異世界ファンタジー編 第31話
- 149 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:49:22
- 第31話(前半)
暗黒のトンネルを歩く内、不意に視界を真っ白な光が覆った。強烈な目くらましにやられた俺は、瞬間、目をつぶった。
そして、次に瞼を明けた時、木製の蓋で封をされた石井戸が目に飛び込んできた。顔を上げて周囲を見回すと、夕焼け
空を背景にして古ぼけた民家が佇んでいる。
俺は朽ちかけた井戸口にかぶさった円形の木板に触れてみるが、
「閉まってる」
久しく開けられた形跡はない。この井戸に落ち、あの奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外荒唐無稽空前絶後的世界に飛ばさ
れたはず。
「夢・・・・・・だったのか」
俺の右手には配達伝票が握られており、身に付けている衣服は冒険者用の服ではなく、御馴染みの家電店の制服だ。や
はり幻覚だったのか。
「だよな。アニメや漫画、っていうか、俺が寝る前にしてる妄想じゃあるまいし」
背中に何かが触れた。俺ははっとして後ろを振り返った。
「あんた熱心に井戸を見ようたが、何かあったんね?」
老婆が俺の背中に手を置いている。そうだ。あの時、この老婆に井戸を覗くようにすすめられ、その後、何者か、と言
うかまず間違いなくこの妖婆に背中を押されて俺は井戸に落下した。しかし、井戸が閉まっている以上、それも自分の
幻覚と捉えるしかない。
「え、いえ、別に……ありがとうございました」
異様なまでに夕陽で逆光して、老婆の表情を読み取ることは出来ない。しかし、踵を返して去ろうとした俺は、後ろか
ら老婆の視線を感じて妙な寒気を感じた。振り返ることはせず、サービスカーに乗り込んだ俺は、配達伝票を伝票入れ
にしまいキーを回した。
- 150 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:49:47
- 橋を走行していると、上空に朱の太陽を浮かべ、川面をきらめかせる馬洗川が目に映った。見慣れた光景だが、やはり
何度見ても美しい。いつも走っているはずなのに、長い間お目にかかっていないような気がしてならない。それほどま
でにあの長い白昼夢は現実味を帯びていたのだ。
俺が店に戻ると、上司が声を掛けてきた。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
「いつもより時間がかかったみたいだが、どうだったよ?」
「すいません。でも特に問題はないです。結線にちょっと手間取って」
適当に笑ってごまかして、俺は休憩室に向かった。勤務を終えたアルバイトの坂上(高校卒業したばかり。俺より断然
年下なのにタメ口)が、やたら明るい表情で近寄ってきた。
「何だか顔色が悪いよ?」
「大丈夫だよ。でも、ちょっと疲れが溜まってきたかな」
「ふぅん。ねぇ、今日徹カラ(徹夜カラオケのことらしい)いかない?」
いや、たった今疲れが溜まってると言ったはずなんだが。相手の都合などお構いなしなのだが、それでもお客さんの評
判は何故か良い。彼女特有の明るさがあってこそなせる業だろう。やはり性格が明るいと何かと得だ。
「悪いな。今日はちょっと調子が良くないんで」
「つまんない男だなぁ。まぁいいや。それじゃまた今度ね。お疲れ様でした〜」
坂上の背中を見送って、俺は休憩室に備え付けてある冷蔵庫から飲みかけの烏龍茶を取り出した。それを片手に持って、
椅子に腰を下ろす。
(にしてもやけに現実味ある幻覚だったな)
ペットボトルに口をつける。
(そりゃまぁ、毎晩寝る前にしょうもない妄想をしているけど、さすがにここまでくるとヤバイよなぁ。ほとんど現実
みたいな感覚だったもんなぁ。俺病院行ったほうがいいのか)
もう一口、茶を口に運ぶ。
- 152 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:50:09
- (深田さん、甜歌、平井、カエラ……彼らは皆俺の想像の産物だったのか……)
ペットボトルを逆様にすると、中身を一気に飲み干し、それをゴミ箱に投げ入れた。
「いずれにしろ、もう俺には関係ないことだ」
独り言を吐いて俺は売り場に出た。平日の、殊に閉店間際ということもあり、客の入りは少ない。そんな中でも諸作業
をこなすことで、次第に現実世界にいることが確かな実感となって蘇ってくる。ようやく幻覚から戻ってくることが出
来た。今までと同じ生活。そう、この退屈な日常へ。
そうして一週間が過ぎた。以前と変わらない生活。起きて、仕事に行って、帰って夕食を取って、2chをして、寝る。
まさに毒男である。
だが、一つだけ変わったこともある。俺は就寝前に寝床で妄想することをやめた。眠りに落ちるぎりぎりの所まで本を
読んで、そのままフェードアウト。少しでも妄想世界での出来事を思い出さずに済むと思ったからだ。しかし、それは
とんだ思い違いだった。確かに寝る直前まで深田達の姿を忘れることが出来たが、そうしたら今度は彼らが夢の中に現
れ出したのだ。夢の内容は、大概彼ら魔物の軍勢に追い詰められている情景で、それを見るたび、うなされて俺は覚醒
させられた。そして、大量の汗を拭いながら決まってこう呟くのだった。
「一体俺にどうしろってんだ」
その日、何年ぶりかの早帰りをした俺は、夕刻の河川敷を歩くことにした。気に入ってよく散歩するこの場所へ来れば、
少しは気が休まるかと思ったからだ。そうしてぶらぶらと歩いていると、背後から声をかける者がある。
「こんな所で何してるんですか?」
振り返ると、右手に買い物袋を提げた女性が立っている。
「あ、赤……鳥羽さん」
既に退社した元同僚だ。旧姓は赤川。同じ店の工事業者である鳥羽と結婚した。俺は彼女に密かに心を寄せていたのが、
その事はとうとう言えずじまいだった。俺達は斜面を覆う草むらに腰を下ろして、少し話をすることにした。
「どう?結婚生活は」
聞きたくもないことを、社交辞令的に尋ねる俺。
「うん。とっても幸せ。でも、いつも家にいるからちょっと退屈かなぁ」
「だろうね。鳥羽さんは仕事好きだったもんな」
- 153 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:50:27
- 彼女の性格からして、家でじっとしているのは我慢がならないに違いない。今日も夕食の買い物がてらに散歩をしてい
るのだろう。
「あ、そうだ。これ報告しとかなきゃ。今、私のお腹の中に怪物が寄生してるの」
「え!?」
俺はどきりとして目を見開いた。普通ならこんな冗談は軽く突っ込んで流すところだが、深田のことを暗示しているよ
うに思えて、自分でも驚くぐらい大きな反応を返してしまった。
「あははは、リアクション大きいのは相変わらずねぇ。冗談よ。赤ちゃんができただけよ」
「なんだよ。びっくりさせ……って……赤……ちゃん……!!??」
またもや驚かされ、口をあんぐりと開ける俺。
「そう。赤ちゃんができたの。今3ヶ月」
赤川さんは落ち着いた穏やかな表情で、自分の腹を優しく撫でた。一方で俺はというと金縛り状態で硬直している。い
きなり白のペンキをぶちまけられたような思考の中、辛うじて声を絞り出す。
「へ、へぇ、そうなの……ヒヒヒ、おめでとう」
この場に鏡がなくて良かった。動転のあまり怪体な声で笑って祝福の言葉を送る俺の笑顔が、どれだけ不細工に歪んで
見えることか。
「ありがとう」
赤川さんは照れて相好を崩す。
「そうかぁ、赤川さ……いや、鳥羽さんもついにお母さんになるのか。でも、いいお母さんになれると思う。君なら」
流れ出しそうになる涙を必死にこらえて、俺は無理矢理目を細めた。そして、彼の夫と同い年でありながら、独りの自
分が無性に惨めで劣った存在に思えてきた。
- 154 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:50:46
- 「鳥羽は羨ましいな。妻である鳥羽さんと生まれてくる赤ちゃん、自分を愛して必要としてくれる人がいるなんて」
思わず寂しそうな表情を浮かべた俺に、赤川さんは問う。
「あなたは彼女できたの?」
「いや、今も一人だよ」
「そう。でもきっといつかいい人に会えると思うよ」
お決まりの気休めだ。
「俺を必要としてくれる人なんているのかな」
人妻に対して泣き言を言っている自分がいる。そんな俺に、彼女は相変わらずの優しい笑みを注ぐ。俺が彼女に惚れる
原因となった笑みだ。そして言った。
「必要とされることも大事だけど、それ以上に自分が相手を必要とするってことが大切なんじゃないかな」
「自分が?」
聞き返す俺に、彼女は続ける。
「ええ。相手が自分をどう思ってるかなんて二の次。私ならまず自分の気持ちをぶつけたいわね。受身じゃなくてこっ
ちから、あなたを必要としてるって大声で叫びたい。なんてね。我ながらドラマの台詞みたいなこと言ってる」
赤川さんは朗らかに笑った。
「まったくだな」
つられて俺も笑った。しかし、すぐに真顔に戻って、
「じゃあ、自分の気持ちをぶつけた相手に、必要ないって言われたら?」
つられついでに、たたみかけてみた。
「う〜ん。ぶつかって玉砕したらしたで、それもいいんじゃない?あれこれ考えて悶々とするよりは。とにかく相手の
ホントのホントの本音を確かめることができたら御の字」
「ホントのホントの本音か……強いな。鳥羽さんは」
俺が感心していると、赤川さんは急に真剣な表情になって俺の目を見た。
「伝えてみたら?本当の気持ち」
「え……」
鳩が豆鉄砲食らった表情で、俺は言葉に詰まった。
- 155 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:51:07
- 「あなたって前から隠し事するの下手よね。職場でもみんな言ってたわよ。人がいいっていうか、本音を隠しているよ
うで隠せない性質だって」
「そうなのか…」
人がいいというと聞こえがいいが、単に計算して行動する頭がないというだけだろう。
「あなたがその人を大切に思ってるってことを、まず伝えてみるべきなんじゃない?」
「ああ、考えてみるよ」
彼女は、恐らく俺に好意を寄せる対象が出来たと思っているのだろう。決して外れではない。甜歌、平井、カエラ、そ
して深田。彼らはすでに俺にとってかけがえの無い存在となっている。この上なく大切な仲間達だ。しかし、彼らは俺
を必要としていない……いや、本当にそうなのだろうか。彼らのホントのホントの本音とやらを、俺は問うてさえいな
いのに。
幻覚。そう、現実世界にはいない人達。だが、彼らの存在を完全に否定するの
は早い。本当に俺が迷い込んだ異世界は存在していないのか。そして、それを
確かめる方法は一つだけ。
一陣の風が吹き抜けた。買い物袋がカサカサと乾いた音を立てる。沈む夕陽に大きな目を潤ませている赤川さん。その
横顔を見続けることができず、俺は言葉を失って川面に視線を投げかけた。
しばらくの沈黙の後、俺ははっとして赤川さんの横顔を再度見た。
「ひょっとして…………気づいてた?」
何を“気付いてた”というのか。我ながら不明瞭な問いかけ。しかし、
「……うん。気付いてた」
視線を茜色の空にあずけたまま、赤川さんは小さく答えた。
「そうか。分かってたんだ」
「うん。分かってたよ」
「そうか……」
彼女が自分の気持ちに気づいてくれていた。この気持ちは決して成就するものではなかったけれども、それでも嬉しか
った。長い間、胸中に鬱蒼と生い茂っていた後悔が切りひらかれ、不思議と救われた心持ちになれた。
「ごめんね」
「鳥羽さんが謝ることじゃないよ」
- 156 名前:1
[] 投稿日:2005/06/23(木) 00:51:23
- 俺は草むらに両手を手をついて立ち上がり、ズボンに付着した草を払い落とした。
「ありがとう。今日は鳥羽さんに会えてマジ良かったよ」
「ううん。私も良かった。あなたに会えて」
「それじゃ、俺もう行くよ。鳥……いや、赤川さん」
俺は彼女の名を敢えて旧姓で言い直した。最後の最後で、ほんの些細な運命への抵抗。軽く手を上げて別れを告げた俺
に、赤川さんが背後から声をかけた。
「あれ?アパートはそっちじゃないでしょ。これからどっか行くの?」
「ああ。ちょっと行く場所があるんだ。そこに寄ってから家に帰るよ」
もう一度、しかし今度は目一杯高く手を掲げると、俺はアパートとは反対の方向、つまりあの井戸のある家へと向かっ
て歩き出した。
続 く
- 174 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 00:28:49
- 第31話(後半)
煌々と燃える夕陽は既にその半身を稜線に埋めており、周囲の風景は徐々に暗みを帯びていく。俺は熊野橋を渡り、
畠敷町の住宅地を進んでいく。やはり車(95年製シビックフェリオ。9月に車検)で来ればよかったと後悔している
と、目的の民家が見えてきた。俺が息切れを起こしながら門の前に立つ頃には、いつの間にか太陽は沈みきっており、
代わって三日月が淡い光を放っていた。幸いにも家屋内に灯りは付いていない。留守なのだろう。
「申し訳ないけど、不法侵入とか気にしてる時じゃないんで」
門を乗り越えると、俺は近隣住人に気付かれぬよう、努めて物音を立てないように裏庭に回った。さすが田舎の農
家だけあって、いつ見ても広い庭だ。子供のちょっとした草野球くらいならできそう。
「あった」
井戸だ。この庭にあるものの中で異様な存在感を放っているそれは、月明かりの中で井戸自体が薄っすらと緑色の
光を発している。俺の中で向こうの世界の存在が確信に変わった。井戸に近寄るべく、縁側の前を通り抜けようと
歩き出すと、縁側に人の気配を感じた。ゆっくりとした動作で、その方向を向く俺。
「あなたは……」
立っているのはこの家の主である老婆。
「待っとったよ。あんたが戻って来るのを」
月明かりに照らされ、彼女はうすら笑いを浮かべた。俺があの世界に入り、帰ってくるのを見届けていたであろう
人物だ。何かを知っているに違いない。
「あの時、自分の背中を押したのは、やっぱりあなただったんですね」
「ああ」
「やはりあっちの世界は存在しているんですね?」
「ああ」
「何の目的があってあんなことを。あなたは一体何者なんです?」
己が不法侵入者だということは棚に上げまくって、口調を荒げる俺。
「さぁねぇ。教えてやらんことも無いが、タダってわけにゃいかんよ」
- 175 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 00:29:26
- 老婆は板敷きに置いてあった細長い棒状の包みを手にした。深紫色に染められ、二点を紐で締められた風呂敷。彼女
が紐を解き袋を下げると、その中から一振りの薙刀が姿を現した。白刃が月明かりを反射して妖しく光る。
「ワシに勝ったら教えてやろう。かかってきんさい」
「な!?お婆さん、ご冗談でしょう?」
相手を気遣っているのではない。その逆だ。いかに老体とはいえ、薙刀の先はまず間違いなく真剣。しかも構えは堂
に入っており、実力は素人目で見てもかなりの域に達していると思える。そこへ、こちらが丸腰だと承知の上での決
闘申し込み。もう少しフェア精神を盛り込んで提案をして欲しい。
「来んのんなら、こっちから行こうかの?」
怒涛。背中が曲がり、明らかに庇護される対象のはずの彼女の体躯から、お年寄りとは思えないほどの乱撃が発せら
れた。俺は辛うじて避けるが、幾重にもかする刃先により身体に次々と切り傷を刻まれていく。
「ムヒョヒョヒョ」
婆さん。あんた楽しんでる。ここぞとばかりにエンジョイしてる。こちらが手も足もでないのをいいことに。
「とどめじゃ!!」
殺す気満々。最早冗談とは到底思えない気迫で、上段に構えた薙刀が俺の頭部に狙いをつける。
「きいぃょりぇえええいいいい!」
老婆の発する人間とは思えない怪声が、俺の鼓膜を振るわせた。
「ええい、ままよ!」
破れかぶれの俺は、目をつぶって、素手で攻撃を受け止めようと両手を構えるが、
「ぁ」
当然、素人に真剣白羽取りなどという大層な芸当が出来るはずもない。薙刀は俺の脳天を直撃した、と思いきや、
「墓参りでもしとるんか?」
老婆の馬鹿にしたような声に反応して目を開くと、刃はまさに紙一重の間合いで静止しているではないか。命拾いした
ものの、俺は無様にも額の前で両手を合わせる格好のまま動けずにいる。
「あんたは異世界じゃ強かったかもしれんが、こちらじゃ全然じゃのう」
「く……!」
- 176 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 00:29:44
- 俺は怒り心頭し、力任せに薙刀の柄をぐいと掴んだ。と、柄がくるりと円を描き、投げ飛ばされた俺は背中から地面に
叩きつけられた。ほんの一瞬のことだ。老婆は仰向けに倒れて起き上がろうとしない俺に背中を向けると、薙刀をしま
おうと袋を拾った。
「やはりワシの見当違いだったか」
身体を伝う痛みで、俺は身動きできない。耳鳴りが響く中で老婆の言葉が、付けっぱなしのテレビから流れてくる音声
のように聴こえた。どこか他所の出来事のように。
(月が綺麗だな)
一蹴されたことへの悔しさは無い。この状態にあって、俺の頭を満たすのは何故か満天の夜空に浮かぶ月や星々の美しさ。
(やっぱあっちの世界に行くのは諦めて、望遠鏡で月でも見るかなぁ)
望遠鏡(かれこれ2年前に購入して箱から一度も出していない)を引っ張り出してみるのもいいかもしれない。そう思え
た。老婆にすら勝てない自分に何が出来る。あちらの世界はどうせ俺の現実とは関係ないのだ。なるようになる。手を引
こう。諦めよう。これまでもそうしてきたように。
そう思って大きく息を吸うと、とても落ち着いた気分になれた。身体の力が抜け、思考が研ぎ澄まされていく。ふと、
そんな俺の胸に赤川さんの言葉が思い起こされた。
(でも、俺の気持ちを伝えられないのは残念だ。俺が大切に思っている人達……深田さん、甜歌、平井、カエラ……彼ら
は俺を本当に俺を拒絶したのだろうか……)
「俺が必要とする人達の本当の気持ち……」
いい加減「…」を打つのがしんどくなってきた頃、俺の口をついてそんな文句が出た。
「駄目だ。俺はそれを確かめるまでは、諦めるわけにはいかない!」
赤川さんに感謝した。そして俺は、今まさに自分が必要とするものを思い浮かべた。
- 178 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 00:30:00
- (来い)
俺は試しに心の中でそれを呼んでみた。しかし何も起きない。
「来い」
もう一度。今度は確かな声として。
「来い!!!」
三度目には、その思いは確かな信念となって言葉に乗った。
「何をしとんね?」
薙刀を納め終えた老婆が、呆れたような声を出す。
どこからかミシミシと小さな音がした。痛みをこらえながら上半身を起こした俺は、その音の発生源を探した。どうやら例
の井戸を閉めている木蓋から聞こえてくるようだ。俺は井戸を見詰める。老婆も何事が起こっているのか分からず、同じ場
所に目を見張っている。その間にも異音は続く。
「何者かが下から突いている」
硬い何かが井戸の中から蓋を突いているようだ。見入っていると、ついに蓋の中央部分は破られ、銀色をした先端部がゆっ
くりと、しかし竜が滝壺から昇るような力強さを持って、徐々に全貌を現していく。
「お前は……」
俺専用異世界人専用聖剣。蓋を突き破った聖剣は、宙高く舞い上がったかと思うと、回転しながら放物線を描き、俺の足元
に突き刺さった。震える手で剣の柄に手を当てると、やはりしっくりと馴染む。
「あっちの世界の剣か」
状況を把握した老婆が不適な笑みを浮かべ、再び薙刀を取り出した。そして、こちらの不意をついて渾身の一撃を繰り出し
た。しかし、俺は攻撃を俺専用異世界人専用聖剣で軽々と受け、
「お婆さん。悪いことは言わない。ここらでやめときましょう」
冷静に、しかし確実な自信を湛えた瞳で老婆を睨みつける。
「ちっとはやるのう。しかし!」
- 179 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 00:30:31
- 剣にかかる力が抜けたかと思うと、体勢を崩した俺の下顎を柄が打った。耐える俺に対して、連撃が追い討ちをかける。
「まだ若い。若過ぎる!お前さんには勝てん」
しかし、間もなく老婆の言葉は覆されることになる。俺は空振りして隙を見せた薙刀に対して、放物線を描くように斬り上
げ、頂点で刃を返して斬り下げた。薙刀は金太郎飴のように3つに切断されて落ちた。
「終わりです」
「……」
老婆はうなだれた。俺は彼女の肩を手で支えて、縁側に座らせた。
「お茶でも入れましょうか?」
「ここはワシの家じゃ。ワシが入れるわ!」
負けたのがよほど悔しかったのか。機嫌を損ねてしまったようだ。台所で緑茶を用意して戻ってくると、老婆は静かに語り
始めた。
「ワシは異世界の神から託されてこの井戸を守っとる。あちらの世界に行き魔王を倒す人間を選別する為にな。何もワシで
なくてもいいものを……」
彼女は語尾を濁らせた。何やら深い事情があるようだが、そこは敢えて聞かないでおいた。
「何故、魔王を倒すのは俺達でなければならないんですか?あっちの世界にも強い人は沢山いるでしょう」
「魔王に致命的な打撃を与えられるのは、異世界人用武器だけじゃ」
そう言って、老婆は縁側に立てかけてある俺専用異世界人専用聖剣を一瞥した。そして続ける。
「それに加えて、我々の責任とでも言うべきか」
「責任?」
「お前さんにもいずれ分かる時が来る。もう行くがいい」
意味深な所で止めてくれたものだ。しかし、今はそこを問いただしている時ではない。一刻も早く異世界に行かなければ。
「ありがとう」
礼を言っても、不機嫌そうに鼻を鳴らす老婆。俺は小さく笑って、井戸の縁に立つ。
「ふん。お前さんといい史郎といい……」
大きく深呼吸をした俺は、俺専用異世界人専用聖剣を抱えて井戸内に身を躍らせた。
続く
- 188 名前:1
[] 投稿日:2005/06/25(土) 13:34:34
- お前らメンゴ。
史郎→四郎だった。
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