<その5 二十代>


Q:そうすると中学のときから44,5年たった。答えは出ましたか?
A:私は二十歳のときに答えが出たんです。太陽を見てお祈りしていた
んですね。そのときに自分の体が、肉体が消えて、魂も消えて、大きくな
ったんですね。感覚的にね。ずうっと大きくなって、大きい自分に気づい
たんですね。そのときに、ふっと人生の目的わかったんです。直感的に
ね。人生の目的というのは「神様の心をこの世に現すこと」というね。そ
れが人の使命なんだというね。それまでは肉体を自分と思うでしょ。魂を
自分と思うでしょ。本当の大きい自分を忘れていたんですね。だから大
きい自分に気づいたときに、初めて人生の目的が出てきたんです。それ
までは、お医者さんになりたい、人を幸せにしたい、これは目的であるよ
うでないんですね。もし、それしてどうなるんかと考えてしまうとね、むな
しくなるんですね。だから肉体の自分とか、魂の自分だけをつかんでい
たんでは、やっぱりむなしい感覚が取れなかったんだと思いますけど。
本当の大きい自分に気づいたときに、初めて人生の目的が分かりまし
たね。そこからお祈りの道が本当の意味で始まっているんです。

Q:お祈りを続けてどうなりましたか?
A:その霊的な体験のときに、地獄絵図を見てるのよ。地球の未来図と
いうんですか。核戦争でほとんどの人が死んで、ほんのかたわのような
人が少し残って、地獄絵図のような姿ね。それも一つの姿だと思います
けど見せられて、さあこれをどうするかという問い詰められた感じになっ
てね。そのときに「自分の命を捨てて、入れ替えにこの地球を救ってほ
しい」という気持ちにさせられたんですね。だから「私の命を神様にあげ
ますから、ともかく地球を救うためにお使いください」という気持ちがその
ときに起こってきたんです。それが私のお祈りの本当の意味の出発点
なんです。それまでもお祈りをずっとしてんですよ、小さいときからね。
「ありがとうございます」と唱えているし、観音経唱えたり、般若心経唱
えたり、ずっとやってるんです。でもそのときから「ありがとうございます」
の感謝行が始まってるんです。それが不思議だと思いますけど、太陽
見ながら「ありがとうございます」と唱えていたんです。感謝が大切とい
う意味ではないんですね。祈る言葉的に唱えさせられていたんだと思い
ます。自然にさせられてたという感じですね。

Q:他の兄弟もいっしょですか?
A:兄弟はちょっと違います。みんな私の為の苦労かも知れません。他
の兄弟の方はちょっと甘く育てて貰ってるかも知れません。それでも神
様が守ってます。必要なものを与えてます。私の場合は本当に必要な
ものは何か、神様が見抜いて的確に必要な苦労を与えてくれました。感
謝が深まる様に導いてくれ、守ってくれました。大きい苦労が本当の意
味で幸せな自分に変えてくれました。後からよく分かります。「ありがとう
ございます」と唱え、感謝してる内に気づきが与えられ、本当の意味が
分かってきました。そして有り難いから「ありがとう」ではなく、感謝の真
祈りに変化してきました。神様のお手伝いの形で大きい力を貰える様に
なりました。みんな最初はお礼の感謝です。本当の意味の感謝の真祈
りに変化すると思います。本当の意味での神様のお手伝いに変わり、
色んな奇跡を起こせる力を与えて貰えると思います。色んな言葉を使っ
てました。観音様を信じてる時は延命十句観音経を唱えて、色んな神仏
の名を唱えました。基本は「ありがとうございます」です。必ず背後に付
けます。

Q:18歳で高校を卒業してからは何をしていたんですか?
A:浪人という形ですけど、新聞配達したりね。いろんなことしながら、い
ろんな勉強をしてるんですね。受験勉強だけじゃなしにね。幅広くいろん
な本を読みあさったんですね。その2年間に、18、19歳の時に痛みの
練習をさせてもらいました。胃痙攣を1年間、ものすごい痛みが走るん
ですけど、そういう時は前向きに何かした方がいいです。じっとしてたら
痛いんです。それを忘れるくらい、他のことをする方がいいんです。そう
すると痛みが和らいできます。気持ちが他に転換した時、痛みを感じな
いような状態になるんです。19歳の時は、頭がガンガン割れるような状
態が一年続きました。床屋で耳掃除をしてもらったのがきっかけで、片
方の耳が中耳炎か外耳炎でもないんでしょうけど、頭が割れるような痛
みの状態になって、ぴったり半年続きました。その後は左右がコロッと
入れ替わったように反対側が痛くなって、ガンガン割れるように痛くなっ
て、両方でちょうど一年でした。その頭が痛いときでも、頭を使って勉強
している方がいいんです。痛いからと逃げたらいけないんで、一生懸命
頭を使って、何でもいいから何かしていると痛みが和らぐんです。それ
も、お祈りの時いろんなマイナスを消す時の痛みに耐えるための訓練だ
ったかもしれないんです。それでお祈りをしているときに、かなりの痛み
を感じても逸らす練習ができたんです。それも新聞配達しながらとか、
勉強しながらなんです。痛みをそらす意味でいろんなこと一生懸命して
たのね。家にいて、家から通ってたんですね。

Q:痛みを忘れる方法があったんですか?
A:他へ心を向けたらいいだけなんです。それをたいそうに思って掴んで
しまうと、しんどいんです。楽しい方へ心を向けたら痛みを感じにくくなる
し、少なくなります。痛みに耐える練習はいいです。痛みにも強くなれる
方がいいです。そういう意味では戯れる方がいい。どうしても耐え切れ
ない時は心を他に向けたらいいんです。余裕のあるときは強くなるため
に痛みと格闘するのがいいです。どれだけ自分が強くなっているかとい
うことで、楽しんで格闘して戯れているんです。痛みを消すにはプラスに
心を向けないといけないです。痛みを体験していない人は痛みに弱くて
ちょっとの痛みで心が動転しますが、強い痛みに耐えている人なら少々
の痛みがきても平気でお祈りできます。お祈りがし易くなります。その意
味では、痛みを味わって戯れる、耐えられない時は心を他へ向けるとい
う両方の訓練がいいです。痛みは他のことに心を集中して、何か一生
懸命やってると痛みがあっても気にならなくなります。絶対する必要が
ある仕事を持ってる方が良いです。痛みを忘れます。お祈りの練習の1
つです。マイナスの波からプラスの波へ変える時も同じです。初めはどう
してもマイナスに心が向きます。プラスに心を向き変える練習はマイナ
スと取り組んでいると出来ません。徹底してプラスへプラスへ心を向け
切ることが出来れば、マイナスを感じなくなります。そしてプラスに波長
がぴたっと合います。痛みは楽しいことに心を向ければ直ぐ楽になりま
す。感の転換でもあります。思いをプラスの感謝に向けたら良いです。

Q:お父さんの方は、経済的なところは好転しなかったんですか?
A: もう、全然ね。贅沢はさせてくれへんよね。その間も父は拝み屋さん
みたいのはずうっとしてますね。お下がりぐらいはちょっと貰って帰りま
すけど、報酬は神様から止められていますから、いっさい貰わんので
す。まあ、そこがよかったんだと思いますけど。だからそこまでいくまで
に、耐乏生活が役立ったんだと思うんですね。感謝行ができたっていう
のは、感謝が溜まりましたから。もう何でも有り難い。その耐乏生活が
強ければ強いほど、何か人に好意や善意を示されたときの喜びは大き
いですね。それで母の話で、努力して我が強いという話をしましたけど、
その耐乏生活の間みんな命がけで努力しているんですよ。人の何倍も
働いてね。中学生の私らも一生懸命働いているんですよ。それで努力し
て努力して、どうしてもうまくいかんのですよ。どれだけ努力しても生活
がうまくいかんのです。そういう体験を10年近くするとね、やっぱり自分
の努力やなしに、必要なものは神様から与えられて、働いているんだな
と、どうしても気づくしかなくなってくるんですよ。

Q:二十歳のときに人生の目的が分かって、生き方が変わるんです
か?
A:そうです。今度は地球の滅亡を防ぐためにという、そのための生き方
に変わったんです。今までも断食はしょっちゅうしてるんですけど、その
ときから本格的に断食を始めましたね。そして、いろんなところでアルバ
イト的に働いているんです。朝昼晩働いたりね。いろいろ働いてその資
金を平和運動に使うというね。真理の本を買って人に配ったりで、生活
費のために一円も使ってないんです。それでお祈りが一番大事だという
ことで、その合間をぬって命がけのお祈りをずうっとさせてもらってたの
ね。だから時間のないときほど真剣になれるというね。時間があってす
るお祈りはやっぱり甘くなりますね。時間のないところで寸暇をぬってお
祈りするという、真剣なお祈りというのがやっぱり私にとってはプラスに
なったのね。だから睡眠時間を割いて、お祈りの時間を生み出したの
ね。それでも日に5時間は最低祈ってたのね。あとは祈りながらいろい
ろさせてもらってたんです。経済的なことは、生活のために働いてない
んで、平和運動のためだけに働いたんです。だから自分の命は神様に
捧げたというね。神様のためだけに生きて死ぬんだったら、もう本望だと
思ってたんですよ。

Q:命を神様に捧げたら、欲望もなくなったんですか?
A:自分の命をまず神様に全部捧げたんです。もう何もかも、何もいりま
せんという形で。全て神様に捧げ尽くして、それが可能になってきたん
です。そしたら神様の方から、それだったら面倒見て、助けてあげようと
いうわけです。それでお祈りがさせてもらえるようになったと思うんで
す。それで感謝一筋になったのです。その後は神様が勝手に使ってい
るみたいです。必要なことを教えてくれます。すっと湧く様に出てきま
す。金銭欲や性欲は全然ないんです。全部消して貰っているんです。周
りの人が、いろんな苦労を積み重ねて、身代わりに振り替えて取ってく
れた一面があると思います。いろんな耐乏生活を与えて、最低で満足
出来る心の状態にまず置いて貰ったのです。あれ欲しい、これ欲しいは
ないんです。そのままで有り難い、満足なんです。後は心の安らぎだけ
をしっかり手に入れたかっただけなんです。それでお祈りの方に入らせ
て貰ったんです。「ありがとうございます」だけで守って貰っていたんで
す。余計な願いを出すと駄目だったかもしれません。すっと誘惑されたり
したかもしれません。ただ「ありがとうございます」で喜んでいたんです。
だから食べ物がなくても良かったんです。丸薬1個で1年もてば良いくら
いの気持ちで開き直っていました。

Q:五井先生を知ったのもこの頃ですか?
A:私が二十歳の時に、気持ちが宇宙大に広がって、「ああ、これが本
当の生き方なんだ」と人生の目的も分かった時に、五井先生を知ったん
です。その時は会ってないけど、それでも分かっているんです。出会い
に行ったのはその十年ぐらい後なんです。その時、五井先生のところも
組織はほとんどなかったです。小さくて細々という感じでした。会いに行
ってその時びっくりしたのが、庭で出会ってこうして頭を下げたんです。
お祈りの神様ですから、出来るだけ丁寧に二、三回下げたんですが、五
井先生の方がもっと何倍も下げてくれます。頭の下げ合いです。「凄い
方やなあ」と思いました。それで、その帰りも見送って下さるんです。そ
れがずうっと歩いて遠くまで姿が見えなくなるまで、何時までもこうやっ
て、これもまたビックリしました。それが最初の出会いでした。これはもう
神様がされることなんで、私達はほんのちょっとお手伝いさせて頂く感じ
です。恩返しの意味でお手伝いさせて頂くだけの働きです。「私達が何
をしたい」というのはないんです。「ただ、お手伝いだけをさせて頂きた
い」のです。「唱えることによってこんなに幸せを貰って、何か恩返し出
来ないか、幸せになる方法をちょっとでも皆さんにお伝え出来たら」とい
う感じです。だから組織は絶対作らないし、自分がしてるということも出
さないし、神様だけのお手伝いです。

Q:お手伝いもたくさんしたんですか?
A:内職も近所のお手伝いもたくさんしています。頼まれたら何でもさせ
てもらいました。不思議にお祈りをすると病気が治ってしまうんです。頼
んだら治してもらえるというのが勝手に広がるんです。ほとんど家には
いなくて、夜中にちょっと帰るぐらいでした。朝昼晩働いていました。夜
警の仕事があったら一晩そこで過ごしますし、プラスチック整形の仕事
や夜勤の仕事があります。そういうのだと家には帰っていません。家に
夜中に帰ってきても、電話がかかってきて寝られません。そのほかに手
紙がたくさん来たり、遠いところの人の手紙を読んでお祈りをすると、治
ってしまうんです。会ったことは全然ないんです。あっちこっち出歩いて
出会う人はたくさんいますから。もう病気を治すのは卒業しました。今
は、治してくれと言ってくる人はいません。電話をして頼もうとしたらもう
治ってしまうみたいです。病気なんて治そうとしない方が良いです。病気
は必要なんで、必要なかったら消えるんです。消されたら病気になりたく
てもなれないです。病気は大事なんです。若い時は葉書でもたくさん出
していたのね。多い時は一万枚ぐらい出していたことがあるから、友達
もたくさんいたね。何万人っていう人から、手紙やいろいろのものが来る
から返事も書いていたので、相当数が多かったわね。そうすると、お祈
りの時間がどんどん奪われるのね。やっぱりお祈りの方が大事だと思
い、二十年ぐらい前からもう一切手紙も出さなくなり、手紙をもらっても
返事も出さないくらい「冷たい人やなあ」ってね。どんどんそれを省略し
てしまったのね。そこまで徹底しないとお祈りが出来なかったのね。

Q:自分で働いたお金は全部平和運動に使ったんですか?
A:そうです。成人してからも人の三倍仕事をしてます。朝昼晩です。働
いて得たお金は一円も自分に入れてません。平和運動に全部注ぎ込
みました。どうしたら、みんなを幸せに出来るか、世界を平和に出来る
か、それだけを考えて少しでも神様のお手伝いが出来てお役に立てた
らと思い、給料全部平和運動に使ってしまいました。真理の本を買って
人に与えるんだったら、それを買う金を全部自分で働いてしないと、誰も
真似してくれへんでしょ。だからまず自分がと思って、一生懸命働いた
んですけど。それは、ずっと三十歳くらいまでですね。それで食べる物が
ないです。周りも心配していたと思いますよ。月のうち3週間断食しまし
た。残り1週間あまり何か食べるでしょ。断食終わったら何でも食べてま
したね。予備断食とかそういうものはないですよ。今日から食べないと
思ったら何も食べないでしょ。今日から食べてみようと思ったら何でも食
べてみるんですね。それが10年ほど続いていますね。断食していると
きは52〜3キロでした。それ以下にはなりません。骨が太いし、筋肉も
あるし、でも今よりだいぶほっそりしていました。面長のハンサムでし
た。力持ちでした。片足のヒンズースクワットを1000回できました。普通
は両足でしますが、片足でできました。何でも神様のお手伝いの気持ち
でさせて貰ってたから、いつも神様の守りを身近にひしひしと感じてまし
た。必要な時は常に与えて貰ってました。だから自分の生活なんて考え
てません。生活費を残さなくても必要なものはちゃんと与えてもらうんで
す。そこが不思議なんですけど、食べるものがなくなるかというとそうじ
ゃなくて、必要な食べ物は必ずどこかから与えてもらってるんです。断食
するのも大変で、皆が口に食べ物を押し込みに来るんです。食べる心
配するより、押し込みに来るのを断る方が大変でした。神様は私を生か
そうとして、無理やり口を開けさせて食べ物を押し込もうとするんです。
全然食べることを心配しないです。


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