美作流 お稽古日誌 平成18年
| 「つくば市春日公民館講座第一回を終えて」 お仲間の皆様に応援・声援を頂いて始まった講座の一回目が十月十六日にありました。 家元に教え方までを指導して頂きむかえましたが、無我夢中での二時間を終え『ああ疲れたぁ、のど乾いたぁ、頭痛いよ〜』となりまして、次に『家元は凄い!!凄いなあ、こんなに大変なことを毎日々ずっとだものなあ』その夜遅くに家元への報告の電話は「先生尊敬しますぅ。大変でしたぁ!!」 改めて何事も体験して始めて実感されるものだということと、二十〜六十代の生徒さんたち十名に育ててもらえる八回の講座を大切に全力でしっかりやり抜きたいと今は思えています。(最初はめげて、こんな私には誰もついてきてもらえないやぁ…と無力感におそわれていたのです。) このような貴重な機会を与えて下さった家元・館長・ 紹介して下さった友人・生徒さん、お仲間の皆さん、そして宇宙の計らいに…全てに感謝をいたします。ありがとうございます。これからも見守り続けて頂けますようよろしくお願い申し上げます。(美作聖) |
| 長唄「ほたる」では若妻を演じさせていただきました。今まで感じたことのないような焦りのなか、あっという間に本番を迎えました。演技の感覚がやっと何となくつかめたかなと感じたのは、直前の稽古でした。夢のような大舞台で、大切なお役を頂いたのにチャンスを生かせなかったら・・・、そのことが大きなプレッシャーになっていたようです。舞台の魔物が、初めて私の前に姿をあらわしました。一度幕が上がったら何があろうとリセットできない、生の舞台の怖さを感じました。でもだからこそ、次へ進もうと思えるのかもしれません。 「日本舞踊こども教室」京都でも始まりました。「お扇子・・」と一言でも言うと親御さんの所に飛んで戻り、帯に挟みながらいそいそと戻ってくる姿はとても微笑ましいものです。こども独特の踊り方には、日本舞踊の基礎が沢山詰まっていました。音のとり方ひとつにも、足の出し方ひとつにも、古の暮らしや歴史に想いをはせることが出来ます。“伝統文化”、私のような年齢の者が口に出すのははばかられるような言葉です。それでも近頃、日本舞踊に伝統というものを感ぜずにはおれません。(美作ちこ) |
| 七月二十五日、美作紅吉のお名前をいただきました。 これも皆様方のおかげと感謝しております。どうもありがとうございました。 これからもご指導ご鞭撻のほど、娘のこと耶共々、よろしくお願い申し上げます。 (坂井輝子こと美作紅吉) |
| 何のかのと言いながらもこの作品「ほたる」に参加し、緊張しながらも楽しく過ごさせていただきました。 私のような(私たち?)新参者が国立劇場の舞台に立つことができるなど誰が想像し得たでしょう。 家元には心から感謝致しております。 また凜さんをはじめ、美作の方々、新しい仲間たちに感謝です。 そして凜さんがおっしゃるようにこの作品を出す上での多くの方々のお力添え、心に止め置きます。O) |
| 防人として (T・O) 国立の舞台を終えて正直、終わったという安心感なんかより、悔しさばかりが残りました。 緞帳が早く下りてしまうというハプニングもありましたが、その原因の主をなすものは、己でした。 右も左もわからない人間が、明野薪能、つくば薪踊りオーディションから始まり、カピオでの美作流定期公演、浅草見番、国立大劇場と、これまで多くの勉強をさせて頂きました。 僕がこのような経験を踏ませて頂いたのは、他でもなく、正に人と人との出会いでした…。 舞台終演後まず思うことは、自分の最大限の力を発揮することが出来なく、情けない思いでいっぱいだったということです。正直自分の演技に全然満足しておりません。そんな面持ちで楽屋に戻ると先生が「舞台には魔物が住んでいるのよ、また次頑張りましょう。」と声をかけてくださいました。 次やるときは、必ずや魔物とお友達になり手下に加えて、納得のいく演技をしたいと思っています。 最後になりましたが、美作百合佐保先生をはじめ、美作流の多くの方々、長唄ほたるの共演者の皆様、その他自分を支えて下さった大勢の人々に心より感謝申し上げます。そして11月より私、大塚孝浩は正式に美作流の暖簾をくぐらせて頂く所存なのでどうぞ宜しくお願い致します。 国立の舞台で戦に挑んだことを誇りに、守らなければならないものを何が何でも守る本物の防人を目指して行きます。 |
| 「5月から稽古初めて」 (防人 H・S) 6月24日(土)「雨に物語を踊 る」初舞台「ほたる」防人 家元の言葉に、本当におもしろい舞台をお観せすることが出来たら、きっと解って下さる。その言葉を胸に望んだ国立の舞台 村娘との出会いのシーンには、笑顔と声をかけたが舞台に出たら笑顔を作られない。合戦場面では、防人衆に殺すつもりでと声をかけたが気迫が伝わったかな〜 悔しい想いが残ります。 踊り世界に入ってまだ日の浅い私にとって、国立の舞台は、怖いもの見たさか、何も知らない者の強さか 馬鹿ほど緊張してなかった 止まることの大事さ、腰を入れて歩く 家元から何回も聞かされたのに まだまだ出来てない 自分ではどんなふうに観られるか解らないし、どう評価されてるか 誰もが 良く踊ってたって言うが 本音が聞きたい 踊りは下手なのは、解ってはいるが 気持ちでは負けないように 踊るよりは目で演じようと心がけました 睨みをきかして 賊を射抜く気持ちで矢を放ちました 姉が観てきてくれて、どうだったと聞くと「あきなかった」本音で言ってた 家元は、二度と踊ることなど出来ないであろう国立の舞台に 素人を選び無謀な戦い挑む防人のごとき武将です 子どもたちを思う母のごとく私たち防人を舞台に送ったのでしょう その想いは胸が張り裂けるばかりか 心配で眠れぬ夜を 送っていたでしょう ありがとうございました 家元 応援して下さいました皆様、本当にありがとうございました ここ2ヶ月のなんと短かったことか、アッとゆう間に過ぎ去りました。秋の嵐のように。 まぁ〜終わって良かった ホッとする私です 心地いい虚脱感が残ります 私自身 少しはバージョンアップできたかな (防人 H・S) |
| ほたる公演をとおして (防人 M・K) 5月から稽古に入り、6月のカピオ公演、そして今度の国立劇場大舞台での公演とわずか5ヶ月間ぐらいの短期間でまず自分自身が舞台に立とうとは思ってもみなかったというのが正直な気持ちです。私たち素人に対し美作流家元の熱血的な指導力と気力、体力にはただ々深く敬意を表するだけです。そして美作流の皆様にもすべての面で御指導とご支援をいただき有難うございました。私はいままで日本古来の伝統文化の舞台制作の裏方としてやってまいりましたが今度のほたる公演の稽古、そして舞台をとおして制作者として一歩前進したような気がいたします。またここで生まれた人間形成というものを大事にし今後の文化事業推進の原動力の一つとしてやっていきたいと思います。本当に5ヶ月間おつかれさまでした。有難うございました。 最後に美作流家元はじめ皆様方の今後のご活躍とご発展をご祈念を申し上げます。 |
| 七月に家元先生から今回のお話をお伺いしたとき、昔読んだ防人に関しての本のことを思い出しました。何という本だったかは覚えていませんが、大体このようなものだったと思います。千km以上も旅をして九州に向かうわけですが、行く時はお役人の案内があり、食事も粗末ながらも毎日支給され、比較的楽に到着したようです。しかしながら、いつ解かれるかわからない防人としての厳しい兵役中に多くの人たちが亡くなられ、生き残って兵役が解かれたとしても帰りは「勝手に帰れ。」ということのようでした。つまり、旅費はおろか帰りの道順すら教えてもらえなかったのです。一人で帰るわけですから途中で病気なったり、追いはぎにあったりして多くの命が失われたようです。防人に出たら帰ってこれるのはほんの一握りしかいない、とても悲しい兵役であったというわけです。 そんな防人の役を演じさせていただくのですから、「殺される前に殺してやろう。」という気持ちを持って踊ろうと心がけていました。そのため練習が終わるといつもくたくたに疲れてしまいました。しかしながら本番では、緊張が先にたちどうなったのか良く覚えていません。いくつも失敗して皆様方に大変ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。 それでも、舞台に立つという楽しさ、日本舞踊の面白さということを勉強させていただきましたことに深く感謝しております。本化粧をして衣裳を身につけ、そして、かつらをかぶることにより段々高まっていく、なんと表現したらよいかわからない初めて体験する気持ちの高ぶりと喜び。とてもすばらしいことを経験させて頂きました。このことにより自分自身を表現する方法を一つ増やすことができ、自分の器が少し大きくなったような気がします。 家元先生、一緒に踊っていただいた方々、そして、支えていただきました皆様、どうもありがとうございました。大舞台に立たせていただき心より感謝いたします。 (K・I) |
| 岡田孝代事 美作明都 日柄もよく4月2日、桜もニコニコ微笑んでくれたその日、岡田孝代は美作明都と名乗るお許しをいただきました。 「優雅に踊ってね」と先生から言われていましたので、それを心に刻んで緊張して踊りました。 私は無器用で覚えも悪いので手のかかる子その者でした。無事今日を迎えることができたのは先生のおかげです。ありがとうございました。 『踊りは人間そのものです。踊れば人柄が総てでます。良い踊りをするには人間を磨かなければなりません。人間を磨くしかありません。』 先生からの熱い言葉を全身で受け止め悩みつつ、つまずきつつ、美作流の一員として気持ちを新たに進んで行こうと思います。 私の心は燃えています。踊りに関する事はなんでも知りたい、なんでも踊りたい、大きな宝物を手に入れたように思います。 家元を初め門下の皆様、この先もご指導のほどよろしくお願いいたします。 |
| お名取り式を終えて 美作聖 これまでお名前を頂いた方々皆様が素晴らしく変化されているのを拝見し、 自分はどのようであろうかと期待に胸をふくらませておりました。がしかし期待以上のものでありました。 私の心の内に起こった変化は、言葉を連ねるよりも踊りに、行動に現れるものをご覧頂くのが一番かしらと思っています。 ここまで見捨てずあきらめずに根気良くご指導下さいましたお家元には一番に、お仲間の皆様にも心からありがとうございました。 日本中で待ちこがれる桜の花のようにありたい。 |
| 平成13年度 |
| 平成14年度 |
| 平成15年度 |
| 平成16年度 | 平成17年度 |