【はじめに】
今回、2008年5月から6月にかけて中央アジアを旅した記録をまとめることにしました。私が訪問した国々はカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタンの4ヶ国で、いずれもソ連崩壊後に独立した国家です。現在、中央アジアと呼ばれる地域はユーラシア大陸の中央部を指し、西はカスピ海に接しており、東にはパミール高原と天山山脈が聳えています。
日本と同じ「アジア」の一部でありながら、言語はロシア語が広く使われており、表示もキリル文字が目立つなど、日本とは地理的にも歴史的にもとても遠いイメージがあります。それぞれの国を訪問する際には事前にビザの取得が必要ですが、私が訪れる数年前まではそれ以外にもインビテーション(旅行者の滞在を保証する現地機関の存在を証明する書類)やバウチャー(ホテルや交通機関などの支払いが完了していることを証明する書類で、事前に現地の旅行会社とメールのやり取りなどを通じて入手する)など個人取得が困難、または相当面倒な手続きを踏まねば現地を訪れることが出来ませんでした。
そのため、バックパッカーにも敬遠されるエリアの一部となっていましたが、2006年頃から状況に変化が見られ、インビテーションやバウチャーが無くてもビザが発給されるようになりました。
中央アジアを訪れる際に参考となるガイドブックは地球の歩き方「シルクロードと中央アジアの国々」、旅行人ノートE「シルクロード・中央アジアの国々〜もうひとつのアジア横断〜」がありますが、他のエリアと違ってビザの取得方法や国境事情などが目まぐるしく変化するため、実際に現地を訪れた旅行者の生の声が必要になってきます。そこで私は地図やアクセス方法などは上記のガイドブックを利用することにして、ビザ発給などの細かい情報はインターネット上の掲示板を利用しました。
バンコクを飛び立ち、マカオから広州、そこから中国シルクロードを経てウズベキスタン西部のヒヴァという町にある青いミナレット(尖塔)にタッチするまでの距離、およそ8000キロ。その後、上海まで戻りフェリーで日本へ帰国するルートを計画したときは本当に実現出来るか不安な気持ちで一杯でしたが、実際に現地へ突入すると想像以上に大変だったり、逆に上手く事が運んだり、旅の醍醐味を感じることが出来ました。
私はロシア語が全く出来ませんが、現地の人々は「ヤポン(日本国)、ヤポンスキー(日本人)」という言葉を聞いただけで「ブシドー(武士道)!高田!!」とか「オー!おしん!おしん!おしん!」などと親日的な笑顔を見せて、遠くから来た旅行者を暖かく迎えてくれました。
実際に訪問することは難しいと思いますが、このホームページを通して少しでも多くの方々に中央アジアの魅力を知ってもらえればと思います。中央アジアを身近に感じてもらえるように、いつもとは違い壁紙も明るい色に変えてみました。
では、私の中央アジア周遊をどうぞ!




