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Q:三十歳くらいのときに、断食の転機があるんですか?
A:小さいときから菜食主義的に、何もしたくないという気持ちが強くって
ね。断食もね、食べないんだったら食べなくてもという気持ちも残ってた んですね。食べる時間がもったいないという感覚が残ってたんですね。 で、最後に断食100日したんですよ。仕事しながらね。最後には、腐敗 臭よりも体が動かなくなるんですね。今日は仕事に行ってというときに、 もう呼吸が止まってしまうのね。呼吸止まったままで家へ帰っているん ですよ。不思議ですね。そのときにね、私、胸全部だめだったですよ。心 臓がこの辺にきて、肺がなかったんですよ。それでも頑張って仕事をし ながら一生懸命生きてるんですね。断食しながら仕事をして、100キロ くらいの荷物を運んでたりね。普通3人ぐらいで担ぐような100キロぐら いの荷物でもね。私ひとりで階段を上り下りして運んでいましたからね。 食べないから力が出ないというのじゃないみたいですね。気力みたいで すね。まあ、変わりもんはいてますよ。私の場合、ずっと働きながら断食 なんですよね。やっぱりある程度自分の限界も知りたいし、神様の護り がどれだけあるか試したいしというところがありましたね。いろんな神様 が止めにくるんですよ。断食は間違っているとか、神の恵みをけなすの か、とかね。やっぱり断食は正しい生き方ではないですからね。でも自 分はある程度はやってみたいというところがあるんですよね。だから苦 しみがなかったんですね。断食しててもこれだけできたという、打ち勝つ 喜びのほうが強かったですね。
Q:断食の後はどう変わったんですか?
A:ここまできたらもういいかなという感じですね。あとはもう自然に任せ
て、何でもハイッて受けてみようという気に変わったんですね。それまで は結婚なんか考えてなかったのね。若いときは独身主義だったんです。 その囚われが取れてしまって、自然がいいという感じです。もう逆らわな くなりました。それで、結婚するのが自然だったら、そうした方がいいん だろうなという感じです。ただ、求める心は全然ないんです。与え尽くす 心だけで、本当の幸せになってほしいという気持ちで生きているんで す。お祈りが深くなって、神様との一体感が深くなるように、お手伝いが 出来たらというのが中心になって、三十歳ぐらいから気持ちが自然体に なったんですね。もう何でも食べるって、人でも食うってぐらいね。相当 変わったのね。肉でもなんでも食べるようになったんです。それまでは 食べたくないで、受けつけなかったですね。
Q:結婚されたのはいつですか?
A:何歳か忘れてしまった。三十二、三、ですね。知り合いの人に紹介さ
れて、何人か名前を言ってもらったのね。何人か候補をあげてもらった んです。私は名前を見て分かるんでね。はい、この人と決めたんです。 指さされた方は多分、キツネにつままれた感覚で結婚していると思うん です。もうすぐに式をあげてますからね。相手は一つ上なんですよ。私 は会わなくっても、だいたい分かるんです。名前だけで、この人はこんな んというね。名前はちょっとしたきっかけで、名前なくてもちょっと見れば 分かります。ただ良い所しか見えません。神様を本当に求めているか、 真剣さが有るか無いかで見てたみたいです。その人の願いに答えて、 何か与えるものがあった方が良いですから。1番真剣な心を持っていた みたいです。波を感じるというんですか。こちらは有名でもなんでもない でしょ。お金はない、頭の毛は薄いし、いいとこ何もないですよね。デー トみたいな形でね。私はやっぱり結婚しても贅沢させると言わなかった のね。私は清貧に甘んじて生きますから、ついて来なさいと。私は収入 も貯金もないでしょ。だから結婚式の費用まで出してもらってますよ。私 はもう最高のものを持ってますよ、悟りというね。だからそれを与えたい ということで一生懸命ね。本当の幸せはしっかり握ってますからね。こ の世のものではなしに、永遠の本当の幸せをつかんでますからね。私 の場合はね、もう必要なものは神様から直接頂きますでしょ。だから必 要なものはちゃんと与えてくれるんですよ。私はもう命を神様に捧げて いる限りね。面倒見てもらわないと困りますよね。その点では、私は自 信があるんです。絶対面倒見てくださるというね。
Q:独身のときは稼いだお金をすべて平和運動に費やして、結婚してか
らは?
A 同じなんです。結婚してからもね、生活のために使ってないんです。
全部平和運動に使ってるんです。生活費はないんです。ゼロ。だから保 養所で二人で働いててもね、お給料全部平和運動に使ってしまうんで す。食べるのは神様まかせというか、開き直っていますでしょ。だから必 要なものは食べ物でもどっかから貰うんです。その生活が24,5年続い て、今までずっとです。結婚してからの方がまだゆるやかかもしれませ んね。今の方がもっと厳しい気持ちで生きてます。お祈りだけに徹底し て、飢え死にしてもそれでいいと思ってますから。もし妻子がそれで餓 死するんだったら、それでもいいと思ってますから。
Q:奥さんや子供さんに対しての接し方は?
A:結婚してからも、家族の生活も考えたことがありません。子供のため
に何も買ってないし、生活費として何も入れてません。ただ皆のを使っ てるぐらいです。家内の貯金まで全部使ってるぐらいでした。子供の貰 ったお年玉まで代わりに使ってるぐらいでした。それでも神様が必要な 物を与えてくれて守ってるのです。小さい時から、子供に何も買い与え てないですね。お金はないですから。欲しいものもなかったみたいです ね。必要なものも買ってあげようかといっても「いらない」と。男の子で も、靴に穴があいて水が入るのに、冬でもそれを履いているんです。も う買い換えたらといってもダメなんで「まだいける」と。妻のことも、子供 のことも、私は一切何もしてないですね。もう全部神様が面倒見てくれ るというのが、信念としてありますね。放ったらかしというか、それでもち ゃんと必要なものは与えてもらって、立派に育ててもらっているという か、子供は二人で、もう大学を出てます。
Q:どんなお子さんですか?
A:小さい時に「ありがとうございます」を唱える練習をしてるんですよ。
それはやっぱり大事だと思いますね。「ありがとうございます」の練習を して、神様を引っ張り出しているんでしょうね。表面立ってはあまり見せ ないです。今でもお祈りしているんですけど、しているような感じを見せ ないでさりげなく。それでも何かあったら一生懸命祈ってるんですね。そ れで自然に助けて頂いてるんだと思うんです。親以上かもしれないです ね。中学から高校へ行くのでも、普通の高校へいけばいいんですけど、 通信で単位を取る。それも大学受験の為の単位を先に一年で取ってし まって、通信で一応卒業しているんです。その後も絶対お金をかけんよ うにとね。女の子もそうですね。親がお金ないのをよく判っているから、 一円でも使わないようにして。高校で修学旅行に行った時でも、お小使 いをちょっと持っていって、それでお土産を買ってくるんですよ。ところが 私には何も買ってきてくれないんで、理由を聞くと、お父さんには使わず にお金を持って帰る方がと。そんなんです。子供に何も与えてないです が、それでも親より立派なんです。もの凄く親孝行ですよね。親に対して 何も求めないし、お手伝いは一杯してくれるでしょう。もの凄く機転がきく んです。必要な時にスッと自分から動いていますから。
Q:子供に対する教育は?
A:私はもう子供は放ったらかしです。後は神様にお任せなんです。私
は私でさせていただくことを一生懸命していくことによって、もしそれによ って自分が何も出来なくても、そのまま神様がカバーしてくれているとい う、そういう気持で安心感があるんです。だから親がしなくても必要なも のは周りから必ず与えてもらっているんです。女の子が通信のスクーリ ングで東京へ行くとなるでしょう。本当は旅費と旅館代がいるんですけ ど親は出さない。そうすると、親が何もしないからというので、東京の方 のスチュワーデスさんが旅館も取ってくれて、旅費も出してくれてとい う。私は頼んでないんですよ。神様がそういうふうにちゃんとしてくれた んですね。全てがそうなんです。不思議なんですね。私は、教育って何 もしてないです。そしてこういう神様のことも全然教えてないです。お祈 りをしなさいもないし、こういう教えも何も教えてないのに、でも知ってる んです。なぜでしょうね。中学の時に、男の子がちょっといじめられてい たような感じがあったんですが、その時でも作文を書いているのを見た ら、悟ったお坊さんみたいなことを書いてるんです。学校の先生の方が ビックリしてたみたいですね。いじめに対してでも考え方がしっかりして る。相手を絶対責めてないし、それでいて自分もいろんな対処の仕方を 悪いとこは悪い、良いとこは良いとしっかり認めて、こうした方がいいと いう感じで、ちゃんと意見を持っているんです。だから、子育ても親がす るんじゃないみたいですね。神様がしてくれるのが本当の子育てかもし れないです。親の方は子供が立派になっていくのを、神様から見せて頂 いているという感覚ですね。だから神様にお任せというのが、一番力が あるように思うんです。それで私の場合はもう、「ありがとうございます」 と神様への感謝で、それで徹底しているんです。あとは神様が育ててく ださるという感じで、そういう生き方を実行させてもらっているんです。
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