佐賀
| 佐賀県藤津郡塩田町大字五町田字吉浦 緑豊かな高台に広がる公園。平安王朝を代表する歌人和泉式部は杵島で生まれ、9歳まで塩田町で育ったという。今なお多くの伝説が残り、これにちなんで杵島山を望むように和泉式部のブロンズ像と故郷を想い詠んだという歌碑が建つ。”君が望むその木の綿は川瀬住む 鮎の腹にぞ宿りぬるかな” と、木の綿と鮎のこのわた(腹わた)とかけた即興の和歌。”ふるさとに帰る衣の色くちて 錦の浦や杵島なるらん” 天授4年(1378年)、島原の有馬隆泰は南朝方になり、後醍醐天皇の第16皇子の征西将軍懐良親王を擁して、竹崎城を築いた。北朝方の鎮西探題今川了俊が攻め込んできたものの、敗退させたという。 有明湾に突き出した陸繋島にある。有明湾が望まれる。雲仙や阿蘇の山並みがうっすらと見えた。 |
| 今回は嘉瀬町中原をたずねたが目的の場所探しに戸惑った。帰えりの夕日を追いかけシャッター。最後は片淵村。 |
H19.1/19 晴 佐賀の帰り道ゆっくりした時間で夕日を追う