異世界ファンタジー編 第36話

 

697 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:35:37
第36話(前半) 
鏡越しに見える岸部の眼。無気力に彩られていながら、それでいて獲物を狙う虎のような眼へと変わっている。彼は最初から俺の 
剣が目当てで同行を申し出たのだ。 
俺は岸部の挙動に、全神経を集中させながら答える。 
「できない。と答えたら?」 
二人の距離が、か細い緊迫感の糸一本で繋がっているのが実感できる。 
「少々手荒だが……!」 
糸が切れた。 
瞬間、俺の顔面めがけて三つの点が一直線に飛んできた。俺は咄嗟に上半身を反らせる。すぐ後ろの石壁に目をやると、トライデ 
ントの刃先が突き刺さっている。驚く俺が油断している隙に、間髪入れず放った岸部の前蹴りが俺の腹を打った。 
「ぐぇ……」 
歯を食いしばる俺。その間に岸部はトライデントを抜き、俺の頭上から突き下ろす。しかし、こちらも押されてばかりではない。 
剣で巧みに捌き、返す刃で岸部の顔を斬りつけた。 
彼の頬から血が滲む。ここぞとばかりに俺は連撃で畳みかける。しかし、そこは百戦錬磨の岸部。俺の攻撃を全てトライデントで 
受けながら、確実に自分の得意な距離まで離していく。 
距離を置いて呼吸を整える。両者とも一歩も引かない。 
「なかなかのものだ。俺に引けを取ってない」 
「何故こんなことをするんです?」 
俺の問いかけに、岸部は一時武器を下ろして語り始めた。 
「俺はこの世界にかれこれ30年近くいる。30年だ。分かるか?お前さんが生まれ落ちる前からいるんだ。俺はその年月を刻苦と共 
に生きてきた。妻を帰してこの世界を選んだ後も、全身全霊を剣技を磨くことに命を賭してきた。それも全てただ強くなりたいと 
いう信念があったからこそだ。しかし俺には何かが足りなかった。そう得物だ。俺の能力に得物がなかったんだ」 
岸部は俺の剣に視線を落とした。 

698 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:36:19
「そこにお前さんの登場だ。ラミハで初めて見た時、その剣の刻印を見て、或いはと思ったんだが、まさか本当にtanasinnソード 
だったとはな」 
「tanasinnソード?」 
俺専用異世界人専用聖剣はtanasinnソードという正式名称なのか。 
「この世界にいるだけで俺達地球人の身体能力は飛躍的に向上するのはお前さんも承知の通りだ。そしてその剣は更に俺達の能力 
を向上させることが出来る」 
俺は今まで気にもとめなかった剣の刻印を見てみた。確かに剣把に刻印がある。逆三角形の図形の真ん中に目のような丸がある紋 
様が描かれており、その周囲にはこの世界の言語で更に細かく文字が刻まれている。 
「Don't think. Feel and you'll be tanasinn……tanasinnは感じるもの?どういうことだ?」 
岸部は、俺が疑問を抱いたのを当然とでも言うように続ける。 
「tanasinnとは、ある者曰く精神。ある者曰く創造主。そしてある者曰く真理。その実、誰一人としてその本質を知らない。いや、 
知ろうとする行為こそがtanasinnであると主張する学派もある」 
何が何だかさっぱり理解できない。一体tanasinnとは何なんだ。tanasinn… tanasinn… 

699 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:37:17
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「く!」 
俺は頭を激しく振った。視界が狭まって眼前の光景にノイズが走り(小学校校長朝礼挨拶的)、何か得体の知れないものに身体を 
掴まれたような気がしたからだ。 
「あまり考えるな。tanasinnに引き込まれるぜ。とにかくtanasinnの名を冠する剣は、その使用者に無尽蔵の力を与えるってことだ」 
襲いかかる頭痛に頭を抱えながら、俺は岸部に問う。 
「この剣を手に入れてどうする気なんです?」 
「分かりきったことだ。tanasinnソードを手に入れれば、俺はこの世界で最強の男になれる。魔族すら調伏できる。言わば支配者だ。 
もう自己破産という恥辱を味わうこともない。そして……!」 
言葉を切って、岸部はトライデントを構え直し再び攻撃を仕掛けてきた。混濁した思考が反応を遅らせた。切っ先が左の二の腕をか 
すめ、鮮血が飛び散る。俺は痛みに耐えながら、第二撃に備える。 

700 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:38:09
「あなたは本当にそれでいいのか?残してきた奥さんのことはどうなる?」 
「俺の半分も生きていない若造が何をほざく!」 
岸部が苛立たしげに咆哮を上げた。俺専用異世界人専用聖剣の防御をフェイント気味にかいくぐったトライデントの柄が、俺の顎を 
打った。大きく後ろに跳ねとばされ、俺は地面に転がった。口内に生温かい鉄の味が広がる。血と一緒に抜けた差し歯を吐き出した。 
「妻は地球で幸せに暮らしているはずだ。お前には関係のないこと。それよりも、どうだ?その剣の真実を知って恐ろしくなっただ 
ろう。お前ごとき若造の手に負える品じゃない。俺に渡した方が身の為だぞ?」 
起き上がれずにいる俺に、岸部の影が被さった。 
「駄目だ。渡さない。俺にはこの剣が必要なんだ!!」 
力を振り絞って跳ね起き、頭元の岸部に一閃を浴びせる。 
「おっと」 
紙一重でかわす岸部。しかし、俺は次の斬撃でトライデントの刃先を刎ね飛ばすことに成功した。後退した岸部は、思わぬ反撃に意 
外そうな表情。 
「何故引かない?」 
「深田さんと一緒に帰ると誓ったんだ。さぁ、もうあなたの武器はもう使い物にならない」 
俺は岸部の眉間に俺専用異世界人専用聖剣を向け、降伏を促した。岸部もそれに応じたのか、両手で持っていたトライデントの柄を 
下ろした。 
そして一言。 
「どこまでも甘い」 
「え?」 
突如トライデントの柄が割れ、中から刺突剣エストックが現れた。近距離から放たれた強烈な突きは俺の右肩を刺し貫き、そのまま 
身体ごと押しピンで刺し留めるかのように、壁に深く突き刺さった。激痛で身動きが取れない俺に、岸部は吐き捨てるように言う。 
「戦士に必要なのは才能だけじゃない。モノを言うのは経験だ。場数を踏んだ年月がそのまま実力になる。如何に相手の虚を突くかだ」 
岸部は苦悶する俺をよそに、床に落ちた俺専用異世界人専用聖剣を拾い上げた。 
「これさえあれば、俺はこの世界で最強の男になれる」 
彼は剣を高く掲げた。自分以外の手に握られた聖剣を初めて見た俺は、奇妙な違和感を感じた。それがtanasinnソードという名を持 
つと知ったからかもしれない。とにかく嫌な予感がした。 
俺の予感は的中し、異変が岸部に襲いかかった。 

701 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:39:23
「……ぐぉ……んな、何だ!?ば、馬鹿な、手が、手が……溶ける!?」 
剣を握る岸部の手が、まるで蝋人形を溶かすように、どろどろに溶解していくのだ。俺は肩のエストックを引き抜こうと力を込める。 
「くそ、離れん!」 
混乱してもがく岸部。ようやくエストックが抜けると、俺は岸部の元に走り寄り、彼の手から俺専用異世界人専用聖剣を引き剥がした。 
剣把を握っていた右手の部位は無惨に溶けて、既に手の平としての形を残していない。恐らくもう武器を握ることは出来ないだろう。 
俺は岸部の身体を床に横たえた。彼は肩で息をしながら、俺の眼を見上げる。 
「その剣は自らの意思でお前を選んだと言うことか」 
「…………」 
俺は無言で岸部の応急処置をする。身体が溶けた時の処置法なんて自動車免許の講習では教えてくれなかったので、とりあえず袖を破 
って包帯代わりにぐるぐる巻きに捲いておいた。 
「最強や支配者などに憧れる器ではなかったということか」 
自嘲的な微笑を浮かべて、岸部は続ける。 
「なぜ助けた……情けか……?」 
「とてもじゃないが情けをかける余裕なんてない。岸部さんの奥さんの為です。あの人の為にも還ることを諦めないでください」 
俺の言葉を鼻で笑う岸部。 
「妻の為だと?婿養子として姑の傀儡となっていた……現実世界から逃げて自分に都合の良いこの世界を選んだ……そんな不甲斐ない 
俺が還ったところで、何故妻が幸せになると言い切れる!?」 
岸部が激昂した。俺は、彼が以前口にした言葉を思い浮かべた。この世界は麻薬。現実のしがらみから逃げることができる。彼はこの 
世界で生き、強さを求めることで、現実世界での自分の弱さと訣別しようとしていたのかもしれない。 
俺は無言で立ち上がって岸部に背を向けた。その時、扉が威勢のいい音を立てて開き、摩邪が転がり込んできた。どうやら何十回とタ 
ックルしてこじ開けたようだ。 
「おにいちゃ〜ん!助けに来たよ!」 
「やっぱ凄いですね。摩邪さんは、って、凄い傷じゃないですか!!大丈夫ですか」 
俺の姿を認めた平井と甜歌が駆け寄る。 

702 名前:1 [] 投稿日:2005/09/15(木) 17:40:57
「中で魔物に襲われたんだ」 
駆けつけたカエラが、俺に治癒術を施した。俺は岸部の方に目をやり、 
「ありがとう。カエラ、岸部さんも治癒術を施して上げてくれないか。あと彼にはここで休んでいて貰った方がいい」 
「魔物の姿なんてないけど、一体何があったの?」 
「実体のない魔物だったんだよ。たちの悪い魔物だ」 
岸部の治癒が終わり、皆が出たのを確認して、俺は振り返ることなく岸部に言った。 
「信じる信じないはあなた次第だ。それでも彼女は今でも待っていると思いますよ。強かろうと弱かろうと、あなたのことを」 
俺はゆっくりと扉を閉じた。その際、後ろから微かな嗚咽が漏れたように思えたが、気のせいということにしておいた。 
                                                                 続 く 

720 名前:1 [] 投稿日:2005/09/20(火) 21:39:28
第36話(後半) 
扉がある。特に重厚と言うわけではなく、何の変哲もない木製の扉。馬末の酒場に備え付けられているような、これと言って特徴の 
ない扉だ。しかし俺は今、この扉を隔てた向こう側に、禍々しいまでに特異な存在感を感じている。それがえなりのものかは定かで 
はない。しかし、確実に“それ”はいる。 
「いるな」 
「ええ、間違いありません。僕も感じます」 
同意する平井の顔は、強い緊張感を湛えている。 
俺はドアノブを握った。自ずと腕が震えてきた。この扉を開ければ、もう後に引くことは出来ない。全ての決着を付ける最後の戦い 
に身を投じることになる。 
「みんな、準備はいいか?」 
俺は問いかけるように、仲間達の顔を順番に見回していく。 
「いつでもどうぞ。僕は大丈夫です」 
平井はとうに覚悟は出来ている様子。恋人の仇を討つという誓いを立てた彼のことだから、問うだけ野暮だったかもしれない。 
「私?神職に就く者として、害を為す魔族を屠るのは当然の職務だしね。まぁ、回復術出来る人間いないと話にならないし」 
そう言ってカエラは全員に守護術を施してくれた。高位の術らしく、身体が軽くなり身体能力が向上したのが実感できる。 
「シフィーロ王の命は、あんたらをえなりとの決戦に届けること。この扉を開けて奴に会わせるまでは帰れねぇな」 
とか言いながら、摩邪の口調からは最後まで付き合う気でいるのが汲み取れる。口は悪いが付き合いはいいようだ。 
俺は甜歌の顔で視線を止めた。満面の笑みで迎えられて俺は少し困った。と言うのも、彼女をこの先に連れて行くことを断ろうとし 
ているからだ。魔術師を欠くのは正直痛いが、これは先ほど甜歌以外の皆で決めたことだ。幾ら天才魔術師とは言え、やはり11歳 
の少女。扉の先で待ち構えているであろう空前絶後の危険な戦いに、巻き込む訳にはいくまい。 

721 名前:1 [] 投稿日:2005/09/20(火) 21:41:11
「甜歌……お前はここで待っていてくれないか?」 
「え……?」 
瞬時に甜歌の顔から笑顔が消えた。ここで挫けてはいけない。心を鬼にして俺は続ける。 
「その、何だ。扉の向こうにはどれだけの敵がいるか分からない。甜歌がいると……なんて言うか……足手まといっていうか……」 
「それどういう意味?」 
真剣な表情で問い返す甜歌。 
「えっと…あの…魔術師は打たれ弱いだろ。で、みんな甜歌を庇いながらだと、思い通りの戦いが出来ないんだよ……」 
言ってしまった。ついに言ってしまった。ここで甜歌が「もういいよ!(泣)」とか叫んで身を引いて、俺が「これで良かったんだ…… 
これで」なんて頷く展開になるはず。俺としては身を切る思いだが、これも致し方ないことだ。 
ところが、 
「何だ。そんなことか。心配しなくてもだいじょーぶだって!」 
「へ?」 
「ウチはずっとお兄ちゃんの後ろについてるから」 
「え?」 
「お兄ちゃんがいつもウチを守ってくれればいいよ。そしたら、みんな好きに戦えるじゃん!」 
全然効いてない!!俺は驚愕した。どこまで天然なんだ。かなり直接的表現で諭したつもりだったのだが、全く効果を奏していない。 
それどころか守って貰う気満々ときた。 
甜歌は、再びこれでもかというほどに純真な笑顔を浮かべた。 
「だからぁ!!俺が言ってるのは……はぁ。甜歌、俺の側を絶対に離れるんじゃないぞ」 
もうどう抗っても無駄と悟った俺は、甜歌に注意を促した。 
「了解!」 
乙っ子よろしく敬礼する彼女とは対照的に、脱力する俺。俺達の様子を見守る平井やカエラの顔に、自然と笑顔が生まれた。 

722 名前:1 [] 投稿日:2005/09/20(火) 21:42:24
「それじゃあ、行くか」 
気を取り直して、俺はもう一度ドアノブに触れる。不思議と手は震えていない。今の一件で緊張がほぐれ、心をリラックスすること 
ができたのだろう。怪我の功名というやつだ。それに加えて、甜歌が同行することを渋々認めたものの、嬉しくも感じている自分に 
気づいた俺ガイル。 
意外なほどに軽い扉が開いた途端に、光が目を射った。薄く目を開けると、沈みゆく太陽が山の端を朱に染めているのが映った。眼 
前にはサッカーコートほどはあろうか、相当な広さの空間が広がっている。ここは城の最上部、つまり屋上に位置しているようだ。 
「きれい……」 
息を呑む美しさに、すぐ後ろのカエラが嘆息した。確かにこの景観は心にくるものがる。それに、この高さであるから吹く風もかな 
り強い。陰鬱な城内を探索して来ただけに、余計に心地よく感じられる。 
「どういうことだ。さっきまで感じていた敵の気配が消えてる」 
怪訝そうな表情で平井。確かに扉を開ける前までは感じていた気配が雲散霧消している。えなりの罠なのだろうか。 
俺は注意深く前に進む。屋上の縁には、取り囲むように無数の松明が焚かれており、煌々と辺りを照らしている。 
と、前方そう遠くはない位置にある松明の影に、人の気配を察知した。 
「誰かいる!」 
俺はその方向に向き直り、俺専用異世界人専用聖剣を構えた。続いて平井達も身構える。 
こちらの戦闘態勢に動揺を見せることなく、人影は暗がりから現れた。松明で照らされて、その姿が徐々に顕わになっていく。 

723 名前:1 [] 投稿日:2005/09/20(火) 21:43:11
「ふ・・・・・・!?」 
窒息したように言葉が出てこない。俺は目を見開き、電流が走り抜けたような衝撃に身体を硬直させた。衝撃の余り危うく剣を落と 
しそうになったのを、慌てて持ち堪える。 
左右に下ろした髪型(いわゆるツインテール)に変わっているが、その姿はこの距離からでも見紛おうことはない。 
「ふ、深田さ……ん」 
服装はラミハで別れた時と同じ冒険者用の服。顔は少し痩せたような気もするが、ほとんど変わっていない。実際はそう長い期間離 
れていたわけではないのだが、何故だか数年来に会ったような心地だ。 
「待ちなさい!不用意に近寄ってはいけないわ」 
カエラが俺の二の腕を掴み、力を込める。 
「大丈夫だ。用心するから」 
自制がきいていないのは自覚している。だが居ても立ってもいられず、俺は強引にカエラの腕を外し深田に向かって歩を進める。近 
くに寄れば寄るほど、深田の面影が蘇ってくる。 
「お久しぶりです」 
深田は目を潤ませて、以前にも幾度か見せた憂いのある微笑を浮かべる。やはり変わってない。俺は安堵して、彼女の息遣いを感じら 
れる位置まで歩み寄った。 
                                                                 続  く 

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