異世界ファンタジー編 第19話

 

281 名前:1 [] 投稿日:2005/04/08(金) 00:56:10
第19話(前半)
「おい新入り、飯行ってこいや」
用務室長(島田洋七)が、気さくな声で促した。
「はい」
ようやく昼飯だ。俺はすきっ腹を抱えて学生食堂に向かう。この学園では用務員も含めて、全ての職員が学生食堂で朝昼晩
三食を取っている。もっとも、学生達でてんやわんやする時間帯は極力避けているので、俺が食事を取る頃にはいつも食堂
はガランとしている。俺は食堂のおばちゃんからトレーを受け取り、料理を乗せていく。そして壁際の席に腰を下ろし、よ
うやく一息ついた。
この学園に来て今日でちょうど2週間が経つ。俺は先ほどのもみじまんじゅうを是非持たせてみたい用務室長の下で雑事を
教わっている。学園内の清掃、庭の手入れから消耗品の取替えに忙殺される日々だ。深田や甜歌は学生として生活している
ので、毎晩門限の30分前に時間を決めて顔を合わせている。そして、その際にお互いに得た情報を交換している。おかげ
で目的の魔族と関係があると思われる人間が3人に絞れてきた。
俺が黙々とパンとスープを交互に口に運んでいると、初老の男が食堂内に入ってきた。学園長である岸辺(一徳)だ。彼は
おばちゃんからトレーを受け取ると、俺が座っている位置からそう遠くない所に席を取った。
岸辺学園長は何ともつかみ所のない顔立ちで、外面からは何を考えているのか判じ難いことこの上ない。しかし、実際はか
なりのキレ者で、学園を10年間に渡って運営、世界レベルでの名門校に仕立て上げた立役者だ。封建的な部分は最低限保
ちつつ、革新的な制度も考案して取り入れてきた。入学年齢制限の撤廃や週一入学試験の導入といった具合に、広く人々に
魔術を習得する機会を与えている。無論、古来からの秘匿的な因習が色濃く残る魔術士業界であるから、それを快く思わな
い者も大勢いるわけだが。彼は今回の選挙にも出馬している。
(どうかなぁ。パッと見魔族には見えないけど、あの眠たそうな目の裏に何か隠していそうだなぁ)

282 名前:1 [] 投稿日:2005/04/08(金) 00:56:47
俺は食事をしながら、密かに彼の様子を盗み見ていた。すると、今度は黒ぶち眼鏡を掛けた男が入ってきた。副学園長の生
瀬(勝久)だ。彼はちょうど俺を挟む格好で学園長と真反対の位置に座り、持参した弁当を開いた。
生瀬は学園長の対抗馬として、次期学園長の座を狙っている。金と名誉を渇望し、その性質は邪の一言に尽きるという。今
回の出馬表明をしてからというもの、学園長とは犬猿の仲らしい。
(魔族っぽいよなぁ。何か知らんけど魔族っぽいよなぁ。ハリケンアッパー(東)が必殺技っぽいよなぁ)
外見と声だけで根拠のない推測をしていると、更に紳士然とした口ひげを蓄えた男が入ってきた。教頭の陣内(孝則)だ。
彼はトレーを持って、岸辺達を避けるように腰掛けた。
陣内はその落ち着いた立ち居振る舞いから、生徒、教師を問わず学園内の女性に対して高い人気を持つ。彼の行動の根底に
あるのは一切の無駄を排除する現実主義だ。女子に言わせれば、その冷徹さが魅力の一つなのだそうだ。彼もまた学園長選
挙に出馬している。
(女性関係華やかそうだなぁ。羨ましいなぁ。魔族なんかなぁ)
ていうか、
(うわぁ、囲まれてるなぁ。俺囲まれちゃってるなぁ。出辛いなぁ)
上から見ると、壁際の俺を中心にして東に学園長、西に生瀬、そして南に陣内といった按配。俺はとうに食事を終えていた
のだが、出ように出られず困惑した。と、その時、
「だーれだ?」
聞き覚えのある声と共に、突然何かが視界を覆い隠した。

283 名前:1 [] 投稿日:2005/04/08(金) 00:58:06
「うわ!?」
仰天して椅子からずり落ちる俺。机と椅子の間から上を仰ぐと、甜歌が申し訳なさそうな、それでいて笑いを噛み殺しなが
ら見下ろしている。彼女は手を合わせて、
「ごめ〜ん、おにいちゃん。授業サボっておにいちゃんに会いに来ちゃった♪」
「いてて、驚かすな…よ」
体勢を立て直すや、身体を硬直させる俺。学園長候補達が皆俺の方向を見ているではないか。
「ああ、君、大丈夫かね?」
岸部が痴れ者でも見るような顔をして、声をかけてきた。
「ははは、どうも。甜歌、行くぞ」
俺は甜歌の手を握ると食堂から逃げるように出て、そのまま正門前の並木道まで走った。
「はぁはぁ、ったく、肝を冷やしたよ」
「ごめんね、おにいちゃん…」
予想外に反省しているようだ。俺は少し考えて、
「ん〜、そうだな。甜歌だから特別に許してやるよ」
真面目な表情をしてみた。
「え、ウチだから?」
甜歌がはっとして頬を赤らめる。
「ああ、その…なんだ………甜歌はお子様だからな!」
「もぅ、おにいちゃんの意地悪!!」
追いかけてくる甜歌に顔を合わせたまま、俺は調子に乗って後ろ向きに駆けた。何とも傍から見ると恥ずかしいことのこの上な
い、m9(^Д^)プギャーと嘲笑されること請け合いの光景だが、当事者としては楽しくてたまらないわけで。と、笑っていた甜歌
の表情が急に強張った。

284 名前:1 [] 投稿日:2005/04/08(金) 00:58:25
「あわわわ、前、前、まえっ!!!」
大慌てで俺の前方、つまり俺から見ると後方を指差した。
「へ?…っ!?」
地面が消えた。続いて景色が下から上に回転する。いや違う。回転したのは俺だ。前方不注意で歩道を踏み外したと気付いた時
には、俺は崖を一気に転げ落ちていた。転がる。転がる。ジャッキー(チェン)じゃあるまいし、もうそろそろイイだろ、とい
う思いも無視して頑張って転がっていく。ああ、これは死ぬなと観念し始めた時、ようやく俺は木の幹に激突して止まった。
「痛ぇ…」
身体中に激痛が走る。どうしようもなく痛い。激痛の余り目も開けられないでいると、落ち葉を踏む音がして人の気配が俺の前
に立った。
「じっとしていてください」
声と共に、温かい何かが俺の身体を覆った。そして次第に、忌まわしい身体中の痛みが薄らいでいき、ついには完全に消えてし
まった。目を開けると、そこには一人の女性が俺の身体に両手をかざしている。どうやら彼女が治癒魔術を施してくれたようだ。
「痛みが……消えた」
「傷はもう大丈夫だと思いますが、一応お医者様に見てもらってくださいね」
端正な顔立ちをした女性は、白い歯を見せて笑った。
「ありがとう」
「大事でなくて良かったです。それでは私は用があるので失礼します」
「あの、あなたは?」
「上原(多香子)といいます」
「上原…さん」
上原と名乗った女性は甘い、それでいて清潔感に満ちた香りを残して去っていった。落ち着いた口調が整った顔立ちと相まって、
何と言うか……(・∀・)イイ!! 。立ち去る彼女の後姿に見惚れて俺がぼんやりとしていると、入れ違いに甜歌が駆けつけてきた。
「おにいちゃん、大丈夫!?」
「ん、大丈夫だよ。上原さんが治癒魔術で治してくれた」
甜歌は少しムッとした。
「上原さんって、さっきウチがすれ違った?」
「そう、上原さん…」
「おにいちゃん、だらしない顔し過ぎ!」
「いででで!」
背中をつねられた俺は、だらしなく身をよじらせた。
                                                                 続く 

295 名前:1 [] 投稿日:2005/04/09(土) 00:25:38
第19話(後半)
黄昏時。
沈みかけの太陽が、学園内の建物や樹木を黄金色に染め上げていく。一日の内でこの短い時間だけは、それら平凡な物が一種神秘
的な美しさで彩られる。間もなく訪れる夜を前に、日常的な存在達が垣間見せる非日常的な美しさだ。
といった具合に、柄にも無く感傷に浸りながら、俺はモップや雑巾、バケツといった清掃道具を携えて図書館に向かって歩いてい
る。毎夕この時間に行う館内清掃を、自分が担当しているからだ。中央広場の少し外れに位置する図書館は、荘厳なゴシック建築
の2階建てだ。入り口には学問の神だかをモチーフにした爺様の石像が、まるで無学の徒である俺を威圧するかのように睨みつけ
ている。
扉のノブに手を掛けて、俺は図書館内に入った。ちょうど司書の稲垣(吾朗)が本を抱えて運んでいる所に出くわした。
「どうもこんばんは。清掃に来ました」
「ご苦労様。頼むよ」
稲垣と挨拶を交わして、俺は早速掃除に取り掛かった。まだこの時間は1階は自習学生が多いので、まずは2階から済ませる。こ
の2週間、毎日掃除をしているので段取りは完璧だ。俺は軽やかなステップで床にモップを滑らせていく。
「ん?」
ふと気付くと、視界の隅に机で読書に没頭している人影が入っている。深田だ。書物に目を落とす眼差しは真剣そのもの。邪魔し
ては悪いと思いつつも、俺は彼女に声をかけてみる。
「深田さん」
「ん?あ、どうも、こんばんは」
「何かすごく真剣な顔してたけど、何読んでるの?」
「え…っと、別に大した本じゃないです、はい」

296 名前:1 [] 投稿日:2005/04/09(土) 00:26:32
深田はいつになく慌てて、両腕で本を覆い隠した。卑しいようだが、表紙の"人と魔族の関係"という題名を、俺は見逃さなかった。
さすが勉強熱心な深田だけあって、魔族についての知識の習得は欠かしていないらしい。それに比べて、俺の用務員っぷりときたら。
既にこの仕事にやりがいすら見出りしていたりするから、我ながら泣けてくる。
「ところで用務員さんの制服、すごくよく似合ってますねぇ」
素直に喜べない誉められ方だ。ちなみに俺が着ている用務員の制服は、全身緑色をした小人みたいな布の服である。
「モップを握る姿も堂に入ってますよ。仕事師って感じで」
更に畳み掛けてくる深田。同じことを普通の人間が言ったなら嫌味にしか聞こえないのだが…
「ん、そうか?まぁ、最初の頃に比べたら仕事に慣れてきたかな」
俺ってどうしてこう単純なんだろうか。彼女の口からだと、こんな誉められ方でも嬉しくなってくるのだから。
「深田さんも学園生活はどうよ?」
毎晩情報交換はしているものの、あまりじっくりと話す時間がなかったので、この際とばかりに尋ねてみた。
「とても楽しいです。親しい友達も出来て、次のお休みに一緒に街へお買い物に行く約束したんですよ」
「へぇ、いいなぁ。俺なんか娯楽と言えば、室長と一緒に酒飲むぐらいだぜ」
俺達は思わず声を出して笑った。館内にまばらにいる学生が、一斉に戒めるように俺達を見た。気まずい顔をして、小声になる俺と
深田。
「やっぱり学生生活っていいものですね。高校3年の時にこの世界に来てから、すっかり忘れてました。こんな気持ち」
「だよな。俺も学校の空気に触れていると、こう生気が漲ってくるというか。リアル学生時代にはこんな気持ちは感じてなかったよ。
何ていうか、一言で言うと…」
「一言で言うと?」
「え、えっと……青春」
言っちまったよ。齢26にして青春という言葉を口に出しちまった。家電屋でいる頃には、青春どころか既に白秋の到来すら感じて
いた人間が、よくもまぁ言えたものである。
「青春ですよねぇ」
「青春だよなぁ」
しみじみと青春を噛み締める俺達。

297 名前:1 [] 投稿日:2005/04/09(土) 00:26:56
ん?ちょっと待て。何かおかしい。っていうか、2人ともすっかり現状に満足している。魔族の調査を二の次で学生生活及び用務員
生活を満喫しまくっているではないか。やばいよ、やばいよ。
「深田さん、俺らこんなことしてる場合じゃないよな」
「ですね」
俺達は現実に戻った。
「それじゃ、仕事があるから」
うなだれてモップ掛けに戻ろうかと階下を見下ろした俺は、造形美すら感じさせるピッシリリーゼントヘアを見た。あれは副学園長
の生瀬ではないか。毎日この時間は図書館にいるが、彼を見るのは初めてのことだ。
「どこに行くつもりだろう?」
要注意人物の一人だ。見逃すわけにはいくまい。
「ハットりますか?」
深田は生瀬に目をやったまま提案した。
「ハット…る?」
未知の言葉だ。
「忍び足で尾行するんです」
「ああ…なるほど。ハットリか…」
微妙だ。
俺達はコソコソと、かつ急ぎ足で階段を下りて生瀬の後ろに付いた。書棚の影に隠れながら、やたら早歩きの生瀬に距離を離されない
ようにハットる。一体幾つの棚に隠れただろうか、広い図書館の壁際で生瀬は歩を止めた。他の棚から離れて、一つだけ書棚が壁に密
着している。見るからに怪しさ爆発だ。キョドりながら周囲をギョロギョロ見回した後、生瀬は書棚に手を触れた。すると、来た!来
ましたよ!お約束。棚が回転式扉になっており、彼はそこに吸い込まれるように消えていった。
俺達は顔を見合わせ、互いの意思を確認して頷きあった。いざハットり続行。俺は気付かれないように少し間を置いて、生瀬が手を触
れた位置に自分の手の平を置いた。扉が回転する。深呼吸を一つして、俺は暗闇に足を踏み込んだ。
                                                                 続く

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