異世界ファンタジー編 第40話

 

164 名前:1 [] 投稿日:2005/11/15(火) 19:51:28
第40話(Aパート) 
絶対的危機にして最大の好機。 
「えなり。僕の村を焼き払った張本人。そして千乃の仇。お前を見逃すわけには行かない」 
「私怨か。今までどれだけキミのような者を葬ってきたか」 
えなりはいかにも辟易しているというに、気の抜けた表情。 
「どこまでも……」 
僕は八相の構えを取る。そして次の瞬間には、えなりに向かって袈裟に斬り込んでいた。えなりは避けることなく、 
刀の直撃を受ける。 
しかし、 
「く!?」 
刃が触れた部位がスライム状になり、刀を捉えているではないか。刀を引き抜いて後退する。 
「どうだい?面白いだろう。先々代の魔王に頂いた能力だ」 
「先々代の魔王に?」 
「ああ。ボクは魔王に仕えることで不老を授かっている。だが、それだけじゃない。僕は魔王からそれぞれ能力を与 
えられている。人間から魔族になったボクには、リスクの高い仕事だからね。それくらいして貰わないと」 
えなりが元々同じ人間だったとは初耳だ。それが幾多の魔王から能力を引き継ぐ内、魔族化していったということか。 
しかし、それが本当だとすればえなり最強じゃないか。 
「こんなのもある」 
瞬間、えなりの右腕が伸び、僕の首に巻きついた。そのままぐいぐいと締め付ける。伸びた腕は烏賊の触手のようで、 
ぬるぬるとして掴み所がない。 
「これは三人目の魔王に貰った能力だったかな」 
「このっ!!」 
抜けそうになる力を必死に溜め、触手に斬りつける。が、寸前で触手は縮み、えなりの肩に収まった。開放された僕は、 
激しく咳き込んだ。 
(どうする) 
物理的な攻撃は通用しない。と言って僕は魔術も使えない。 
(こうなったら一か八かだ) 

165 名前:1 [] 投稿日:2005/11/15(火) 19:52:06
僕とえなりの眼があった。触手を切り抜けえなりに接近、刀を水平に振った。 
「ぐぁ…!!」 
えなりが両手で顔面を抑え、その間から真っ黒な血液が滴り落ちる。 
「眼は形状変化させるわけにはいかないだろう」 
畳み掛けるように、えなりの身体を斬りつける。これまた当たり。形状変化能力を使う余裕がないようで、攻撃がヒット 
した部分から血が噴き出した。初めてダメージを与えられたことに心臓が高鳴る。決定打とはいかないものの、苦悶する 
えなりを見ている限りでは一縷の希望を抱いていいのかもしれない。 
僕は一気にとどめを差すべく、上段に構え、依然としてひるんでいるえなりに接近した。 
「いける!!」 
慢心が生まれた。えなりの身体が異様な形に変化した。何が起きたのかを把握する間もなく、僕は強い衝撃に吹き飛ばされた。 
                                                                 続 く 

201 名前:1 [] 投稿日:2005/11/29(火) 01:51:34
第40話(Bパート) 
「ぐぅ」 
唐突に激しい衝撃に吹き飛ばされたが、僕は辛うじて膝を突いてこらえる。体勢を立て直した僕は、目を疑った。 
いや、確かにえなりは未だ傷ついた眼を庇って、動けないでいる。しかし、僕に攻撃を浴びせたのは、そのえなりではない。 
攻撃したそいつは別にいる…… 
その時、頭上から響く落下音。 
「ちぃ!」 
僕は咄嗟に飛び退いて、上空からの攻撃をかわした。受身を取って対象を確認する。 
「あの角度からの攻撃を咄嗟にかわすとは、やっぱりやるねぇ」 
目の前に落下してきた人影。それは、 
「えなり……!?」 
目をこするが、目の前にはやはりえなりがいる。松明の明かりで影が映し出されていることから、それが幻影ではないことが判る。 
その後ろには、眼を負傷したもう一人のえなり。 
僕は先程の状況を思い出し、そして事態を把握した。攻撃をしかける際、えなりの身体に生じた奇妙な変化。奴の背中に異様な大 
きさの瘤が発生した。あの瘤が2体目のえなりになったと判断して間違えないだろう。つまり、えなりは“増殖”するのだ。一人 
でも手強いえなりが二人に増えてしまった。僕は歯軋りをした。 
ところが、えなりは僕の危惧に反する行動をとった。何と負傷した自分の分身を剣で斬り倒してしまったのだ。 
「な!?」 
どういうことだ。死にゆく自分自身を、えなりは平然と見ている。 

202 名前:1 [] 投稿日:2005/11/29(火) 01:52:17
「その顔は疑問に思っているようだね。まぁ、冥土の土産代わりに教えてやるよ。これはこの世界に現れた最初の魔王に頂いた能力 
だ。ボクは深刻なダメージを受けた時、自分自身を増殖させることで、再び完全な自分を造りだすことができる。つまり、ボクはこ 
の能力を持つ限り不死なんだ。ああ、あとボクはこの世界に二人もいらないから、傷んだ方は処分したよ。その点は安心してくれ」 
えなりが一人に戻ったからといって、安心などできるわけがない。何というふざけた能力。こんな馬鹿げた反則技を見せ付けられて、 
勝機を見出せる人間がいるなら、是非お会いしてみたい。っていうか、正直魔王より強いんじゃないか。こいつは。 
「悪いね。君にとって絶望的な事実で」 
えなりはご自慢の人を小馬鹿にした笑いを浮かべた。 
その通りだ。これは絶望以外の何者でもない。一切の希望を絶たれてしまったのだから。もう為す術などありはしない。 
「じゃあ、終わりにしようか」 
そう言うと、えなりは剣を構え、つかつかとこちらに歩いてきた。呆然としていた僕がはっと気づいた時には、既にえなりは剣を大 
きく振りかぶっていた。首筋目掛けて水平に振られた斬撃を間一髪で受け止める。しかし腕に力が入らず、簡単に弾き飛ばされた。 
「しつこいなぁ!」 
苛立ちを浮かべたえなりが、次いで攻撃を重ねてくる。いずれも何とか防ぐものの、自分でも防御が緩くなっているのが分かる。奴 
の自己増殖能力を見せ付けられたことに起因する諦念が、僕を支配し始めている。 
えなりは攻撃の手を休めない。これ以上はもう駄目だ。気づいた時、僕はいつの間にか屋上の縁まで追いやられていた。もう後はない。 
「ボクの剣に切り刻まれるか、そこから落ちるか。どっちでも好きな方を選ぶがいい」 
僕の覚悟はすぐに決まった。腰に提げている鞘に刀を収める。 

203 名前:1 [] 投稿日:2005/11/29(火) 01:53:42
「へぇ、観念したのかい(『お江戸でござる』出演時の江戸っ子口調で)。賢いな。人間引き際が肝心だ」 
「千乃…あい…ごめん……」 
小さな声で呟き、僕は目を瞑る。そして瞬間身を屈めて、刀の柄に手の平を当てた。命と引き換えてでも、せめてこいつには一矢報 
いたい。 
「何だ。と思ったらまだ諦めてないのか。やめておいたほうがいい。君が抜刀するより早く、ボクは君をここから叩き落とすことが 
できる」 
それでもいい。せめて、せめて一矢だけでも。 
柄を握る手の平に力を込めた、その瞬間、意表を突いて耳をつんざかんばかりの爆音が響き、えなりの背中で火球が爆発した。 
「ぐぅおっ!」 
えなりが悲痛な叫びを上げて、前のめりに倒れる。その弾みで僕は左足を、縁から踏み外してしまった。 
「うわわわわわわわわ!!」 
バランスを保つ余裕もなく、落下しそうになる。と、あわやという所で、僕の手首を掴む者がいた。 
「あなた、格好つけすぎ」 
視線の先には不機嫌そうなカエラの顔が。彼女は持ち前の馬鹿力で僕を一気に引き上げ、一緒にその場を離れた。えなりはダメージが 
相当大きいのか、ぴくりとも動かない。 
「だから一人じゃ無理だって言ったでしょ」 
                                                                 続  く 

235 名前:1 [] 投稿日:2005/12/08(木) 23:44:05
第40話(Cパート) 
状況が理解できずにいる僕の目の前には、有田と交戦しているはずのカエラと甜歌。甜歌が杖を構えているところから見て、 
さっきの爆炎魔術は彼女が放ったようだ。 
「あ、有田は?」 
「うん、速攻殺した♪幾ら魔族でもたった独りで、これだけの人数と一度に戦って、勝てるわけないでしょうに」 
カエラが目配せした方に目をやると、ヤムチャライクにボロ雑巾と化した有田が、無残に地面に転がっている。カエラ、甜歌、 
摩邪および十把一絡げの皆さんでボコったわけというわけか。幾らなんでも卑怯……いや、勝利を得るためには見てくれや手 
段を気にしないということか。摩邪隊長は負傷した兵士達の面倒を見ている。 
カエラは僕の目を真っ直ぐに見ながら語りかける。 
「武士道とかも大事だとは思うけど、命あってのものだねだわ」 
「でも、これは僕の覚悟……」 
「冷静に考えて。今のあなたでえなりを倒せる?」 
「……」 
カエラの辛辣な指摘に対して、僕は返答に窮した。答えは明白だからだ。援護攻撃が無ければ、僕は今此処に立っていなかった。 
カエラは続ける。 
「倒したいんでしょう?えなり」 
「……はい」 

236 名前:1 [] 投稿日:2005/12/08(木) 23:44:46
「なら形振りなんて構う必要ないじゃない。そもそも奴の能力は反則みたいなものなんだから、勝ったもんの勝ちよ」 
彼女はあっけらかんと言い放った。一対多でも意に介さないという姿勢。僕はえなりを独力で倒すことにこだわっていた。それ 
が武士道であり、唯一、千乃に対する手向けの花になると思っていたからだ。だが、それがカエラの言葉でガラガラと崩れてい 
く。実現しなければ何にもならない。特に現実的な彼女に言われると、妙な説得力がある。 
「こんな時だからこそ頼るのが仲間でしょ」 
「仲間……」 
思えば僕は心の奥底で、一線を引いていたのかもしれない。彼らと旅をしているのは目的が一致したからというだけだと。仲間 
としては受け入れていなかったのではないか。だが、今改めてカエラの口から仲間という言葉を聞いて、何か特別な感情がこみ 
上げて来るのを抑えられない。そして、そんな自分に戸惑いを覚えている。 
と、目の前のえなりが、忍び笑いを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。 
「ククク…取るに足らない人間ごときのくせに。ボクを怒らせたのは君達が最初・・・・・・そして最後だ・・・・・・」 
えなりは怒っている。表情こそ笑っているが、激しい怒りが身体から溢れ出しているのが分かる。えなりはその場で踏ん張り、 
両の拳を強く握る。そして低い唸り声を上げ始めた。警戒して見守る僕達の目の前で、またもやえなりの身体に変化が起きた。 
最初は少しずつだったが、次第に速度を増しながら、えなりの身体が膨張していくではないか。 
「巨大化!?」 
僕は呆気に取られて動くことができない。お構いなしに轟音を立てて身体を巨大化させていくえなり。僕達は慌ててその場を退 
いた。最終的にえなりの身長は、3階建て程度の屋敷の高さにまで達した。巨大化の余韻が残っているのか、えなりは小刻みに 
震えている。当然彼が着ていた衣服は破け去り、生まれたままの姿。 
「すごい……大きいね…」 
と甜歌。当然、身長のことを言っているのだろう。僕は自分にそう言い聞かせた。 

237 名前:1 [] 投稿日:2005/12/08(木) 23:46:00
「どうする?堅」 
僕は目を少し瞑り、自分の中の戸惑いを振り払った。もう、迷う必要は無い。僕は独りではない。 
姿勢を正し、カエラと甜歌に返す。 
「助太刀、お願い致します」 
                                                                 続 く 

285 名前:1 [] 投稿日:2005/12/28(水) 01:08:45
第40話(Dパート) 
巨大化の余韻から開放されたえなりは、僕等に視線を落とした。その表情はただただ忌々しいものを見るようで、人を小馬鹿にした 
態度は完全に消失している。というか、知性が微塵も感じられない狂気に支配された獣の形相だ。 
「助太刀を買って出てみたものの……どうしよう?堅」 
とカエラ。先ほどは結構余裕そうに見えたが、全く考えなしだったようである。 
「そうですね。奴の身体のサイズから判断して、剣で斬りつけてもダメージは期待できない。まずは奴の・・・!?」 
一同身構える。えなりが右手を大きく振りかぶったからだ。僕は甜歌を抱えて、素早くその場から身を退いた。カエラは逆の方向に 
回避する。ちょうど僕らがいた場所に拳が激突し、床に大穴を開けた。かと思いきや、続いてえなりの左腕が薙ぎ払うように繰り出 
された。手刀はカエラを襲う。 
「なんのぉおおお!!」 
カエラはハルバートを縦に構えて、手刀を真っ向から受けた。まさに根性の女。が、いかんせんサイズが違い過ぎる。彼女は壁面に 
向かって弾き飛ばされ、背中からダイナミックに叩きつけられた。砂煙がもうもうと立ち込める。巨大化えなりは一見鈍重なようで、 
相当な俊敏さを備えているようだ。 
「カエラ!!」 
声を裏返らせて甜歌が叫ぶ。僕達はカエラの元に駆け寄ろうとするが、えなりはそれすら許さない。彼は息を吸い込んで胸を膨張さ 
せる。膨らみきったかと思うと、口が大きく開かれて、周囲を焼き尽くさんばかりに灼熱のブレスが吹き散らされる。 
(間に合わない!?) 
僕は凍りついた。と、目の前に小さな影が立った。 
「甜歌!?」 
彼女は自身の眉間辺りに杖を垂直に掲げ、素早く詠唱する。すると、まるで鳥が羽を開いたかのように、白い半透明な魔力のベール 
が僕達を包んだ。ベールは見事に防壁の役割を果たし、ブレスを防ぎきっている。 
「堅、今のうちに・・・・・・何か策を」 
「あ、ああ!そうだな」 

286 名前:1 [] 投稿日:2005/12/28(水) 01:09:47
とは言えいきなり振られても困る。策なんて思い浮かびやしない。どうする?こんな時。どうする・・・・・・ 
ふと、僕の脳裏に千乃の像が浮かんだ。村が襲撃の炎に焼きつくされた時。千乃は全くあの時のままの姿で現れた。儚げで今にも消え 
入りそうな、そう、まるで陽炎のような。 
(私の仇を討ってくれようとしているの?) 
僕は不思議と彼女の出現に何の疑問も持つことなく、ただ静かに頷いた。 
(もし私がお金目立てにあなたと付き合っていたとしても?) 
(ああ。君は僕がこれまでに愛した唯一の人だから。だから僕は君の仇を討つ) 
(私のどこが良かったの?) 
(君の笑顔が好みだったから) 
(それだけ?) 
(うん。それだけ) 
(そう…ふふふ、どこまでも馬鹿な人ね……ほんと馬鹿な人) 
千之は愚者を嘲るように笑った。その笑顔すら愛しい僕は、やはりどうかしているのかもしれない。彼女は踵を返すと、僕に背中を 
向けて歩き出した。そうして遠ざかりながら、聞き取り難いほど小さな声で呟く。 
(額……) 
(え?) 
(額に隠されている…・・・えなりの……は) 
後ろ姿は次第に小さくなり、ついには消えてしまった。言葉は最後まで聞き取れぬまま。 
「千乃……」 
現実に舞い戻った僕はえなりの額を見る。そこには深く刻まれた皴が数本あるだけ。いや、待てよ。あの皺。何か気になる。皴の中 
に一本だけ妙に深く刻まれているものがある。ついさきほどの千乃の言葉が頭を過ぎった。 
「額に隠されている…えなりの……は」 
はちゃめいた!!(C暴れはっちゃく)そうか!えなりの額に刻まれた皴は奴の弱点をカムフラージュするためのものだったんだ!!! 
(キバヤシ&なんだってぇ!?AA略) 
「試してみる価値はあるよな、千乃」 
僕は目を瞑り、既に彼岸に帰ったであろう彼女に語りかけた。胸の中の彼女は大きく頷く。再び目を開けると、身体に熱いものが流れ 
出した。 

336 名前:1 [] 投稿日:2006/01/02(月) 23:57:20
第40話(Eパート) 
不意にえなりのブレスが止んだ。何を思ったのか、彼は尖塔の一つから屋根を取り払い、そこから何かを取り出した。剣?いや、違う。 
あれは… 
「ゴルフクラブ……」 
彼のサイズに見合った極大ゴルフクラブだ。おもむろにクラブを握り締めたえなりは、それを力の限りに振った。激しい突風が城の屋 
上を駆け抜ける。あのフォームは紛うことないゴルフスウィングだ。しかも様になっている。ゴルフ雑誌にコラムを連載しそうなほどに。 
激しい風に煽られて、その場にいる者は踏みとどまるのにやっとだ。負傷兵は今にも吹き飛ばされそうになっている。 
「摩邪隊長!兵を非難させてください」 
そんな自分の呼びかけに、 
「百も承知だよ!!あたいに指図するんじゃねぇ!」 
罵声が返ってきた。さすが摩邪隊長。迅速に負傷兵を屋上から避難させている。あちらは任せておいて心配なさそうだ。 
「ぼやぼやしないで。次がくるわよ!」 
カエラから怒号を浴びられ、僕はえなりの方に目を遣る。さきほどのが素振りなら、今度は本打ち。身長にこちらに狙いを定めている。 
時計の振り子のように、二度、三度とクラブが小さく揺れる。 
「くる!」 
巨大な体躯から繰り出される疾風のスウィングを、辛うじて避ける。砂煙の後には、大きくえぐれた床。 
「カエラ、甜歌、無事か!」 
「ええ、何とか大丈夫よ」 
カエラが返事をした。甜歌も無事なようだが、返事をしない。見るとその場に仁王立ちになって詠唱を始めている。 
「甜歌、一体何をする気なんだ」 
通常より低音で唱えるそれは、彼女の全身全霊が費やされている判る。そのうち足元から、真っ青なオーロラのようなものが現れ、揺ら 
めき始めた。昔、旅の魔術師から、ある一定の値を超えた魔力は人の目に映ると聞いたことがある。これが可視状態の魔力というやつか。 
えなりもこの莫大な魔力を感じたのか、身構えた。長い詠唱が終わり、甜歌が小さく声を発する。 
「堅。チャンスは一度だけよ」 
「何をするつもりだ」 
「ウチが使える最大の魔術をあいつにぶっつけてやる」 

337 名前:1 [] 投稿日:2006/01/02(月) 23:58:01
今更止めることも叶わず、僕とカエラは見守るしかできない。甜歌がきっとえなりを睨み、杖を持った両手を胸の前に掲げる。と、小さ 
な火球が発生したかと思うと、一瞬で甜歌の身長の倍はあろうかという特大サイズの火球に膨張した。次の瞬間、甜歌の手から高速度で 
火球が離れた。さすがにこんなものを食らっては、えなりも無傷では済まないはずだ。 
しかし、えなりの目が鋭い光を放ち、絶妙なタイミングでクラブが繰り出された。 
う、打ち返されたあああああ!? 
もう何でもありだ。僕らは呆気にとられた。甜歌が放った特大火球は遥か天空にかっ飛んでいき大爆発を起こした。目も眩まんばかりの閃 
光が夜の空を満たした。 
邪悪な笑みを浮かべて、えなりが甜歌を見下ろす。まずい。疲労困憊の今の彼女には奴の攻撃を避ける余力は残っていない。 
「私が行く」 
僕より甜歌の近くにいたカエラが、脊髄反射そこのけの勢いで彼女の元に走る。しかしそれでも到底間に合わない。クラブが甜歌を襲う 
べく、すさまじい速度で振られる。カエラがたどり着くより先に砂塵が巻き上がり、目の前の光景を掻き消した。 
「甜歌!!!!」 
間に合わなかった。甜歌はえなりのスウィングで跡形もなく消し飛んでしまった……と思いきや、何と煙の中からヨタヨタと人影がこち 
らに走ってくるではないか。サイズ的に甜歌より随分と大きい。あの無気力な歩調はどこかで見た覚えがある。 
「ったく、俺もとんだお人よしだな」 
これまた三無主義を地で行くような声。 
「き、岸部さん!?」 
彼の腕の中には甜歌が抱かれている。気を失っているが、命に別状は無さそうだ。彼はカエラに対して、押し付けるように甜歌を預け、 
僕の前に立った。 

338 名前:1 [] 投稿日:2006/01/02(月) 23:59:30
「雑談している暇はない。いいか。剣術を学ぶお前さんなら分かるだろうが、何をするにも緩急のリズムはあるもんだ。えなりの動きもそ 
う。急の後には緩がある。そこを狙え」 
そんなことを言われても。とか言っているうちにまたもやフルスウィング。僕達は即座に離散して直撃を免れた。さすがにこう何度もや 
られれば回避にも慣れてくる。僕は振り返りえなりの動きを見る。 
「あ……」 
クラブを振り切ったえなりの動きが止まっている。一瞬、時間が凍りつくのを感じた。今だ。今が緩の時だ。クラブが振り切って戻され 
る時、勝機はここにある。 
「今しかない」 
僕は一旦刀を鞘に納め、走り出した。 
「ちょっと堅!?何をする気な……」 
カエラの声が後方に消えていく。戻されるクラブの先端に飛び乗り、一気にえなりに向かって駆け上がっていく。 
「もっとだ・・・・・・もっと速く・・・・・・!!」 
懐からブラックブラック烏賊を取り出し、丸ごと一枚口にくわえた。頭の天辺から爪先まで、これまでに味わったことのない刺激が貫く。 
極上の刺激は自身の内にある爆発的な力を呼び起こした。関節が軋むほどの速度で、僕はえなりの頭部を目指す。 
こちらの特攻に気づいたえなりが、手を伸ばしてくる。 
「く……」 
かわしきれない。手の平が頭上を覆う。 
「んがんぐ!?」 
えなりが苦痛の声を漏らじ、手の平はすんでの所で僕を掴み損ねた。振り返ると、えなりの指先にカエラのハルバートが突き刺さってい 
る。彼女が地上から、ここまで投擲したのだ。 
「いける!」 
坂道とも思える右腕を駆け上り、ついにえなりの顔が見える距離まで来た。彼はゴルフクラブを手放して、僕を掴もうとする。だが、 
もう遅い。 
「これで終わりだ」 

339 名前:1 [] 投稿日:2006/01/03(火) 00:00:39
巨大な両眼の黒目が中央に寄った(志村っぽく)。奴がこちらに焦点を合わすより早く、僕は低い鼻の頭を踏み台にして跳躍した。額の 
皺に隠されている紋章。こえが弱点だ。狙いを付けて、抜刀。横一文字に切り裂いた。 
「コォオオオオンタンジョノイコァアlドイチハラエツコkフォオオココウラック!!」 
言葉にならない悲鳴を上げて、えなりは身体を大きく反らせる。みるみるその身体が元の大きさに戻っていく。 
「おっしゃ!やったあああ!!」 
カエラが歓喜の声を上げた。意識を取り戻した甜歌も、衰弱しているが安心した表情。地に足を着けた僕は、倒れ伏しているえなりに視 
線を落とす。 
「まさかこのボクが人間ごときに倒されるとはな……」 
知性を取り戻した口調だ。彼は苦しそうに血反吐を吐いた。それを見て岸部が言う。 
「何言ってんだ。お前さん自身、本来は俺と同じ人間だろ?」 
「ふ、そうだったかな。あまりに昔のことで、すっかり忘れてしまったよ」 
えなりは不敵に笑い、自ら瞳を閉じた。彼も元々は同じ人間だった。何故彼が人間を止め、魔王に仕えるに至ったのか。彼が死出の旅路 
についた今となっては、知ることはかなわない。 
「千乃、仇は討ったよ」 
僕は目を閉じる。しばらくして千乃が現れた。あまりに遠く、そして消え入りそうにおぼろげな像。口元が動いている。何かを言ってい 
る。その唇の動きを読み取ろうと、僕は心の中で目を凝らす。彼女が何度も何度も繰り返し言っているのは…・・・ヵ……バ………。 
「…・・・ば…か。馬鹿……くっ」 
こみ上げてくる笑いを抑え切れず、僕は声を上げて笑った。不思議と哀しくはなかった。 
余りに彼女らしい言葉に、僕はどうしようもなく、ただただ笑うことしかできない。 
「え?なに?堅?どうしたの?」 
カエラが不思議そうに僕の顔を覗き込む。 
「あっはは……あ、ごほっ。いや。なんでもないよ」 
仇討ちを終えて感無量の筈が爆笑しているのだから、変に思われるのも当然だ。笑いを堪えて刀を仕舞う。鍔がカチンと鳴った。僕の仇 
討ちは終わった。だが、この戦いはまだ終わっていない。 

340 名前:1 [] 投稿日:2006/01/03(火) 00:02:49
そう、“彼ら”の戦いはまだ終わっていないはずだ。 
「おにいちゃんと恭子おねえちゃん、大丈夫かな」 
甜歌が心配そうに夜空を見上げる。僕は甜歌の肩に手を置いて、同じ空を見る。 
「大丈夫だって!ね、堅」 
とやたら元気にカエラ。自分も心配なのを隠して、少し無理をしているようだ。 
「ああ、彼ならきっと深田さんを救い、魔王を倒してくれる。何とかして彼らと合流する方法を考えましょう」 
カエラと甜歌は大きく頷いた。 
                                                                 続  く 

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