異世界ファンタジー編 第39話

 

94 名前:1 [] 投稿日:2005/10/27(木) 23:21:21
第39話(前半) 
市内中心部に向かう救急車のサイレンとは対照的に、河川敷は静まり返っている。 
「月が綺麗だね。この美しさだけは、汚れきったこっちの世界も同じだ」 
魔王が感慨深げに言った。俺は倣って月を見る。その淡い光が喚起させるのは、深田と最初に過ごした夜の思い出。 
簡易宿屋の庭で、俺は一晩中深田に剣術を教わった。彼女の表情が、仕草が、立ち居振る舞いが蘇ってくる。 
(く・・・・・・!) 
ぽっ、と生じかけた蝋燭の灯のような微かな迷い。即座にそれを消し去り、俺は剣の刃を立てた。 
「行くぞ」 
俺は身体を沈める。 
「来なよ」 
魔王が迎え撃つべく構える。俺は砂利が敷き詰められた地面を蹴って突進。袈裟懸けに魔王を斬りつけた。当然の 
ようにそれを防ぐ魔王。第二撃、三撃、四撃と、連続攻撃を畳みかける。やはり相手は俺の手の内を知り尽くして 
いる。しかし、俺は止まることなくせず剣を振るい続ける。止まれば、確実に相手に攻撃の機会を与えることにな 
るからだ。 
しばらくして、俺は身体に変調を感じた。息切れがする。ファンタジー世界で戦っていたなら、この程度の動きで 
は何ということはない。しかし、今ここにいるのはファンタジー世界の剣士ではない。現実の俺。紛れもないリア 
ルな俺自身だ。限界を寸前にして筋肉は悲鳴を上げ、次第に自分の動作が鈍くなっていくのを感じる。 
「どうした。次はボクが行くよ」 
連撃の隙を突き、魔王がロングソードを両手に持った。来る!思った瞬間には、俺の脇腹をロングソードが迫って 
いた。危ういところで身を逸らす。 
「か、かわした。辛うじて」 
「甘いなぁ」 
空振りしたと思いきや、魔王の側面蹴りが俺の左腕を打った。鈍い音がした。 
「……!?」 
激痛に声も出ず、その場にどっと倒れ込んでしまった。そこに魔王は容赦なく攻撃を重ねてくる。大きく振りかぶ 
っての上段斬り。隙だらけだが、今の俺を仕留めるには十分すぎるスピードだ。俺は眼を見開いて、自身に迫る死 
に恐怖した。 

95 名前:1 [] 投稿日:2005/10/27(木) 23:22:00
(殺られる) 
終わりだ。ここで終わりだ。瞬時に様々な思いが脳内を去来した。人生を有意義なものにできなかった己への怒り。 
赤川さんを手に入れられなかった己に対する怒り。そして、深田と剣を交える原因を招いた己の不甲斐なさに対す 
る怒り。 
「なんで…」 
砕けんばかりに歯を食いしばる。 
「なんで俺は……!!」 
渾身の力を込めて剣を突き出した。金属が激突する鋭い音と共に、火花が飛び散る。絶体絶命を切り抜けてなお、 
俺の中には沸々と怒りの感情がわき続ける。 
「お、いいねぇ!」 
魔王は続けざまに攻撃を打ち込んできる。しかし、激しい怒りはどういうわけか逆に俺を冷静にさせているようだ。 
魔王の繰り出そうとする攻撃が、手に取るように分かる。 
「やっぱキミ最高だよ。キミのその心がボクを強くする」 
次に奴が繰り出すのは…………刺突。 
俺は一旦剣を引くと、水平に構えて突き出した。まるで計ったかのように互いの刃先が激突する。時が止まったか 
のように、双方の剣はぴくりとも動かない。相対した力が、完全に拮抗しているのだ。美しいほどに均整の取れた 
直線となって、二本の剣が向かい合って静止している。 
「そうだ。その調子だ!」 
魔王が狂ったような嬌声を上げる。どこまでも人を食ったその口調は、否が応にも俺の苛立ちを増大させる。そし 
て、怒りは憎悪に変貌を遂げた。 
「死ね!」 
俺専用異世界人専用聖剣は異世界人専用ロングソードの刃を粉々に粉砕し、そのまま魔王の右肩に深々と突き刺さった。 
「ぐぎゃ」 
一声上げると、魔王は背後の壁に、人形のように刺し止められた。しかしその顔は苦痛に歪むことはなく、寧ろ歓 
喜の情を浮かべている。 
「完成したよ……ボクが…ゲホッ…」 
大量の血反吐を吐きながら、訳の分からないことを吐き。ぐったりと俯いた。 
「どうでもいい。もうお前は終わりだ」 

96 名前:1 [] 投稿日:2005/10/27(木) 23:23:31
憎悪に身を任せた俺は、世迷い言に貸す耳を持たない。壁にもたれている魔王の胸に足をかけて踏み台にして剣を 
引き抜く。今度は魔王の額を刺し貫こうと構える。 
ここに来て逡巡が生まれた。気を失っている魔王の顔を見た途端。手が動かなった。何故だ。再び顔を上げる魔王。 
「は、早くさしてみなよ……トドメをさせよ……!」 
その声を聴いた時、俺の中で憎悪がかき消えた。同じ身体から発せられる似た口調だが、魔王から感じる気配は、 
先ほどまでとは明らかに変わっている。 
俺は悪夢から醒めたように、目を見開いた。 
「違う」 
「何を、言ってるんだい?早くボクを殺して…みろよ」 
弱々しく挑発する声。俺は確かめるように言う。 
「ち、違うだろ。君は魔王じゃない」 
俺はふらつきながら魔王……いや、深田の元に駆け寄る。 
「早くトドメを……」 
彼女は言葉を詰まらせて俯いた。このままではいけない。 
「喋らないで」 
俺はほとんど無意識のうちに袖を破いて彼女の肩に巻き、応急の止血をする。力なくうなだれるその姿を見て、俺は 
確信する。魔王は深田の身体から影を潜めている。何が起こったのかは解らないが、深田の意識が浮かび上がってき 
たようだ。 
「早く・・・・・・」 
と、魔王の口調を真似る深田は、自身を犠牲にすることで魔王と一緒に滅ぶことを望んでいる。俺は指先で手の平の 
内側をぬぐった。月明かりが頼りではっきりとは見えないが、その感触は紛れもない血液。 
「俺がやった……のか」 
両の瞼から涙が落ちる。 
「ごめん」 
俺はかすれた声で漏らして、深田の額に自分の額を付けた。 
                                                                 続    く 

139 名前:1 [] 投稿日:2005/11/06(日) 20:17:55
第39話(後半) 
「あなたが謝ることじゃないです。早く私を殺して下さい」 
深田はなおも強情に、とどめを刺すよう求める。しかし、俺はとうに正常な思考を取り戻してしまっている。 
「駄目だ。俺にはもう君を傷つけられない」 
「それなら早く逃げて下さい」 
深田は俺から逃れるように、身体を緩慢な動作で動かそうとする。俺はそれを遮り、語りかける。 
「無茶をするな。魔王は一体どこに消えたんだ?」 
「あれはまだ私の身体にいます。蛹が成虫になるように、羽化を始めようとしている」 
「な……」 
俺は強いジレンマに苛まれる。深田をこれ以上傷つけるなど、まして殺すことなど到底できない。しかし、彼女の中で魔王は 
まだ生きている。先ほどの魔王が吐いた言葉を思い出す。“完成した”。確かに魔王はそう言った。 
「一体、何が完成したって……」 
ふと、俺は異変に気付いて言葉を止めた。深田の様子がおかしい。眼を見開いて呆けたように虚空を見詰めている。 
「大丈夫か」 
俺が声を掛けるや、 
「げはっ!」 
深田が突然えづいた。激しい嘔吐により、地面に吐瀉物が撒き散らされる。俺は彼女に駆け寄る。と、その口から何かが吐き 
出された。普通の吐瀉物とは明らかに違う。拳ほどの大きさのそれは、黒い肉のようでモゾモゾと蠢いている。俺は深田を介 
抱しながらも、それから目を離さない。 
注視している内、俺は、黒い塊が徐々に膨らんでいるに気付いた。 
「育っている、のか」 
直感が俺に知らせた。眼下の塊が災いの元凶だと言うことを。俺は無意識の内に肉塊に近づき、躊躇することなく剣を突き下ろす。 
が、突き刺さる直前に、塊から小さな腕のようなものが伸び、剣を受け止めてしまった。 
「は、外れない」 

140 名前:1 [] 投稿日:2005/11/06(日) 20:18:39
これでもかと力を込めると、ようやく腕は剣を解放した。俺は反動で数歩後ろに、よろめきながら下がる。その間にも、塊は急 
速にその体積を増していき、俺の三倍はあろうかという丈になった。そして膨張を終えたかと思うと、次第に人型へと変容して 
いき、ついには悪魔の姿を形作った。 
「は、反則だろ、これは……」 
黒曜石のように妖しく光る漆黒の身体。阿修羅(っていうか、アシュラマン)のごとく左右6本の腕が生えており、その一本で 
巨大な両刃の剣を握っている。背には風神マエルフィックを連想させる巨大な一対の翼。竜に似た頭部が、炎のように赤い瞳で 
こちらを見据えている。それは、まさに真の魔族と呼ぶに相応しい姿だった。悪魔の眷属で最も力を持つグレーターデーモンで 
すら足元に及ぶまい。 
「これが……」 
唖然とする俺。 
「完全な姿の魔王です……」 
深田は顔に苦渋を浮かべながら、言った。 
俺は気圧されて、思わず後ずさりをした。 
(逃げろ) 
本能が俺に進言した。 
「だが、逃げたらどうなる?」 
このRPGから出てきたような魔王に世界は屈服させられる。これは疑いようがない。銃火器?軍隊?核兵器?いや、そのどれ 
もがこいつには通用しないと断言できる。怖い。恐い。畏い。こわい。魔王から感じられるのは余りにも根源的で絶望に満たさ 
れた恐怖だけだ。 
(それでも延命することはできる。まだ死にたくはないだろう。何もお前が戦う必要はないんだ) 
またも心の声が呼びかけた。俺は黙考した。相手は動かない。まだ羽化したばかりではっきりと意識が定まっていないのかもし 
れない。この間なら、深田を連れて逃げることも可能だろう。 
しかし、そうするとこの町はどうなる?俺はこの町を見捨てるのか?この町に住んでいる人達を……同僚を、店に来てくれるお 
客さん(常連クレーマーを除く)を、そして……赤川さんを……俺は見捨てるんだ。 
(どうする?) 
傾きつつある俺の気持ちを察したように、声は響き続ける。だが、この感覚は何だ。デジャブのような。どこかで経験したこと 
がある。どこかで。 
「あ」 
そうだ。 

141 名前:1 [] 投稿日:2005/11/06(日) 20:19:17
「朝……目覚めた時と同じ」 
辛いなら休んでしまえばいい。登校前。出社前。毎朝、律儀に誘惑してきていたあの声と同じだ。そう思うと、妙におかしな気 
分になり、俺はみ笑いをした。随分と気持ちが和らいだ。 
(どうする?) 
「ん。そうだな。俺はいつも通りにするよ」 
俺は剣を提げて、静かに歩き始める。魔王に向けて。 
(馬鹿だな) 
「だな。っていうかお前だよ?俺は」 
(……) 
誘惑する声は黙りこんだ。不思議と恐怖心が薄らいでいく。 
「駄目!そいつだけは……」 
深田が叫ぶ。が、 
「そこまで」 
俺は振り返ることなく、左の掌を彼女に向けて言葉を制止する。 
「それ以上言わないで。崩れてしまう。ここでやっとかないと、俺、後悔すると思うんだ。きっと」 
これまでも後悔だらけの人生だった。あれをやらなかった、これをやらなかった。そんな思いばかりしてきた。今回だけは死んでも逃げたくない。 
俺は剣を構えて静かに魔王に迫る。あと数歩というところで、魔王がこちらに気付いて視線を向けた。 
「何藻ノダ?喪前ハ?」 
どうやら記憶はリセットされているらしい。俺の顔を初めて見る、といった風だ。 
「いやぁ、名乗るほどのものじゃない、とかいいながら不意打ち御免!!!!」 
俺は振りかぶり、魔王の胸板に俺専用異世界人専用聖剣を振り下ろした。 
                                                                 続  く 

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