<その4 中高時代>


Q:中学生の頃はどんな生活だったんですか?
A:中学校の頃も内職をするから朝は早いんです。普通は四時頃から内
職をします。学校へ行くまで内職をしていました。剣道の朝稽古に合わ
せるように行って、授業を受けて、お昼は食べずに水を飲むだけです。
帰りにまた剣道をして帰って、食べ物があったら少し食べてまた内職し
て、結構一生懸命に内職をしていました。その後時間があったらお祈り
をしていました。睡眠時間は少なかったんです。試験の時は十二時か
二時頃までいつも起きていました。睡眠時間を削って勉強していまし
た。食べ物が少ないということはいいことみたいです。頭が冴えて身が
冴えて。それでもやはり、水だけでは体力が持ちません。都会だから隣
は電気がついています。うちは電気代を払えないから電気はありませ
ん。冬でも暖房できません。灯油も買えません。ストーブもなかったで
す。声のかかってくるのはみんな安い内職ばかりです。内職はできた仕
事を持っていっても、もらえるお金はほんの少しです。それでも良い方
で、すればするほど損するものもあります。チュウインガムの笛のように
なっているのがあって、それを巻く仕事があって、それを預かってくると
き、中に包むものと包み紙とを秤で計ってくれます。それを包んで持って
いくと「目方が少ない」と言われるんです。別に食べてないんですが、目
方が少ない分の損害を補償するような形になって、内職したけどお金を
もらえません。乾燥して目方が減るとかいろいろあるんだと思うんです
が、私は食べたことはありませんでした。

Q:その間も座り込んで座禅瞑想するということが続いていたんです
か?
A:お祈りは一生懸命してますね。時間があったらお祈りしてますね。一
人で。それで内職が忙しいんですね。内職やりながら学校に行きながら
ですよ。で、時間があったら学校で休憩時間でも一生懸命座って、瞑想
なんかしてましたね。その当時は小学校でも給食でしたが、お金がなか
ったので、私はもうお昼をずっと抜きっぱなしなんですよ。家へ帰っても
食べるものないし。食べに帰るわけにいかんですよね。みんな教室で給
食を食べてるでしょ。その間外へ出て、冬でも校庭へ出てじっと時間た
つのを待ってるのね。それがお祈りの時間ですね。一人でいるときはい
つもね。高校を卒業するくらいまで耐乏生活が続いているんです。だか
ら私の姉なんか、体育祭にはいていくブルーマというのがなかったん
で、いろんな継はぎの作ってもらったのをはいていったら、若い担任の
先生に冷やかされてね。風車(かざぐるま)はいてるってね。それっきり
学校へ行かなくなったこともあるんですよ。私は反抗期っていうのが一
切なかったんです。昼食が食べられないということについても、批判的
なものはないですね。ただ勉強する時間が欲しかったんです。成績はよ
かったんですよ。大阪の教育委員会から表彰してもらっているし、日本
育英会から表彰してもらってるしね。勉強は学校だけで、ほとんど予習
復習して全部覚えていたんでね。成績はほとんどトップクラスで、二宮金
次郎というあだ名が、中学校のときずっとついてましたね。

Q:級友たちも貧しいことは知っていたんですか?
A:そうです。だからパンを恵んでくれたりするんですけど、私は食べて
ないんですよ。一回これをすると信念が狂ってしまうような、負けてしま
いそうに思ってね。もらった分はもらったで、家に持って帰っていたです
ね。もう昼飯は食べないって決めないとね、どうしようもないですよね。
今日食べて、またもらって食べてっていったら信念が狂ってしまうでし
ょ。だからもう一切食べないと決めて、水だけ飲んでたのね。それが12
年続いて、だからその間勉強させてもらってますね。

Q:中学までは義務教育ですが、高校はお父さんが無理して入れてくれ
たんですか?
A:授業料も減免、ただで育英会のお金をもらってというね。中学のとき
も教科書なんか全部学校で買ってもらっているんです。PTAの会費と
か、全然払えんかったですよ。高校でもね、なんかいるときにお金ない
から持っていけへんのですよ。先生は、何でもってけへんのだとね。忘
れましたとは言えへんのね。正直に持ってきませんでしたと言うたら、怒
られてね。高校は普通科ですね。ほんとは医学を目指してお医者さんに
なりたかったんですよ。ところが神様の方針が違うんですね。お祈りを
加味させて本当の力を付けさせようと思ったと思うんです。大学は一応
阪大の医学部を受けたんです。私は絶対通ると思っていたんですね。と
ころがだめですね。、やっぱり方針が変わったんか、という感じですね。

Q:その後は、就職したんですか?
A:いや、就職してないんですよ。私はね、人生の目的というものを中学
のときからものすごく悩んでいるんですね。人生の目的は何かって死ぬ
思いして悩んだんですよ。人間は何のために生きているのか、何で生き
なければならないのかとね。これがもう私にとって一番の問題だったん
ですよ。中学のときにいろんな本を読みあさって、先生に質問してみて
も答えが絶対に得られないんですね。それで自殺してもいいかなという
気持ちになったことが何回もあるんです。そのときに、ひらめくようにね。
内から神様に教えてもらった言葉が「人生の目的を追求することを人生
の目的にしなさい」というひらめきがきてね。それが自殺をくい止めてく
れたんですよ。それから人生の目的を追求するのを目的にずっと生きて
いるんですね。だからお祈りが中学のときから拍車がかかって、時間が
あったら座ってお祈りしているのね。


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