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エリザベス女王を統治君主とするイギリス連邦の一員
で、ウエストミンスターを基盤とした上院21席と下院60席からなる2院制議会を持ち、任期は5年。 国内は3つの郡と14の境区に分かれる。 選挙権は
18歳以上の国民および1年以上滞在しているイギリス連邦市民に与えられる。
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観光業、農業、ボーキサイト生産業が主な産業。 農業
輸出品は、砂糖、バナナ、ココナッツ、コーヒー、ピメント(オールスパイス)など。
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ホテルの宿泊に掛かる税金は6.25〜15%。 ホテ
ルによっても、シーズンによっても異なるので、宿泊する前にチェックが必要。 また、免税店以外のショッピングや、レストランの食事には消費税16.5%
が掛かる。 支払う前にレシートなどの明細をしっかり確認すること。
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全体的に高めで、日本と変わらないが、それ以上のもの
も多い。
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地域によっては治安の悪いエリアがある。 要注意はキ
ングストン。 ダウンタウンのゲットーには入り込まないように。 モンテゴベイのダウンタウンも一人で歩かないほうがよい。 日本人が遭う被害の多くは、
片言の日本語で話し掛けてくる人の良さそうなジャマイカ人や、日本人と行動を共にするジャマイカ人にクラフトマーケットなどに案内され、多額の案内料を盗
られるというもの。 人目のないところに連行されて、またグループの中の誰かが拉致されて強盗される事件も起きている。 キングストンでは発砲事件は日常
茶飯事で、カメラを提げて町(ダウンタウンでなくとも)をぶらぶらするのは危険。 移動にはタクシーを利用したほうが良いが気を抜いてはダメ。 町を歩い
ていると、ガンジャ(マリファナ)は要らんか、と麻薬売りが声を掛けてくることがあるが、非合法なので絶対買わないこと。
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公用語は英語であるが、パトワ語とを混ぜて話す人が多
い。
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コロンブスのジャマイカ到着は、彼の2度目の航海の
1494年5月4日とされる。 当時、島には6〜11世紀にかけて南アメリカから移住したとされる、アラワク・インディへナが住んでいた。 しかし、スペ
イン人の入植が始まると、1509年に彼らを収容する町セラビ・ヌエバ(現在のオーチョリオスの近く)が造られる。 強制収容されたアラワク・インディへ
ナたちは、スペイン人の持ち込んだ疫病などによって次々と倒れ、やがて一人残らずいなくなってしまう。
1538年、首都がキングストン近郊にあるスパニッシュ・タウンに移されると、いよいよスペイン植民地の全盛期になり、各地にサトウキビのプランテー
ションが作られ、その労働力としてアフリカから多くの黒人が奴隷として連れてこられた。
1655年、イギリスがスペインに代わってジャマイカを支配すると、プランテーションを拡大。 更に多くの奴隷を連れてきたため、18世紀後半には2
万人のヨーロッパ人に対して30万人もの奴隷がいたといわれる。 しかし、過酷な労働を強いられた奴隷の何人かがプランテーションを逃げ出し、中央部の山
脈に籠って奴隷解放を目指して活動を始めた。 マルーンMaroonsと呼ばれた彼らは自由を求めて反乱を繰り返し、1838年にやっと奴隷解放が行われ
るのだが、貧困な状態に置かれていた。
イギリスがジャマイカの自治権を容認したのは1959年。 300年にも亘るイギリスの支配から独立を果たしたのは1962年になってからのことだ。
その年の9月に正式に国連に加盟。 1969年には非核保有条約に調印し、変動為替相場なども導入した。 その後1970年代には親キューバ路線をとっ
ていたが、失業者が増え、物不足となり多くの暴動が起こった。
1980年代には親アメリカ路線に変更。 アメリカからの援助を受け経済成長を図るが、ボーキサイト産業は衰退。 観光中心の第3次産業が主となる。
しかし、ホテルや設備などのハード面が充実しても、サービスなどのソフト面が追いついていない。 現在、学歴、教育の質の向上には力が入れられている
が、インフレは進み、下層階級の生活水準の改善は大きな問題となっている。
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| 1月1日 |
New Year's Day 元旦
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| 2月 |
Ash Wednesday
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| 4月 |
Easter Friday,
Easter, Easter Monday 復活祭
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| 5月23日 |
Labour Day
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| 8月1日 |
Emancipation
day 奴隷解放記念日
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| 8月6日 |
Independence
Day 独立記念日
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| 10月第3月曜 |
Heroes Day ヒーローの日
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| 12月25日 |
Christmas day クリスマス
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| 12月26日 |
Boxing Day
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