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Q:お祈りで人を助けるというのはどういう感じですか?
A:私は二十歳から、お祈りで人の病気を治したりをずうっとしてるんで
すよ。夜中まで電話で頼まれて、日に何十人てね。肺結核で強制入院 させられたときも、私が入院して、絶対安静で寝てるでしょ。ところが相 談者がどんどん来て、病気を治してもらって助かっていくでしょ。だから 入院中は休憩させてもらったんかな、という感じでしたけど。病室でも、 私は自然体で、形がないんですね。もう心の中だけで、目を開けていて もお祈りなんですよ。みんな悟っている、無限に輝いている、という感じ なんです。ただプラス、プラスと思っているうちに、勝手に病気が治って いくんですよ。お祈りというのは本来ものすごく厳しいもので、お祈りで 人を助けるという場合、まず人のマイナスを一旦自分が引き受けなくて はなりません。そして「自分の命と引き換えにその人のマイナスを取って ください」と神様にお願いして、消していただくのです。私も一瞬一瞬死 ぬ気でやります。命を捧げる気持ちでお祈りに入ります。引き受けたも のがたくさん溜まってくると、消しきれない部分が出てきます。背負った マイナスがいろんな症状として出てきます。消えるまで重病人の姿を取 ることもあります。ひどい時は何ヶ月もひどい状態が続きます。ある時3 ヶ月間ぐらい咳き込んで、それが止まらないことがありました。食べ物も 食べれませんでした。眠ろうとしても呼吸が止まりそうになって眠れませ んでした。かなり体力も落ちるし、気持ちの上でも「もうダメかな」というく らいに追いつめられました。悲観的な言い方はしない方なんですけど、 そこまで追いつめられるとちょっとね。お医者さんにでも行って点滴でも 打ってもらおうかなと。それで本当にお医者さんに行きました。そした ら、診てもらう前に咳が止まってしまって、待合室で待っていても咳が出 ないです。診てもらったら、結果は「命が危ない状態だから絶対安静で 即入院」というものでした。でも忙しいから入院なんかしてられない。「忙 しいから帰ります」と言ったら、そのお医者さんがものすごく怒って引き とめるんです。絶対死ぬことが分かっていて、入院させずに帰したら責 任問題だと言うんです。帰るなら「私の制止を振り切って帰った」とちゃ んと紙に書いて帰りなさいって。そのようにして無理やり帰ってきまし た。その後なんともなかった。神様がちょっとかわいそうに思ったのでし ょうね。3ヶ月続いた咳がその後ピタッと消えました。そんな体験が種類 を変えていっぱいあるんです。だから薬やお医者さんに頼らなくても、神 様に頼っていたらちゃんとしてくれます。
Q:「ありがとうございます」を毎日言っているというお話なんですが。
A:もうずうっとです。二十歳ぐらいから、三ヶ月間に限って続けるとか、
そういう練習をしましたね。期間を区切って命がけでやるんですね。一 年間続けてとなると甘くなりますから、三ヶ月だけ「ありがとうございま す」を唱え続けるとかね。そのときに不思議なことをいっぱい体験してま すね。雨に一年あわなかったとか、雨がさっと止んで、建物に入ったらさ っと降ったりとかね。電車とかバスのダイヤが私に合わせて全部変わっ てしまうとかね。一生懸命「ありがとうございます」を唱えると病気なんか ぱっと治るでしょ。必要なものはぱっと入ってくるでしょ。それはもう数え たらきりがないですね。でも「ありがとうございます」を一生懸命唱え始 めて、最初はそのお陰をねらう心がちょっとあるんですね。天気が続い て欲しいとか、病気が治って欲しいとか、何でも願いを叶えて欲しいとい うところがあるんですけど、そのうちにだんだん消えてしまうんです。もう 一切何もいらないというね。もっと奥の姿を実感したいという。だから現 実を受けるよりも、お祈りで神様の与えてくれるすばらしいプレゼントを 受ける方が、もっと実質的に中身のあるものですね。だから今こうして 話していても、現実を見てるよりも輝いている方を見てるんですよ。みん な光り輝いているというふうにね。そっちの方を一生懸命受けてるんで す。みんな悟っている、みんな無限に輝いている、というふうね。「あり がとうございます」って一瞬一瞬、新たな受け直しだけをさせてもらっ て、感謝ばかりしているという感覚なんです。
Q:「ありがとうございます」を今までにどのくらい言いましたか?
A:いあや、一億超えてますよ。表面的だけでもね。奥の方でももっと回
数多いですよね。奥の自分のするお祈りがね。桁外れですよね。表面 的には時間に制約されますが、奥の自分は神通自在にいっぱい唱えら れますからね。お祈りはここでは朝、晩、お昼もね。まあ「ありがとうござ います」と唱えてもらってるのが基本なんですけど。一時間でも二時間 でも三時間でも。まあ一人ひとりね、それぞれの祈り方がありますけ ど。私も「ありがとうございます」を基本にしてますけど、中身が変わって きましたからね。私は今「ありがとうございます」というのは、天照大神 様が今ここにいらっしゃるという意味だというふうにね。かなりずっと前 から感じているんですけど。天照大神様というのは、宇宙絶対統一神で 宇宙の最高表現のすべてなので、宇宙が無限に無限に輝く姿で出てき てるという、それが天照大神様という受け方をしてるんです。その天照 大神様が今ここにいらっしゃるという受け方を一瞬一瞬してるんです。
Q:「ありがとうございます」の数で、状況が変わってくるというのがあり
ますか?
A:最初の三ヶ月ね、命がけでやったとき、空気が光って踊っているの
が見えましたしね。その辺の草も木も何もかも光り輝いて見えました。 三ヶ月でそうなります。周りが輝いて見えるというね。そのときは一日5 万回以上でしょうね。ほとんど睡眠時間をとらずにですから。もう、全部 が奇跡です。「ありがとうございます」って、最初はやはりこの世的な幸 せを願って唱えているんです。それで、病気が治ったら「ありがとうござ います」でしょう。この世的なものがいっぱい生まれて、必要なものを与 えられて「ありがとうございます」ですね。でも、それはものすごい浅い 段階です。段々と奥へ奥へ心が向いていき、「ありがとうございます」の 心になった時は、もう無条件で「ありがとうございます」なんです。「幸せ 一杯」という感覚が出てくるんです。だから、病気でも「ありがとうござい ます」と、「幸せ一杯」なんです。貧乏でも「ありがとうございます」でいい んです。どんな問題を持ってきても「ありがとうございます」になるんで す。ただもう感謝だけで幸せで一杯なんです。心はもう幸せになってい く。「ありがとうございます」と、唱えているうちに、その自分はもう、肉体 の自分でも魂の自分でもなくて、「感謝の自分」になっているんです。そ の自分がどんどん「ありがとうございます」と感謝し続けているうちに、 段々と神様の光を感じてくる。神様から放射されてる光と輝きを感じるよ うになってくる。最初はちょっとした小さい輝きを感じるだけですが、「幸 せ一杯・素晴らしいもの一杯・美しいものばかし」と感じる。それが限り なく段々と大きい光体と輝きを感じるようになってくる。それは丁度太陽 の輝きのような感じで、それを大きく感じるようになってくる。そして「みん な光り輝いている・みんな無限に輝いている」というように、それがあり とあらゆる神様の働きの全部が複雑に入り組んだ状態で、無限に無限 に輝いている状態に感じられてくるんです。そうすると神様の御心は「輝 くこと」という感覚がでてきます。その輝きを感じて自分も輝くことになる んだと。だから、最初考えていた人生の目的と、お祈りで感謝を深めて 神様の心をちょっとでも感じてきた時の人生の目的とは、全然違うんで す。神様の輝きを感じれば感じるほど、自分の目的か消えてしまって、 ただ神様の心を感じ取るのが目的に変わってくるんです。神様の目的と 一つになりたい、限りなく神様の目的に近づいていきたい、その為に は、神様の与えてくる最高のものを受け続けていたい、というように変 わってくるんです。
Q:滋賀県に来られたのはいつ頃ですか?
A:大阪から滋賀県に来たのは保養所の管理者で来てるんです。私の
管理の仕事でね。それもお祈りだけをしたいという気持ちが強くってね。 お祈りの時間をたくさん取れる方がいいんで、保養所の管理だったら縛 られないんでね。結婚したときは大阪です。保養所の管理者になったの は、結婚して3年ぐらいですね。それで保養所の管理者を10年くらいや っていたんですが、その後ね、他の保養所に移るかどうかと言われたん ですけど、もうその時点で職業全部捨てようと思ったんですね。平和運 動のためのお金を生む仕事も全部捨てて、お祈りだけに絞り込んだん です。四十七、八ぐらいのときですね。そのときも、ほんとに餓死するか もしれんと思いますよね。家族全部餓死しても構わんと思ったですよ。 お祈りだけしててみんな餓死するんだったらそれでいいと思ってね。そ れで全部捨てたんですね。誰にも相談も何もしませんよ。私は命を全部 神様にあずけているんで、神様の心が私の心に入ってきて決めてくれ ると思いますんでね。今がもう全部捨て切るチャンスと思ったんですね。 でも、その後がね、必要なものをとんとん拍子に全部整えてもらうんで すよ。お金も何もないのに家ができる、必要なものが全部集まるでしょ。 だからお金があって何かするんではないのね。何もないところで必要な ものが集まってきて、いつの間にか出来上がってますよ。
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