@〜!!!!」 
「うお!?」 
彼女が仕掛けてきたのは明大ラガー顔負けの強烈なタックル、もとい熱い抱擁。油断していた俺はもろに直撃を受け、 
思いきりよろけてしまった。 
「っとっと、って、なんの!」 
倒れそうになるのを、何とかぎりぎりの所で右足だけで踏みとどまる。 
「おにいちゃん、体重増えた?」 
そのままの体勢で甜歌が問うてきた。 

516 名前:1 [] 投稿日:2006/02/19(日) 01:01:07
「え?」 
っていうか、この格好厳しいんですけど。 
「だって、この前抱きついた時はすぐに倒れてたじゃん」 
「ど、どうかな。最近体重量ってないし。って言うより、うあ!」 
俺は耐え切れず、ついに仰向けに倒れこんだ。拍子に俺の胸の上に馬乗りになる甜歌。 
「あれ?」 
俺は違和感を感じた。というのも、記憶にある彼女の体重より心なしか軽く感じられたからだ。 
「俺が太ったんじゃなくて、甜歌が痩せたんじゃないか?ちゃんと食べてるのか?」 
すると甜歌はどういうわけか当惑の色を見せて、 
「う、うん。ちゃんと食べてるよ。はいりが作ってくれる料理おいしいし」 
ぱっと俺の上から身を退けた。何だかぎこちない。 
半身を起こしてまじまじと甜歌の顔を見つめる。やはり少し痩せたように思える。だが、それ以外は変わっていない。 
くりっと見開かれた瞳の輝きは、正真正銘の甜歌だ。 
「あ、あんま見ないで。ウチ恥ずかしいよ」 
頬を薄い紅に染める甜歌。 
「ご、ごめん」 
またもや違和感。甜歌の口から、恥ずかしい、などという言葉を聞くとは。 
ほどなく登場した警吏に賊を引き渡した後、彼らの手配してくれた馬車で、俺達はレク村に向かうことにした。道中、 
これまでの経緯を甜歌に説明する。現実世界に場所を移して魔王を倒したこと、深田を救い出せたこと、今の生活のこと。 
「やっぱおにいちゃん達はすごいね。あの魔王を倒しちゃうなんて。でもねウチらも凄かったんだから。いや、ウチは 
魔術はずしちゃったんだけど。堅がえなりをやっつけるとこお兄ちゃんにも見せたかったなぁ」 
大仰な身振り手振りを交えながら、甜歌は嬉しそうに武勇伝を語った。そうか。平井は自らの手で恋人の仇を討つこと 
ができたのか。 
「平井やカエラはどうしたんだ?」 
「堅は村に帰ったよ。妹さんと食堂経営するんだって。カエラは前に居たのとは別の修道院で先生やってる」 
何事にも真摯な平井のことだから、食堂でも何でもうまくこなすことだろう。夜は得意の歌を披露しているのだろうか。 
それにしてもカエラが教師とは。そのあまりに不釣合いな単語の組み合わせに、俺は堪えきれずに噴き出してしまった。 
「カエラが先生って有り得ないな。そりゃまた教わる子は災難だ」 
「鉄拳制裁も厭わないって」 
「うわぁ、テラカワイソス……」 

517 名前:1 [] 投稿日:2006/02/19(日) 01:02:17
トロールの一撃に匹敵するカエラの鉄拳を目の当たりにすれば、どんな悪童も大人しく机に向かわざるを得まい。カエラ 
が教壇に立つ姿、ちょっと見てみたい気もする。怖いもの見たさで。 
ここで補足。摩邪と伊藤は、塚地達討伐隊の戦死者を弔った後、シフィーロ軍に仕官としてスカウトされたと言う。伊藤 
は相変わらず摩邪に罵倒されているだろうことは想像に難くない。ただ一人、行き先が不明なのは岸部。まぁ、彼のこと 
だから戦闘後のどさくさに紛れて姿を眩ましたに違いない。またどこか空の下で飄々と生きていることだろう。 
「みんな、それぞれの人生を送っているんだな」 
俺はほっとする反面、一抹の寂寥感を感じて我知らず眉の端を下げた。 
「お兄ちゃん、ずっとこっちの世界に居られるの?」 
唐突に甜歌が俺の顔を覗き込む。 
「あ、うん。それが……」 
俺は一週間の期限付きで、こちらの世界に滞在している事を話した。それを知って甜歌は少し悲しそうに俯いたが、すぐ 
に明るい顔に戻って、 
「じゃあ、その間、ウチの家に泊まってよ。ね?」 
「う〜ん、そうだな」 
平井やカエラにも挨拶しておくべきかと思っていが、彼らの元を訪ねていると一週間ではすまない。その間にゲートが開 
かれると、それこそ二度と現実世界に戻れなくなってしまうかもしれない。 
ここは安全策を取って、甜歌の厚意に甘えるとしよう。平井やカエラには手紙で事情を説明することにしよう。 
「よし。ここは甜歌のお世話になるか」 
「うんうん!何でもお世話するよ」 
狭い馬車の中ではしゃぐ甜歌。その様子を見ていると、こちらの口元も自然と緩んでくる。この子といると、自然と心が 
弾む。とにかく底抜けに明るいのだ。これは何にも勝る才能だと思う。先ほどの違和感もそう気にしなくて良さそうだ。 
それからほどなくして、暗がりの中に巨大なセットー海が姿を現した。海面を月明かりに照らされる姿は、幻想的で美し 
い。穏やかな海風に乗って潮の香が漂ってくる。 
更に進むと、岸付近にぽつぽつと小さな灯りが集まっているのが見えてきた。 
「ようこそレク村へ、お兄ちゃん!」 
おどけたように甜歌がお辞儀をした。つられて俺もお辞儀を返した。 
                                                                 続  く 

565 名前:1 [] 投稿日:2006/03/03(金) 02:27:40
エピローグ(甜歌4) 
レク村は相変わらず閑散として、のどかそのもの。 
俺達が村に入るや否や、 
「魔術士様が帰られたぞ!」 
村人A(橋谷。小学校時代。ピアニカ破壊事件の容疑者)が声を上げる。それに反応して村人達がどっと甜歌の前に集まる。 
「ご無事でなによりです。それで、どうでしたか?」 
その場に集まった皆が、息を呑んで甜歌の返答を見守る。甜歌はというと、不敵な笑みを浮かべ、 
「盗賊ならしっかりばっちり駆除完了しました」 
やはり魔術師様たる威厳を保つべく、敬語で応えた。わきあがる歓声。 
「本当ですか!?」 
「やった!これで安心して街道を通れるな」 
「さすがえなりと戦って勝利した甜歌様だわ」 
その時、村人Aがようやく側にいる俺に気づいて、甜歌に問う。 
「この者は?盗賊の捕虜ですか?」 
失礼な村人Aだ。自分こそピアニカ破壊して黙ってそうな顔してるくせに。 
「この人はウチ……じゃなかった、私の大切な友人です」 
「ああ、そういえば以前見たことがあるな。サイン会の時もいたよな」 
と村の青年(久保島。小学校。こいつをモデルに学級内で久保島太郎という昔話が創作された)。俺ってほんと影薄いな。 
今に始まったことではないが。 
とにもかくにも村人達の歓迎を受けた後、俺は甜歌に連れられて彼女の屋敷に向かった。メイドのはいり(片桐)に出迎えられ、 
屋敷内に通される。相も変わらず先代の魔術師が仕掛けたトラップがひしめいているこの館。まさか三度訪れることになろうとは。 
甜歌と一緒にいられるのは嬉しいのだが、これから一週間、また数々の仕掛けに怯えて暮らす事になるのかと思うと、どうにも気が重い。 
俺にあてがわれたのは、以前滞在した時と同じ部屋。甜歌が留守にしている間も、はいりがしっかりと管理しているようで、部屋には 
埃一つ無い。さすが立派なエラをしているだけはある。 
その後、甜歌と積もる話をして、はいりが作ってくれた絶品料理で腹を満たした。こうして、再び戻ってきたこちらの世界での一日目が 
終わるはずだった。 

566 名前:1 [] 投稿日:2006/03/03(金) 02:28:24
夜中、尿意を覚えた俺は、トイレに行くべきか行かざるべきか葛藤した後、とうとう我慢しきれず部屋を出た。トラップの位置は大体思 
い出したので、引っかかることも無い。さっきから、後ろを付いて来ている回復魔術練習用の人体模型が不気味なのを除けば、どうとい 
うこともあるまい。 
「トイレは2階にもあったよな」 
と、俺は立ち止まった。 
「あれ?」 
階下で明かりが灯っている。あそこは確か厨房だ。こんな時間にどういうことだ。 
「はいりさんが明日の朝食の仕込みでもしているのかな」 
一週間お世話になるわけだし、はいりともう少し話しておこうと、俺は明かりの方へと歩いていく。ところが、扉の無い厨房の入り口か 
ら覗くと、そこにはいりの姿は無かった。 
「甜歌……何をしているんだ?」 
中では甜歌が石造りの調理台に何かの材料を載せて、傍らに置いた分厚い本と睨めっこをしている。 
「誰!?」 
こちらの気配に気づいて、甜歌がはっと顔を上げた。 
「あ、ご、ごめん!俺だよ」 
ばつが悪そうに姿を見せる。 
「あ、おにいちゃんか。びっくりさせないでよ」 
甜歌はまた本に目を戻した。どういうわけか、俺以上に居心地が悪そうだ。心無しか、昼間見た気恥ずかしそうな顔と同じに思えた。 
「何してるんだい?」 
問いかけに、甜歌は本から目を離すことなく応じる。 
「チョコレート作ってる」 
「チョコレート?」 
「一週間後がバンアレンタイデーなの」 
依然として視線は本に落とされたまま。 
「バンアレンタイデー?」 
地球を覆う2つのドーナツ型の磁場と何か関係があるのだろうか。 
「分かり易く言うと、女の子が男の子にチョコレートを上げる日」 
「ああ、なんだ」 

567 名前:1 [] 投稿日:2006/03/03(金) 02:28:54
日本国民が熱病に罹ったように菓子会社に踊らされる、例の悪魔の日に酷似したものらしい。現実世界の妄想が基になって具現化した 
世界だから、習慣も似たものが多いとtanasinnソードから聞いたのをを思い出した。 
待てよ。ということは、甜歌は好きな人に上げるチョコを作っているのか。それもあの熱心さからして、相当丹精込めて作っているようだ。 
厨房に入った俺は、怪しげな材料の中から一つを手に取って、あたかも目下の興味の対象がそれであるようにカムフラージュしながら、 
さりげなく甜歌に話しかけた。 
「あのさぁ。甜歌は本命いるの?」 
自分で聞いておきながら、少しドキドキした。少し、なのは今までの甜歌の自分に対する接し方から判断して、彼女の答えに対して自信が 
あったからだ。 
「うん。いる」 
鼓動は更に高まる。甘い期待を寄せる俺の視線から目を逸らして、甜歌は言葉を続けた。 
「バーンズ(勇気)って言うんだけど、同じ魔術師なの。西の魔術師の弟子なんだよ」 
「…………ほ、ほぅ」 
浅はかな期待は打ち砕かれ、俺は頭の中が真っ白になった。後頭部をハンマーか何かで力任せに強打されたような感覚。 
「歳も近いし、ちょっとかっこいいんだよね」 
「そ、そうか。良かったじゃないか。甜歌」 
追撃を受けつつも、俺は強引に作り笑顔を浮かべた。ひどくいびつな、ひきつった笑顔。 
「この前協会の集まりがあった時に、知り合いの子に聞いたら、向こうも結構いい感じみたい」 
「へぇへぇへぇ(ボタン連打)そりゃまた良かった、良かったなぁ」 
何だ。この胸を万力で締め付けられたような苦しさは。俺は思わず胸を手で抑えた。クレーム(保証期間の一年が過ぎたPCを持って来て、 
正味10時間しか使ってないから無償修理しろ、という無茶な要望)でお客に2時間ばかりやんやん言われた時ぐらい、いや、それ以上だ。 
「…………」 
「…………」 
会話が途切れ、静寂が舞い降りた。厨房内では、内臓様の材料を浮かべた鍋が立てる、ぐつぐつという音だけが鳴り響いていた。 
                                                                 続   く  

679 名前:1 [] 投稿日:2006/04/07(金) 01:37:48
エピローグ(甜歌5) 
「ありがとう。おにいちゃん」 
鍋で蠢く臓物をかき混ぜながら、甜歌はにっこり笑って俺に礼を言った。 
「……ああ、うまくいくといいな。いや、きっとうまくいくよ」 
彼女につられて、俺もにっと笑みを浮かべる。 
2人の間は、再び静けさで結ばれた。俺は厨房の隅に置いてある椅子に腰掛け、熱心にチョコレートを作る甜歌に視線を置いた。再びぐつぐつと 
鍋が煮立つ音だけが響き始める。 
(背が伸びたな) 
彼女と最初に出会ってから、かれこれ一年が経つ。成長期というやつか、身長が伸び、顔からも少なからずあどけなさが薄れてきたように思う。 
大人と言うにはまだ早過ぎるが、 “少女”と“女性”の狭間に位置するどこかしか危うさを感じさせる年齢。これから先、いかようにも染めら 
れてしまう真っ白な生地。それ故に危険さを感じさせずにはいられない。出来ることならこの先も見守って……って、ちょっと待て。これって 
大人になろうとする娘を心配する、父親の心境じゃないか? 
「何の権利があって、俺はそんなことを考えてんだ」 
思わず独り言を吐いてしまった。 
「え?」 
甜歌がこちらに顔を上げた。 
「あ、いや、こっちのことだよ。で、どう?チョコレートできた?」 
「うん。あとは地下の冷蔵室で三日三晩冷やすだけ」 
彼女は材料を流し込んだ型を、誇らしげに俺の前に差し出した。その色たるや血も滴りそうな真紅。なんか不気味に泡立ってる。これは俺が一般 
的に認識しているチョコレートとは若干、いや相当ニュアンスが違う気がする。甜歌には申し訳ないが、一口食せば呪いを食らってしまいそうな 
雰囲気すら醸し出している。一生独身の呪いとか……。甜歌の本命がバーンズであることにショックを受けたのは確かだが、これを食べないで済 
んだ事は不幸中の幸いと断言できる。 
「こ、これでバレンタイン、じゃなくってバンアレンタイデーは完璧だな。それじゃあ、もう遅いし寝るとするか」 
「ふぁ……」 

680 名前:1 [] 投稿日:2006/04/07(金) 01:39:28
両腕を上げ、大口を開けてあくびをする甜歌。 
「そうだね。付き合ってくれてありがとう」 
きまりが悪いのを隠すように、俺は後頭部を掻いて、 
「まぁ、俺は甜歌の兄貴みたいなもんだからな」 
自分の口から出た本来の意味での“兄”という言葉。それは甜歌との距離を一定に保つ為の線引きと言える。 
「そうだね。おにいちゃんはウチのお兄ちゃんだもんね!」 
言葉の真意を知ってか知らないでか、無邪気に同意する甜歌の笑顔が、何故か俺の胸には、いばらの様に突き刺さった。 
その後の6日間を、俺は甜歌と一緒に過ごした。森でのハイキング、湖での釣り、そして長かった旅の思い出話をしながらの散歩。穏やかに、ただ 
ゆったりと流れる時間に、もう二度とは体験できないこの残り少ない時間に、俺は身を任せた。楽しい、心の底からそう感じる日々は過ぎていった。 
そうしてバンアレンタイデー前日、俺にとってファンタジー世界での最後の夜は訪れた。 
俺と甜歌は2人で海辺を歩いている。海は凪で、静かな海面に月光が映っている。 
「いよいよ明日だね」 
甜歌が言う。 
「そうだな。明日は頑張れよ」 
と、俺。すると甜歌は、 
「違う。それもあるけど、おにいちゃんがあっちの世界に帰るのが明日ってこと」 
ひどく寂しそうな表情。 
「ああ、そういやそうだったな」 
俺、わざとらしい。 
「おにいちゃんはウチがいなくなっても大丈夫なの?」 
こちらを試すような真剣な目で問う甜歌。どういう意味だろう。 
「どういう意味?」 
甜歌は本当に心配そうな顔で、 
「だって、おにいちゃんがいない間……」 
ここで彼女は言葉に詰まった。少し息を置いて、 
「おにいちゃんが……おにいちゃんがいない間、ウチがどれだけ寂しかったかわかる?」 
今度は俺が言葉を無くす番だった。 
「……」 

681 名前:1 [] 投稿日:2006/04/07(金) 01:41:22
どう返答していいのか分からない。ようやっとのことで言ったのが、 
「ごめん」 
これだけ。もう少し言いようがあるだろうに。 
「ごめんな。でも甜歌にはあの子がいるじゃないか。だれだっけ、えっと、そうビーンズ君」 
「バーンズ」 
間髪入れない突っ込み、どうもありがとうございました。 
「そう、そのバーンズ。甜歌には彼がいるじゃないか」 
自分で言っておきながら、胸が苦しくなってきた。 
「うん……」 
甜歌は憂鬱そうで、浮かない顔。 
「どうした。明日が不安なのか?」 
「それもあるけど……わからないの。その子のことは好き。でも、おにいちゃんのことも好きなの」 
葛藤。甜歌の表情に憂いを添えているものの正体は、葛藤だった。俺は少し俯いて、そして笑った。 
「人間ってさ、一度きりの人生のうち、どれだけの人を好きになるんだろうな」 
いきなり何を言っているんだ。俺は。 
「え?」 
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする甜歌。当然だ。 
「俺もいろんな人を好きになった。近所に住んでた和恵ちゃん、クラスメイトの志保ちゃん、由美子ちゃん、図書部の愛ちゃん……」 
おいおい、懐かしい名前ですな。つか、我ながらどれだけ片思いしているんだよorz 
「ってな具合に色んな人を好きになった。でも、その中には運命の人はいなかったんだよな」 
要は女性関係に恵まれなかったってことだろう>>俺。 
「ごめん。おにいちゃんが何を言ってるのか、よくわかんない」 
いや、ほんと一体俺は何を言おうとしているんだか。 
「その、なんだ。俺が言いたいのは、人ってのは幾多の恋をしながら大人になっていくもんなんだよ。俺はその通過点に過ぎない」 
結局、うまくまとまらなかった。 

682 名前:1 [] 投稿日:2006/04/07(金) 01:43:15
ところが、 
「へぇ、そういうもんなんだ」 
凄!!甜歌納得してる。っていうか、納得してくれてありがとう。 
「そう。俺は通過点に過ぎないんだ」 
調子に乗ってもう一回使ってみた。するとどうだろう。今の今まで我慢していた感情がこみ上げてきた。 
俺は眉をしかめて、甜歌の目を真っ向から見つめた。その瞬間、寄せては返していた波が、まるで空気を読んだかのように息を潜めた。 
「でも、俺は甜歌と過ごした日々を決して忘れない」 
言葉が終わるのを待っていたかのように、押し寄せた小波が俺達の足首を濡らした。だが、今の俺達はそんなことを気にも留めない。 
「ウチも……ウチもおにいちゃんのこと絶対に忘れない」 
いつしか向き合って佇んでいた二人。俺は彼女の肩を優しく抱いた。甜歌は静かに目を閉じた。俺は目を細め、喜びと悲しみの入り混じった器用かつ 
珍妙な表情を浮かべる。そして、そっと甜歌の前髪を掻き分け、小さな額にこれまたそっと口付けをした。 
「おにいちゃんのケチ」 
両腕の中で、甜歌は肩を震わせた。 
「ああ、俺はケチンボだよ」 
その言葉を最後に、月明かりの下で、俺達はお互いに動こうともせずに、いつまでもいつまでも抱擁を交していた。 

翌日、俺は甜歌のバンアレンタイデーを見届けることなく、現実世界への帰途に着いた。 
                                                                 終 わ り 


683 名前:1 [] 投稿日:2006/04/07(金) 01:46:16
ここでエンディング 

エンディングテーマ 
Miz 「Part of my Balance」 


甜歌との回想シーンの後にお馴染のスタッフロール 

監督・脚本・声の出演    俺  
スペシャルサンクス     お前ら 

平井ルート

カエラルート

深田ルート

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