羊と怠け者




 働かなければ食べられない。…それは大昔から現在(西暦200×年)に至るまで変わらない真理の1つであるし、物々交換で成り立っている完全自給自足の小さなコミュニティであればなおさらだ。
 その上に盗み食いで即『死刑』ともなれば、さすがの太公望もバイトせねばと思ったわけだが。

 桃源郷で暮らし初めて数日。文化系仙道の彼は、体力がなかった。

「だ〜〜〜、疲れたぁぁあっ」
 叫びと同時に電気バリカンが空に舞う。地面に落ちるドサリという音は、それを放り投げた人物が地面に身を投げ出す音でもあった。
 こうしてサボっている所を見られたら雇い主である所の加減を知らない小娘に何をされるか分からないが、今日は彼女が居ないことは確認済み。こうるさい四不象も先程持っていった羊毛を糸にするという慣れない作業にかかりきりだ。しばらくは大丈夫。
「大体こやつら いくら毛を刈っても3日でまた生えそろうっつーのはどういうことだ。遺伝改良されたドリーだとか言うのではなかろうな……」
 ぶつぶつ言いながら目を閉じる。今日の毛刈りはとにかく終わり。また明日。
 邑姜が帰ってくるまでに羊を集めて柵に入れる。それまでちょっと一眠り………。


 その日 裁判長の仕事のために出かけていた邑姜は、予定より早く家路についていた。
 呼ばれて行ったはいいものの、着いた頃には示談がほとんどまとまっていたのだ。彼女がしたのは簡単な書類の作成と事後処理のみで、おみやげ片手に円満解散した次第だったりする。
「今日はこれからどうしましょうか。夕御飯の仕度をするにも早すぎますし……」
 太公望と四不象がやってきたことは彼女にとって面倒事ではあったが、羊の世話をする必要がなくなったぶん、自由な時間が多少増えた。新入りが来たことでほんの少し浮き足立っていたこの地も落ち着きつつあ るから、裁判長としては当分ヒマになるだろう。目的のためには好都合だ。
 自分は太公望を観察しなければならない。
 これまでのところ太公望は不真面目・不誠実・怠け者で口が悪く、礼儀もあまりなっていない。……ろくでもない。あれでそれなりの地位の道士だというのだから、仙人界というところもどうかしている。
 どうかしているのではないとすれば、彼には今見せている以外の面もあるのだろう。
「もう少し顔を合わせる機会を増やすべきですね。……気は進みませんが」
 そう呟きながら自宅に一番近い丘の頂上にさしかかると、視界の端に羊たちがこんもりと集まっているのが見えた。柵に入れるには早い時間だし、そもそもその場所は柵からはなれている。太公望はなにをやっているのか。

 寝ていた。
 ぐっすりと。
 羊の群の真ん中で。

 彼女は反射的にこの数日持ち歩いているエモノを手に取ると、
「…………どこかの誰かと同じことをしているんじゃありません!!」
 それを思いっきり、振り抜いた。
 吹っ飛ばされた誰かさんの悲鳴は、桃源郷の隅々まで届いたということである。


『○月×日、晴れ。
 太公望さん評価:怠け者! …ただし老子との類似点、羊に好かれる要素有り。
 携帯武器の調整:バットを使用。もう少し攻撃力を上げても?』

 この観察日誌が好意的な文章で埋められるには未だ時が必要なようだった。


◆久しぶりに修業時代・季節ネタ以外ですね。前から書きたかった桃源郷エピソード。修業時代のホワイトデー ネタも考えてはいたんですが……それは気が向いたら、また。
 最近めっきり邑姜が大好きでたまりません。本誌初見時は太公望をひどい扱いするので好きになれない子だったりしましたが。その後登場するたびにジワジワと好きに。
 でも衣装の好みは後期のロングより初期のミニ推奨。

04/03/18


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