桃の木。 〜太公望の災難〜 (3/4)
真相はこうだ。
白鶴が届けた包みの中身は雲中子の“面白い桃”―――食べると身体が緑色になり光合成を出来るようになるというシロモノだった。……まぁ、失敗品だった訳だが。
これを周公旦が手近な食料庫にしまい、前回の軍議で皆に出した。そしてそれ以前に冒頭で、よりによってその桃を盗み食いした太公望は更に種まで飲み込んでしまったが為に他の人よりひどい目に遭ってしまったのだった。
もちろん、真相が解明された時点でその桃はただちに始末された。
「それで、すぐに治るんでしょうね?」
「いやー、こんな面白いケースは興味深いしもうちょっとこのまま―――あ、イヤ解毒剤は作るよ?だからそんなに殺気立たなくても…。でも、原因をもう少し調べないとね」
周公旦により既にボコボコにされてなおマイペースな雲中子だったが、キレかかった楊ゼンはやはり怖かった。だって目ぇ光ってるし。
結局五日間の猶予をもらい、太公望の枝を一本持って雲中子は帰っていった。
さて、太公望が桃の木になったと聞いて集まった野次馬達も、まだ出来たばかりの要塞の細々した仕事を片付けるために三々五々に散っていった。下界の事に関わることが基本的に出来ない太乙真人だけがその場に残った。
「それにしてもさあ、桃好きもここに極まれりって感じだよね」
『余計なお世話じゃ』
「他の人は雲中子が用意してた解毒剤ですぐ治ると思うけど、太公望はもー、完全に木になっちゃってるしね〜。ま、しばらくは光合成でもしてのんびりしてなよ」
実際、崑崙に居た頃から考えたらここ数年の太公望は結構苦労していると太乙は思う。もちろん、崑崙でも楽ばかりしていた訳でもないのだし。どちらにせよ、どうせ手も足も出ない(と言うより今は無い)なら、せめて少しは休めばいい。
『そうしたいのはやまやまなのだが……』
「 ? 何か問題でもあるのかい」
「大有りです!」
仙人界でも割と仲の良かった年の差コンビの楽しい(?)会話に突如割り込んだ頭の長いカゲ。それは絶対そうは見えないが、おそらくはまだ二十代(それも…前半!)。フケ顔No.1の周公旦その人だった!!
「それこそ余計なお世話ですっ。―――それはさておき、太公望。今回の事は確かに私にも責任の一端がありますが、盗み食いをした貴方は自業自得。この数日で溜まった仕事、キッチリ片を付けて頂きます!」
『だ〜〜っ!だから先刻から何度も言っておろう、この身体では書簡なんぞ手に取れんし、筆を取ることも出来はせん。ほれ、天才楊ゼンがあっちにおるからあいつにやらせい』
「すでに何割かは頼んであります。ところで太公望、こうして会話しているのですから耳は聞こえておいでですね」
『うむ?―――まあ、な』
「ならば書簡は秘書に読ませますので口頭で指示を下さるようお願いします。手間は掛かりますが私も時々寄らせて頂きますのでくれぐれもサボらないように」
それでは象の世話がありますので―――と去って行く周公旦。さすが、であった。
「やるね、彼―――」
その間の取り方の絶妙さに戦慄を禁じ得ない太乙。あの太公望が一言も返せなかったのだ。
『くあ〜〜〜っ!太乙、こうなったらおぬしも手伝え!』
「えぇっ、ヤだよ。私だって暇じゃないんだよっ。ナタクの修理も途中だし!それに十二仙は直接手を貸しちゃいけない事になってるの知ってるだろう」
『筆記係をやるくらい、手を貸した事になるものか。それにどうせ修理はほとんど終わっておろうが。…おぬしの事だから、今は改造中というところか。一週間もないんじゃ、つべこべ言わんと働かんかい』
「え〜〜っ」
不満たらたらの太乙。そりゃ、骨休み出来たらいいね、とは思ったけど、こんな事になるなんて。ああ、ナタクをもっとかっちょよくしようと思ってたのにぃ〜…。
『まあ、一応理由は他にもあるのだ。別に筆記役など他の者に頼んでもいいのだが、正直、あ奴らに書類仕事はちょっと……な。楊ゼンは他のことやっとるから使えんし。それに旦の言うた秘書とは武吉の事だが、あれの字は、読めん』
「……そんなに下手なの」
『下手ではないのだが……あまりに達筆すぎて何がなんだか。速記なら問題ないのだが、この要塞の文官達の使う物とは系統が違うしのう…。とにかく、おぬしならほれ、字もフツーに上手いし。聞いた話だとラブレターの代筆を頼まれるほどだと言うではないか』
ただし昔の話。……本人に悪気はなくとも、太乙は少々口が軽い。
「うーん、だけど最近はもっぱらキーボードだしぃ…」
この時点で彼の敗北は決まった。太乙、逃げ損ねる。
◆
太公望以外の人々の頭上に生えた枝は雲中子の残していったスプレーを吹きかけるとあっさり枯れた。
さて、その後は何事もなく……と、言いたいところだったのだが。
太公望(桃の木)の周囲は早二日目には人だかりが出来ていた。一応仕事のサポートという名目ではあるが、実際は単なる見物人だ。…季節はずれにも花が咲いているからである。
「ご主人、キレイな花を咲かせたっスね!僕、ご主人が咲かすならもっと変な花だと思ってたっスよ」
「ほんとホント、もっとこー、毒々しい色になるかと思った。意外よね〜、キャハハハハ」
彼らの想像=具体的に言うとラフレシアなどの食虫植物と思われる。
「でもすごいよね!ねぇねぇ太公望、花が咲くってどんな気分?」
『おぬしら―――手伝いに来たのではなかったのか?』
周公旦が目を光らせているので周りで女・子供・どーぶつ(霊獣)にどんなに騒がれても抵抗できない太公望。もっとも現在、甲羅にこもったカメ以下な彼、どうせ抵抗など出来ないのだが……。
「まあまあ、師叔。みんな一応はキレイだって誉めてるんだからいいじゃないですか(笑)」
仕事の合間にわざわざ様子を見に来た天才君はやけにご機嫌で気に障るし。
『くっ、楊ゼン。他人事だと思って……!』
そんな騒ぎの中にひと一人は余裕で入りそうな箱を持って来たのは武吉だった。
「お師匠様、次の仕事持って来ました!えーっと、昨日出した意見書の返事と、郊外の整備について何件か。それから市民の人からの要望と、お城の警備状況についての報告です!」
「ねー、たいこーぼー。私一回帰っていいかい? ちゃんと戻ってくるからさー。ほら、あんまりほっとくとナタクが拗ねちゃうしさー(←いや、怒るの間違いだろう)。それに久しぶりに字ぃ書き過ぎて肩がバリバリ」
「ええっ、太乙真人様帰っちゃうんですか?じゃあ、僕が頑張らないと!今の分だけであと二箱あるし、これからまた来るって言ってましたから」
花がハラハラ散ってゆく。
『うっが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!もう厭じゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』
途端、
“ポンッ”
思わず声をそろえる一同。
「「「「あ、実がなった」」」」
太公望の苦難は続く。その日なった実はサンプルとして太乙が仙人界へ持って帰ったのだが、成分的には“フツーの仙桃”だと言うのである。
「コレって結構いい品種なんだよね。ほら、仙桃って桃だから甘いのが当たり前なんだけど、この品種は甘さは控えめで、代わりにアルコール(正確にはちょっと違うんだけどね!)度数が高めなんだ。味はあっさり飲み口(?)スッキリ、冷やして食べるのがオススメさ。暑い夏の君のお供に!」
『―――太乙。どんなにキメてもカメラは回っておらんぞ……』
あらぬ方向に向けてコマーシャル中だったり。今あるのは録音機器(?)だけなんだ、ごめん、太乙…。
「ま、まあ、そういうことさ。別に皆これを食べても木になったり頭から何か生えたりする事はないよ。フツーの仙桃と違うのは種に発芽性が無いくらいだね」
『まあ、ワシは純粋な植物ではないからのう』
しかし、元が太公望であるという桃を食べたがる人間(含・仙道他)はいるのだろうか?
「これ、オイシイの?ボク食べてみていい?」
いた。
「ああっ、天祥君お腹こわすっスよ!」
「そうだよ、師叔の腹黒さが感染ったりしたらどうするんだい」
懐いている太公望に対し無邪気に問いかける彼に俄然周囲は慌てだすが、それはそれで当の桃の木にしてみれば腹の立つ話だ。
『ぬおぉ、オヌシラなんつー失礼な…わしゃ毒ではないわっ! 気にせんと食うて良いからな天祥』
「ありがとう太公望。いただきまーす」
「ま…待つっス。天祥君が犠牲になるくらいならボクが毒味するっス!」
天祥のもいだ桃を決死の形相でひったくって自分の口に放り込む四不象。ぎうぅと目をつぶって口をモグモグ。そして、固まる。一同緊張の一瞬。
「だ……大丈夫かい四不象……?」
「お……」
「お?」
カッ!!と目をかっぴらき四不象は叫んだ。
「おいしいっス!この味は仙桃“涼風”。この時期には出回っていない筈の物っスよ!」
「へえ、四不象もなかなかの仙桃通だね。まったく持ってその通りだよ」
桃マニア太公望のお供をやっていれば、そりゃあ詳しくもなる。
「ご主人が普段持ち歩いてるのよりワンランク上の仙桃っスよ。……ご主人からこんな桃ができるなんて何かショックっス……」
『そりゃどーゆー意味じゃ。くそ〜、ワシは食えんのに……』
話している間にもぽこぽこと実がなる。一本の木に花と実が両方なっている変な状態だ。
「ねえ、太公望ぉー。もう、もらってもいい?」
『あ〜もぉ食え食え。腐らすのもなんだからのう。武吉も食うか?仙桃は身体にも良いから、母親に持っていってやるのも良い』
「いいんですか?ありがとうございます!」
「あのケチなご主人がよりによって桃を人に振る舞うなんて」
『スープーにはやらん!ついでに楊ゼンにもなっ』
「僕は自分から遠慮させて頂きますっ」
ニコニコ笑ってはいるが本気でイヤそうだ。
「おいしいのになあ。まあ、確かにちょっと気色悪いケド」
『太乙…おぬしはブチブチさっきから…』
一人でムシャムシャ食べていたのだった。