流れる刻は空の青 (2/2)
(望ちゃんが木タクと何か話してる…楽しそうだな。僕もあそこに…)
行こうと思ったのに、何かが引っかかって進めない。その何かを振り切ろうとしたら、目の前がぱぁっと明るくなる。見慣れた天井。寝台の脇の窓から射す光は早朝の色。
「あれ? 夢…だったの?」
半身を起こして記憶を探る。確か休みだからと望ちゃんの部屋に行って、課題中の彼の横顔を眺めてた。その後…そのあと? 何してたんだっけ。
「あ、師匠! おはようございます!!」
窓の外から木タクの声。どうやら僕は寝坊しちゃったらしい。そんなに夜更かししたような覚えは…っていうか、僕いつ寝たんだっけ。
…………。
思い出した!
「なんで僕ここにいるの。確か僕、望ちゃんトコで…」
慌てる僕を見ながら木タクは楽しそうにこう言ったんだ。
「はい、よく眠ってらしたんで、太公望師叔といっしょに運ばせていただきやした」
不 覚 。
「師匠ぉ〜、機嫌なおして下せぇよう…」
「え?いやだなぁ、ナニ言ってるのさ木タク。僕は怒ってなんかいないよ?今日の夕御飯だって木タクの好きな麻婆茄子なんだし」
「え、ほんとっすか? って、そうじゃなくって」
「もう、いらない心配なんかしてないで。修行始めるよ」
「(そんな事言ったって、顔はいつも通りですけど、目だけ笑って無いじゃねぇですか…)」
「修行、始める、よ?」
「へ、へいっ!!」
ああもう、そんなに怯えてどうするの。本当に怒ってないってのに。
たださ、それまで単なる“師匠の同期”としか思ってなかったらしい望ちゃんのこと、急に『思ってたよりいい人っすね』とか言い出したのが気になるっていうか、ね。
ただ聞いてみればいいだけのことなんだけど。……ホント、僕が寝てる間に何があったのさ。
× × ×
もちろんそんなの大したことじゃない。だからそんなに気にしてたつもりも無かったんだけど。……ちょっと続きがあったものだから、ずいぶん経った今でも時々思い出す。
それまで望ちゃん、僕が洞府を開いた時に手伝いに来たっきりだったのに、そのことがあってから僕が休みの時にはちょくちょく白鶴洞まで顔出しに来てたのはどうしてかな、とか。ついでに言えばそのたんびに木タク、弱味があるらしくておやつ巻き上げられたりしていたし。
だから、木タクが『そう言や師匠、こんな事があったの覚えてます?』なんて言い出したとき、内心もしかして、って思った。
期待は外れなかったから、僕は十五年ばかり間を開けて、あの時のことを知ることになったんだ。
◇
「なんかすっごい幸せそうっつーか…。起こすのが悪いような気ぃすんですけど」
一応は、と三人分作った夕飯の大半は育ち盛りの新米道士の腹に消えた。そうやって人心地ついた様子の木タクではあったが、その師匠はまだ夢の世界である。
ほにゃぁ、とした笑顔を浮かべた友人の寝顔に(どんな夢見てんだ?)と思いつつ、
「そりゃ別にここに寝かしといても構いはせんが…。わしはこれから追い上げだからのう、夜中に起こすことになるやもしれん」
もはや徹夜も三日目だ。そろそろ自分もどこかキレる頃合いである。そうなったら周囲の事など気にしておれなくなるだろう。普賢は自分でここに来たのだから放っておいても文句を言われる筋合いはないのだが、さすがにこの妙に幸せそうな寝顔を崩すのは忍びない。
「…これだけよく寝とったら起きゃせんわ。木タク、おぬし黄巾力士で来とるのだろう?こいつを乗っけて白鶴洞へ帰ってしまえ」
「ええっ、俺一人じゃ無理っすよ!? ここ来るのだってヤバかったんですぜっ」
黄巾は宝貝だが、動かすのに使うのは崑崙山のエネルギーなので基本的に操縦者の仙気を必要としない。当然力が弱い道士でも操縦できる。だから別に無茶な事を言ったつもりはなかったが、考えてみれば木タクは道士の、しかも一年目だ。操縦自体がまだ仮免許以前の状態。同乗者を落っことすという事故が起きないとは言い切れない。
「〜〜〜、分かった。わしが付いてってやる…」
「重ね重ね、すいやせん……」
そんな訳で帰りの黄巾力士は、当然ながら太公望が操縦した。木タクは普賢を落っことさないように支えている。何しろ太公望、(道士なのに)黄巾の操縦はお手の物とはいえ徹夜続行中な上に時間に追われている最中だ。当然ながら少々、動きが荒い。すこーしばかり引きつった木タク、自分の気を紛らわせるため、先ほどから気になっていた事を太公望に話しかけた。
「太公望師叔…どうして師匠、こんなによく寝てんでしょう」
「はぁ?どういう意味じゃ」
「いや…師匠って、俺が起きるより早起きだし、俺が寝るよりずっと遅くに寝んですよ。…それでも、修行の一環として昼寝する事あるんですけど、そんな時って、近づくだけで目ぇ覚ますんですぜ? なんか、師匠のまともな寝顔見たの初めてじゃねぇかな、俺」
心底不思議そうに言う木タク。一方、太公望にとっては大した不思議ではなかった。なんと言っても今日は普賢にとって『休日』なのである。
「気がゆるんだのだろう、確かに普賢は寝起きの良い奴だが。こやつにとって今日は師匠を休む日だったのだろうから」
「え、それって…」
「ま、普段は多少なりとも気を張ってるっつー事だな」
そう、普賢にとってはその落差はかなりの物のはずなのだ。
「こやつも数年前まで道士だったのだぞ? いくら心得を教わったからとて、すぐさま師匠らしくなれるという物でもあるまい。ああ、そんな顔をするな!わしがイジメてるみたいではないかっ。…どうせスグ慣れるわ。大体、もう知っておろうが、普賢は見た目よりずーっとずーっと、ず〜っと図太い! そのうち、『あのころは良かった』とか思うようになるわい。それまではわしもちょくちょく顔を出してやろう。ふふ、せいぜい美味い菓子でも出してもてなすがよ〜い♪」
◇
「そう言えばあの時、こんな事話してたんっすよね」
神界でのいつものお茶会で。
大抵は新・仙人界での毎日の報告をする木タクが、その日はどうしたのか、昔のことを話し始めた。僕にとっては初耳の、望ちゃんと木タクの仲良くなったきっかけみたいなもの。
「ちょっとくらい、顔出してけばいいのにとか思いやせんか? 師叔ってば薄情っすよね、ったくもう」
そんな事を冗談混じりに言いながら、木タクは蓬莱島へ帰っていった。それを見送りながら、僕は椅子に深く腰掛けなおして空を仰ぐ。
(ああ、本当に君にはかなわない。出会った時から今まで、ずっと)
時々思い出していても、自分からは木タクに尋ねてみようと思わなかった理由。
それはこれ以上望ちゃんのことを思い出したくなかったからだ。
ほっといても僕は望ちゃんのことを考えずにはいられない。でも、あんまり望ちゃんのことを考えすぎると、会いたくてたまらなくなるから。
望ちゃんは、少なくとも今は、それを望んでいないだろうって分かってるのに。
『ちょっとくらい、顔出してけばいいのにとか思いやせんか?』
思うよ。ほんと、ここのところは毎日ね。
目を閉じれば浮かぶのは修業時代の君との毎日。仙界大戦の短い期間と、最後の戦いでのあの絶望。
一度は僕が君に対してやったことだったね。だから、僕も自分の目標―――妖怪と人間の相互理解、を目指して神界で頑張ってみたりしてさ。
正直、キツかったよ。
君が生きていると知ってから、僕は仕事がないときは蓬莱島で空を眺める。仕事の時は、地上の空を。……神界の空はニセモノだから。
蓬莱島の空は地球と同じ。
(こんなに小さい隔離所なのに。)
あの日見た君の瞳と同じ色。
(でもそれは色だけだから。)
思い出だけじゃ足りないよ。
君は未来のためにこの計画を始めたっていうのに。
僕ときたらすべてが終わって思い出すのは昔のことばかり。―――だけど、もしかしたら当然のことなのかもしれないね。
君はいつも未来(まえ)だけを見てた。僕もそうしようと思って、実際そうやってきた。だから、気負い込む必要がなくなった今、反動が来てるんだ。
もしかして君も昔のことを思い出しているんだろうか。
その何万年もの記憶を。
独りで。
……ねえ、どうせなら話してよ。楽しかったことも、辛かったことも。君の過ごした時間のすべて。
秘密は、持っててもいいからさ……。
以前は君と違う世界を生きているようであんまり好きじゃなかった仙人の時間感覚が、この飛ぶように過ぎて行く時間が、今は救いだと思う。僕ら仙道は、ヒトと共に歩いていくのは難しくなっちゃったけれど……君と共には歩いていけるね。住んでる場所は分かれたけれど、思いはきっと同じだから。
君が来るのを待っているのもいい。いつまでも来ないつもりなら、こちらから探しに行こう。永遠の時間は辛い物なのかもしれないけれど…君と共に、そしてみんなと一緒にいられるのなら、きっと悪くないと思えるから。
空を眺めながら、地球で生きる君を想う。
きっとそれは君の当然の権利。
長い休暇。
いつか、また一緒に過ごそうね。
何もなくても、きっと最高。
君がなんて言ったって、それが僕の一番の休日!
2001/9月 初出
●駄文な気分●
一度拍手に載っけた物ですね。私にとっては何故か普賢さん一人称が一番書きやすいという事を知った話です。
象とネズミのくだりはあやふやな記憶で書いているので間違っていたらごめんなさいです。てか、あの話で行くと仙道の拍動数はどうなっているのか。