<その2 幼少時代>


Q:三歳の頃から、お父さんを批判的に見ていたんですか?
A:いや、別に批判するも何もないんですけどね、客観的にですね。す
べてを客観的に見せてもらっている。出来事を淡々と見せてもらってい
る。だから、わたしは親には素直なんですよ。ぜんぜん逆らってないで
すね。ところが親のほうも神様から止められてるんですね。「この子には
一切何も言うな」とね。だから叱られたことがないんですね。誉められた
ことはありますよ。親のために親孝行してますよね。親としたらかわいい
子供だったと思いますよ。なんでもハイハイって聞くでしょ。一生懸命お
手伝いするでしょ。私はそれだけじゃなしに、3歳ぐらいから、毎日「あり
がとうございます」と神棚の前で一人で座禅を組んで、朝晩1時間お祈
りしてました。親に言われてではなしに、自らですね。普通正座して何時
間も座る小さい子はいないですよね。ところが、それが自然にできて喜
んでるのね。だから私は小さいときから、子供らしさがないとずっと言わ
れてたのね。行儀はいいんですけど。私は小さいときに良く護摩を焚い
ていたようなんです。父がいろんな人を助ける意味で家で護摩をしょっ
ちゅう焚いていたんですね。部屋の中で焚くんですけどね。天井があま
り高くないんですね。それで上から紙垂がたらしてあるんです。その下
で焚くんですよ。かなり火が天井まで燃え上がるんですけど、紙が火で
燃え移らないんです。不思議にね。あれだけ燃えているのに、紙の所ま
で火がいっているのに全然燃えないんです。焦げもしないんです。不思
議でたまらなかったですね。

Q:神様からの指導は、どんなことがあったんですか?
A:父が時計屋をしていてお金があるときに、戦後のすぐの時代です
が、土地がただみたいに安かったんです。空襲で爆弾が落ちて焼け野
原になるでしょう。そういう跡地はただみたいなものです。そのときに「買
って欲しい」と頼まれます。それを買っておけば今だったらすごい金額で
す。お金もあるのに神様が買うのを止めるんです。「絶対買うな」と厳し
いです。なぜかはその時は解りませんでしたが、後でよく解りました。周
りのいろんな財産家の人の生き様を見せてもらうんです。土地を持っ
て、それをお金に換えてどれだけ幸せになっていくか? 幸せにならな
いんです。逆になって、いろんな問題を抱えてしまいます。神様の方が
先を見通しています。土地は値上がりすると解っているんです。それを
売って不労所得のお金を得ても、幸せになれないと解っているんです。
守護神さん守護霊さんの大きい働きは行き届いています。不労所得の
業の思いをかぶらないように、あの手この手の行き届いた手を使っては
守り抜いてくれたんです。思いの怖さというのは、守護霊さんの方がよく
知っています。思いをかぶらないように、「人のお世話になるだけでもだ
めだ」「自らの力で立て」といつも言われていました。「借金もするな、し
たら人の思いをかぶる」と言われました。その時は楽なように思います。
でもそうじゃありません。いろんなマイナスや思いをかぶってしまいま
す。それに、「人に頼るな、神様の力に頼れ」と言うんですが、それも棚
からぼた餅式に神様の助けがくるのではありません。「自分の中の力を
発揮せよ」「人のいやがること、きついことを喜んでせよ」と言うんです。
そして「何でもしなさい」「その時に神様が力を添えて助けるから」と言い
ます。

Q:どんなお手伝いをしたんですか?
A:私も小学生でひ弱な体で重たい物をたくさん持たされました。肥をく
む樽を天秤で担いで、そういうのをさせられました。昔のお百姓さんは
みんなそうして集めては畑や田圃に入れていました。「そこへ手伝いに
いけ」「つらいこと、汚いことを常に喜んでできるようにならないといけな
い」と言われました。いろんなことを神様は強制的にさせてきます。それ
は思いを消すために必要だったんです。そうすると感謝が自然に湧いて
くるように変えてもらえます。感謝に生きられるようになるまでには、自
分の力や努力ではないんです。神様の至れり尽くせりの守りがあって、
初めて感謝に生きるようにしてもらったように思います。やはり神様の
お陰だなと、ますます「ありがとうございます」を唱えなければいけなくな
りました。人の立場から見たらあまり差はないと思います。ただ神様の
方から見たら「この人にどういう体験を積ませて、みんなの参考になる
ように、そこに体験を生み出してあげようか」という感じです。

Q:「この子に関しては何も言うな」という神様からの指令みたいなもの
は、お母さんにも伝わっていたんですか?
A ええ、もうちゃんとね。だから母も何も言わないですね。それは本人
を目の前にして言ってくれますからね。一回でないですからね。何回も
言ってくれますから。だから、親にとったら一番かわいい子供だったかも
しれないですね。まあ、男の子だったというのもありますけどね。赤ん坊
の時はあまり寝なかった。夜泣きばっかりして、困らせたんですね。で
も、他の兄弟よりも私が一番素直でしょ。宝物だったんですね。行儀が
よくって、ハイッ、ハイッでしょ。なんでも素直にハイッて言って一生懸命
するでしょ。子供らしさ、遊びがなかったのね。小さいときは大人っぽい
顔だったんです。私が幼稚園に行っているときまでは、家は時計屋で繁
盛してね。いろんな借家を買ったりして、ある程度順調にいってたんで
すね。で、小学校に上がりはじめて、また神様から命令がくるんですね。
「これから本当の修行をさせる」というね。父は滝に打たれたりして、い
ろんな人の相談を受けては行をしてるでしょ。神様は、「そんなものは行
でもなんでもないんだ」と言い切るわけですよ。本当の修行をさせてあ
げると言うんでね。それからなんですよ。耐乏生活が始まるんです。


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