一方、名古屋では、昭和四年五月四日〜十二日迄、第六回サンサシオン展が鶴舞公園美術館に於いて開催された。
有為男は「姉」と題された作品を出品している。恐らく渡仏前に描いて会員に託していたのではないかと推察する。
しかし、先に触れた『サンサシオン1923―名古屋画壇の青春時代』に、この第六回サンサシオン展同人の写真が掲載されているが、他の同人に混じって、フランスに滞在中であるはずの有為男が、加藤喜一郎、松下春雄を両脇にして前列に座っている。
以前にも触れたことだが、この写真は第五回サンサシオン展の時に写したものではないかと推測する。
昭和四年のこの時期に有爲男が名古屋にいなかったことは、今までの検証で明らかであるとすれば、写真提供者の思い違いではなかろうか。当時の写真の一年位の違いは有り得ることのように思われる。
それにしても、この「姉」と題された絵は不評であった。
富澤有為男君の「姉」は眼を吊り上げた少女の顔に何となく不氣味な妖氣がある。バックにぼんやりと姉らしい若い女性を描いたところに才氣は認められるが成功の作とは言はれない。
と、吉田興三は酷評している。(『名古屋新聞』五月六日付)
続いて翌昭和五年五月二十六日〜六月一日迄、第七回サンサシオン展が鶴舞公園美術館に於いて開催された。
それに先だって、昭和五年五月二十二日付『名古屋新聞』に「晩春を飾るサンサシオン美術展」と題して、次のような記事が掲載されている。
第七回の搬入受付が二十二日午前八時から鶴舞公園美術館ではじまる。洋畫展では、今春最後のものであるので、應募作品にも随分いいものが持ち込まれるものと期待されてゐる、(略)殊にフランス〓へいつてから少しも作品を見せなかつた富沢有爲男氏が突然、南仏カーニユから力作七點を寄せて久しぶりに郷里の人々に呼びかける
記事にあるように、有為男は南仏カーニユから七点出品。「風景(フランス)」「橄欖の林」「ルノアール家の庭園」「丘」「ミモザの花」それに二点の下絵であった。
ちなみに、南仏カーニユはルノアールが最晩年を過ごした地で、一九〇三年から十九年に没するまでここで絵を制作したが、有爲男がカーニユに滞在したときは既にルノアールは没していた。
ところで、有爲男の送ってきた絵画の評は次のようなものであった。
『名古屋新聞』五月二十六日付に、富澤有為男君がフランスから七貼送つて來た。「ミモザの花」「ルノアールの家」等従来からの作品に比較して、その転化の大きく苦心の跡がみえる
と述べられている。署名はない。
更に、中野安二郎、鬼頭鍋三郎、松下春雄に拠る合評では鬼頭:近作の方はいゝ、非常な転化だ。松下:近作、花、風景等は油絵として本格的だ、内地にゐた頃はロマンチックであったが―。中野:近作から受けるドッシリした感じ、殊に「花」の色と色との調和はいゝ
と、好評を博している。
このサンサシオン美術展から二ヶ月余たった昭和五年八月一日付『名古屋新聞』に、有爲男の「フランスだより(上)」が掲載される。
有爲男がパリに着いてから、およそ一年余経ち、絵の制作に本格的に取りかかり、腐心している様子がよく伺えるので、少し長いが引用する。
唯今かゝつてゐるのは最後の大作で池のほとりに三人の婦人がゐる圖です。下繪にかゝつたのは三月で、以來二十三枚の下繪を畫きつぶしました。いつも日本なぞで帝展制作なぞ致すをりは一枚の下絵で済ましたのですが、二十三枚描いてもなほ不満なところに變れば變つたところができたかと存じます。
初め四五枚描いて見て一度は大作にとりかゝつたのですが、折角仕事を半ばまで進めるとどうしても思つてゐる効果が出ないのです。(中略)意氣込んでかかつた仕事だけに精根の抜けるやうなみじめな落胆を興へました。描かうとするものは確につかんでゐるのです、筆を取ればすぐにも形になつて出さうな所までは來てゐるのです、それでゐて全くどうにもならないのです、いくら大作といつても僅な面積ですし、そこに唯繪具をつけるだけの事なのですが、たつた一本の線の狂ひから全畫面が崩れたつて了ふのですから仕方もありません。その一本の線の狂ひが愚かな事には眼の前にありながら見つからないのです。順次に仕事をすゝめてゐるうちに何となく畫面が弱くなつて來て始めはさほどにも氣にならなかつた病氣が次第に畫面を死体のやうに曇らして來るのです。 氣づいた時にはもう遅いのです。結局仕上げ迄にたゝき上げて來た、すべての労力を全く斬り捨てなければならないのです。一番怖ろしいのは何處にその病根が宿つてゐるのかを見出し得ないことなのです。
さうなるともう死に物狂ひです氣持ちは沈んで來る、身体はわるくしてしまふ、夜は寝られない、食欲はなくなる、といふ具合で自信なんてものは根こそぎどこかへもつて行かれてしまひますし、第一に生きてゐる瀬のないやうな寶に暗鬱な思ひにむしばまれて、この世ながらの地獄です。
有爲男の苦悩する様子が見えるようである。
名古屋近代文学史研究会 URL http://www.geocities.jp/nkbk1970/ メール nkbk1970@yahoo.co.jp
最終更新 2010年3月22日 ページ開設 2010年3月22日 サイト開設 2007年8月5日