異世界ファンタジー編 第27話
- 477 名前:1
[] 投稿日:2005/04/26(火) 23:52:41
- 第27話(前半)
宙を飛ぶゴブリンの首が、戦闘開始の合図になった。ゴブリンのみならず、周囲にいた魔物が一斉に俺達に襲い掛
かる。もちろんむざむざとやられるわけにもいないので、俺達は応戦する。たちまちハナマノレマーケットは修羅
場と化した。
俺や深田、平井、そしてカエラ。接近戦を得意とする戦士は乱戦に強いが、魔術士の甜歌はそうはいかない。瞑想
と詠唱をしている間は完全に無防備になってしまう。俺達は甜歌を守るように円陣を組みながら、敵をなぎ倒して
いく。
浴びせられる攻撃を受け流しながら、平井が俺に話しかけてくる。
「こんな時、異世界人専用聖剣はいいですね。対魔特攻だし」
「貸そうか?身体、溶けるけど」
「遠慮しときます…」
冗談を交わしながら、俺も負けじと懸命に俺専用異世界人専用聖剣を振るう。しかし、やはり多勢に無勢。甜歌を
中心にした円の径は徐々に狭まっていく。俺らピンチ。
と、その時、
「お待たせ!」
まるでオーブンからお待ちかねのピザを取り出して来た時のような、緊張感のない甜歌の声が背中越しに響いた。
気付くと、背後に強大な魔力の塊が発生している。次いで無数の魔力で出来た光の矢が、俺達を避けて正確に魔物
だけを射っていく。そして、周りを取り囲んでいた20匹近い魔物をあっという間に倒してしまった。凄まじい威
力。
「ナイス!甜歌」
「ありがと!初めて使ったんだけど、間違えて味方に当たらなくて良かったぁ」
試し射ちだったのか…本当に良かった…俺は悦に浸る甜歌を眺めがら、心底ホッとした。魔物の頭数が減り、士気
を高める俺達。
「そこまでだ…」
- 478 名前:1
[] 投稿日:2005/04/26(火) 23:53:11
- 突如声が響いた。声の主は、傍から戦いを見ていたターバンの男だ。
「なかなか楽しめたが、そろそろ遊びは終りだ」
男が手の平を顔の高さまで上げると、それに呼応して上空から複数の巨大な影が降り立ち、俺達を取り囲んだ。グレ
ーターデーモンが四匹。暗黒の翼を広げて威嚇し、今にも飛び掛らんという勢い。下手に動くのは危険だ。
「私の名はヤックソ」
この男がこのラミハの町を占領した魔族の王子ヤックソか。初めて、まじまじと彼の顔に見入る。全方向からの攻撃
に対応できそうなくらいにロンパった眼。HPのトップに置くとキモがられそうな笑顔。彼を構成するあらゆる要素に、
戦慄を覚えずにはいられない。
「貴様らごとき下郎を葬るのは容易いことだ……だが人間にしてはなかなかの腕。特別にハナマノレ祭で使ってやろう」
「ハナマノレマツリ?」
俺は聞き返す。
「楽しいお祭りだ。それまで牢に放り込んでおけ」
ヤックソはいかにも悪者然とした高笑いを上げて背を向けた。その直後、不意を打って後頭部に鈍痛が走り、俺は気を
失った。
………………一体、どれくらい気を失っていたのだろうか。気が付くと、俺は独房に身を横たえていた。照明といえば
通路の壁面に差してある蝋燭の、か細い明かりだけ。牢を満たす湿った冷たい空気が、心細さを助長する。
「捕まったのか…」
俺はため息を一つついた。独房の通路側を、お馴染みの格子状の鉄格子が塞いでいる。隙間は狭すぎて、いかに細身の
俺でも抜け出ることは出来ない。俺は鉄柱に手を掛けた。通路を挟んで向こう側にも独房がある。俺はそこに人影があ
るのを見て取った。あれは…
「カエラ!大丈夫か」
俺は鉄格子を揺らした。俺の声に気付いて、カエラはこちらを見た。暗がりでよく見えないが、一見して外傷は無さそ
うだ。しかし、彼女の表情は、暗がりの中にいるからではなく、ひどく暗い。
「ハハハ、捕まっちまったな」
わざと明るく振舞ってみた。
「…ごめんなさい。私があの時手を出さなければ…」
- 479 名前:1
[] 投稿日:2005/04/26(火) 23:54:11
- やばい。強い罪悪感に駆られているようだ。俺は寺院でのことを思い出して、慌てて言葉を重ねる。
「も、もういいよ。済んだことだし。ところで、あの時凄い剣幕で斬りかかっていったけど、何か理由でも?」
「……」
カエラは答えない。
「ごめん。悪いこと聞いた」
「助けたい。その一心だったわ」
「え?」
唐突な言葉に、俺は面食らった。
「人を助けたいと思うと、周りが見えなくなってしまうの…」
カエラは訥々と語り始めた。
続く
- 502 名前:1
[] 投稿日:2005/04/28(木) 22:06:32
- 第27話(後半)
「昔から、自分が何の為に生まれてきたのか、その意味を分からずにいたわ」
蝋燭のかすかな明かりが、カエラの半身を浮かび上がらせている。明暗の極端なコントラストが
彼女の平常時とメンヘル時の二面性を暗示している、というと都合が良過ぎるだろうか。
俺は壁に背をもたれさせて、カエラの小さな声に耳を傾ける。
「修道院に入ったのは13歳の時。修道院付属の寄宿学校を卒業した後、他の子はみんな結婚し
ちゃったけど、私は人の役に立ちたくてそのまま残ったの。奉仕活動でいろんな人達の笑顔を見
て、もっと人の喜ぶ顔が見たくなったから。その時だったわ。自分が生まれてきた意味を知った
のは」
人の喜ぶ顔が見たい。ここまで純粋な動機で自分の職業を選んだ人を、俺は身近に知らない。皆
とりあえず仕事に就き、とりあえず金を稼ぐ。俺もその一人だ。家電屋をしているのだって、た
またま内定を貰えたからに過ぎない。今のご時世、自分の好きなことを仕事にして飯を食えるな
んて、一部の機会に恵まれた人間だけだ。そんな達観した振りをして、生ぬるい諦念に身を浸し
ている俺が、ひどく矮小に思えた。
「でも、やることなすこと裏目に出ちゃうんだよねぇ、これが。母親譲りなのかな。昔から一意
専心っていうか注意力不足っていうか、馬鹿っていうか。一つのことに向かうと他が見えなくな
っちゃうの。で、失敗ばかり。しかも、最近はそれが特にエスカレートしてきてるのよね」
カエラは、消え入りそうなほど小さな笑みを浮かべた。殺されようとする人を助けたいという心
に、直情径行な性格が手伝って、あんな無謀な戦いを挑んだということか。納得がいった。
俺の中にもう一つの疑問が浮かんだ。
「そう言えばさ、カエラは何であの修道院を独りで守っていたんだ?他の僧侶は逃げ出したのに」
「院長達は逃げ出したんじゃないわ。この辺りの魔物が姿を消すまで、他の寺院に一時退避なさ
っているだけ。ヤックソを倒したら、避難先に一緒に持っていかれたお金で、荒らされた修道院
を建て直すって言ってたし」
「お金?」
- 503 名前:1
[] 投稿日:2005/04/28(木) 22:07:08
- 「ええ。修道院領の地代とか故人の罪を洗い流す為の施物とか、院長様は修道院のことを考えて
かなりの備蓄をしてらしたから。ちょっと取り過ぎのような気もしてたけど、院長様はそんな私
の邪推をいつも戒められていた。いずれは民の為に使用するのだと。だから、私は彼らが帰って
これるるようにこの地域に平穏を取り戻したい。またこの土地の人達の笑顔が見たいし、それが
私の生きる理由だから」
「そうだよな。きっと戻ってくるよ」
「うん…きっと…」
返事をしたカエラの声は震えていた。俺達は会話を無くした。
彼女は心のどこかで悟っているのかもしれない。院長はもう戻ってこないことを。彼は聖務よ
りも修道院領主として資産運営に熱を上げ、農民に対して必要以上の地代と施物の徴収を行い、
相当額の財を貯め込んだに違いない。それは領地を統べる貴族の感覚に近いだろう。ラミハ周辺
の農村地帯は魔物出現で荒廃し、農民も安全な地に移住し始めている。話によるとヤックソの軍
勢を前にして、一国の軍隊が撤退を余儀なくされたそうだ。財産を抱えて真っ先に逃げ出した者
が、いずれ不毛の地となるであろうこの地に、果たして未練を抱いているだろうか。
鉄格子越しに見えるカエラは、相変わらず沈んだ面持ち。
外面からは想像がつかない彼女の複雑な内面を知ったような気がした。院長のやり方に、カエラ
は内心失望していたように思える。或いは彼女の自傷癖や最近になって直情性に拍車がかかった
というのは、人々の信心と自分自身の信念を裏切っている罪悪感に原因があるのかもしれない。
俺は努めて明るくカエラに声をかける。
「カエラはすごいなぁ」
「え?」
「自分が生まれてきたことの意味とか理由を見極める。それって、なかなか難しいことなんじゃ
ないかなぁ。俺なんかは、ただただ流されていく日常の中で、ふとした瞬間に、そういえば人生
に意味ってあるのかな、なんて思う時がある。でもすぐにまた忘れて元の日常に戻っていく。そ
の繰り返しだよ」
何を言っているんだ、俺は。
- 504 名前:1
[] 投稿日:2005/04/28(木) 22:07:33
- 「だが、君は自分が生きる意味を見出している。これは何にも勝る才能だと思う」
我ながら歯が浮くような奇麗事を言ってのけるものだ。
「ありがとう…とても救われた気分。って、人々の魂の救済を職務とする私が、こんなことじゃ
いけないよね、うん」
戯言でも人に勇気を与えることが出来る。家電屋にいる時は他人のことを親身になって考えるこ
となどなかった。そんな俺の心に、カエラの笑顔を見た途端喜びが芽生えた。励ました当の本人
でありながら、戸惑わずにはいられない。
「よし!!」
膝を叩き、カエラはおもむろに立ち上がった。そして両手でしっかりと鉄格子を掴んだ。一体何
をするつもりだろうか。暗闇で目を凝らしていると、鉄格子がグニャリと捻じ曲がったではない
か。鉄の棒は少しずつ湾曲していき、ついには人が通れる大きさにまで間隔が広がった。何と言
う馬鹿力。ゴリラじゃないんだから。近くに見張りが居ないのを確認して通路に踊り出たカエラ
は、呆然とする俺の房の鉄格子を同じ要領で曲げた。
「いざ脱出作戦開始!深田さん達を助けに行きましょ」
ひょっとして躁鬱病も持っているのか。さっきまでとは打って変わって意気揚々と通路を歩い
ていくカエラ。俺は彼女のテンションに遅れを取らぬよう、後を追った。
続く
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