<その9 六十代>


Q:おじさんの一日の過ごし方を教えて下さい。
A:普通です。まずお祈りを楽しんでます。食事も普通です。いっぱい与
えられて全部食べてたら死んでしまいます。ほんのちょっと頂いてます。
仕事も全部止めて、神様の奉仕に生きたら、収入がなくなって食べられ
なくなると思いますが、逆になってしまいました。毎日毎日溢れるほど与
えて貰えます。困るぐらいです。自分が働いて何か食べ物を買うならち
ょっとしか買いません。買い過ぎることはないです。でも神様の方は何
倍も与えてきます。今は与えられ過ぎの感じです。その中から少しづつ
選んで頂きます。自然に生かして貰ってます。睡眠も普通です。2、3時
間横になったら十分です。小さい子供は、明日遠足とかになると楽しみ
にして眠らずに起きてます。そんな感覚だと思います。楽しい時は睡眠
時間が少なくて済みます。睡眠時間は今は自然に任せています。ただ
眠っていたらもったいないですから、できるだけお祈りを楽しませてもら
っています。食べるものは、前は菜食主義で断食して、かなり囚われた
んですが、本当の断食とは何か、ものを食べているという感覚が抜けた
ら、断食ではないかと思うんです。神様の命を頂いている、生かされて
いる、動物でも植物でも命をささげてくれている、という気持ちでそれを
頂く限りは、物ではないから、断食です。だから、与えられるままに生き
られるだけ頂くようにしています。お肉でも食べます。与えられたら命を
ささげてもらったという感覚でね。与えてもらった命を自分と一緒になっ
て生かして、世の中のために尽くせば、食べられた動物も成仏する、天
寿を全うしてくれると思います。

Q:苦労について教えて下さい。
A:私も小さい時から色んな苦労を与えて貰いました。苦労は何の為に
必要かと言う訳ですが。砂浜に松が雄々しく育ってるのを見てて、この
潮風に耐えて、寒風にさらされて、尚且つ曲がりくねって、逞しく育って
いるこの松の古木、これを見てどう感じるかというと、凄いです。この辺
の松はまっすぐすうっと伸びています。背が高く伸びてるんですが、比
較してどちらが美しいか、素晴らしいかという訳です。やっぱり試練に耐
え抜いた方が、そこに命の輝きが強くあるように思うんです。だから苦
労を与えて貰うほど、ある意味では輝きを増す為の神様の働きが大きく
加えて頂いているんです。神様に大きく助けて頂いている姿をとってい
ると思います。神様は苦労させる時は放っておかないです。身近に寄り
添って助けてくれるはずなんです。だから苦労を与えて貰うと得をする
と、私は小さい時にそういう感じがしたんです。それでどんな苦労も苦に
思わないんです。「助けて貰ってる、得してる」って喜んでいたんです。
辛いこと、苦しいことをさせて貰う方が良いんです。本当に楽しいです。

Q:おじさんは疲れたことはないんですか?
A:疲れたら喜びます、ああいっぱい働いたと、みんなのために役に立
ったと喜んでいます。そしたら疲れはいっぺんに消えます。疲(つか)れ
という言葉も、あの世からいろんなものが引っ付いてきたという意味が
あります。力を出し尽くして空っぽになって、何の力もないというような意
味ですけど、いずれにしても「ありがとうございます」と喜んだら、引っ付
いたものも綺麗になるし、中からエネルギーの補給がしてもらえるし、ド
ンドン新たな姿に置き換えてもらう姿です。だから喜べばいいんで、疲
れれば疲れるほど元気になります。

Q:おじさんは生まれてから一度も怒ったことがないというのは本当です
か?
A:小さい時から別に腹は立たないです。「何故か」って考えたら、全部
プラスに見てるんですね。もう全部。「ありがたい」という、「神様の現わ
れ」というふうにね。「神様の愛のプレゼント」とか、「全て神様からのプ
レゼント」いうような感じで見てるんで、マイナスに見えないんです。たと
え人から殴られようが、悪く言われようが、みんなプラスに見えてくるの
ね。だから、別に腹立つ感情が全然ないんです。また悲しみもないんで
す。悲しい感覚もないですね。プラスに見る練習をすると、それが乗り越
えられるんじゃないかと思うんです。だから、プラスに見るというのはや
っぱり「神様の現われ」というように、神様を認めることが先ず第一です
ね。「神様から全てが与えられてくる」という、「その無限の無限のチャン
ネルを楽しむ為に与えられてる」というように、どんな地獄番組でも、楽
しむ為だったら、別にマイナスに見えないですね。それでその低い番組
を見ることによって、謙虚な心になれますね。それと比較して、いろんな
姿を眺めたらみんなプラスに見えてくるでしょう。だから、いろんな方法
でプラスに見える練習をすれば、もう自然に腹の立たない状態になって
くると思うんです。そしたら、感情がすうっと鎮まり、安らかになってきま
す。でも、どうしても出来ない時は「ありがとうございます」が一番効果が
大きいと思うのね。大抵は「ありがとうございます」を普段唱えていたら、
出てくるものが先に消されて出てこなくなります。仮に出てきても、出て
きた後で「ありがとうございます」を唱えたら、もう過去にさかのぼって消
してくれるし、また未来に出てくる可能性のあるものを先に消してもらう
んで、段々と「どこに腹立つ思いがあったんかな」と思う感覚も消えてし
まうんです。

Q:断食や修行はしない方がいいんですか?
A:断食をするのは、神様の恵みを拒絶することなんで、よくないです。
いつも注意されていたのね。与えられたものを感謝して受けるのがいい
んです。私の場合は、我が強かったんだと思うの。とことんやり抜かな
いと気が済まないところがあるし、また神様の護りはどんなもんか試し
たいところもあるし、いろんな意味合いがあったのね。これも私だけじゃ
なく、人類一般が「何か修行をしないと悟れない」という我があるじゃな
いですか。そういう我を消す意味もあってのことですね。神様に、「修行
をしなくても悟らせてもらえる」という、本当の意味のやさしい救われの
方法を与えてもらう意味でも、「我を消すこと」が、ある一面で必要だった
と思うんです。それで断食を無理やり「させられた」のじゃなくて、自分が
「してしまった」のね。断食や、またいろんな行的な修行なんか必要ない
と思うね。何もしない方が、神様の救いの働きを邪魔しないんです。本
当は何もせん方がいいのね。

Q:三つ子の魂百までという言葉について教えて下さい。
A:それは三歳までの育て方じゃないんです。三歳児の時に現れる姿が
一生を支配しているという。三歳の時に「ありがとうございます」とお祈り
しているから、私の一生はお祈りだけなんですね。これは一生死ぬまで
続いていますね。そのときに本当の縛りのない生き方というのも願って
いたみたいです。だから全ての縛りのない生き方を選び続けているんで
すね。でもそれも無限の無限の中のほんの小さいものです。まだ神様
のプレゼントはいっぱいあるから、何を受けてもいいという感じになりま
す。一番下だから三歳から修行しないと、祈らないと間に合わなかった
かもしれないです。神様のプレゼントは無限に無限にいっぱいだから。
今の時期が、みんな我が砕けて神様の助けを受け入れる時期になって
います。戦争でも、戦争に疲れ果ててもうどうしようもないという時に、
本当に神様にすがって平和を受け取ろうとするんです。ある意味では、
我が疲れ果ててしんどくなるんです。もう、そういう生き方はしたくないと
いう時が来るんです。その時に神様がスッと助けに入っているから、時
期の問題だけでこの世の動きなんて、ほんのちょっとの差なんです。私
はちょっと早く助けてもらったから。我の強い生き方のときは神様をちょ
っと拒絶する時があるんでしょう。

Q:お参りをされることもあるんですか?
A:以前は伊勢神宮にかなりお参りしたことがあります。橿原神宮にも
毎朝お参りしていたこともあります。近くの神社にもあちこちお参りして
いました。それらは自分を磨き上げるためにそうしていました。ただ、自
分の場合は背後の守護霊守護神さんが神社にお参りする時でも「何の
為に行くのだ」と問いかけるわけですね。そしたらこちらは「さて何のた
めかな?」と考えるわけですね。「もし神社の神様の助けを受けるためと
いうなら、それはちょっとお門違いじゃないのか」ということですね。本当
に守っているのは守護霊守護神さんだけで、神社の神様ではないとい
うことです。いくら神社の神様でも、守護霊守護神さんを無視しては絶対
に助けにはこないということです。また守護霊守護神さんは、他の神様
に頼らなくてもいいくらいの大きい無限の力を持っているといいます。自
分の程度が高くなったらそれに合わせて、いくらでも大きい力を添えて
やるといいます。そしたら何の為に行くのかなと思ってしまいますね。神
社の神様に助けてもらうためではないです。

Q:ありがとうシールについて教えて下さい。
A:シールの配布は、何億枚を日本中に配っても何億円ですが、爆弾の
方は何兆円です。何分の一のお金で、日本中に何億枚のシールを配っ
たら、日本中が光り輝きます。爆弾も絶対落ちてこないし、不景気も消
えます。細菌テロも問題にならないです。そういう問題が消えてしまいま
す。それを誰かがしないといけないんです。皆で運動としてそれを始め
たら、日本中に何億枚のシールがすぐに配れてしまいます。ここから全
部出すというのは、あまりいいことではないんです。皆がそれぞれに自
由な形でしていくのがいいんです。シールの形も書体も大きさもいろい
ろあった方がいいんです。ただ大量に作った方がコストは安いですか
ら、作るときは皆でお金を出し合って作った方が効果が大きいです。計
画的に有志が集まって、安上がりに作ったほうがいいですが、形はもっ
ともっといろんな案を出し合って、自由に出来た方がいいと思います。
神様のお手伝いという形なら、神様の働きはもっと自由自在ないろんな
姿をとった方がいいんです。神様はこれから皆さんに大きい期待をかけ
て、大きい働きをして欲しいと願っておられるんです。

Q:おじさんもありがとうシールを配ったんですか?
A:私は二十歳くらいからずっと平和運動をしてきて、一人でもかなりシ
ールをばら撒いてきています。これが何万人になったら、世界中にたくさ
んのシールが撒かれて、光の渦巻きが起こるくらいになります。最初は
少しずつでいいんです。神様の為にと、少しずつ捧げる姿をとると、何倍
もお返しが来ます。それでまた少し多く捧げていくと、また大きく入ってき
ます。それがどんどん大きくなるんです。例えば循環するお金の量が増
えてくるんですが、最初の一歩を踏み出さないと神様の助けを大きく受
け入れることが出来ないんです。人の心は普通は与えたら与え返して
欲しいという気持ちがあって、与えてくれなかったら与えたくないという
のがあります。それが残っているので神様の助けを受けるにも、自分が
神様に何か与えないと受けられないと思い込んでしまうんです。だから
ちょっとでも神様に与えた方が受けられるという気持になれます。そうい
う意味で神様の為にお手伝いしたいという気持ちで、与える心を起こし
た方が、神様の助けを大きく受け入れることが出来るんです。

Q:ありがとうシールは無償がいいんですか?
A:神様の立場からすれば無償で無限に与えたいんです。ただ受けてく
れたらいいとそれだけなんですが、人の側が受けないです。拒絶してし
まうんです。その拒絶する心を自分で修正しないといけないんで、その
修正の方法が神様のお役に立つということです。少しでも自分が神様
の役に立っているという気持ちになると、自分が納得するんです。これ
なら神様の助けを大きく受けても大丈夫と思えるんです。そういう気持ち
を起こす必要はあると思うんです。全てを神様のお役に立つためにとい
うふうに持っていけば、これはシールのことだけでなく、他のことも全部
神様のお手伝いをするんだと。例えば講演のテープなども、少しでも光
を振りまくお手伝いを、という形でいろんな人が皆に広めてくれていま
す。神様は皆に無償で与えたいんです。本当は何から何まで無償で与
えて、皆を幸せにしたいという願いを持っているので、人の側はそのお
手伝いをさせてもらうことですから、本当は売ったらダメなんです。売る
んじゃなしに協力してもらえばいいんです。神様のお手伝いの協力で
す。あくまでも無償が、無償で与え尽くすのがいいんです。


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