中国旅行記
上海・蘇州・北京・万里の長城
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| Yuka NATORI 名取楡香 |
2005(H17).3.3(木)晴れ
成田発上海行き中国東方航空/MU522便は15時50分搭乗開始。座席は23G&H。この時点で、巨体が空を飛ぶことの不思議さと怖さが影を潜める。自分たちが乗る飛行機は常に安全で事故を起こす筈はないといつものように思う。
機体は16時20分スタンバイ開始、16時40分地上を離れた。目指す上海には3時間40分のフライト予定。名古屋、大阪、広島、長崎の上空を経て、海上へ出るとのアナウンスがある。列島縦断コースではあるが翼の上の座席しか取れなかったので、都市や山野を上空から眺めることはできない。しかし、幸か不幸か雲海が視界をさえぎり、乗客全員の機会を平等にした。
機内サービスには航空会社によって質的な違いはあるものの、そのパターンはいずれも似通っている。しかしここにはちょっとした違いがあった。機内食サービスが一通り終わったとき、スチュワーデスがアンケート用紙を持ってきたことだった。回りを見まわしても誰も用紙を手にしている様子は見られない。全員に配っているのではなさそうだ。アンケート用紙はいわば乗務員に対する勤務評定表のようなもの。評価項目は細かく分かれ、数値による評価が求められている。わが連れ合いは『NHのような良いサービスをしてくれた訳ではないし、ちょっと甘いけど総合点は90点としておこう』などとつぶやきながら記入し、回収に来た乗務員に手渡した。しばらくすると『これさっきのお礼です。どうぞ』と差し出した彼女の手には航空会社のオリジナルトランプが握られていた。『100点にしておけば良かったかな』と彼。
着陸40分前、窓外では夕日の残照が層をなし、目を愉しませた。下から上にグレー、朱、ダイダイ、黄、ブルーに色分かれている。アナウンスは中国語、英語、日本語の順で行われる。日本人スタッフはいない模様。現地時間18時45分、日本時間19時45分に着陸予定。上海の地上の気温は4℃とのこと。日本との時差は1時間。広大な国土をもつ中国では当然ながら東西各地の地理的時差は大きいはずだが、一律北京時間に合わせている。
空港内でのすべての手続きを終えてゲートを出ると、同じツアーのメンバーが中国人スタッフによって一ヶ所に集められた。一体このツアーの客は何人なんだろうとお互いにキョロキョロ。19時30分、知らない者どうしの集団が大型のバスで近くのレストランに向かう。中国人ガイドはFさんという細身の若い男性。もう一人旗を持っていた女性はアルバイトのRさん、日本語は話せない。
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上海空港のロビー |
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レストランの料理は広東料理。偶然、熟年夫婦3組が一緒のテーブルにつき、食事が始まった。しばらくすると一人の奥様が小さな叫び声をあげた。椅子に置いた彼女のコートが汁で濡れていた。ウェイトレスが料理の皿をテーブルに置く時に汁を垂らしたのだ。『知らんぷりして行っちゃったわ』とその奥様。ウェイトレスの肩を持つわけではないが『気がつかなかったんでしょう』『いいえ、テーブルにこぼした汁は手でぬぐったから、当然知っていたわ』濡れタオルか何か拭くものをと頼んでも日本のように右から左にことは運ばない。やっと拭くものが届けられ、食事も終わるころガイドのFさんが『さっきは失礼しました。これお詫びです』と絹の上履きを差し出した。『あらー』彼女もみんなもびっくり。ちょっと前なら「お詫び」という言葉は中国の辞書にはなかっただろうに。中国も以前の中国ではないようだ。
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| レストラン |
広東料理 |
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食事を終え20時25分、バスは今晩の宿泊地蘇州へと向かった。上海・蘇州間は高速道路で84キロ。途中トイレ休憩。トイレには鍵がかからないばかりかトイレットロールも無し。このような状態がその後度重なることになり、ポケット内のティッシュの確認が不可欠となる。22時40分、蘇州の新城花園酒店(New City Garden Hotel)というデラックスホテルに到着。Fさんは皆を集めると明朝の集合時間、レストランが開く時間、ガイドの電話番号等の必要事項を伝え、部屋の磁気カードを配った。手荷物は自分で運ぶのがこの国のしきたり?トランクをゴロゴロ曳きながら、各自部屋に向かった。国によってはポーターがトランクを運ぶことになっており、荷物の配達まで長時間待たせたあげく、ルーム内の設備の説明を延々と続け、チップの渡されるまで退室しないことなどもあるが、ここにはそういう厄介なことがなくて大変よい。カードを差し込んでドアを開けると、そこには予想を超えた贅沢な空間が広がっていた。『ここって中国だっけ?』見損なってはいけない、中国は今飛ぶ鳥を落とす勢いなのだから。
蘇州の宿 新城花園酒店(New City Garden Hotel)
室内のミニバー |
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