天 体 観 測




「いい天気だね」
「…そうだな」
「風があるおかげで雲ひとつなくて」
「……そうだな」
「この時期は特に空気が澄んでるし」
「…………そうだな」
「絶好の天体観測日和だよね」
「……………………寒いがな」


 崑崙山脈のてっぺんは標高四千m(推定)。地上と比べると文字通りの雲泥の差で、本ッ当に星がよく見える。
 しかし、ちょっと考えてみて欲しい。
 岩山のてっぺんの吹きっさらしで、季節は冬。そして天体観測=一般的に言って夜だ。そして今は真夜中―――。

 寒い、寒すぎる!!

 大勢いればまだまぎれるのだろうが、現在ここに居るのは崑崙山教主・元始天尊の直弟子である道士・普賢と太公望の二人だけ。今夜はある天体の絶好の観測日だが、興味のある者は自分の洞府で見ているはずだ。わざわざ崑崙山脈の頂上まで登ってくるのはその真下にある玉虚宮で修行している道士くらいというわけで。
 そしてその二人の内、片方は年中薄着でOKな見た目より頑丈な少年で、もう片方は夏でも そうそう半袖にすらならない、コタツをこよなく愛する若ジジイ。
 それはまぁ、ちょっと珍しい物を見てみたいと思ったのは確かなのだ。しかし若ジジイの方はそろそろ限界な予感。

「なぁ、普賢。わしはそろそろ下に戻る頃合いだと思うのだが」
「うーん、あとちょっと待ってくれない? ついでにこの間見つけた小惑星の確認を…」
「小惑星ッつったって要は岩のかたまりではないか。よくまあ飽きんと眺めておられるな」
「それを言ったら今日望ちゃんが見に来たのは氷のかたまりだよ?」
「少なくとも今は尾を引いておる。ぼんやり浮かんどるだけのモンとは違うわい」
「そっか、望ちゃんはまだ彗星を見ていたかったんだ。良かった、望遠鏡もう一つあるんだ。はい、コレどうぞ」
「………」

 相方は穏やかに見えながら、なかなかに高いテンションを保っている。太公望は気づかれないように小さくため息を吐くと、とっとと戻って暖かい寝床にダイブするという夢はあきらめることにした。
 真っ暗な中楽しげに何やらメモを取っている友人を後目に、彼には必要の無かった毛布を自分のほうにたぐり寄せて頭からかぶり、渡された小さな望遠鏡は懐に抱き込んだまま、近日点にある彗星を肉眼で眺める。分かれた尾すら見て取れるほどしっかりとしたほうき星は確かに珍しく美しかったが、それだけのものだった。
 もともと、夜空の星に対する興味はそれほどない。自分の興味は頭上ではなく、足下―――地上と、そこに住む人々に向けられている。ただ、命を九つ持つと言われる猫をも殺す“好奇心”を少々持て余すほどに持っているだけで。
 そしてそんなものを持っているおかげで、あんまり役に立たなそうなことでもついつい首を突っ込んでしまったりする。

「彗星かぁ。不吉の象徴とも言われているけど、綺麗だよね」
「なんだ、小惑星の方はもういいのか」
「望ちゃんこそせっかく望遠鏡出してあげたのに彗星ちゃんと見てないの? 僕の計算が正しければ、次に来るのは百五十年後くらいなんだよ」
「ブツブツゆーなっ。一応見ておるし、とりあえず今話のネタにでもなれば充分なのだ。あとはその百五十年後とやらにわしが生きておって憶えていたらまた見るから良い」
「生きてたらって……百五十年くらい生きてるでしょ。僕たち道士なんだし。そりゃ望ちゃんのことだから忘れてる可能性・大だけど」
「うるさいわい! とにかく、人生何が起きるかわからんっつーことだ!」
「じゃあ、それこそ“星でも読む”?」
「フン、意味のない。星の観測で未来が見通せるなら苦労ないわ。ありゃ毎年ほとんど同じ周期で廻っておるのだぞ? 」
「ふーん、占いは意味がないと思ってるんだー」
「 む 」

 からかいを含んだ視線と口調。そう、太公望は好奇心から一時期占いに凝っていたことがある。 実際のところ、今も昔もその手のことに対して心から信じていたことはない。むしろ否定派だからこそ、ちょっと調べてみたくなっただけなのだが。
 手相・水晶・血液型、タロットカードに四柱推命。ありとあらゆる占いを駆使し、果ては怪しげなオリジナル占いまで創作。先輩後輩捕まえて勝手に占うし、それがまた結構的中率が高いし。端からは十二分にのめり込んでいたようにしか見えなかったわけで。
 でも、普賢はそんな事情は知った上で聞いている。それも多分、“好奇心”なんだろう。

「占いの意味、か。ま、そりゃ占いをする奴次第であろう。当たり外れについてなら、あれは所詮統計学だ。……とはいえ、道士になって、世界にはそれまで知っていたよりたくさんの法則があるのだと知った。宝貝なんぞは明らかに一般の物理法則とは違うエネルギーを使っておるし…。多分世の中にゃまだまだ知られておらん事柄がいっぱいある。人生が生まれたときからある程度決まっているというなら、その法則を何らかの手段を持って読み解くことは不可能ではないやも知れぬがのう」
「だけど望ちゃん、それが可能だとしてもそーゆーのに頼る気無いんだよね」
「参考にする程度ならともかく頼ってどーする!」
「それはそうだね」

 占いを信じている者を否定するわけではない。占い自体、“当たるかも知れない、当たらないかも知れない物”であるとしか、思っていない。
 だけど。
 占いなんて、運命なんて、信じない。
 信じてしまったら、そのぶん未来の可能性が狭まってしまうではないか。

「大体おぬしだってそんなモン興味ないくせに」
「そんなこと無いよ。未知の法則の解明なんて面白そうじゃない」
「…そうだな。しかし、もうやっとる奴が居るのではないか? そうだそうだ、お星サマを眺めて人生の法則を導き出すなんちゅーのは他の仙道に任せてだな、そろそろ部屋で寝酒をキューッと」
「人生の法則を導き出すのは他の仙道に任せてもいいけど、星を見るのはそういうこと関係無しに好きなんだよね、僕」
「わしはあんまり好かんわい」

 あ、つい本音が。

「ええっ、望ちゃん星見るの好きじゃなかったの!?」
「……好きだとはひとっことも言っておらんぞ」
「じゃあ、なんで誘ったとき断らなかったのさ」
「お〜ぬしがそれを言うか〜っ?」


〜回想〜
バタン(扉を開ける音)! つかつか(足音)。ゆさゆさゆさ(寝ている人を起こす音…)。
『望ちゃん、彗星見に行こう!』
『んが? あぁ、普賢か。…何を見に行くと?』
『彗星だよ、今日がラストチャンスなんだ♪。はい、上着と毛布と望遠鏡に記録用紙。早く早く』
『むー?』
ズルズルズルズル……(半分寝ぼけた人が引きずられて行く音)。
〜回想・終〜

 なかなか強引な連れて行き方だったようだ。


「頭がハッキリしたのは外に出てからだったのでな。まぁ興味がない事もなかったし、ここまで来たら見て行かねば損かと思ってな。それが風邪ひきそーになるくらい長引くことになるとは」
「そう……ゴメンね。羌族の人は星を見るのが好きな人が多いって聞いたから、僕てっきり望ちゃんもそうかと思って」
「 ぬ。……いや、嫌いという訳ではないし、その、なんつーかな。ちょっと苦手なだけだ」
「 ? それ、初耳だよ」

 半ば無理矢理寝床から拉致られた太公望だったが、それが思いこみによる物にしても自分に対する気配りだったとあってはイヤミも言えない。モゴモゴ言い訳してみたら、ツッコミを入れられた。
 あまり言いたくなかったので無視を決め込んでみたのだが。
 そのままじぃーっと見つめられる。
 さらに じじぃーっと見つめられる。
 ひたすら じじじじぃーっと見つめられる。
 ……穴を開けられそうなので観念した。

「んーとだな、大したことではないのだが」
「どんなこと?」
「しかしちょいとばかり子供っぽいと言うかだな」
「だからどんなこと?」
「………星を見ていると、時々背筋が妙に冷える」
「風邪?」
「違うっつーの。なんちゅうか、ゾッとすると言うか」
「ゾッとする? 怖くなるの?」
「うむ…まぁそんなような感じだな」
「……………」

 どうしてなのかなんて本人にも分からない、奇妙な感覚。説明の付かないそれがいかにも子供っぽく感じられて、だから恥ずかしくて言いたくなかったのに。聞かせた相手が押し黙ってしまったらさらに恥ずかしいではないかっ。

「ぬ〜、あきれるでない! だから言ったであろう、子供っぽいと言うか、大した理由ではないと!」
「充分大した理由だと思うよ。それじゃ望ちゃん、ずっと我慢して付き合ってくれてたんだ……」

 恐怖は理由さえわかっていればそれなりに理屈をつけて払ってしまうこともできる。でも、理由がわからなければひたすら押し殺し我慢するしかない。強い物ではなかったとしても、長時間になればずいぶん不快な物のはず…。
 それまで楽しげに星を眺めていた友人の顔に浮かぶ心配そうな表情に、心配された方は少々慌てた。

「本当にゴメンね、すぐそばにいたのに気づけなくて」
「ああこらこら、そうやってまた勝手に思いこみに走るな! そりゃまあエライ寒かったし退屈だったし眠かったしとっとと戻って酒飲みたかったりはしたが大丈夫だ! 星を見るのは本当に嫌いという訳ではないのだ。ゾーッとするというのは一人で見ている時だけなのだ」
「一人で見ているとき?」
「どうしてかは知らんが、“独りである”ということが強烈に迫ってくるのだ。世界中に自分一人しかいないような、誰かに置いて行かれてしまったような、そんな気分にな……言っておくが、ちびっこかった頃からだから、トラウマとかではないぞ」

 多分 恐怖というよりは ひどく強い寂しさとでも言うべきだろうそれは、家族の多かった自分にとっては当然の物なのかも知れなかった。ただ、星空を見上げた時にしか起こらないと言うことに対する心当たりはまるでない。
 そして実は心の裡から湧き出る心当たりのない感情はもう一つある。それは、どこかわからない場所に“帰りたくなる”というもの。羌族の村でさえない、“どこか”。
 ……逃げ出したい訳じゃない。それこそ説明の付かない見ず知らずの場所への郷愁。―――しかし、こちらは言うつもりはない。怖くなるのは相変わらずなのだが、気が付けば不可解な郷愁はずいぶん薄れていたから。

「そうだったの」
「そーだったのだ。つまり今日は一人ではなかったから怖くなかったという訳なんで、そこんトコは気にしなくても良い」

 微妙に釈然としない顔をする友人にニヤリと笑いかける。こんなつまらない話は流すに限るのだ。そしてサムイだネムイだ言っていた部分も誤魔化すことに成功?

「じゃぁ、他の部分を気にすることにしようか。もうすぐ夜が明けるし、そろそろ部屋に戻ろうね。今日は遅いから、明日の夜お酒おごるってことで」
「うむ? いやいやいや、そんなに気ぃ遣うことはないのだぞ?」
「やだなぁ、気なんて遣ってないよ。君と僕の仲じゃない」
「………ははは、そうであろうなぁ。はははは、は」

 誤魔化すことにはどうやら失敗。
 ニコニコ笑顔に他意はないだろうと思うのだが、後ろめたい部分があるのでひたすらコワイ。
 乾いた笑いを漏らしながらそそくさと毛布を畳むと、逃げるように先に立って階段へ向かって歩き出す。後ろからついてきた友人は一呼吸で追いつくと、歩調をゆるめて隣に並んだ。

 ふと、空に視線を投げる。かすかに東が白んできた天球はいまだ満天の星。それによって引き起こされるのは故郷にいた頃でさえ時折襲われた“望郷の念”。それを薄れさせ、我知らず引きずられそうになる魂を留めているのは多分、隣を歩くこの友人の存在なのだろう。
 この崑崙は仮の宿りと思っているけれど、そこで出来た友人達―――とりわけ今共にいる彼―――が、今の自分の拠り所。

 帰ってきたいと願う場所。


「ねえ、望ちゃん。星見るの嫌いじゃないんだったら、あの彗星が次に来たときも一緒に観測しようね」
「まーた寒空の下に引っぱり出す気かい! あぁ いや、冬とは限らんのか。では、その季節に見合った最高の装備を用意しておくなら、スケジュールの都合がつく場合のみ付き合ってやってもよい」
「いいよ、約束する。―――じゃあね、自分の部屋に戻る前にちょっと僕のトコに寄ってって。念書書いてもらうから」
「むうぅ、そう来るか!」
「そりゃ望ちゃん相手だもの」
「何を言うか。相手が普賢だからこそ、ワシとて色々考えるっつーかだな…」

 喧嘩するほど仲がいい、道士コンビも一休み。夜が明けてから若ジジィの方のみ盛大に寝坊して大目玉食ったのはまた別の話ということで。

2002/02月 初出

 

 

 ●駄文な気分●

 占いを信じてない占い師と始祖のカケラの話でした。太公望と星空って似合うと思ってるので、流星雨を見る話とかも考えてたんですけど今まで書いたのはとりあえずこれだけ。
 ところで私、「星を見て運命を知るなんて無理だよなー」と思っていますが、天体観測を物理学的見地から行うと最終的にはその惑星上の生態系の進化予測くらいまでなら立てられそうな気がします。頑張れ普賢さん。

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