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六月の直射日光を背に浴びて、咆える百合の花。
溢れそうな日々の想いをここに書き留める。記憶の負担を軽くするために。
 言葉の使い方を忘れたみたいに筆がのろくなっている。いくら考えても、思考がまとまらずにいる。それでも吐き出すためのスペースが必要だ。心の衛生のために。05/6/2 15:30








エッセ・人間を辞めたくなる時


第四章 小平義雄と日本人の発見論
七月十九日 小平義雄論
画像  自殺について、私の考えを述べればこうである。
 生前のAと自殺したAは、Aという彼固有の名詞を有する点で、同一人物と受け取られているけれど、、この二者の顕われ方は(ある理論的な場では)逸脱した二点として在るに過ぎず、いかなる線的な論理をもってしても二点を連絡することができないでいる。なぜなら、二人のAは、生と死という次元を異にする世界の住民であるからだ。しかし、そこに中間的な点Cを仮定する時、はじめて線的論理で結びつけることができる。この場合のCを「拒否権」とする。無論、Cは遠因としての「鬱」病や自己嫌悪その他を指す場合もある。
 といっても、私が言おうとしていることは、いわゆる「自殺の動機」ではない。ましてや、彼が死にたがっていたから彼は自らの手でその命を絶ったのだという直線的な解釈は、俗解としてこれを退ける。
 次に、殺人については、同じような考え方から点Cとして「恐怖越え」や女性憎悪等を仮定する。
写真の男は、終戦直後の快楽殺人鬼こと小平義雄である。見られるように龍之介顔で面が細い。丸顔には商売、細面には心の悩みを相談したらいいという話を聞いたことがあるが、小平はこの意味では女性の読心術を得意としていたのではないか。

 まず、女を殴り、次いで頚部を絞め仮死状態にする。・・・二、三分そうしていると、洟を垂らし、手をだらりと下げ、仮死状態になるのである。この時すぐに交わるとは限らない。むしろ三十分ぐらい待ち、蘇生したところで、揺り動かす。「私どうしたの、どこか行っていたの?」たいていの女が、不思議そうに問いかけ、失禁していることに気づく。そこで、着ている物を脱ぐように命じ、体に付着した糞尿を拭き取ってやる。もはや抵抗を諦めるので、体をひろげて、自らを重ねる。その行為の間、女は目を開いて宙を見つめ、両手を伸ばしている。女を横にして陰部を見て、今入れんとする瞬間がなんともいえないのです。殺されてもいいと思うときがあります。日本刀で後ろから首を切られても構いません。陰部ばかりを見ています。顔なんか見ていません。入れると夢中で私だけ腰を使います。終わると早く始末してしまいます。(無限回廊より引用)

 上は、小平の供述であるが、「洟を垂らす」とは、身体の弛緩状態をいうもので、言い換えると、陰性症状を呈するものである。陰性の「場」と化すところに、小平の求める雄の欲望の形が見えてくる。動物の交尾における雌の型といえばいいだろうか。
 それにしてもなぜ二度も殺す必要があるのか。
 この男に関しては、わからないことだらけである。

上の写真は、下記のサイトのもので、管理人の茶々丸様より特別の許可をもらう。

http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage91.htm

 



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