異世界ファンタジー編 第37話

 

742 名前:1 [] 投稿日:2005/09/27(火) 00:15:27
第37話(前半) 
俺は瞳を閉じた。 
とても懐かしい匂いだ。俺の好きな金木犀に似た香り。この香りを最後に嗅いだのはいつだったか。そうだ。ラミハでの深田との 
別れ以来だ。ゆっくりと瞳を開けると、香りの主がすぐ目の前に佇んでいる。 
「深田さん」 
俺は彼女の身体をこちらに引き寄せようと、腕をつかんだ。 
その瞬間、 
「つ〜かまえた〜」 
ニタァと、深田は嗤った。同時に扉の外で感じたのと同じ凄まじく邪悪な気配が発生した。 
「――――え?」 
気づいた時には、こちらから腕をつかんだはずが、逆に彼女の両腕に身体をがっしりと抱き締められ、俺は全く身動きが取れなくな 
っていた。 
「ど、どういうことだ!?」 
足掻くが、人外とも言える怪力での抱擁はびくともしない。 
「ほんと馬鹿ですね〜。わたしはあなたの敵ですよ〜?」 
「!?」 
「わたしは望んでこの魔王軍に加わったんです。ラミハでの別れのシ〜ンを思い出して下さいよ〜」 
俺はあの忌まわしい光景を思い起こした。確かに深田は、有田に誘われるまま自らすすんでゲートに消えていった。だが、俺はその 
行動が彼女の本心でないことを信じてきた。“ホントの本心”を聞くまでは捨てることのできない、一縷の望みを抱いていた。しか 
したった今、本人の口から真意が告げられた。すがっていた希望が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。全身から力が抜け、いつ 
しか俺は深田の抱擁に身を任せていた。 
「深田さん、君は本当にまだ有田のことを?」 
力なく問う俺に、 
「はい。だって……」 
そこまで言って、深田は言葉を止めた。まるで次の言葉を強調するかのように。 
「ただ一人、私が愛している人ですから〜」 

743 名前:1 [] 投稿日:2005/09/27(火) 00:16:38
ああ、この人も同じなんだ。恋する人が、また俺の手の届かない所に行ってしまった。いつもそうだ。一瞬、俺の脳裏に現実世界で 
の赤川さんの姿がフラッシュバックした。 
深田の抱きしめる力は次第に強くなっていき、俺の筋肉と骨が軋んで音を立てる。 
「おにいちゃん!」 
業を煮やした甜歌が、魔術を発動させるべく詠唱を始めた。それを平井が遮る。 
「駄目だ!術を使えば彼にも当たってしまう」 
「でも!」 
「甜歌、機を待ちなさい。今は見守るしかないわ」 
カエラが甜歌の肩に手を置いた。その表情は固く、彼女もまたはやる気持ちを懸命に抑えている。 
死の抱擁に身を預けながら、我知らず俺の口から忍び笑いがこぼれてきた。 
「ほんと俺って馬鹿だよなぁ。己の分を知れっての」 
「はい?」 
きょとんとする深田をよそに、俺は独白するように続ける。 
「最初から分かってたことじゃないか。自分じゃ深田さんと釣り合わないって。それがちょっと一緒に旅をしたくらいで好きになった 
りして。ははは、笑っちゃうよな」 
うつむく俺の頬を伝って、幾筋かの水滴が落ちていった。 
「笑いながら泣いてるんですかぁ?」 
不思議そうに問う深田。 
「ああ、おかしいだろう」 
涙をぼろぼろ流しながら、俺は自嘲的な笑顔を浮かべている。それをなおも興味深げに見つめていた深田は、 
「大分堪えてるみたいですねぇ〜。可哀想だから死ぬ前に教えてあげちゃおっかなぁ」 
不意に彼女の両腕から力が抜けた。自由を得たものの、俺は立ち続ける力を保てず、その場に座り込んだ。 
深田はのほほんとした顔でこう言った。 
「ボクはお母さんじゃないよ」 
………ボク?………お母さん? 
「お、お母さんって、どういうことだ?」 
俺は耳を疑った。一体彼女は何を言っているのだ。気が触れているのか。皆目意味が分からない。 
「ボクは魔王」 

744 名前:1 [] 投稿日:2005/09/27(火) 00:17:42
理解できず俺はただただ唖然として、呆けたように彼女の姿を見つめる。深田は……いや今の内容から判断すると“深田”ではなく、 
深田の姿をした“それ”は喋り続ける。 
「母胎にいる時、ボクは四六時中思案していた。このまま産まれるべきなのかってね。生まれ落ちた瞬間、自分は“ただの魔王”にな 
ってしまう。でもただの魔王なんて今時ダサイし芸がない。何か特殊な存在になりたかった。唯一無二、前例のない存在」 
魔王は空を見上げた。陽はほとんど沈み、辺りは夜の闇に包まれていく。 
「そして思いついた。ボクがいるのは異世界人の胎内じゃないか。そもそも異世界人が魔王を宿すなんて前代未聞。この機会を棒に振 
ることはないってね」 
これ以上にないくらい最悪な事実。事態を少しずつ飲み込むにつれ、俺は眩暈を覚え、締め付けられるような頭痛に苛まれた。 
「それでお前は……」 
「そう。これは実験なんだ。魔王が異世界人と融合したらどうなるのか試してみたくなった。だから、ボクは産まれることをやめた。 
異世界人という特異なお母さんの身体にとどまり、ボクという魔王の魂の容器にしたのさ」 
「そんな。それじゃ深田さんは!!」 
「ボクの意識の奥底に沈めた。もう二度と浮かび上がってこれないだろうな」 
「このっ……!?」 
俺の中で何かが暴発した。俺専用異世界人専用聖剣を握りしめ、俺は深田の身体を纏った魔王に斬りかかった。しかし攻撃は紙一重ど 
ころか、相当な余裕を持ってかわされる。 
「何故ボクはお母さんの意識を殺さずに生かしているか、教えてあげようか?」 
そう言って手招きをして挑発する魔王に、俺は瞬速の連撃を繰り出す。 
「君の剣術の師はお母さんだ。故にこの人の意識を生かしておくことで、君の攻撃パターンはみんな……」 
全ての攻撃はかすりもせず、確実に捌かれていく。 
「ボクにはお見通しというわけ♪」 
不意を突いてたった一撃、魔王は俺の胸を異世界人用ロングソードの剣把で打った。凄まじい衝撃に弾き飛ばされ、俺は地に足をつけた。 
軽く打っただけのはずなのに、俺は激痛に血反吐を吐きながらもがいた。 
「取るに足らない君みたいな相手でも、tanasinnソードを持つ以上は魔族にとって侮れないからねぇ」 
魔王は異世界人用ロングソードを鞘に収める。魔族の王が、魔族特効武器を使うとは悪い冗談にしか思えない。 

745 名前:1 [] 投稿日:2005/09/27(火) 00:18:30
「えなりさぁん!!もういいっすよ!いい加減出てきて」 
魔王が叫んだ。すると松明に照らされて、暗がりから2つの人影が出現した。 
「魔王様の芝居、なかなか楽しませてもらいましたよ」 
拍手しながら出てきたのはえなりだ。そしてその斜め後ろには有田が控えている。今まで消していた邪気を解放したようで、彼らから発 
せられる強烈な圧迫感は今にも俺達を押し潰さんばかりだ。立ち上がれずにいる俺を守るように、平井とカエラが前に出た。 
「ラミハ以来だね。また会えるとは僕も嬉しいよ」 
えなりはピエロのような戯けた大仰な動作で一礼した。 
「魔王様やえなり様の手を煩わせるまでもない。こいつらはオレにやらせて下さい」 
有田が進み出た。ニヤニヤと笑う顔は、自信の表れ以外のなにものでもない。彼の視線は平井とカエラの間を通り抜けて、俺の目に一直 
線に向けられている。 
「お前、恭子の身体を知らないんだろ?」 
「な!?」 
俺は身体を硬直させた。 
「教えてやろうか」 
「やめなさい!」 
カエラがハルバートを構えて有田に突進をかける。彼は背中のクレイモアを抜き、ハルバートを受け止めた。カエラの強烈な攻撃を受け 
ながらも、有田は俺から目を離さない。そして目を見開いてこう吐いた。 
「最高だったぜ」 
                                                                 続  く 

3 名前:1 [] 投稿日:2005/10/08(土) 23:52:17
第37話(後半) 
「ぐ…!!」 
またもや俺の中で、得体の知れないものが脈動した。俺は剣を握り、攻撃の機会をうかがう。 
「まぁ待てよ」 
カエラの攻撃を支えていた有田は、彼女の攻撃をいとも簡単に捌いて、魔王の側に戻った。再び魔王を中心にして、 
その左右に有田とえなりが立つ格好となった。 
「それにしても奇遇だねぇ。君の対となる魔王がボクだったなんて。お母さんのお腹の中で、ボクはいつも君という 
存在を感じていた。そして彼女が君に思いを寄せていることも」 
俺は驚愕した。魔王は深田の目を通して、俺の目を真っ直ぐに見つめる。 
「今更慰めるわけじゃないけど」 
彼は一度言葉を止め、少々の間を置いた。 
「お母さんは別段君を嫌っていた訳じゃない。ラミハでえなりや有田と行動を共にしたのも、自分の胎内にボクがい 
ると知らされたからだったし。君達に迷惑をかけたくなかったんだろうね」 
深田は俺のことを思っていてくれたのか。俺は妙な安堵感を覚えた。しかし反面で、その事実を教えているのが彼女 
の身体を奪った魔王とは、何という皮肉な現実を呪った。 
「第一、お母さんがこんな軽石みたいな男を愛するわけないじゃない」 
魔王は有田を一瞥した。その表情には紛れもない嫌悪感が含まれていた。一応は自分の父親であるにも関わらずだ。 
しかし有田も自覚しているのか、特に気にしている様子はない。 
「母さんは内心で君を愛していたのさ。ボクが保証するよ」 
ここで魔王は意味ありげに微笑した。彼の語り口を聴いていると、どういうわけか話が信じるに足りるものに思えて 
くるから不思議だ。更に話は続く。 
「さて、ここでボクという存在について。ボク達魔王という存在が、何故発生するのかは、実を言うとボク自身も解 
らない。一応、この世界を征服することが本能に植え付けられた目的みたいだけど。そしてボク達を倒す為に、君の 
ような人間が召還される。これまでの傾向からして、これはまず間違いない。で、魔王の身体に宿るゲート石が無け 
れば君はあっちに帰れないと」 
魔王の意図が朧気に見えてきた。 

4 名前:1 [] 投稿日:2005/10/08(土) 23:53:17
「というわけで、ボク達は宿敵。殺し合わなきゃならない仲ってわけだ」 
やはりそうだ。魔王は俺の中に葛藤を創り出そうとしている。 
「魔王はあなたを弄んで楽しんでいる」 
平井が俺に釘を刺す。そんなことは分かり切ったことだ。 
「わかってる」 
その時、魔王が前に進み出た。 
「さぁ、勝負を付けようぜ」 
彼は俺の正面に立つ。目の前の光景が陽炎のように歪む。彼の、深田の身体から発せられる邪気のせいだ。 
「…………」 
相手は深田。先ほどは深田の意識が沈められたことを知り、見境が無くなって魔王に斬りかかった。しかし、今の俺は 
比較的冷静さを取り戻している。彼女の身体を傷付けるなど到底できるわけがない。 
魔王はやれやれと言う風に、首を左右に振った。 
「やっぱ無理か。起爆剤が無いとなぁ」 
その時、突然背後のドアが弾け飛んだ。 
「おっしゃ!!俺らが助けに来たからもう安心や!!」 
塚地だ。そのすぐ後ろには伊藤の姿。更にえなり討伐軍がどやどやと現れる。 
「お前ら、生きてたのかよ」 
と摩邪。自分の部下なのに何とも辛辣なお言葉。 
「そりゃないですよぉ。隊長」 
そう言う伊藤は、身体の至る所に切り傷やあざをこしらえている。討伐軍も相当なダメージを受けているようで、上陸時 
に比べて人数は三分の一くらいまで減っている。沿岸部からここまでの防衛網を考えると無理もない。 
「つか、なんでおめぇがリーダー面してんだ?田中総隊長はどうした?」 
摩邪は塚地を睨み付けた。 
「とりあえず、一帯の魔物はあらかた討伐したんやが、総隊長(ココリコ田中)があっさりやられてしもうたんです。で、 
成り行きで俺が指揮してます」 
成り行きにしても、相当強引な成り行きだ。肉屋のおっちゃんが全軍を指揮しているなんて。とにかく心強いことには変わ 
りはないが。 
「十把一絡げの雑魚どもが集まってくれちゃって」 
討伐軍の姿を見た魔王は、不快そうな顔を見せた。 
「しかし、起爆剤としては役に立ってくれそうだ。えなり頼むよ」 

5 名前:1 [] 投稿日:2005/10/08(土) 23:54:13
魔王の指示に応じてえなりが頭上で腕を交差させた。この構え。見たことがある。俺はハっと気づいて、目を見開いた。 
「みんな、伏せろ!!!!地に伏せるんだ!!」 
俺は討伐隊の方向を振り向いて、力一杯叫んだ。そして横にいる甜歌を抱き庇って、地面に伏せた。その直後、頭上を疾風 
が駆け抜けた。 
「う……大丈夫か。甜歌」 
「うん」 
俺は目を開け、顔を上げる。すぐ側の平井やカエラは経験しているので無事のようだ。摩邪も事なきを得ている。しかし、 
討伐隊の方を見た俺は絶句した。そこには上半身と下半身が無惨に切り離された遺骸が散乱していた。余りに凄惨な光景に、 
俺は吐き気を覚えた。 
「塚地さん、大丈夫っすか!」 
生来の小心者らしく超反応で屈んで無事だった伊藤が、顔を上げる。 
「俺は無事…って、あれ……」 
塚地は自分の腹を押さえた。彼自身は動いているつもりがないのに、視界の中で目の前の光景が少しずつ横にスライドしていく。 
「マジか……」 
塚地の上半身がずるっと、下半身から滑り落ちた。 
「塚地さぁああああん!!」 
「塚地ぃいいいいいい!!」 
摩邪と伊藤の痛烈な悲鳴が響く。塚地死去。稀代のムードメーカーを喪い、悲嘆に暮れる第13小隊。 
「ちょっと驚きました。まだ半分は残っていますな」 
えなりは意外そうな表情。 
「いや、イイよ。イイよ。十分な起爆剤になったようだ」 
「と言いますと?」 
魔王に顎で指されて、えなりは俺に目を向ける。俺は片膝を突いて、胸を押さえている。塚地の死の直後から動悸が激しい。 
この感情の高鳴りはどこからくるのか。 
(こいつからか) 
俺専用異世界人専用聖剣を持つこの腕からだ。柄を持つ手が熱く疼く。俺は自身の身体に起こっている異変に危機を感じ始 
めた。高校時代の体育の時間に、自衛隊式訓練をやらされて倒れかけた時(マジで死ぬかと思った)と同じくらい。 
「おにいちゃん、どうしたの?」 

6 名前:1 [] 投稿日:2005/10/08(土) 23:55:03
異変に気づいた甜歌が、俺の顔をのぞき込む。大丈夫と応えたいが、それどころではない。剣が手から離れない。否、手が 
剣を放そうとしないのだ。 
「これは……tansinnなのか……」 
得体の知れない不気味な、それでいて莫大な力が、剣を通じて身体に侵入してくる。俺は強い恐怖を感じた。恐怖の念は徐 
々に高まり、不気味な力と一緒に俺を浸食していく。 
「ちょっと大丈夫!?返事しなさいよ」 
心配そうにカエラが、俺に呼びかける。 
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」 
俺は我を取り戻したて、カエラに笑いかけた。ほっと安心するカエラ。そのまま立ち上がり、甜歌の肩に手を置く。そして、 
「安心しろ。今すぐ魔王達をぶち殺してやるから」 
「え……」 
甜歌は表情を凍らせた。 
平静。自分を満たした恐怖はいつしか、意外にも驚くほどの平静さに変貌していた。目の前の出来事がまるで他人事のような。 
しかし眼前の三人の魔族を抹殺するという目的だけが、確たるものとして意識されている。俺は自分自身がtanasinnに支配さ 
れたことを自覚していた。 
そんな俺を見る魔王はいたく満足げ。 
「そうこなきゃ。これで正々堂々、お互いベストを尽くせるよね」 
「正々堂々か。お前が言うことかよ。散々人をこけにしておいて」 
魔王の胸に俺専用異世界人専用聖剣の切っ先を向ける。 
「お前を殺す」 
もう深田の身体だろうと何だろうと関係ない。俺の視線の先にいるのは、魔王以外の何者でもないのだから。 
「魔王様、先に俺が行きましょうか?」 
有田が進言するが、魔王は首を振って拒否する。 
「いいよ。えなりと有田は雑魚どもを一掃しておいて。ボクはこいつとやりたいんだ」 
心底嬉しそうに、魔王は異世界人専用ロングソードを試し振りした。 
「待てよ。あたいらが雑魚だって?随分と舐めたことを言ってくれるじゃねぇか」 
後ろから摩邪が吼える。部下を殺されたのだから当然だろう。 

7 名前:1 [] 投稿日:2005/10/08(土) 23:56:16
「場所を移そうか。邪魔者が多い」 
魔王は呟いた。 
「場所?」 
「ああ、君との戦いは特別だから。実はね。どうやら異世界人と融合したボクには、今までの魔王に無い力が宿っているらしいんだ」 
一瞬だった。魔王が虚を突いて急接近し、俺の胸ぐらを腕で掴んだ。その腕を掴み返すより早く空間が歪み、気づいた時には 
周りの風景はえなり城の屋上ではなくなっていた。 
「ここは……」 
周囲を見渡す。明滅する赤信号。点々と灯る街灯。交差点。電話局の赤い鉄塔。サングリーン(三次にあるショッピングセン 
ター)の看板。 
「十日市……」 
魔王が最終決戦の場所に選んだのは俺が住んでいた街。三次市内のど真ん中だった。 
                                                                 続  く 

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