異世界ファンタジー編 エピローグ(カエラ)
- 211 名前:1
[] 投稿日:2006/11/29(水) 23:11:52
- エピローグ(カエラ1)
「カエラ……」
脳裏にカエラの笑顔が過ぎった。自身ありげでどこか影のある、何と言うかメンヘルっぽい笑顔。
「あの世界に平和は訪れたんだろうか」
えなりがもう存在していないことは確かだ。魔王の死は、彼の魔力によって生かされていたえなりの死も意味するからだ。
だが、それより前にカエラ達は、えなりや有田と交戦中だったのだ。皆、無事で戦いの終わりを迎えられたのだろうか。それとも……
せめて彼らの安否だけでも知りたい。俺は何かに憑かれたように井戸の木蓋をずらした。身を乗り出して覗き込むと、井戸の底で
かすかに水面が揺れるのが見える。
「何も見えるわけないよな」
小さく嘆息して身を引こうとした時、背後から飛んできた何かが、俺の後頭部を直撃した。
「おおっと!?」
俺は古井戸の中にまっ逆さま。井戸の底には思ったよりも水が溜まっており、俺は大量の水を飲みそのまま気を失った。
「ん……」
どれくらい時間が経っただろうか。心地よい風に吹かれて俺は目を覚ました。しかしそこは井戸の底ではなく、見渡す限りの大平原。
「なんか……激しくデジャヴ」
この場所で目覚めたのは三度目。一度目は、最初にこの世界へやって来た時、次は現実世界に帰り再びこの世界に戻った時だ。変わっ
ていない。いつも優しい風が吹き抜けている始まりの場所。
辺りを見回すと、すぐ側に剣身を失ったtanasinnソードの束が転がっている。おかしい。束はアパートの机の引き出しにしまってお
いたはずなのに。
(状況が把握できていないようだな)
不意に聴こえたのは、頭の芯に直接響く重く低い声。
「誰だ?」
もうちょっとやそっとのことでは驚かない。我ながら度胸が据わったものだ。
(我はtanasinn)
「あなたがtanasinn……」
この妄想世界を統べる神tansinn。Tanasinnソードを造りだした者。何ていうか、全てが終わってから現れるなんて、本当調子が
いい神様だ。
- 212 名前:1
[] 投稿日:2006/11/29(水) 23:12:49
- (魔王討伐ご苦労であった。礼を言う)
改まって礼を告げられると、ついついかしこまってしまう。
「あ、いえ、どういたしまして。で、何で俺がここに?tanasinnソードが何故?」
(剣を現実世界に置いておく訳にはいかんのでな。遠隔操作で呼び寄せたのだ)
なるほど。その際に俺の頭に直撃させたわけか。
「何も俺にぶつけなくても」
(我が剣を呼び寄せた時、たまたまお前があそこにいただけのことだ。お前が悪い)
全面的に俺のせいかよ。
「たまたまって、何ておっちょこちょいなんだ」
神様をおってょこちょい呼ばわりしてみた。もう何でもありだな。
(まぁまぁ、そう目くじらを立てるな。あ、それと再び現実世界への門を開くまでに時間がかかる。しばらく待っているんだな)
「え?」
(なに、せいぜい一週間程度だ。じゃノシ)
「おい!ちょ!待ってくれ!」
沈黙が訪れる。tanasinnは行ってしまった。無責任にも放置プレイ。
「一週間もどうしろっていうんだ」
早速、途方に暮れる。あるのは雄大な大自然のみ。建物はおろか文明の息吹がかかったものなんて、視界には何一つ入ってこない……
と思いきや、そう遠くない場所に広がる森から、何やら尖塔のようなものが突き出ている。
「なんだろう?建物みたいだが」
ここで途方に暮れていても仕方がない。寝る場所だけでも確保しておくべきだろう。近くまで寄って様子を見て、危険そうであれば
やめておけばいいし。
「よし、行ってみるか!」
俺が威勢良く歩き出した、まさにその瞬間である。周囲を震撼させる爆発音が発生した。
「うぉ!?」
それと共に目標である建物の尖塔が、爆炎に包まれた。衝撃に驚いて、森の木々から鳥達が一斉に飛び立つ。
「……なにこの衝撃映像?」
呆然とする俺の視線の先で、塔はもくもくと黒煙を上げながら崩落していく。これは只事ではあるまい。常識的に考えて。
- 213 名前:1
[] 投稿日:2006/11/29(水) 23:13:43
- とりあえず、
「去るか」
距離はあるが、甜歌のいるレク村に向かおう。途中で馬車でもヒッチハイクすれば問題ないはずだ。先程の爆発からは、厄介事の
匂いがこれでもかと匂ってくる。関わればきっと後悔する事になる。いや、俺の直感が告げる所、すでに巻き込まれかけている。
この世界に来てからというもの、面倒事を察知する力だけは強くなったのだ。
「待てーーい!!」
ほ〜ら、聴こえてきた。女の声だ。
「先生許してええええ!!」
今度は少年の声か?だが勿論スルー。ここで振り向いてしまうのは素人。
「だが断るっ!!」
と、またもや女。声だけで伝わるもの凄い気迫。そう年ではない。まだ若い女性の声。などと呑気にアナライズしてる場合ではない。
とにかくこの場から一刻も早く離れなければ。本能に尻を叩かれ、俺は声と反対の方向に走り出した。
厄介事に巻き込まれたくない一心で逃げる。逃げる。逃げる。アメフト部からランニングバックとして誘いを受けそうなくらいの勢いで。
怒声と哀願の声は徐々に後方へと遠ざかり、ついに耳に届かなくなった。
「ハァ、ハァ、ハァ」
俺は肩で息をしながら、額の汗を拭く。一息ついて安堵の表情。
「ここまで来ればもうあんskdふぉp@sd、ぬふっ!!」
気を緩めた途端、俺の背中に何か重く柔らかいものが激突した。エビ反りになって豪快に顔面を地面に打ちつける俺。
「あいたた……って、こ、子供!?この子が飛んできたのか」
状況が全く理解できないまま、俺は背中に覆いかぶさっていた子供を抱き、地面に寝かせた。先程、先生とか何とか謝っていた子供に
違いあるまい。少年かと思っていたが、どうやら少女のようだ。14,5歳くらいか、ショートカットの活発そうな子だ。しかし、
何故俺の背後から激突する必要があるのか。っていうか、無事……なのか?
「おい、大丈夫か?」
見守ってみる。
- 214 名前:1
[] 投稿日:2006/11/29(水) 23:14:41
- 「いったぁい」
ゆっくりと上半身を起き上がらせた。すごい。普通に無傷だし。
「ああ、すみません。ぶつかっちゃったみたいですね。先生ったら本気で突っ込んで来るんだもん」
と、謝罪しながら照れ笑いを浮かべる余裕すら見せた。頑丈な子だ。それにしても、これは例の先生とやらの仕業なのか。
「よぉし、動くな!ついに観念したわね」
背後からドスのきいた声。
「先生!」
怯えて表情を一転させて少女が、俺の胸の中に隠れた。結局こうなるのか。やはりこの世界は厄介事に満ち、どうやらそれらは俺の
元に集まる性質があるらしい。先生と呼ばれる女の言う通り観念して、俺は彼女と対峙すべく立ち上がった。
それにしても子供相手にこの仕打ちはひどい。ここは大人としてガツンと一言、
「おk、待って!話せば分かる!ラブ&ピース」
物申すのは怖いので弱腰に出ることにした。暴力女教師の顔を確認する。年の頃は20代前半だろうか。半分ほどイギリス人の血が
入っていそうな顔立ち、右手にはいかにも重そうなハルバート、ってお〜〜い!
「カエラ……さん!?」
ついつい敬称付き。
「あ」
俺の顔を認めた彼女は、手の中の得物を落とした。予想だにしない再会に、俺達はお互いあんぐりと口を開けたまま、
見詰め合うのだった。
続 く
- 225 名前:1
[] 投稿日:2006/12/05(火) 23:05:02
- エピローグ(カエラ2)
「なんでここに!?」
俺はカエラの顔を指差す。負けじと俺の顔を指差すカエラ。至近距離で同時に指差したものだから、2本の指が壮絶な勢いで突き合い、
思い切り突き指をしてしまった。悶絶の再会。
「っ痛ぁ……それはこっちのセリフ。何であなたがここにいるの?」
「うん。色々事情があってね。しかし痛ぇ!」
ぐいぐいと人指し指を引っ張る。本懐たる人を指した上での名誉の負傷なのだから、俺の人指し指もさぞ満足したことだろう。
「先生の知り合いなんですか?」
脇からそろ〜っと俺達の顔色を窺いながら、ショートカット少女が問う。
「うん。まぁね。って、あんた!そんなことより何で修道院の塔を吹っ飛ばしてくれたの!?」
あの塔は修道院のものだったのか。っていうか、この子があの爆発を起こしたのかよ……。ってか、俺との再会はそんなこと程度?
「うう、ちょっと魔術の練習してて……すみません」
ちょっと魔術の練習であの惨状か。甜歌に勝るとも劣らない魔力の持ち主。ってか、尖塔を吹き飛ばせばカエラも怒って当然だな。俺でも怒る。
ここでカエラはほんの短い間、思案した。そして、
「罰として尖塔の瓦礫を完全撤去するまで食事抜き。それも独りで」
被告である教え子に対して判決を言い渡した。なかなか手厳しい。しかし子供を叱る時には有効な手段であるのも事実。出来る筈もない
無理難題を言いつけて、十分反省した所で諭してやるつもりだろう。躾のテクニックを身につけるとは、カエラも大人になったものだ。
「ひぃ!?そんなの無理に決まってるじゃないですか……」
変な所から悲鳴を上げて、眉を下げる少女。まぁ、普通に考えて無理だろうな。
「早く取り掛からないと日が暮れちゃうわよ〜」
ああ、本気でしたか。
「そんなぁ!!」
- 226 名前:1
[] 投稿日:2006/12/05(火) 23:06:06
- と嘆きつつも、少女はダッシュで修道院に走り去った。罰を受け入れる方も受け入れる方だ。やはりこの世界の人達、何処か狂っている。
「おいおい、無理だろ。あの子独りでどうやって撤去作業するんだよ」
「心配ないわ。あの子なら出来る。独学で魔術も勉強してるんだし」
あっけらかんとカエラ。そういうものなのか。甜歌といい魔法使えれば何でもありだな。無力な俺は、憐憫の眼差しで少女を見送るのであった。
それはさておき、
「さっきの話から推測するに、カエラはあそこの修道院で教師をしてるのか?」
「ええ。っても、教師なんて大層なもんじゃないけどね。修道院に学校が併設されてるの。魔物がいなくなったとは言え物騒だし、子供達に
体術を教えてる」
僧侶なのに体術という所が、いかにも彼女らしい。細身の身体に似合わない馬鹿力で、容赦なく生徒達に鉄拳教育を施しているわけか。リアル
世界なら即刻懲戒解雇だな。
と言うより子供の将来が心配だ。俺は天辺を崩壊させた修道院を見ながら、そこにいるカエラの教え子達の身を案じた。
ふとカエラが視線を空に向けた。そして、ちょっと照れくさそうにしながら、
「元気だった?」
聞き取れるか聞き取れないか、そんな際どい声で独り言のように呟く。唐突だ。
「あ……うん」
こちらとしては意味もなく照れてしまうわけで、ついつい髪をかく癖を披露。
両者ともに気まずい沈黙。言葉が出ない。風が草を撫でる音が、どういうわけかありがたく感じられた。
「と、とにかく深田のこともあるし、色々聞きたい話もあるわ。今夜はうちの修道院に泊まっていきなさい」
ぶつけるように早口で言い放つと、カエラはさっさと修道院に進路をとって歩き始めた。
「あ、ああ。ありがとう」
俺は為す術なく、シューティングゲームのオプションよろしく、後ろから付いていく。
歩きながら、
- 227 名前:1
[] 投稿日:2006/12/05(火) 23:06:42
- (カエラ変わったなぁ)
そんな思いが頭を過ぎった。実際のところ彼女の印象は大きく変わった。最初、廃修道院で出会った頃は、人並はずれた馬鹿力と極端な自傷癖も
手伝って、危なっかしいメンヘル娘というイメージが第一だった。それが旅を続ける内に、彼女はりえという第二の人格との融合を果たし、本当の
意味での自分を獲得した。目の前を歩く彼女の背中は、カエラの力強さとりえの柔らかさを備え、見る者に安心を与える。
(そう考えると、教師という職業には適任なのかもしれないなぁ。適職って意外な所にあるもんだ)
自分にとっての適職は何だろう。少なくとも家電屋は向いてないだろうな。なのに5年も続けてる俺って……。そんな下らないことを考えながら、
俺は早足なカエラに歩幅を合わせた。
続 く
- 4 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:03:40
- エピローグ(カエラ3)
そんなこんなで修道院。
修道院は寄宿学校も併設しているだけあって、子供の姿が多く見受けられた。下は幼稚園くらいの子から、上は15、6歳くらいまで。内装は質素で大した設備も無さそうだが、
生徒達の活き活きとした表情からは、ここが学び舎として相応しい場所だと推察できる。
俺はカエラに連れられて、訪問者用の宿泊施設の入り口をぐぐった。木製のドアは朽ちており、中もわざと老朽化させたんじゃないかとさえ思えるボロ部屋だ。
「とりあえずここで我慢してね。ここでは、部外者のあなたを修道士と同じ場所には泊められないの」
「ああ、わかってるよ。ありがとう」
俺はベッド、と言うには粗末な、藁のマットにどっと座り込んだ。三次のアパートを出てからここまで急展開の連続で、ほとほと疲れたからだ。魔王を討伐したのが俺だということは、
修道士仲間や生徒達には伏せておいてもらった。大騒ぎされても困るからだ。
俺の横にカエラも腰を下ろした。
外は薄暗さを徐々に増していき、今にも夜が訪れようとしている。時折、遠くから聴こえてくる子供の声。静かな風が部屋に忍び込み、疲労した肌にひんやりと、それでいて優しく
撫でる様に当たる。心地良い。ただただ心地良い。
俺はカエラにこれまでの顛末を、ゆっくりと話した。聴き終わった彼女は、
「……こうして、二人でここにいるのって、何だか不思議だよね」
と、これまで見せたことの無いような微笑を浮かべた。それはとても穏やで、見る者の心に安心感をもたらす笑みだった。
「どういうこと?」
俺は問い返す。
「あなたは元の世界に戻った。こことは隔絶されたあなたが住む世界。本来なら、簡単に行き来できない場所。それなのに、今こうしてここに2人で腰掛けている」
「そういわれればそうだなぁ。結構な偶然だな」
「でしょ?偶然にしてはちょっと出来すぎてるでしょ」
俺達は顔を見合わせた。
「悪戯な偶然って感じだな」
あ、俺今うまいこと言った。
「ちょっと小粋な偶然よね」
とカエラ。
「空前絶後の偶然だな」
と俺。
「キングオブ偶然ね!」
退かずにカエラ。
「偶然オブザイヤー」
こちらも負けられない。俺はカエラの出方をうかがう。って何の勝負してんだよ。俺達。
- 5 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:04:24
- しかし、カエラの口から出たのは、不毛な勝負など無視した言葉。
「……でもね。ひょっとしてひょっとすると偶然なんかじゃなくて……!」
いつしかお互いの瞳を結ぶ直線距離は、故ジャイアント馬場の足の裏ほどの、長いのか短いのかよく分からない微妙な長さになっていた。
「……」
面食らった俺は無言。紅く染まった彼女の頬に刺激され、動悸が徐々に激しくなっていく。
「偶然なんかじゃなくて、限りなく必然に近……」
近づく。動悸が……やばい……息切れ……誰か救命心……
「先生!補修完了しましたーーーー!!」
教え子の少女が嬉々として飛び込んできた。俺達は咄嗟に首を90度回して、顔を背けた。勢いよく背け過ぎて、ものの見事に首を痛めた。2人同時に。
俺達が揃って首に手を当てていると、
「あれれ、2人ともどうしたんですか?」
怪訝そうにこちらを見る少女。作業中に付着したのだろう。顔の所々に黒い汚れが付いている。
「あ、いや、童心に返って、あっちむいてホイなんて遊びを……ね」
俺は苦笑いを浮かべて首をさする。カエラも取り繕うように、
「よ、よし。じゃあ早速現場を見に行きましょう」
無理矢理毅然とした口調を作って、立ち上がった。
俺は首をさすりながら、2人の姿を見送った。顔は笑っているが、先ほどの出来事に心臓はまだバクバクと激しく鼓動を打っている。
ちょっと落ち着いてみるか。俺は深呼吸しようと、大きく息を吸った。
「すぅ……」
そこにカエラが戻ってきた。
「ごてぃばっ!」
深呼吸のリズムを崩されて、俺は咳き込んだ。
「ど、どうしたの?現場には行かなくていいのか?」
すると彼女は眉をひそめて、不可解そうな面持ち。
「それが私にもわからないの。口が勝手に開いてあの子に、先に現場に行ってて、って。で、身体も自然とこっちに戻って……って、あわ!?」
どたりと尻餅をついて再び俺の横に座るカエラ。
「痛たたた。ま、まさか動物の霊でも憑いた!?」
僧侶の言う台詞ではないような。って、待てよ……これはもしかして……
「あ」
カエラの方を見た俺の目には、彼女の身体にもう1人のカエラが重なって見えた。
(りえ!?)
- 6 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:06:45
- なるほど。そういうことか。幻のような姿で、カエラのもう一つの人格りえは、にこりと優しく、というか意味深に笑った。そして再びカエラの身体に戻ってしまった。
(一体どういうつもりなんだよ)
俺はりえの思惑を読み取ろうと、沈思黙考した。黙考し過ぎて気づいた時には、気まずい空気が2人を覆っていた。お互い何を話していいか解らない。
どれぐらいの時が過ぎただろう。いつの間にか陽は沈みきり、夜が辺りを支配していた。こういう時怖気づいてしまうのが俺の悪いところだ。今回も、先に口を開いたのはカエラだった。
「あの……さ。あっちに帰るの?」
「え?」
「いえ、そのね。これはあくまで一つの提案なんだけど。用務員のお爺さんが一週間前に引退しちゃって後任を探してるの。でね、その……あなたがよかったら」
カエラはうつむいてしまった。
考えてみる。悪くない。そう、悪くないかもしれない。現実世界に比べてここは静かだ。魔物もいなくなり世界は平和そのもの。まさに理想の世界。家電屋として余裕のない、
それこそ年末年始の休みとは無縁(地震が起きて地区本部がある建物倒壊しろ)の生活に戻るくらいなら、ここでスローライフを満喫する方が断然いいに決まっている。
「それもいいかもなぁ」
「でしょ!!私から院長先生に掛け合って……」
しかし、俺はゆっくりとかぶりを振った。その様を見たカエラは、不安そうな表情。
「私のこと、嫌い?」
俺は再び首を左右に振る。
「そうじゃないんだ。カエラを嫌うだなんて滅相も無い」
俺は震える手でカエラの肩を抱いてみた。ほんと28歳のおっさんが、初めてのデートのように緊張して情けないことこの上ない。暗闇だったのがせめてもの救いだ。
平静を装って言葉を続ける。
「それに俺にとって、こっちの世界はとても居心地がいい。うるさい上司(欽ちゃん似。基本的に本部の傀儡)や会社はないし、第一こっちの世界じゃ俺は勇者だ」
「じゃあ何で……?」
腕の中から漏れるカエラの弱い声に、俺は少し間を置いて答える。
「何ていうかさ、結局俺の現実はあっちなんだよなぁ」
- 7 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:08:12
- 俺と言う人間は不思議なもので、とかく現実とはつまらなくて下らなくて、大して価値も無いものだという強い思い込みが、昔からある。それ故に今自分が置かれている状況を、
現実として受け入れることは、どうしてもできないのだ。ファンタジー世界であっても、こんな自分に都合のよい世界は、自分にふさわしくない。どこまでも幸せに対して貧乏性な俺。
現実世界に戻ったところでいいことなんてないのに、それでもあの街が還るべき場所、自分にふさわしい場所だと思い込んでいる。全く救いようの無い愚か者だ。
「そう……じゃあ、私もあっちに行っちゃおうかなぁ」
「え!?」
なにこのカウンター。俺はつい彼女を抱いていた腕を浮かせた。
「なーんてね。何ていうかさ〜私のリアルはぁ、やっぱこっちなんだよねぇ〜」
カエラはおどけて俺の口真似をした。ワクワクしてくるぐらい似てない。でもその仕草が妙におかしくて、俺は大口を開けたまま笑い出した。つられてカエラも笑い出す。
2人して池沼みたいに転げて笑った。
「先生、おそ〜い!!!」
痺れを切らせた少女が、空気読むことなんてそっちのけで部屋に走りこんできた。
「っと、あらら。お邪魔でしたか?」
ばつが悪そうに頭をかく。幼い顔つきの割に、なかなかどうしてませている。
「あはは、いいのよ。もう終わったから」
カエラはあっけらかんと笑って腰を上げた。
「よーし!今度こそ見に行くわよ。それが終わったら、おいしいもの作ってあげる」
「え!やったぁ」
少女は手放しで喜ぶ。ほぅ、カエラにしては中々太っ腹。
「彼が」
俺かよ!……ま、いいか。こちらの世界に来てから、料理も多少は出来るようになった。
- 8 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:08:52
- 俺は2人の後姿を見送る。まるで姉妹か親子のようだ。かつて修道院で裏切られたカエラだからこそ、教え子に真の意味で厳しく、そしてやさしく接してやれるのだろう。
あの少女は幸福だと本心から思う。
「俺も帰ったら後輩に優しくしてやるかな」
と、ろくでもない先輩の自分を戒めてみた。
「何を作ってやろうかな」
俺はこっちで覚えた料理のレシピを、記憶の中から呼び起こしていく……あ、そう言えばあの子の名前まだ聞いてなかったな。なんて言うんだろう。
「あれ、先生どうして泣いてるんですか?」
「ん?ああ、ちょっとおかしいことがあって……笑ってたら涙がね」
遠く回廊で話す彼女らの会話は、もう俺の耳には届かなかった。
終 わ り
- 9 名前:1
[] 投稿日:2006/12/27(水) 23:09:47
- ここでエンディング
エンディングテーマ
木村カエラ「Level42」
カエラの名場面映像の後にお馴染のスタッフロール
監督・脚本・声の出演 俺
スペシャルサンクス お前ら
甜花ルート
平井ルート
深田ルート
←目次