万里の長城  NIREKAORU-HP

中国旅行記
上海・蘇州・北京・万里の長城
Yuka NATORI 名取楡香
HOMEトップ成田→上海→蘇州蘇州獅子林蘇州運河寒山寺
蘇州シルク蘇州→上海上海展覧中心豫園豫園商場
特急寝台列車
北京駅天安門故宮博物院万里の長城北京
天壇公園北京→成田

上海→北京 特急寝台列車

 北京への移動は中国国鉄自慢の最新型特急寝台列車を利用。寝台車は4人一部屋のコンパートメント形式になっており、5号車Z8室No.5&6のベッドが割り当てられた。ここで、ガイドはFさんから北京でのガイドとなる女性のOさんに替わった。車内で先ずしなければならないことはデジカメの充電だった。Fさんから列車にも電源のあることを聞いてはいたが、半信半疑だった。見回わすと車内に一箇所と洗面所に一箇所づつ本当にあった。充電は若者グループでも緊急の課題だった。洗面所は狭く変圧器や充電器具を置くスペースはない。利用できる電源は車内の一箇所に限られる。『さて、困ったな』と思っていると、わが夫は手品のごとくトリプルコンセントや長いコードをさっと出して来た。彼は『自分は出張のプロだ』と常々自称している。仕事柄内外の出張が多いため、さまざまな小物一式を透明ビニール袋に入れ常に用意しており、観光旅行でもトランクの隅に忍ばせている。

上海 北京 特急寝台列車 中華人民共和国 中国 旅行記 上海ー北京 特急寝台列車

特急寝台列車 通路 上海 北京 中華人民共和国 中国 旅行記 特急寝台列車 コンパートメント 中華人民共和国 中国 旅行記 
特急寝台列車内の通路 寝台列車のコンパートメント

コンパートメントの同室者は若いカップルでレストランでも隣合わせになっていた。男性の方は大学院生で女性はお勤めをしているとか。高校時代からのお付き合いで、卒業したら結婚する予定だという。今どきのキャピキャピの男女とは違って控えめで、感じがいいお二人だった。彼女はおばあちゃん子で「今でも毎日『元気?』と電話をしてきます」と嬉しそうに話していた。
 夕食は済ませた筈なのに発車後間もなく二段重ねのお弁当が配られた。1つにはごはんとおかずが、もうひとつには日持ちしそうなデザートが入っていた。普通はお腹にお伺いを立ててから食べるものだが、もったいないが先んじて、食べ過ぎはいけないよという夫のかなり強い忠告をも聞かず、ごはんとおかずのパックをきれいにたいらげてしまった。この忠告無視は後に胃が普通の活動を拒否する結果となる。
 発車してかなり時間が経っていた。開け放されたドア越しに車掌が顔をのぞかせ、『お休みになる時はドアを閉めキーをかけてください』と口は開かず大きな体に不似合いな身振り手振りのユーモラスな仕草で伝えて行った。
 上段のベッドに登るための梯子はなく、片足が乗るステップが一個あるだけ。上るには腕力と体の柔軟性が必要、欠陥構造とみた。どのベッドにもカーテンは無くプライバシーへの配慮もなされていない。しかし夜具は清潔で軽くて柔らかく快適だ。振動や騒音は気になるほど大きくはない。上海・北京間は
12時間余りのノンストップ運転。運行管理は立派。

 モーニングコールで目覚めた。ところがその後また鳴った。『あれ?さっきのは』『すみません。あたしのケイタイが鳴ったんです』と同室の彼女。そのおかげで洗面所が混む前に身支度を終えることができた。トイレのトイレットロールは昨夜のうちに無くなっていた。見まわしたが予備は何処にも見当たらない。補充という作業は組み込まれていない模様。トイレについては度々記したが、トイレ事情はその国の民度を示すバロメーターといわれる。日本の公共トイレも以前はかなりひどかった。この国のトイレもオリンピックに向けて急ピッチに改善が進められているとのことであり、いずれはよくなるのだろう。
 6時、列車外はまだほの暗い。車窓から見える工場の太い煙突からは大量の黒煙が噴出している。北京は大気汚染がひどいといわれて久しいが、とくに冬は霞や霧がかかった日が多く、主因は工場の煙にあるという。長い長い貨物列車とすれ違った。線路脇には垂直に伸びた細い木が等間隔に植えられ、延々と続いている。それらの木には小枝を集めて作った鳥の巣が点々と見える。田畑にはうっすらと白く霜が降りている。ところどころに野焼きの跡が黒く際立っている。

天津−北京間 中国大陸の日の出
天津 北京 中国大陸 日の出 中華人民共和国 中国 旅行記
Hiroo NATORI 名取博夫

直線上に配置