おつかいの帰り道




 薄曇りの空の下、ぽっこぽっこ というどこか間の抜けた馬の足音を聞きながら、ゆったりと流れる風景を眺める。
 芽吹きを終え緑の濃くなる季節だが、林を抜けてゆくこの道は充分な幅があるため、光の弱い今日のような日でも影になる場所はない。林を形作る木々がまだ若いものが多いからでもあるだろう。木々が育ち、この一帯が森になる頃にはこの妙にひらけた道も多少は狭くなるだろうか。……別に、道が広いことは悪いことではないのだが。
 向かいから来た荷馬車と軽く挨拶をしてすれ違いながら、馬の腹を軽く蹴り少し足を速めさせた。風に混じる水の気配が濃い。きっともうすぐ雨が降る。
 村に着いたのは空が薄い灰色の雲にすっかり覆われた頃。少し離れた山間ではもう降っているだろうか。馬の持ち主の家では奥方である少々ふくよかな女性があわてて洗濯物を取り入れていた。一応 声を掛け、それまで乗っていた馬を馬小屋に連れて行く。荷物と馬具を外し、軽くブラシを当ててやると嬉しそうに鼻を鳴らした。
 飼い葉と水を新しくしてやり、荷物を持って母屋に向かう。中を覗くと大量の洗濯物を全て取り入れひと安心した様子の奥方がニカッと笑って手を上げた。

「はいはい、望さんお使いご苦労さまだったね! 荷物はこれかい。中身は、っと大丈夫だね」
「うむ、ならば良かった。……ところで旦那の具合はどうなったかのう」
「あンの宿六はまぁだ うなったままさ。弱いの分かってるクセにあんたさんに付き合ってカパカパ飲むのが悪いんだから気にするこたないよ! あの人の仕事代わって貰えただけで充分さ」
「いや、わしも久しぶりに馬に乗れて楽しかったからのう。まぁ、怒るのは程々にしてやってくれ」
「あっはっは、仕方ないねぇ! …ん? もう帰るのかい、雨が降るってのに。お茶ぐらいいれるから、一休みしてったらどうだい」
「むむぅ〜っ、迷うところだが……。今日は辞させて頂こう。ちょいと悪い卦が出ておったのでな」
「そうかい、望さんの占いはよく当たるもんね。そんじゃぁ、とっととお帰り」
「おう、ではまたな」

 笑って手を振り、扉を閉める。ぽつりぽつりと地面に小さなしみができ始めた中 足早に村の中を突っ切り、人目につかない家と家の影に入る。そして、最小限の力を使って亜空間の中へ。
 着慣れた羌族の服はこの空間にはそぐわない気がするので伏羲の装束に変化させながらソファに腰掛ける。術で小さな窓を開いてみると、先程の村のそばを『神』が数人通っていくのがちょうど見えた。
 今日馬で歩いた道は、女禍との戦いでできた傷跡の一つだ。 大地が裂け、山は崩れ落ち、木々は吹き飛び。世界のいたる所に地盤剥き出しの荒れ果てた場所が彼女によって作られたのはほんの数年前。それまで繰り返されてきた徹底的な破壊を思えばわずかな物だが、それらの回復には軽く百年はかかる規模だった。
 だが今、それらの場所はみな早くも草木が根付き、周囲との違和感は大分小さな物になっている。それが意味するのは新しく作られた『神』のシステムがきちんと働いているということだ。そのことはもちろん知っていたが……人の視点で眺めるとまた違う感慨が湧く。

 このまま行けば、良い。

 ただ言葉通りの意味を思い、目を閉じた。





◆描き上がった絵を見ていたら浮かびました。どうやら数年経っても一人でうろうろしているようです。
 そんなわけで元は日記?のこの絵

06/5/2 (Tue.) 17:53:02


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