師 走 の 道 士




「ほ〜、コレが丼村屋の中華まん……肉まんはマズかろうから」
「ナニ言ってんだいボウズ! うちのまんじゅうはどれも旨いよ!!」
「むぅ? ああ、いやすまんそういう意味ではない。ナマグサは禁じられとるのだよ。……ではこの胡麻あんを」
「あいよ! …ウチのお勧めはピザまんなんだけどねぇ、なんなら肉抜き作ってやるけどどうだい?」
「おお、それはありがたいのう! ならばソレとチーズまんとそれから」
「僕は粒あんね」
「そう、粒あんを……のわぁっ!? いつから居ったのだっ」
「注文繰り返すよっ。胡麻あん肉抜きピザチーズ粒あん、ボウズはうちの中華まん初めてみたいだし試作品オマケにつけといてやらあっ」
「わぁ、ありがとうございます」
「何故おぬしが礼を言うのだーっ!?」

「まったく……ほれ、粒あんだったな。やるから言うなよ」
「口止め料にしては安いけどねー。一応もらっておこうかな」
「それよりその羽!ちゃんとしまっておかぬか。踏まれるぞ」
「はいはい」
 いつも通りの微笑みで背中の羽(?)を言われたとおりにしまいつつ、しかしこっちを向かずに答える普賢に太公望は無言で袋から取り出した粒あんまんを押しつけた。

 ここは崑崙からさほど離れていない街だ。交易路の途中にあるのでいつでもそこそこ賑わっている。
 もちろん地上であるから、修行途中の道士である太公望が無断でここにいるのはサボり以外の何ものでもない。……が、彼も普賢もこの程度のことは幾度もしている常習犯だったりする。こんな掛け合いもいつものことだ。
 年末の仕度にわきかえる雑踏の中、器用に人の波をかいくぐりながら中華まんを食べつつのんびり店先を冷やかして歩く。二人ともちょくちょく地上に遊びに来ていたとはいえ、こんな街中にはあまり来たことがない。店に並べられた物は崑崙でも見られる物がほとんどだが、その物量と種類の多さ、それに周囲の雑然とした雰囲気が気分を高揚させ、飽きない。
「試作品……うむ、悪くない。普賢、半分やる。おぬし辛いの好きだったろう」
「あ、キムチ入りなんだ。ありがと、望ちゃん」
 やがてカラになった袋をクシャクシャぽいっ、とくずかごに放り込んだ太公望はなにやら気になる店を見つけたらしく、すいっと歩く方向を変えた。彼の視線の先を読み、普賢は軽く首を傾げた。食い意地が張った友人のことだから珍しい食べ物屋かとばかり思ったのに違ったからだ。
 数歩遅れてその店にたどり着くと、太公望はしゃがみ込んで品物選びに余念がなかった。
「これに、これと。それから……のう、主人。この辺はどうも中身がちゃんと詰まってないのが多いようだが」
「おや、言いがかり付ける気ですかい?」
「いやいやいや。ただおぬしの手元に置いてある奴、札からすると中身は同じであろう? それを一袋と、あっちの赤い札が付いてる苗の右端の奴と左から二番目と三番目のを買わせてもらいたいのだが」
「これは……あーもう、わかりましたよ。では包みますから少々お待ちを」
 その店は種苗屋だった。

 店主が種の入った袋と苗を手際よくまとめている横で懐から財布を取り出している太公望に、普賢は自分の疑問をそのまま尋ねてみることにした。
「ねえ、望ちゃんってこういうの興味あったんだ?」
「実がなるからな」
 わかりやすい。
「なるほどね。でも望ちゃん最近畑なんて作ってたんだ。知らなかったな」
「そりゃ知らなかろう。存在せんものを知ることもあるまい」
「……え?」
「こういうのを育てるのが好きな奴に土産としてやる。育った実をわしがいただく。どちらも幸せっちゅーわけだ。うむうむ。おーい主人、これで足りるか?……端数は勉強してくれんかのーぅ?」
 しょせん太公望だった。

 すでに日は大分傾いている。店を出るとそこここで露天の店じまいの準備や灯りの準備をする者がいる。小さな邑であれば今時分は家路につくものなのだろうが、しかしこの街ではまだ人通りが衰えるほどではなかった。
 むしろこれからが稼ぎどきの商売もあるのだろう。例えば先程まで野菜を売っていた場所に新しい顔がいると思ったら、並べて売っている壺にはどうやら酒が入っているらしい。仕事帰りらしい親父達が一人二人、足を止めて選んでいた。
 仙人というものは、何故だか酒好きが多い。太公望はまだ道士だが、やはりかなりの酒好きだ。
 ちらりと横を見ると案の定恨めしそうな顔をしてその露天商を眺めていたが、先程の支払いで財布の中身はほとんどカラ。やがて苦笑すると、普賢に向かって言った。
「さて、わしはそろそろ戻るがおぬしはどうする?」
「望ちゃんが戻るなら僕も戻るよ」
 にっこり笑って答えると、太公望は微笑みを苦いものからイジワルそうなものに切り替えた。
「ほう、それではわしがまだ2、3日かかる用事があるっつーたらおぬしつきあうのか?」
「うん、それぐらいならつきあうけど?」
 先程とみじんも表情を変えずにそう答えると、相手は実にイヤそうな顔をした。イヤガラセで言ったのだからいいのだが、内心少しムッとする。
 太公望は普賢の思いには気づかなかったようで、渋い顔をしたままブツブツ言いだした。
「ああ、クソ! どうせおぬし元々ワシに なんぞ用があって来たのだろうが。……おぬしとて忙しかろうにジジイの使いか、ご苦労様なことだ。心配せんでもわしの用事は終わっとる。白鶴との約束の時間はまだ先だが、おぬしの黄巾で戻ればあやつの手を煩わすこともない。とっとと戻るぞ」
「うん、わかった。あ、そっちじゃないよ望ちゃん。黄巾は東の林の方に停めたから」
 通りの北の方にずかずか一人で歩き出したのでそう声をかけてやると、彼は振り向きもせずに直角に右へ曲がって細い路地へと入っていった。なにやらへそを曲げてしまったらしい。
 いつまで経っても子供っぽい友人にクスリと笑うと、普賢はその後に続いた。

 大通りから遠ざかるとさすがに人通りも少なく、日が欠けてゆくのが早くなったようにすら感じる。おまけに太公望が入り込んだ道は逆方向から来る人間とすれ違うのに軽く身体を捻らなければならない程度の細さで、薄暗い。そんな中を、いまだに「だいたい原始天尊さまは…」と足元のゴミをけっ飛ばしながらグチグチつぶやいている太公望の後ろについて歩くこと数分。その愚痴が荷物を抱え直すためにようやくとぎれたのを見計らって、普賢は前を歩く友人に声をかけた。
「ねえ、望ちゃん」
「なんじゃい」
 まだ少し機嫌が悪い……というか、この調子だと拗ねているのだろうか。多分怒っているわけではないだろうと見当を付け、言葉をつなぐ。
「キミさ、前に『占いなんて信じてない』って言ったことあったよね」
「んー、そんなこともあったかのう?」
「でも今日のお昼過ぎくらいまで道ばたで怪しい占いやってたよね。なんで?」
「……いつからおったのだ」
 たぶん、割と最初から。

× × ×

「ええ、おっしゃるとおりそれは望ちゃんが悪いです。でも原始天尊さま、修行の成果は個人のやる気如何ですし。それに同期とは言っても僕はもう自分の弟子を持ってますから、やはりここは師匠である原始天尊さまが……」
 それは玉虚宮に用事で出向いたところにわざわざ会いに来た自分の師匠に向けて言った普賢の言葉だ。
 そもそも原始天尊が何を言ったかといえばお察しの通り太公望のサボり癖についてで、同期なんだし先に仙人資格を取った者としてちょっとは諫めろ云々カンヌン。と、まあ要は愚痴のようなものだった。
 しかし愚痴と言えば長くなるのが常だが、その会話はごく短く終了した。最終発言者は普賢。
「はっきり言って、僕には関係ない話です(ニッコリ)」

 白鶴洞への帰り道、普賢は一見そうとはわからないが実に不機嫌だった。
 確かに太公望は普賢の洞府にちょくちょく遊びに来るが普賢はそれを勧めているわけではないし、原始天尊に聞いた限りではその来訪はサボりのごくごく一部でしかないらしい。太公望に聞いたって、普賢に責任があるとは言わないだろう(冗談で『出されるメシが旨いから』ぐらいは言うかもしれないが)。彼は『自分がサボりたいから』サボっているのだ。
 普賢は関係ない。彼自身が言ったとおり。
 それが苛立ちの原因だった。
 分かり切った答えを心の中で転がしながら、落ち着くために ことさらゆっくり飛ばしていた黄巾力士の遙か前方。羽ばたく紅白の鳥らしきものがなにやらぶら下げて降りてゆくのを発見したのはいまだ早めの午前中。
 その時点で普賢はその日の用事を全てキャンセルすることを即座に決めたのだった。

× × ×

「別にね、サボるななんて僕は言わないけど。原始天尊さまにそんなこと言われたりしたらちょっと気になるし。今日はヒマだったしね」
「ぬぬぬ、全然気づかなかったとは………不覚っ」
 日程キャンセルのためのヒマだったが一応嘘ではない。そんなことを頭の片隅で考えながら、ほとんど一日中尾行されていたことにサボり魔のプライド(?)を傷付けられたのかショックを受けている様子の友人に重ねて尋ねる。
「それにしても望ちゃん、なんか慣れた様子だったけどあのインチキ占いよくやってるの?」
「そんなにはやっとらんわ。……あと、経過はどうあれ割と高確率で当たっとるのだからインチキとか言うでない」
 その日太公望がした占いはちょっとした人生相談やら失せ物探しといったものだったのだが。
「だってあれ、カウンセラーとか安楽椅子探偵とかな感じじゃない。占いとしてはやっぱりイン」
「料金分に見合った結果を提供しておるのだから問題なかろーが」
「知能犯だね」
「頭脳労働者と言え」
「それって詐欺師の別名?」
「普賢よ……おぬしとて一応頭脳派で通っておるのではなかったか」
「でも僕、キミよりは体力あるよ」
「ぐっぬぬぬ……」
 そんな掛け合いを続けるうちに乱暴だった足取りは次第にゆっくりになり、狭い路地を抜ける頃には散策をしているような落ち着いた物になっていた。そして自然に肩を並べる。
 苗の入った包みをまた抱え直す太公望を今度はすぐ横に感じながら、普賢は半ば以上は予想の付いていた最初の質問の答えを口にした。
「体力仕事より頭脳労働、か。望ちゃんじゃお小遣いもらえないもんね」
「はっはっは、小遣いって歳でもないがな」
 なぜ占いをしていたか。つまりは金稼ぎなのだった。
 仙人界では貨幣は使われていない。基本的に自給自足、そうでなければ配給制だからだ。スカウトその他で地上に下りる際に必要になる場合は金銀、宝玉などが用意されるが、それらは普通 道士の手に入るものではない。不要な物を売り払おうにも、仙人界の物をむやみに地上に持ち込むのは禁じられている。
「サボりの上に私用ではな、さすがにかっぱらってくるのは気が引けるしのう」
「えらいねえ、望ちゃん」
「イヤミかっ!」
 9割方イヤミだが、残りは本心だ。
 太公望はいま手に持っている物を買った時、『どちらも幸せ』と言った。自分のためだけじゃない物を買うのに、相手がいやがるだろう手段を使わずに金子を手に入れたのは、多分彼の気遣いだろうから。
 普段が普段だから、という部分がイヤミになるわけだが。
 しかし、それだけでもなかった。
「公主、そういうのイヤだろうからね」
「なんだ、知っておったのか。うむ、ここのところあやつには世話になっておってのう。たまには手みやげでもと思ってな」
 知っていたわけじゃない。……太公望は食べ物に弱い。竜吉公主は料理の達人だ。そして割と規模の大きな菜園や果樹園を持っている。ついでに言えば他の友人連中(主に12仙)相手なら太公望が気遣いなどするわけがない。
「言ってくれれば僕だって色々育ててるし、分けてあげたのに」
「いや、おぬしンとこの畑の植物で公主のとこにない奴はないし」
 ……それもまた悔しい。

 結局のところ焼き餅なのだ。
 普賢は自分が太公望の一番の親友だと思っている。太公望は誰とでも友達になる質だが、これには自信がある。誰もが彼の中の炎を知っているわけではないだろうから。
 それでもこうして苛ついてしまうのはごく単純な理由で、普賢が仙人となり太公望の隣に常にいられなくなったからだ。そしてそれを決めたのはもちろん普賢自身。
 まったくもって苛立たしい。
 けれどそれを太公望に気づかれたり、ましてや八つ当たりなどするわけにはいかない。絶対いかない。意地でもしない。
 彼の力にはなりたいと思っている。だけど、重荷にはなりたくない。どんな意味でも。

 普賢の黄巾力士はそろそろ黒っぽく霞みだした林の陰にしゃがんでいた。
 ひざを抱えようにも抱えられないまん丸さが妙に哀愁を漂わせている。
「のう、普賢よ。この停め方、妙に寂しくなるからやめぬか……」
「え、そう? かわいくない?」
「…………人の趣味だし とやかく言わぬが
 ボソボソ言う太公望は両手がふさがっているので、まずは普賢が黄巾によじ登る。すぐに起動して、下で足踏みしながら待つ彼を黄巾の手で掬い上げると、その手を寄せきる前に相手は操縦席にボスッと飛び込んできた。
「うわっ」
「うお寒っ! おお、毛布あるな、よしよし。ちーと借りるぞっ」
 言うが早いか、太公望は普賢ごと毛布にくるまった。
「……操縦しにくいんだけど」
「我慢せい。ワシは我慢できぬ。寒い」
「もともとは白鶴に連れ帰ってもらうハズだったんでしょ? もっと寒かったと思うよ」
「それはそれ、身近に熱源があるというのに有効利用せんでなんとする! ……は〜、普賢はいつも体温高いの〜」
「望ちゃんが低いんだよ…」
 夕日を背景にすっかりシルエットになった街を後にする。盛大に吐いた白い息は背後へと一瞬で飛び去った。


 次第に深みを増す空の中、崑崙山脈は黒い塊のように見える。近づくにつれそれは崑崙本山と細かな(と言っても数十〜数百メートルはある)岩山の集合体であると知れる。二人にとっては見慣れた風景だ。
 そこからこちらへ小さな白いものが近づいてくるのに普賢が気づいたのと、太公望が「さて」と言って毛布から抜けだしたのは同時だった。
「あーっ、普賢さま!? なんだってこんな所にいるんですかあっ」
「おう白鶴よ、ご苦労。なに、出先でばったり会ってな。ここまで連れてきてもらったのだが、せっかく来てもらったことだし、乗り換えさせてくれ」
「ぇえ〜? どうせならそのまま送ってもらえば良いじゃないですかー(師叔最近重いしー)」
「まあまあまあまあ(誰が重いだ!?)」
 ばっさばっさと羽毛を飛び散らせながらいやがる白鶴童子。しかしその耳元(?)で太公望が「…雷が二倍に…例のモノは…」とゴニョゴニョ言うと、彼はやがてため息をついた。
「わかりましたよ。じゃあ早いとこ行きましょう」
 普賢の急な休日も、どうやらここまでのようだった。
「ご苦労様、白鶴。……じゃあ またね、望ちゃん」
「おう、またな」
「それでは失礼します〜」
 軽い挨拶を交わして、太公望のさがったロープが黄巾から離れる。その時、
「おっと、忘れるところであった。普賢よ、それっ」
「わわっ、と。あれ、これは」
 太公望が放ったものを慌てて受け止めてみると、それは先刻買った苗の一本だった。
「歳暮だ、受け取っとけ。上手いこと育てろよー」
「あ………。ありがとう!」
「おー…」
 普賢は遠ざかってゆく二人の背中をしばらくその場で見送ると、自分の洞府へ向けて黄巾を勢いよく発進させた。帰ったら今日ほったらかしにしてきたものを片っ端から片付けないとならない。でも今それらは割とどうでも良かった。
 自分でも現金だと思う。
「あ、師匠。お帰りっす! 予定より遅かったけど、忙しかったんすねえ」
 木タクに労られて、だけど全然後ろめたくないくらいに。仕事はほとんどしなかったけど、確かに今日は忙しかった。
 だから普賢は最高の笑顔で答える。
「うん。なにしろ師走だからね!」


●駄文な気分●
 長くなった……。ショートショートと言うにはちょっと。ま、いいけど。
年の瀬なのです。寒いです。パソの前で吐く息がめっちゃ白い上に手がかじかむのです。そんなお話。ってどんなだ。
 うちの普賢さんはこんな人です。基本的にいい人だけど、ちょっと黒くてちょっとウジウジしています。
 そして太公望はニブいです。はい。

 さて太公望修業時代で書いてきたこの月刊SSも10本目。来年も続けるつもりですが、修業時代以外とか、太公望が出てこない話とかも書いてみたいと思ってます。気が向いたら見てやって下さいませ。

03/12/11


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