私がまだ息子の喫煙に気がつく前に、学校の担任の先生も息子に変化に気がつき、面談をしたことがあった。そのときは、私も先生もまったくタバコのことは気がついていなかった。特に大きな問題があったわけではないが、息子の態度が以前と比べて、どうもおかしい、以前よりA君たちとの結びつきが強くなって、他の仲間と疎遠になっている。あんなにがんばっていた部活をやめると言い出したけど、コーチが説得して下さり、部活は続けることにはなったと学校での現状を教えてくださった。
この少し前に息子が私に打ち明けたのは
「部活をやめたい。部活の友達とうまくいかない。誰も俺の言うことを聞いてくれない。前は仲良かったやつも俺の言うことを聞かないで、かたまってこそこそ悪口を言っている。」
これには驚いた。リーダーシップを発揮できるタイプではなかったが、サッカーだけは大好きで、部長もしていた。誰ともうまくやっていけることが息子の長所だと思っていたのだ。それがなぜ急に?友達が変わってしまったのか?いや、贔屓目に見たって、最近の息子のほうが明らかに変わったのだ。私は心配で、ネットで思春期の精神障害まで調べずにはいられなかった。
あとから考えれば、これだけ症状があったのに、それでもタバコのせいだとは気がつかなかった。タバコのことが判明してみれば、まさにニコチンの精神的な弊害ではないか。タバコを吸う人は、ひがみっぽくなる。特に隠れて吸っている人は、周りの人間関係も壊すと禁煙セラピーにもあったが、まったくそのとおりで、息子の喫煙仲間には部活の友達はいなかった。息子にはこのとき、A君の仲間以外には信じられる仲間がいなくなってしまっていたのだ。(先生やそのほかの噂話からも、息子の話とは違って、部活の友達は、もちろん悪口など言っていなかった。)
息子の喫煙が発覚してから、しばらくして、学校からまた連絡があった。「がんばる」と約束した部活をさぼったとのことで、心配したコーチが連絡をくれたのだ。このとき、私は、先生とコーチにタバコのことを思い切って話しておいた。仲間も含めて、ニコチン依存に陥っているのではないか、そのせいで、疎外感を感じたり、きれやすくなっているのではないかという話をした。先生はとても驚いた様子だったが、「それでああいう行動になるんだな。」と納得もしてくれた。
このときのトラブルは、何かで、サッカー部の仲間と言い争いになり、自分は悪くないのに誰も自分の味方になってくれなかったから、部活をさぼってA君たちと遊んでいたというものだった。この件に関しては、コーチがうまく取り計らってくださったが、ここでも私はニコチンの精神的な害を思い知らされた。以前はこんなに弱くなかった。タバコはタバコなしの自分は不完全だと思わせるらしい。学校でタバコなしでいる自分はどうにも不完全で、不安定な状態が続いているのだろう。
ニコチン依存のひどさを感じさせられたのは、3学期になってから、自宅からは学校よりも遠いA君の家にわざわざ寄ってから、学校に行っていたことがわかったときだった。これはタバコが判明してみれば、肉体的なニコチン依存がひどくなり、朝のタバコが必要になったのだとよくわかる。
それだけ肉体的な依存も激しくなってしまったので、友人関係のことだけではなく、部活をするのに、体がきつくなったらしい。それで部活も続けられないと思ったのではないかと思う。このころはそれでも部活のため、何回か止めようと努力して、それでもやめられなく、あきらめて、まさかタバコが原因とは言い出せずに、自分でもそれを認めたくなかったに違いない。友人関係のことなどいろいろな理由をみつけ、部活をやめると言い出したのではないか。まさに恐ろしきはタバコである。
タバコが私にばれてから、私にタバコをやめると宣言し、本人なりに止めようとは努力してきたようだ。でもそれでもうまくいかないことがニコチン依存の恐ろしさだといやというほど思い知った。
3学期もそろそろ終わろうとしていた。タバコが発覚してからは毎日のように「タバコ吸っていない?」と確認してきた。A君のアパートにも寄らないように、念をおしてきた。息子はそのたびに大丈夫だと言い張ってきた。でも早く家を出て独立したい、高校進学はしないということは変わらなかった。タバコを止めているといっても、肉体的な依存は弱くなっていても 精神的な依存はまったく変わっていない、それは痛いほど感じた。ただ部活はまた以前のように熱心にやるようにはなっていたので、それだけでも、救いだった。タバコをやめているというものをわざわざ春休みに禁煙外来にいかせるほどの必要性は私には感じられなかった。でもこのままよい方向に行くと言うこともないだろうと、どうしても悲観的になってしまっていた。