『正文遺韻』(諸井政一著)「一寸咄萬世始」
ちょいとはなし、かみのいうこと、きいてくれ、あしきのことは、いわんでな、このようの、じいとてんとを、かたとりて、「ふうふ」をこしらえ、きたるでな、これはこのよのはじめだし、なむ、てんり、おうのみこと。ようしよし
この年(明治三年)に『一寸咄し』と、『よろづよ』とを御聞かせ被下ましたので、『よろづよ』は、十二下りのだしと仰せられて、十二下りのはじめに、つとめる事になりましたのでござります。
又、『一寸咄』は、これから数年後に、かんろだいのつとめのだしと、御聞かせ被下ましてござります。よつて、かんろだいのおつとめには、一寸咄がさきへつくのであつて、しんじつ、手をどりさづけといふて、かんろだいをとなへて、さすつて被下所のの、おさづけがござります。それにもやはり、一寸はなしをとなへて、それからかんろだいを三遍となへて、おさすり被下ます。かれこれ思いましても、神様がだしと被仰る理は、けす事はできません。-
よろづよの、せかいいちれつ、みはらせど、むねのわかりた、ものはない
そのはずや といてきかした、ことはない、しらぬがむりでは、ないわいな
このたびは、かみがおもてへ、あらわれて、なにかいさいを、とききかす
このところ、やまとのじばの、かみがたと、ゆうていれども、もとしらぬ、
このもとを、くわしくきいた、ことならば、いかなものでも、こいしなる。
ききたくば、たずねくるなら、ゆてきかす、よろずいさいの、もとなるを、
かみがでて、なにかいさいを、とくならば、せかいいちれつ、いさむなり、
いちれつに、はやくたすけを、いそぐから、せかいのこころも、いさめかけ。
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