異世界ファンタジー編 エピローグ

 

430 名前:1 [] 投稿日:2006/01/28(土) 23:02:12
エピローグ 
1月。現実世界に帰って10ヶ月が経った。 
俺は社用車で畠敷を走っている。年末年始の忙しさもようやく過ぎ去った。山積していたパソコン訪問サポートを 
今の内に消化しておかないと、すぐに決算セールが始まってしまう。仕事を後手後手に回して痛い目を見るのは俺 
の悪い所だから、今回は早めに手を打っている。 
まだ午前10時前というころもあり、ハンドルを握る手は冷たい。タバコ屋の自販機前で車を止め、降りる。ココ 
アを買おうと、ズボンの後ろポケットの財布に手を伸ばした。 
と、腰の携帯電話が震えた。 
「ん?」 
Eメールだ。携帯電話を開いてみる。 


From 深田さん 
Sub お元気ですか? 
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お久しぶりです(^ー^) 
来月頭に広島に行く用があるので、 
よろしければお訪ねしてもいいで 
しょうか? 
今お仕事中でしょうからまた電話 
します(´б`)ノシ 

431 名前:1 [] 投稿日:2006/01/28(土) 23:03:38
ノシって……。 
返事を返そうと思ったが、客先に急がないといけないので、ひとまずココアを持って車に乗り込んだ。再び車を走ら 
せている内、深田のメールが呼び水となって、俺はあの日のことを思い出した。 
魔王を倒した直後、辺りは眩い光に包まれた。そして、tanasinnソードは全てを語ってくれた。 
人間の妄想によって構築された世界。それこそが、俺や深田が召喚された世界の正体だった。人々が抱く妄想が集積 
し、いつしか異次元に一つの世界を形作った。妄想世界は、現実世界で絶えず生み出される妄想エネルギーを糧とし 
て、長きにわたり維持されてきた。しかし妄想の根底にあるのは負の感情。現実世界に渦巻く悲しみ、嫉妬、そして 
絶望、これらから生まれた妄想が秘める負の力は、魔物という人に害を為す存在を生み出した。 
ある時、一つ所に集まった妄想に、更に強力な負の妄想が融合し特異な存在を生み出した。それが魔王と呼ばれるも 
のだ。そこで妄想神Tanasinnは魔王が生まれる直接の原因となった人間、すなわち強い負の感情を持った現実世界人 
に魔王討伐の責務を背負わせることにした。俺が向こうの世界に召喚されたのも、自分の妄想から誕生した魔王を倒 
す責務だったというわけだ。 
「信号は……あちゃ、また赤か」 
この交差点を通る時はいつも赤だ。俺はココアに手を伸ばし、長い長い信号待ちに入った。 
見ての通り、俺は元通りの家電屋としての人生を取り戻した。以前と同じ、これといって変化のない平凡な毎日を繰 
り返している。 
現実はつまらない。そう考える俺の基本的なスタンスは、依然として変わっていない。 
だが、そのつまらない現実に対する見方が変わったのも事実だ。この世界の中心にいるのはいつも他ならぬ自分だと 
いうことを再認識した。今この瞬間、この物語の主人公は、文武両道の同級生でも、モテモテイケメソ同僚でもなく、 
いつでも自分自身だ。あの世界で出会った人々。甜歌、平井、カエラ、岸部、摩邪、塚地、伊藤、正岡兄弟、その他 
の皆さん。そして現実世界で生きている人々。恐妻家の店長、頭髪の減少に悩むチーフ、俺自身。誰もが自分のイメ 
ージを持って、その中で生きている。スポットライトは、いつも己の頭上から光を放っている。 

432 名前:1 [] 投稿日:2006/01/28(土) 23:04:19
我ながら浅薄ななポジ思考。そう考えたくらいで、人生うまくいくはずがないのも分かっている。でもこう思考する 
ことで、今までぬかるんでいた地盤が、ほんのちょっと硬くなったような気がする。気のせいかもしれないが、そう 
いうことにしておく。思い込みってことは結構大事なのかもしれない。 
それにしても長い交差点の信号待ち。ココアを更に一口飲む。ようやく青。発進。橋を渡っていると、横目に馬洗川 
が見えた。魔王と戦った地点が自然と視界の隅に入る。 
「今の生活からは想像できないな」 
独り言を吐いて俺は笑った。異世界を共に旅した深田からEメールを受け取っている。この現状がひどくおかしなも 
のに思えた。 
俺と共に現実世界に帰還した深田は、実家のある東京に帰った。両親に5年間というブランクをどう説明するかで悩ん 
だが、記憶喪失ということで、どうにかこうにかごまかし通した。その後、お互いに電話で連絡を取り合っている。 
現在は大検受験に向けて猛勉強中とのことだ。 
車は畠敷町の目的地に近づいてきた。工事中の迂回道路を抜け、坂道を上がる。訪問先の前に車を置いた時、俺は驚愕 
に眼を大きく開いた。 
「こ、ここって!?」 
出発前に地図(ゼンリン)で位置確認をしたのに、気づかなかったとは。ここはあの井戸屋敷の真裏ではないか。 
いつになく手早くサポートを終わらせた俺は、時間もあることだし、井戸屋敷に車を回してみた。 
「これは……」 
空き家の札が下がっている。俺は散歩している主婦に訊ねる。 
「あの、すみません。この家は住んでいたお婆さんは?」 
「ああ、ここのお婆さんね。去年の年末に亡くなったんよ」 
「亡くなられたんですか……」 
「年は越せると思っとったのに。いつも独りでほんとお気の毒だったねぇ」 

433 名前:1 [] 投稿日:2006/01/28(土) 23:05:04
俺は複雑な心境になった。こちらの世界に戻って数日後、俺は彼女には岸部の生存を伝えた。それを知っても、彼女は 
終始我関せずといった表情だったけれども、告げた瞬間、垣間見せた安堵の顔を俺は忘れない。彼女は井戸の番人だっ 
たから、門がもう開かないことも自分で察知していた。生存を知った喜びと、帰還を望めない落胆。彼女にとって、前 
者の方が大きかったことを俺は願わずにいられない。 
主婦が通り過ぎるのを見計らって、俺は柵を乗り越えて屋敷に忍び込んだ。狭い道を抜けると井戸が見えた。 
「これが全ての発端だったんだ」 
井戸の側に立って、石造りの縁に触れてみる。冷たい。冷たくて当然なのだが、それがまるで屍のように思えて、もう 
門として機能することはない現実と重なり、俺の心を寂しさが満たした。 
「みんな、どうしてるかな……」 
俺は目をつぶった。 

ここで最後の分岐 
@甜歌を思ってみる 
A平井を思ってみる 
Bカエラを思ってみる 
C深田に電話してみる 

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