それから私はニコチン依存、タバコについて徹底的に調べた。ネットで調べると、禁煙セラピーという本が元喫煙者にも評判がよかったので、読んでみた。
この本は私が思っていた喫煙と言うイメージを一転させた。タバコをやめることができないのは薬物依存なんだ。そう思ったとき、タバコに対する多くのなぞが解けた。 たとえば、雨の中、ほかに何も買うものがなくてもタバコだけを買いに行くこと。歩きながらタバコを吸うこと。昔から不思議で仕方がなかった。また、せっかくはずんでいる話を突然中断して、定期的に換気扇の前に行って、タバコをすう友人のことも思い出した。 「お酒はやめられるけど、タバコはやめられない!タバコは無意識に手が動いてしまって、吸わないでいるといらいらする。子供を叱るときには冷静になるために、必ず一服するようにしている」という友人。 そうか、薬物依存で、ニコチンを補給してくれと体から叫ばれているのか。なるほど。 長年のなぞがとけた。
新聞にでていたのに、なんと迂闊だったのだろう。ニコチン依存症の意味をよく理解していなかったのだ。ニコチン依存といっても軽く考えていた。でも薬物依存なのだ。
調べれば調べるほど、息子のニコチン依存が中学生としての生活の質を下げていたことを思い知った。息子の生活が荒れだし高校へ行かないと宣言されたころ、息子と話し合った。そのときはまだタバコのことは知らなかった。息子は「学校で何を聞いても集中できない。学校がつまらない。」といった。また夫にアパート出入り禁止を言い渡されても、それだけはやめられない。その理由を「家にいてもつまらない。」といった。A君のアパート以外に気持ちよくタバコをすえるところはなかったのだろう。まさにニコチン依存のニコチン切れの状態ではないか。
息子たちはアパートにいるときは、自由に思い切りタバコを吸っていて、それによって間違った幸福感を覚えてしまったのだろう。家や学校ではタバコを吸うのを我慢しなければならない。つらい世界だ。薬物切れの状態を我慢しなければならないのだから、さぞアパートが天国に思えただろう。
タバコは確実に学生の生活の質を落とす。荒れる学校、学校崩壊、高校中退者の激増、これらの原因の一環には、子供たちのニコチン依存がからんでいるのではないか。荒れる学校が問題になりだしたころは、ちょうど自動販売機が急激に普及し始めたころではないのか。
息子もタバコは自動販売機で買っていたらしい。昔は対面でないとタバコを買うことはできなかった。タバコ屋のおばちゃんは売る相手が未成年かそうでないか、わかっていたはずだ。でも自動販売機では誰でも自由にタバコを入手できてしまう。昔なら、法律違反をしているわけだから、ここまで自由にタバコを入手することはできなかったはずだ。
これは非喫煙者の私にとってずっと不思議だったことだ。子供に吸わせるなと言うのなら、なぜ自動販売機を禁止にしないのか、禁止までいかなくてもなぜ減らさないのか。自分で自動販売機で簡単に入手できてしまう時代になっていることを、私たちはもっと警戒しなくてはならない。
「禁煙するため、病院に行きたい」という息子のため、禁煙外来を調べたが、まだそれほど普及していなくて、予約が必要なところが多かった。
息子に状況を話すと、春休みまで自分でがんばって禁煙するから、それでだめだったら病院に行くという。
私もまだニコチン依存の恐ろしさがよくわかっていなくて、そのときは、それで納得した。