<その1 誕 生>


Q:お生まれになったのは?
A:昭和16年12月23日和歌山県生まれで、4人兄弟。姉が一人、妹二
人ですね。

Q:ご両親は?
A:私の両親はね、和歌山出身なんですけど、どちらも小さいときに孤児
(みなしご)同然になっているんです。母の方は、両親の家に生まれて
両親がすぐに死んで兄弟も全部死んでるのね。お爺さんが一人生き残
って7歳ぐらいまで面倒見てもらったんですが、親戚にもらわれていった
ような形で相当苦労してるんですけどね。父の方もみんな亡くなって、財
産だけ残してもらって、それを放蕩に使ってしまったというような感じで
ね。それも死ぬようなところまでいったんでね。肺結核でもう末期でだめ
だっていうところまでいって、それで神がかりになって命助けてもらった
のね。血を吐いて、どうしようもなくなった状態で神がかりになって、最後
に守護霊さんが治してくれたのね。意識がなくなってね。例えば、サワガ
ニを取って食べたりするのが分からんうちにいっているみたいで。栄養
取るのに無意識のうちにいろいろ健康になるような方法を教わってね。
それで命を助けてもらって。それは父が二十歳頃の話です。

Q:まだ結婚していない頃の話ですか?
A:父が明治36年生まれで、母が大正7年生まれですね。年齢は相当
離れているでしょ。結婚するのも、父が神がかりになって助けてもらっ
て、後で相当修行しているんですよね。滝に打たれたりいろいろして
ね。それで霊媒体質というんですか、それは極度の霊媒体質で神がか
りになりやすかったんですね。いろんな霊魂が降りてきては、拝み屋さ
んみたいなことをさせれられていたみたいですね。職業は時計屋にでっ
ち奉公に入って、時計の修理の技術を身に付けてね。職業は時計屋な
んですよ。それで人の相談にのって拝み屋さん的にね、無償で霊媒の
働きをさせてもらったのね。そこへですね。母が病気になって困って父
の所へ行ったときに、神がかりになって「この人と結婚せよ」と言うたわ
けね。父の方は、その神がかりになったときは意識ないんですよ。何を
言ったかも覚えていないのね。自分は全然わからないみたいですね。
神様が結婚しろと言った時、母の方はいろいろと精神的に心安らぐ教え
を説いてくれる神様だったんでね。それで素直にハイという気持ちにな
れたらしいんです。どっちも一人ぼっちで、親戚もないし頼るところもな
いしということで。母が二十歳ぐらいのときで、母が父を選んだというより
も、神がかりになって降りてくる神様を選んだという、指導してくれる一
人の神様を選んで結婚したという感じですね。母の方は結婚してからも
相当苦労してますね。その後もその神様が、「お前たちは親もないんだ
から神が指導する」ということでずっと見てきてもらったのね。

Q:どんなお父さんだったんですか?
A:私の父は財産家に生まれたから、心の持ち方がチョッと間違ったとこ
ろがあったんです。いろいろ勉強してきても心の癖が抜けなかったんで
す。父は小さいときから贅沢してますでしょ。お酒飲んで身を持ち崩して
るでしょ。考え方がやっぱりね、甘えてるっていうんですか、責任感薄い
ですよね。若いときはね。結婚してからはまじめに時計屋をして、子供を
大事に育てていたんですね。子供に対して、子供が言うことを聞いてい
るうちは優しいんだけど、チョッと反発すると、「親が働いて育ててやって
いるのに口答えするな」というふうに、私や妹は怒られていました。その
時に神がかりになって、神様が指導に降りてきて怒るんです。「親が子
供の面倒見れると思ったらやってみろ」と。実際、神様が締め付けたら、
自分ひとり食べる分も入ってこないですね。「子供を育てるのは親じゃな
い、神だ」としっかり叱り付けました。父はもう亡くなって、母は和歌山で
一人生活してますけどね。両親に関して言うことは一切ないですね。私
にとってはすべてが感謝の対象なんですね。すべては私を育てるため
に、神様がいろいろ仕組んでいろんな姿を見せてくれて、いろんな体験
をさせてもらえたというね。もう全部感謝しかないんです。

Q:どんなお母さんだったんですか?
A:母は、腹を立てたり荒れたりということはないんです。母は小さいとき
に親戚の家にもらわれていって、そこで男並の仕事をね。男の3倍ぐら
いの仕事をしてるんですよ。そこは旅館の仕事をしていてね。朝早く3時
かそのくらいに起きて、蚕の桑の世話をしたりね。そのあとお客さんの
世話をして、いろんな仕事をね。山へ木を切りにいったりして、ちゃんと
しておいてその後学校へ行くんですよね。それも走っていってね。終わ
ったらすぐに帰って、またずっと仕事をするんでしょう。だから食事を立っ
て食べるだけ。座って食べたことがないというぐらいでね。それだけ働い
たようです。そこまでしてるから、努力さえすれば何でもできるという強
い気持ちがあったみたいですけどね。でも、努力したらという我の強さが
あるんですよね。だから結婚してからが本当の修行になったんだと思い
ます。私の小さい頃、母は大病生活を負い、お金も一銭もない状態で、
食べ物もままならない状態で、自分は食べずに子供に振り分けます。
そうしたら自分は栄養失調になります。母は元々丈夫な体を持っていま
したが、栄養失調が原因でいろんな病気に罹りました。それでも薬には
頼りません。お金がないから医者にもかかれません。どんな病気になっ
ても神様にすがるしかないですね。医者に頼って治してもらうと、後遺症
が残る場合がありますが、母の場合は神様に全く後遺症もなしにピタリ
と治してもらっていました。

Q:ご両親から精神的なことを教わったんですか?
A:小さいときから、父が拝み屋さんをしてますよね。いろんな相談がき
たら、霊媒になっていろいろお告げを与えたりしますよね。そういうのを
私が身近に見てますよね。それで私たちに対してでも、神がかりしてき
たいろんな神様が指導してくれるんです。精神的な指導をね。ちょうど親
代わりの感じでね。そういうのはいつも小さいときから身近に見てます
ね。どういう相談で来て、神がかりでどういう指導しているか、客観的に
批判的に見てるんですよ。父が応対しているときに、そこにちょこんとい
るわけです。わざと見せてくれてるんだと思いますけど。神がかりする神
様はピンからキリまでで、いろいろ神様はいらっしゃいます。サニワする
力をつけるために、どの神様が正しくてどの神様が間違っているか、見
極める力を付けさせるために見せてもらったんだと思いますね。間違っ
た神様がきたこともありますね。おかしなこと、詰まらんことを言います
よね。人生の目的は何かとか高尚なことを言わずに、現実的にどこに何
があるとか、当てもん的なことを言ったり。それが当たったり当たらなん
だり。だから、本当の信仰とは何かというのから見ると、つまらん時間つ
ぶしですよ。


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