異世界ファンタジー編 第34話
- 594 名前:1
[] 投稿日:2005/08/25(木) 19:05:00
- 第34話(前半)
ミャジマ島に上陸した俺達を歓迎したのは、矢の雨だった。見ると、前方の小高い丘でゴブリンアーチャーがずらりと横並びに
陣取っている。歴戦の戦士は飛び交う矢を、巧みに得物で斬り落とすが、慣れていない数人の兵士が早くもその餌食となって倒
れた。しかし、この程度の防衛ラインは想定内で、こちらも負けてはいない。自軍の魔術士が放つ遠距離魔術が、丘の数箇所に
直撃した。足場を失い、怯むゴブリンアーチャー。
総隊長(ココリコ田中)が剣を掲げた。
「全軍、突撃だ!」
えなり討伐軍は鬨の声を合わせ、敵軍めがけて突撃をかける。こちらの動向に応じて、えなり側からも武器を構えた魔物達が滑
り降りてくる。ついに決戦の火蓋が切って落とされた。両軍は正面から衝突し、激しい乱戦が始まった。海岸は瞬く間に、文字
通り死屍累々と横たわる修羅場と化す。
「僕達も行きましょう!!」
平井はひどく興奮しているようだ。嬉々として敵軍に飛び込んでいった。とりあえず俺達も戦闘に参加するしかあるまい。甜歌
に後方援護を任せると、俺は間近に迫るオークの一団めがけて斬り込んだ。カエラも懸命にハルバートを振るう。やはり下級の
魔物とあって、個々の戦闘能力は高くない。しかし、その数が尋常ではない。斬っては捨て斬っては捨て、一体身体が返り血で
染まりきるのではないかと思うほど斬ったが、それでもなお涌いて来る敵数たるや果てしないことこの上ない。
それに加えて厄介なことがある。
「痛っ!何してくれるんや!?」
塚地の尻に弓矢が刺さった。そう。後方の味方が放つ弓矢や魔術にも注意を払わなければならないのである。幸い革鎧が塚地の
尻をガードしたので、傷は浅いようだ。彼は前屈みになってそろそろと矢を抜く。
「まったく、よう狙って射たんと……ぐわ!?」
今度は背中に爆炎魔術が炸裂して、前のめりに砂に顔をめり込ませた。
「だから何でワシばっか狙うんじゃ!コントか!これコントか!!」
「塚地さん、何かいかにも狙ってくださいって感じがするからなぁ」
と伊藤。どうやら塚地は生まれながらのボケ体質のようで、味方ですら狙いを付けたくなるようだ。どことなく彼もおいしそう
な顔をしている気が。それにしても、爆炎魔術を食らっても平気とは、どこまでも頑丈な肉体である。
- 595 名前:1
[] 投稿日:2005/08/25(木) 19:05:31
- そんな悲哀を他所に戦闘は続く。禍々しい戦場の空気は、自分を押しつぶそうとしているように思え、俺は先ほどから軽い眩暈
を覚え始めていた。それが、ふとした瞬間に敵との間合いを見誤ることにつながった。オーガの放った棍棒の一撃が肩をかする。
鈍重であるとは言え、オーガの馬鹿力である。衝撃で体勢を崩した俺は、砂浜にどっと倒れこんだ。
「おにいちゃん!?」
「何やってんの!」
後衛から甜歌が火炎弾を放ち、カエラも援護に入ろうとする。しかし間に合わない。起き上がろうする俺の頭上を、巨大な棍棒
の影が覆った。思わず目を瞑った。
……………まだか。まだ来ない。観念した俺は、いつしか棍棒の一撃を待っていた。しかし、いつまで待ってもオーガは己の頭
を砕こうとしない。代わりに聞き覚えのある声が俺に浴びせられた。俺はゆっくりと瞼を開けた。
「どうした、若者。もうお陀仏か?」
そこには頚部をトライデントに貫通されたオーガが映っている。柄を横に振って魔物の死骸を打ち捨てたのは岸部。この状況に
おいてでさえ無気力な表情は崩れない。ちなみに甜歌が放った火炎弾は、何とまたもや塚地に命中していた。さすがに今度は怒
り狂っている。
「この辺りはあらかた片付いたようだ」
岸部は戦闘で欠けたトライデントの刃を、予備のものと取り替えながら言った。
「あ、ありがとうございます」
唖然としながらも礼を言い、俺は立ち上がった。
「このままここにいたんじゃ、面白くねぇな。あの総隊長も若造で頼りにならん」
無精髭の生えた顎を撫でる岸部。
「え?」
「俺とお前達で抜け駆けするか?」
「へ?」
「スタンドプレイってやつだ。俺は事前の情報で城に一直線に通じる獣道を知っている」
事前の情報と軽々しく言っているが、どこからそんな情報を仕入れたのだろうか。総隊長が進路に組み込んでいないということは、
軍関係の人間ですら知らない情報のはずだ。
「岸部さん、あなたは一体……」
その時、背後から俺の身体を払いのける者が。
- 596 名前:1
[] 投稿日:2005/08/25(木) 19:06:41
- 「待てよ。13分隊の隊長はあたいだ。こいつらは兵士。あんたの好きにはさせねぇよ?」
モーニングスターの鎖が邪羅利(ジャラリ)と音を立てた。摩邪だ。岸部は微塵も臆することなく、彼女の瞳を見据える。そして一言。
「お前の中の女を呼び覚ましてやろうか?」
岸部の眼の奥で妖しい何かが光った。彼としばらく見詰め合っている内に、摩邪の目じりが下がってきた。そして、
「あ……」
摩邪がイった(←ここ久々の濡れ場)。そして失神。恐るべし、眼で殺す男岸部。
「何も俺と一蓮托生しろと言っているわけじゃない。俺は名誉が欲しい。お前達もえなり討伐隊に参加したってことは、それなり
の目的があってのことだろう?お互いの利益の為に行動を共にしようと言っているだけだ」
俺としても一刻も早くえなりの元に辿り着き、深田さんに会いたい。しかし、それ以前にこの岸部がどこまで信用できるかが問題だ。
実力、肩書き、共に折り紙付きなのは、これまでの戦いぶりから判断して疑いようが無い。だが俺の中の何者かが、(小学校時代の
ビックリマン事件もあって)警鐘を鳴らしている。あの男は信頼に足りるのかと。
「どうする?俺と一緒に来るか、ここで阿呆みたいにいつまでも雑魚を相手にしているか」
俺はカエラ、平井、そして甜歌と順に顔を見た。
「あの男の人相、ちょっと曲者っぽいうわね。何かありそう。でもまぁ、この判断はあなたに任せるわ」
カエラはやはり今一つ岸部を信用できないようだ。
「僕は賛成です。兵士の皆さんには申し訳ないけど、えなりを討つからには、なりふり構っていられない」
恋人の仇討ちが最優先事項の平井は、刀に付着した血液を半紙で拭きながら頷いた。
俺は最後に甜歌に問いかける。
「甜歌はどう思う?」
「う〜ん。甜歌はねぇ」
しばらく考えた後、
「おにいちゃんと一緒ならどっちでもいいよ!」
これでもかと言うくらい純真な笑みで答えた。
「そうか……」
その笑顔を見ていると、俺の中の迷いがどこかに吹き飛んでしまった。彼女の頭を撫でると、岸部に向き直り目を真っ直ぐに見つめ
ながら返事をした。
- 597 名前:1
[] 投稿日:2005/08/25(木) 19:07:22
- 「お願いします」
「よし。俺も自己破産こそしたが、文字通り元タイガースの虎と呼ばれた岸部だ。悪いようにはせん」
歩き出した岸部の後ろに続こうとして、
「あ、伊藤さん達はどうしますか?」
誰もが忘れていたことに平井が気付いた。見ると、塚地と伊藤はそれなりに戦闘をこなしているようだ。肉屋とニートなのに。
俺はしばし黙考した。そして、
「ここの方がまだ安全そうだ。あの2人には申し訳ないけど、黙ってこっそり行こうか」
彼らの無事をドライに祈りつつ、俺達は岸部の後について森の中へと踏み入った。
続 く
- 625 名前:1
[] 投稿日:2005/08/30(火) 00:09:56
- 第34話(後半)
鬱蒼と木々が生い茂る急斜面に、踏み分けられた細い獣道が伸びている。曲がりくねったそれは、まるで俺達を地獄の淵にでも
導いているようで、足取りは自然と慎重になる。幸いにもこの辺りに魔物の姿はない。遠方の山道から魔物兵士達が騒がしく戦
場に向かう音が聞こえてくるが、ここにいれば気づかれることはないようだ。
俺達は軽い息切れを覚え始めているが、先導する岸部は涼しそうな顔で軽々と登っていく。さきほどから激しい喉の渇きを覚え
ていた俺は、喘ぎながら喉元の汗をぬぐった。それを汲み取ってか、
「ほれ、水飲むか?」
岸部が俺の鼻先に水筒を突きつけた。遠慮などする余裕はなく、俺は迷うことなく水筒を受け取った。
「ありがとうございます。ってマズっ!!」
一度は口に含んだ水を思わず地面に吐き出した。形容しがたいほど不味い。それに加えて口の中で何やら粒々が動いている。
「ぺっ、ぺっ、んな、何すか!?これは」
「あ、わりぃ。虫湧いてたか。大丈夫、大丈夫。死にゃせんよ」
大丈夫ではない。俺は慌てて唾液を吐き出す。見ると、白色をした微細な幼虫が数匹、もぞもぞと蠢いている(大学生時代、夏
場に一晩置いておいたカレーを食べた時にこれらが入っていたという本当にあった怖い話。以降カレーは冷凍派)ではないか。
ところが、そんなことは全く意に介する様子はなく、岸部は水筒を仕舞うと再び足を踏み出した。一体どういう神経をしている
のだろう。
「おにいちゃん、まさかと思うけど……飲んじゃったの?」
甜歌がゲテモノ料理を食したリポーターを見る目つきで俺を見る。
「あ、ああ。飲んじゃったorz」
「うわぁ……カワイソス」
3人とも憐れみの視線を俺に浴びせた。俺は口内に依然として不快な違和感を覚えながら、ただただ黙々と歩き続ける。沈みき
った空気を見兼ねて、平井が会話を切り出した。
「あの〜、岸部さん。どうしてこんな道を知っているんですか?」
俺ははっとした。幼虫混入事件で忘れそうになっていたが、そのことが気になっていたからだ。どうしてこの獣道の存在を彼が
知り得たのか。
「俺はここに来たことがあるんだよ」
岸部はあっさりと答えた。
「え?」
- 626 名前:1
[] 投稿日:2005/08/30(火) 00:11:31
- その場の一同は目を丸くして彼に注目する。
「30年前にも俺は魔王を討伐する為にここを訪れている。えなりがいる城は、かつて俺の対となる魔王がいた場所だ」
意外な発言に俺は面食らった。
「ててて、ってことは、あなたはあっちの世界から!?」
「ああ」
岸部はこちらを振り返ることなく頷き、静かに語り始めた。
「あれは昭和50年のことだったかなぁ。俺はカミさんとこに婿養子として入り、あの家に暮らし始めたんだ」
岸部は婿養子としての気苦労から、井戸の縁で空想することが多かったと言う。それがある日、妻と共に庭井戸に転落してしまい
こちらの世界にやってきた。それからは俺と同じで、それぞれの対となる2人の魔王を探す旅をする羽目になった。ところが、彼
らは魔王を倒すことができなくなってしまった。と言うのも、2人の魔王がお互いの覇権を賭けて争い、結果相打ちになり双方が
消滅してしまったからだ。彼らの死骸から生まれたはずのゲート石も行方は知れないまま。それから幾人もの魔王が生まれ、その
度に現実世界から人間が送り込まれてきた。しかし、岸部達に魔王を倒すチャンスは訪れなかった。3年の歳月が流れ、彼らから
現実世界に還る希望が失われ始めたある日、何の前触れもなく世界神が現れてこう言った。ゲート石の力を借りずにどちらか一人
だけ現実世界に戻してやると。
ただしそれには条件があった。
「世界神は、魔王退治を為せる者を選別する役目と引き換え、って言うんだな。重大な役目だが、カミさんは胸に持病があったし、
こちらの世界で生きるよりは安全だろうと考えた。それで俺は妻一人を現実世界に還した。そうだ。彼女のことを思って……いや
……嘘だな」
自嘲するように口の端を緩めて、彼は言葉を切った。妻……井戸……選別者……彼の会話に散りばめられたこれらの単語が、俺の
脳裏で自然と一直線に繋がった。
俺は抑え切れず、ついに問いかけた。
「つかぬことをお聞きしますが、岸部さんの下の名前は?」
「四郎。岸部四郎が俺のフルネームだ」
やはりそうだ。現実世界から戻る際に井戸のある家の老婆が言った言葉が思い出された。別れ際に彼女は四郎という名を出した。
ということは、岸部の話にある妻とは間違いなくあの老婆のことだ。
今度は岸部が俺に質問を投げかけてきた。
- 627 名前:1
[] 投稿日:2005/08/30(火) 00:12:27
- 「お前さんもあっちの世界から来たんだろ?」
「え、何故分かるんです?」
「分かるさ。現実世界の奴からは現実世界の匂いがするんだよ。同じ種類の人間のな」
「そうですか」
俺は複雑な気持ちで俯いた。
「どうした?暗い顔して。あ、そうか。魔王を倒した後、俺がゲート石を奪っちまうと思ってるんだろ?」
「いえ……」
それもあるのかもしれない。しかし最初に思い浮かんだのは、ゲートを守る老婆が一瞬見せた寂しそうな顔だ。岸部は、彼女がま
だ自分を待っていることを承知の上で、なおこの世界に残っているのだろうか。
「安心しな。俺はもうあっちに還ろうなんて思っていない。この世界は麻薬みたいなもんだ。あっちの社会のようにしがらみに縛
られることはなく、毎日が刺激に満ち溢れている。俺は寧ろこの世界に残ることを望んでいるんだ」
平凡な日常と婿養子と言う重圧から逃れることを、彼は何よりも望んでいたのかもしれない。彼はもう自分の妻に対して愛を抱い
てはいないのかもしれない。俺はそれを確かめるように体をずらして岸部の横顔を見たが、彼の無気力で不透明な眼はその答えを
憶測することさえ許そうとしなかった。
「見えてきたぞ。あれがえなりの根城だ」
岸部が前方の上方を指し示した。尖塔を幾本も突きたてた、まさに中世ヨーロッパを象徴するような典型的な漆黒の城が聳え立っ
ている。周りをぐるりと堀が囲んでおり、唯一の進入路と思われる跳ね橋は下りていない。
「門番がいるね」
茂みから城の様子を伺っていた甜歌が呟いた。俺も茂みを掻き分けて、跳ね橋の周辺を盗み見る。
「え、どこどこ?」
目を凝らして辺りを見回してみるが、どこにも敵兵の姿は確認できない。ちょうど跳ね橋が架かる位置の左右に悪魔の形を模した、
やたらリアルな石像がずらりと並んでいるぐらいだ。
「あなたって本当にフシアナさんねぇ」
眼が節穴ということか。相変わらず手厳しいカエラ。それをなだめる格好で平井が口を挟む。
「あの石像は魔族が変化しているものでしょう」
「あ……そうなの」
- 628 名前:1
[] 投稿日:2005/08/30(火) 00:13:36
- どうりでリアルなわけだ。姿形から判断するに、サイズこそ小型だが以前戦闘した経験のあるレッサーデーモンらしい。石像はざ
っと見渡しただけでも20体近くはある。
「入り口はあの橋だけだ。どうする。若いの?」
この重要な場で、岸部は俺に判断を委ねた。甜歌達も俺に注目した。
「行きましょう。いずれにしろ道は一つしかないんだ」
俺は俺専用異世界人専用聖剣を鞘から引き抜いた。
「そう来なくてはな。お前の剣の威力、見せてくれよ」
俺専用異世界人専用聖剣に注がれる岸部の視線に、俺は奇妙な胸騒ぎを覚えながら、茂みから姿を露わにした。途端にレッサーデ
ーモンが灰色の石像から、茶褐色の身体へと変化を見せた。
続 く
第35話へ→
←目次