桃の木。 〜太公望の災難〜 (4/4)









 結局その後は通りかかる度に実をもがれる太公望。ちなみにちょっと、痛い。
「あれ?また味が違うっス。これは仙桃の中でもかなりの辛口(?)で知られる“荒波”じゃないっスか」
『それはおぬしがぶっちんぶっちんちぎって痛いからだ〜〜〜っ!!』
 どうも、ある程度は気分によってできる種類が違うらしい。
「あのー、どうでもいいんですけど、やっぱりそれって髪の毛か何かなんですか、師叔……?」
 楊ゼンの疑問はもっともだが、誰も聞いていなかった。
「ご主人はいっつも桃を独り占めしようとするっス。こんな時くらい食べさせてもらったってバチは当たらないっスよ」
「あはははは、そりゃそーだ」
『え〜い、太乙は手を動かせ!雲中子の代わりにコキ使ってやるぅ〜〜〜』
「ヒドイよ太公望。充分手伝ってるじゃないかー」
『充分なら今頃おやつでも食っておるわ』
「今のご主人が何を食べるって言うっスか…」
 そう、仕事はちょっとずつ溜まってきている。太公望は確かにちょくちょくサボって遊びに行ったりはしているが、基本的に朝から晩まで働いている。しかし木になってからは夜になると仕事が出来ない。屋外のため、露が降りて来たり虫がたかったりするのである。おまけに四六時中周囲に人が居るため(特に周公旦)、気の休まる時がない。

 いいかげん、限界だった。

『ああっ、もう……我慢できん……』
 ついにそれはやって来た。
『おぬしら花見はいい加減やめろ!桃をもぐなら一声掛けろ。いきなりだと痛いんだっつーの!何より、少しは一人にさせんかい!もう、もうワシは……』
 その日は実に良い天気の花見日和だったのだが、太公望の生えている中庭にだけ突如緊迫した空気が沸き上がる。いや、空気と言うよりこれは。
「まずい、みんな離れろ!」
『ちっとは休ませんか〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!』

 びゅご――――――――――――――――――――――――っっ

「キャアアアアアアアアアアアッ」
「うわ――――――-っ」
 中庭で宴会状態だった仙道達は竜巻に吹っ飛ばされた。
 難を逃れたのはいち早く察知した楊ゼン他数人。とはいえ、最低限の理性は働かせたのか普通の人間は巻き込まれていない。
「王なのに―――-っ!?」
 ……彼はフツーじゃない。だって、一番騒いでたし。
 そして巻き込まれたのは彼等だけではなかった。
「ああっ、なんて事を!重要書類が―――-!?」
 この悲鳴は当然な事ながら周公旦である。
 結局この日の仕事は休みになった。ただし花見をしていた者達は後片付け担当になり、当の太公望も旦の折檻により枝を数本折られることとなった。そのかわり中庭は宴会禁止となり、ようやくいくらかの静けさが戻ってきた。

「まあ無理も無いけどね。皆楽しそーなのに一人だけ仕事してるのって仲間はずれみたいでイヤだしさ。でも明日は雲中子が来る約束の日だし、念願の人型に戻れるよ」
 その場に一人残された太乙は、みんなのお兄さん的な笑顔を浮かべて太公望に話しかける。
『ひとがた?(そりゃまあ確かに厳密には人間ではないが…)ま、まあな。しっかし、桃の木というのも存外に疲れるものなのだのう。一桃好きとしては、今後大事に接してやらんとな』
 少し離れた所からは書類を捜してワイワイやっている皆の声が聞こえてくる。一番一生懸命捜しているのは武吉と天祥のようで、この二人に関してはさほど恨みがない太公望、少し悪かったかなと思いつつ、
『太乙……ちょっと打神鞭を返してくれんか』
「え-っ?周公旦くんから“くれぐれも返さないように”って止められてるんだケド」
 賢明な処置であるが、太乙に預けたのはちょおっと甘い。
 太公望は苦笑いしつつ、
『もうあんな事はせんよ。それより仕事を少しは減らしておかんと後が大変なんでな』
 丁度今なら人払いも出来ている事だし。
『先刻吹き飛ばした物はおおむね目を通した。同じ要領であと四、五箱は見てしまおう』
 そう、太公望、実は周囲はちゃんと見えている。ただ、視界が上方に偏っているため、書類など今まで人に読んでもらっていたのだが。
「あーっ、何だよ太公望。そんな手があるなら最初っからやってれば良かったのに!」
 延々付き合わされた太乙としては文句の一つも言いたいところだ。もっともよく考えて見ればこの裏技、書類を読む時間が短縮できるというだけの物だから、
『どうせおぬしの負担は変わらん。それに…』
「ソレに何さ〜」
『これはムチャクチャ疲れるのだ!そうそうやっとられっかい!!』
 そんな事を言ってはいるが、要は半端じゃない速読をする事になるので見落としが出ることを避ける為だったのだろう。
 太乙が打神鞭を太公望の枝にくくりつけると、箱の中の書類は先程とはうって変わって静かに空を舞い始めた。
『でもまあ、一度目を通しておけば次に見るとき楽だからのう。単純な認可・否認可の用件の物は今やってしまうとして……何笑っとる、気色悪い』
「太公望ってほ〜んと真面目だよね」
『は。だ〜れがじゃ』
 その時誰かがここを通り掛かったとしたら、ひらひら飛び交う書類に囲まれて楽しそうにぐふふと微笑む黒づくめの人物を見て腰を抜かしたことだろう。まるで魔女のよーだ。

 書類はそれぞれ空中でぶつかることもなく、地上に落ちることもなく、太公望の周囲を回り続ける。
「さすがだね、太公望。すばらしい宝貝操作だよ」
 “宝貝は使いこなさなければ真の威力は発揮できない“と、崑崙随一の宝貝制作者である太乙は思っている。
 例えば彼の愛弟子であるナタクなど現在でも充分強いが、まだまだ強くなる余地があるのはその点についてだ。……ナタクは今のところ持っている宝貝を充分使いこなしているとは到底言えない。出力はともかく、その宝貝の性質を熟知し利点も弱点も把握して初めて、戦いを有利に進める方法を知ることができるのだから。その辺はこれからの課題であり成長が楽しみなところではある。
 一方、太公望は普段から宝貝よりよっぽど扱いの難しい“人”を指揮しているだけの事はあって、十二仙の太乙から見ても実に器用な使い方をする。この後輩がまだ百歳にもなっていない、修行をサボりまくっていた非戦闘系の道士である事を思うと驚くべき腕前と言ってもいいかもしれない。
「確かに持久力には欠けるみたいだけどね。でもコソコソやる事無いんじゃないの?せっかくなんだしさあ」
 もっと力がある事を示せば、そんなに馬鹿にされないのに、という太乙の疑問はもっともだ。しかし、
『わしは別に馬鹿にされとっても構わん。これ以上仕事を増やされて怠けられなくなるのは願い下げだからのう』
 真面目な顔をして―――“植物と会話ができる機械”は太乙の改造により昨日から太公望の映像を投射できるようになっていた―――何を言うのかと思えばそんな事だったりする。
『それに、実際わしは何でもかんでもできる訳ではない。仙道なんぞ、所詮人より器用だったり力が強かったりするだけのものだ。……普通にやれる事を普通でないやり方でする必要など別になかろう』
 話ながらも舞い踊っていた書類は次第にもとの箱の中に落ち着き始めた。耳をすましてみると散らばった書類の回収はあらかた終わったらしい。
「つまり、もともと人間の仕事だからズルはしないし、させないって訳だ」
『能あるタカは爪を隠すのだよ、バーッハッハッハ』
 自分でそれを言っちゃうかって感じだが、これは彼の照れ隠しだろう。
 結局皆が戻ってくる前に丸二日分近くの量の書類に目を通し、単純な内容の物は決済までした太公望だったが、それを内緒にしたのは言うまでも無い事である。


 そして約束の五日目――――――。
 太乙は雲中子を迎えに行ってまだ帰ってこない。
「昼前には戻って来るって言ってましたよね」
『うむ』
 仕事も一段落し、太公望の木陰でぼんやり空を眺める楊ゼン。彼もこの二、三日でかなり疲れている。
「そういえば、今回は結局事故に巻き込まれてた訳ですねー」
『うん?何のことだ』
 映像上の太公望はいつも通りの“のほ〜ん”とした顔で崑崙山のあるだろう方向を眺めている。一応は一大事だった訳なのだが、なんだか真剣に心配していた自分が間抜けに思えて仕方ない。だからついつい、
「…実はまだ解毒剤が出来てなかったりしたらどうします、師叔?」
 なんて事を言ってしまったりしたのだが。
『そうしたら当分仕事はおぬしに任せてわしは寝る』
 のほほ〜ん、としたままロクでもない事を言い返してくるし。
「なっ…今だってかなりやってるじゃないですかっ」
『ふん、“こんな仕事に手間取っているよーじゃ師叔もまだまだですね”とか言っておった事をワシは知っておるのだぞ?いやー、さすが天才サマは違うのー』
「―――!?し、失礼しましたっ。でも、これはやっぱり師叔の仕事ですよ。書類仕事だけならともかく、僕なんかじゃこれ以上の事なんて」
『出来るけど面倒くさいんだろーが。やれやれ、おぬしは他人の面倒を見るのはあまり得手ではないと見える』
「いえ、それは―――」
「ごっめーん、遅くなって!」
 ほのぼの(?)しつつも結構核心な会話を中断させたのは彼等の待ち人の出現だった。
「出がけにナタクがちょっと壊れちゃってさぁ、一応応急修理して来たんで遅れちゃったんだよ〜」
 何度も殺されそうになっているにも関わらず、相変わらす弟子が可愛くて仕方ない太乙であった―――しかし、ナタクを壊したのも多分こいつだが。そして太乙の黄巾力士に乗る“弟子が可愛いことは可愛いが、思いっきり手近な実験対象でもある”もう一人の人物はと言えば。
「やあ、待たせたね太公望。ところで是非とも今回の事について意見を聞かせて欲しいんだが」
 旦にやられた怪我もすっかり治り、ついでに都合の悪い記憶も消去したらしい雲中子の登場だ。
『さ・い・て・い・じゃ〜〜〜!!』
「まあ、そう言わずに。うちの弟子も他の道士達もあんまり実験に協力してくれなくてね…太公望は貴重な被験者なんだよ。元に戻る前に少しばかりデータを取らせてくれないかい」
 やっぱり、懲りてない。
「ちょっと、“元に戻る前に”ってコトは解毒剤は出来たんですね?」
 このままだと災難は自分にも降り掛かってくるので、その辺はっきりさせたい楊ゼン。
「やあ、ひさしぶりだね(?)。キミにも実は協力して欲しい実験があるんだけd」
「解毒剤はできたんですね?」
 相手の考え無しな笑顔に、思わず三尖刀でぐりぐりしちゃったり。
「も、もちろんだよ。ちょっと痛いかな…」
「じゃあ、さっさと元に戻して下さい。―――ウロチョロしない分楽かと思ったら、結構使えないんですよね、この状態じゃ」
『よおぜん…やはりそーゆー事を考えておったのか……』
「そーゆー事を考えて欲しくなかったら、これに懲りてせめて盗み食いはやめるんですね」
『だ〜から、それはワシの趣味だと言っておろうが。ちょこっとくらいよいではないか!』
「何言ってんですか意地汚い。大体周の軍師であり、崑崙の一大プロジェクト・封神計画の実行者でもあるというのに、そんな恥ずかしい趣味持たないで下さいよ」
 それに今回の事で分かったが、全然、“ちょっと”なんかじゃない。
『何を言うか。ワシの趣味などまだ可愛い物よ。崑崙山のトップである元始天尊様なんぞはなあっ!』
「うわー、太公望それはまずいって!!」
 直弟子だけの秘密なんだからっ!と太乙、太公望に繋いであった機器の音声出力のコードを引っこ抜いた。映像上では何やら怒っているのだが聞こえないので気にしない。何もなかったかのよーに、
「さ、雲中子。とっとと解毒っちゃおうか★」
 クルリと振り返ってペコちゃんスマイル。決まりすぎてて不自然なことこの上なし。
「太乙真人様…僕としては元始天尊様の趣味ってゆーのが少し気になるんですけど」
「まーまー細かい事は気にしないでさあLet‘s投薬!(←超棒読み)」
 私もちょっと気になるけど…と言いつつも(気になっているのは実験データに違いない)、ごそごそ何か準備を始める雲中子。今まで何処に持っていたんだか不明なでかいジェラルミンケースをパコッと開ける。

 まず取り出したのは丸いフラスコ。中身は綺麗なピンクの液体。
「コレが解毒剤ですか?」
「いや、まだあるよ」
 そう言いながら次に取り出したのは三角のフラスコ。中身は毒々しい緑色?の液体。そのままの状態でうっすらと蒸気を出している。
「…に、苦そうですね?」
「えっとそれから」
 最後に取り出したのは厳重に梱包された密封容器で、雲中子がキュポッと蓋を開けたとたん、ボコボコ沸騰しながら変な色の煙を吐き出したり。ちなみに不透明なドドメ色。
「…………」
「これで全部♪!」
 雲中子はさらにいくつかの器具をケースから取り出すと、ちょっぴりヤバげな笑顔を満面にたたえながら手順を進める。
「えーっと、これを服用寸前に3:4:1で混合っと…」
 ソレはまず黄土色になって激しく腐ったような臭いを放出。最後の溶剤を混ぜた時点で一瞬ボムッ!と火を噴いた。
「さ、太公望。ぐいっと飲ってみよーか」

 小ぶりのバケツほどもあるビーカーを分厚い手袋をしてささげ持った雲中子。一歩近づくごとにバラバラ葉を落とす太公望。音声はOFFのまま。
 ちなみに太乙と楊ゼンは雲中子が薬品を混ぜ合わせ始めた時点で少し離れた所に避難している。
「経口摂取の方が望ましいんだけど、今キミ口ないしね。じゃあ毛細管現象を利用して吸収してもらうって事で」
 毛細管現象―――この場合、根っこが水を吸うことである。それは半ば自動的に行われる事で、つまり。
 太公望にとって逃げる手段は、ない。
「さあ、いくよ♪」
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!』

 ばしゃあ。


×  ×  ×


「―――へえ、そんな事があったんだ」
「まったくひどい目に遭ったわ」

 封神計画に携わっていた十余年。もしかしたら仙界で修行をしていた数十年にも劣らないくらい、色々な事があった。本当にあり過ぎて……まだ話は尽きない。
 糸を垂らす川面の輝きは金色から朱色に変わり、日が落ちるのと同じスピードで辺りの気温は下がっていく。かすかな肌寒さを感じながら、しかしまだこの場から離れるつもりはない。
 背後からの“音”は続く。

「それで結局元には戻れたんでしょう?」
「でなきゃ今頃、趙公明のお仲間だのう」
 そう、今思い出すだけでも吐き気がするあの薬。まずやたら熱いのに身体中に悪寒が走るわ、自分の主観では足に掛かったにも関わらず(そう、飲んだ訳ではない。ないはずなのに)超強烈に苦いわエグいわ酸っぱいわ。確かに効き目はあった訳だが…気が付いた時には寝台の上で、丸一日気絶していたと聞かされた。勿論、説教も散々聞かされた。
「それは心配だったから、でしょ。解ってるくせに」
「それはまあ、そうなんだろうが…。あやつら、一体わしを何だと思っておるのか―――」
 言いつつもふと遠い目をする太公望=伏義。本当にどう思っているのだろう。あの時と今では存在そのものが違うのだ。

 そんな彼とは対照的に背後から笑い声が漏れる。
「そりゃみんな、いろんな事思ってるよ。怠け者だとか、コソクだとか、桃ドロボーだとか、それから」
 背中合わせに座っているので表情は見えないのだが、この声だといつもの笑顔が三割増くらいは楽しそうなものになっている事は間違いない。
「おい、普賢―――」
「それから自業自得だとか、ほんと、時々抜けてるとか。でもね、望ちゃん」
 背中に軽い重みとあたたかさが伝わる。そう、感じる。
「みんなの中にそれぞれの望ちゃんがいるのは当然の事でしょう?望ちゃんは望ちゃんで自分の思ったとおりの自分でいればいいんだよ」
「……」
「例えば僕の中の望ちゃんはやさしくって、ちょっと寂しがりで、実はすっごく真面目なんだ。真面目すぎて、誰とも会ってくれないくらい」
「……」
「おかげでこんな所でお互い独り言なんて言ってたりする訳だけど。覚えておいてね、僕は今の君も好きだよ。だから―――、会いたくなったらまた来るからね」

 ゆっくり振り返る普賢。そこにはすっかり薄暗くなって色彩の消えた木々と急に大きくなったように思える滝の音だけがあった。それから背中にほんの少しのぬくもり。
 今日は多分、手加減してくれていた。次に彼を見つけるのは本当に大変だろう。例え見つけられても、伏義がその気になれば今や最強の空間使いの彼の事、出会う事は決して出来ないに違いない。

「それでも会いに来るからね。きっと、みんなだって来るよ。君がどう思っていても、望ちゃんは望ちゃんなんだから」


 ―――やがて普賢も立ち去り誰もいなくなったその川辺に数人の仙道達がやって来て周辺を徹底探索。しかし当然ながら何も見付からず、帰って普賢から実に一足違いだったと告げられ地団駄踏んだ教主がいたというのが本当のエピローグなのかも。

2001/10月 初出

 

 

 ●駄文な気分●

 これは封神にハマってから一番最初に考えた話。でも本にしたのは4冊目でしたね。頭と終わりがしんみり調ですが基本的には馬鹿話。笑える話が好きなので、もっとギャグらしいものが書けたらなあ、といつも思います。

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