お料理バンザイ? (2/3)
味付けは、まずはレシピに忠実に。具材の切り方はなるべく均等になるが吉!
調理方法、基本は焼く・煮る・炒める・蒸す・揚げる。火を制した者が中華を極めるぅッ!!
―――というわけで。
「生で食べる物以外は大概火を使うからな。火加減さえ憶えれば食べられない物になることはそうそうない。慣れぬうちはそれだけ気を付けるのじゃな」
食材に関する基本知識は教える必要の無かった公主、それだけ言うと早速実習を開始した。普段は広い厨房が、今日は狭く感じる騒々しい昼下がり。竜吉公主が直々に選んだエプロンは太公望にはフリフリな物、普賢にはレース過多。いや華やか華やか、女三人の洞府にすっかり溶け込んじゃってますね!―――ホントは地味な物もあったらしいがそこの辺りは言わぬが花だ。
そういった些末はともかくとして、そのチャレンジの結果は如何に?
普賢_:外見上等・中だけ半生。
太公望:表面真っ黒・妙に硬そう。
ちょっと遅いおやつは怪しい出来具合のホットケーキなのでした。
もう一度焼き直す普賢の横でガシガシと少々苦い失敗作をかじる太公望。よくある“初めての台所”といった感じで微笑ましい光景。……しかし微笑ましいで済まない奴も混じっていたりするのだった。そう、残りの二人の道士に視線を移してみると……。
赤雲_:パンダの顔。手慣れたもんだね。
碧雲_:塩煎餅。
あれ?
「なぁ、碧雲。それは何なんだ?」
「…ホットケーキです」
「あー、気にしないで下さいな。碧雲ってばいつものことですから」
「いつものこと?」
「はいぃ…………」
自分のことで精一杯だったのであんまり見ていなかったのだが、同じ材料を同じようにかき混ぜて同じように焼いていたはずなのだ。でも出来上がりの見た目はどことなく塩煎餅。一種天才かも知れない。
「まぁ俺よりはマシだろう、形はともかくちゃんと焼けているみたいだし。そうだ、ちょいと味見させてくれ」
「あん、ちょっと太公望様やめた方が…!」
赤雲ちゃんの制止は遅かった。
パリッサクッと焼けた表面に閉じ込められたレアーな中身は絶妙な甘じょっぱさ。ほのかに香る香辛料は素材の持ち味を最大限に引き出している―――マイナス方向に。
ついでに言うと見えない裏ッ側は太公望の物以上の真っ黒さであった。
「ナンじゃこりゃあ〜〜っ!?」
口から食べたモン垂れ流しながら叫ぶのはやめようね、汚いから。…そ〜ゆ〜味だったんだけど。
竜吉公主は物作りが趣味。洋服を作ったり、壁飾りを作ったり、料理やお菓子を作ったり。碧雲&赤雲はお手伝いはするけど趣味の邪魔はしたくないので毎日の御飯の支度は割と公主に任せっきりだ。それが災いしたんだろうか。碧雲ちゃんは料理の鉄人だった。ただし罰ゲーム系びっくり料理なジャンルにおいて。
言ってしまえば有り得ない味。つまるところは、非常に不味い。
「すまなかったのう、太公望……言っておくべきじゃった。最近は折を見て教えておるのじゃが、どうにも上達しなくてのう」
「気にしないで、公主。勝手に食べたのは望ちゃんだし」
「まあ、そうだがな。―――う゛〜、まだ胸がむかむかするぅ」
ショックを受けた碧雲ちゃんはひょろひょろ自室に戻ってしまい、赤雲ちゃんは妹分の付き添いだ。残りの三人は厨房の片づけ。
「けど、碧雲ちゃん大丈夫かな。望ちゃんも悪気があった訳じゃないけど、あれはねぇ…」
「うぅっ」
テーブルに飛び散ったホットケーキ?の残骸をふき取りながらため息混じりに言う普賢。さすがに悪かったかな〜っと内心思っていた太公望の良心にサックリ直撃だ。
「大丈夫じゃ、太公望。あれは私がとりなしておく。気にするでないよ」
「そうだね、赤雲ちゃんもついてるし。しばらくそっとしておいてあげた方が良いかもしれないし」
「………うぬぅ」
◆
晩御飯の時分には碧雲も何とか立ち直り、食堂は和やかな雰囲気で満たされた。公主の作った夕食は絶品で、特に碧雲の好きな品揃えだったのも良かったのかもしれない。その後はせっかく泊まりがけの客がいてそれも外見は子供×2、ということでゲーム大会に突入。神経衰弱で勝ちまくった太公望はババぬきで運を頼りの赤雲に負け続け、太公望と碧雲はちょっとぎこちなかったけど場はそれなりに盛り上がったのだった。
さて、遊んだ後はお片づけだ。ところでこの洞府、物を作るのはもっぱら竜吉公主だが片づけは当番制になっている。本日は碧雲と、そして客人とはいえ修行の名目でやって来た二人の内ジャンケンに負けた太公望(普賢は翌朝の当番になった)。
和解のチャンスだね、太公望!
「あ〜、碧雲。その、先刻はちょっと悪かった。別にけなすつもりじゃなかったんだが」
「……わかってますよ」
かちゃかちゃ皿を洗いながら苦笑いする碧雲。別に彼女自身味音痴な訳ではないので、自分の作った料理がおいしくないのは知っている。だからこそ努力しているんだけど、今のところ実っていないというだけで。
「すいません、太公望さまっ」
「うおっ!? だわわわぁったったぁ!」
皿を布巾で拭きながら、黙ってしまった碧雲をうかがっていた太公望、急に振り向いた彼女とバッチリ視線があって思わず皿を取り落としかける羽目に。突然始まるタコ踊りのてっぺんで逃げ続ける皿を捕まえたのは碧雲ちゃん。クスクス笑いながら皿を渡してくれる彼女に少し安心した太公望だったがそいつはちょっぴり早かった。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど…」
「おう、なんだ。俺に答えられることなら何でも答えるぞっ!」
「えーっとですね……男の方からしたら、料理の出来ない女って……どうなんでしょう」
もじもじしながらほんのり赤くなる碧雲に、太公望ビシリと固まる。それって恋愛相談?マジ?オンナゴコロなんて知らないぞ?オトコゴコロだって知るもんかい!あー、でも、うん、ここは正直に思ったままを言うしかない、そうだな、よしっ。内心の動揺と気合いは隠し、のほほ〜んと答える太公望。微妙に声が固いのはご愛敬。
「メシなんて、最低限食える物であれば、構わないような気が、するがなぁ」
「そういう人ばかりなら良いんですけど。その、あの方って、何もかも完璧なんです。多分料理もお出来になるんじゃないかと……」
「ほうほう、それなら相手に作って貰えばいいではないか! 男女同権、役割交代も良いと思うし? それに『いい男』だの『いい女』だのっつーのは、色々種類があるんではないかい?」
「でも私、公主さまのような女性になりたいんですっ」
「そりゃまた大変な…あ、いやいや。ふぅん、しかしおぬし、何を持って公主のような、と言うんだ?」
竜吉公主のような女性。それはほとんど世の女性の理想像といった意味合いなのだろう。碧雲は彼女を本当に尊敬しているし、憧れているようだから。だけど…。
「ま、美人だとか、優雅だとか、教養やら実力、生まれがちょっと特殊なんてーのが一般的な見解だとは思うけど、な。あいつはそれを無理に身につけたわけでは無いんじゃないか?」
「あ……」
「公主の立ち居振る舞いは自然体だからこそ人を惹きつけるんだと思うぞ。努力することは良いことだけど、無理矢理行おうとせんでも良いだろう。“あの方”とやらの好みが公主であるとは限らんし。ほれ、こういう言い方は何だが、健康的っつーのも一つの魅力だし? おぬし、そもそも気だては良いし顔も良いのだから料理下手も可愛げってことで押し通しとけ!」
◆
「随分と誉めてくれたことじゃな」
自室に戻る碧雲と笑って別れられた太公望の背後から声が降ってくる。いつからいたのかはともかく気が付いてはいた太公望、ふふんと笑って竜吉公主に答えた。
「そう聞こえたか? ま、おぬしの自然体っつーのは要するに年輪が醸し出す物だし。俺たちのよーに若い者が無理に真似できる物じゃない、ああでも言っておかんと仕方ないだろ」
「かたじけない、太公望。うちの弟子のカウンセリングをさせてしまったようで」
「きっかけを持ち込んだのは俺たちだからなぁ。しっかし、正直言って恋愛事は専門外!後の事ぁ、知らんぞ」
「ふふふ、心得た。しかし、おぬし今まで誰かを好きになった事はないのか?」
「ノーコメントだ!」
用意された寝室へとずかずか去ってゆく彼を見送ると、竜吉公主は厨房の反対側のとびらへと向かった。しかし引き手には手をかけず、声をかけた。
「結構気になるところだと思うのじゃがのう。おぬしもそう思うのではないか?」
とびらは答えない。代わりに答えたのはとびらを開いて現れた人物。
「あなたも思ってたより面白い人だったんだね、公主」
本日のお片づけ当番を小細工して太公望に押しつけた片割れ、普賢だった。もちろんつい先刻まではもう一人の片割れ、赤雲ちゃんもいたのである。ヒマ人の多い洞府。
「まさか公主が盗み聞きしてるなんて思わなかったなぁ。やっぱり心配だったんだ?碧雲ちゃんのこと」
「それはもちろんじゃ。少々はしたない行為ではあったが―――それに私とて恋愛は専門外でな。悪いが太公望にまかせて良かったよ」
少しばかり寂しそうに笑う公主以外には周知の事実―――彼女は非常に大変おそろしくもてる。しかしその反面、―――これはあまり知られていない事実なのだが―――告白されたことは実はないのだ。
美人薄命を地でいく彼女。その特殊な出自から来る先天的な体の弱さとその代わりに画得した実力。『絶世の』と頭に付くくらいのその美貌と、気高くそれでいて清楚な雰囲気。太公望も挙げていたそれら彼女を形作る要素はどことなく近付きがたい空気を醸し出すのである。周囲の仙道達が彼女を特別視or神聖視するのに充分なくらいに。太公望みたいにそういった物をまるで気にしない人間は、仙道にあってすら実は珍しいのだ。こうして会ってみると古風な語り口に違わず、おっとりとした優しい女性で、結構話しやすい人なのだが。
(公主も見た目で損してるんだなぁ)
そんなことを考える普賢も外見で与し易しと見られがちだ。もっとも彼はそれを自覚していて、ある程度は利用している面もあるから損しているとばかりも言えないが。
竜吉公主は崑崙の教主である元始天尊とほぼ対等に付き合えるほどの大仙であるというのに、その辺どうやらわかっていない。天然ボケぎみでちょっと可愛いかも? …ただ、それも周囲との人付き合いの無さから来ている物だろうから、少し気の毒かも知れない。
彼女が付き合っている人達といったら冗談ではなくここ十数年限定では二人の弟子と元始天尊、それに普賢&太公望のコンビくらいのものなのだ。後はせいぜい文通で。
だから、彼女はこの二人のことは結構気にしていたし、今はそれなりに信頼している。
「あれは無神経なことも言うが、人を思いやるということを知っておる。あれで碧雲も少しは思い詰めなくなるじゃろう」
「……あの、公主。ちょっと聞いていい?」
「ん? なんじゃ」
「まさかとは思うけど、“あの方”っていうの望ちゃんのコトじゃないよね?」
「は? ―――クッ、クックック」
この盗み聞き絶好ポイントに普賢を連れてきたのは赤雲ちゃんだったのだが、その辺のことは教えてくれなかったので。碧雲の言う相手の人物像と太公望はかけ離れているが、本人を前に誤魔化したという可能性もあるかもしれないし。
聞かれた内容に一瞬きょとんとした公主だったが、普賢が自分の言葉を深読みしすぎたのだと気付くとつい吹き出してしまった。これだからこの二人は面白い!
「ちょっとちょっと公主〜?」
「ああ、すまない。私もそれが誰かは教えてもらっていないのじゃが、おぬしらより古株の道士らしい。安心するがよい。…ぷぷ」
「一人で納得しないでよね、もう。―――それじゃ僕もう寝るよ。おやすみなさい!」
「おやすみ、普賢」
しかし寝室は同じ方向だったりする。
二人は薄暗い廊下を無言でほてほて歩き、先に普賢の客室前についた。改めて就寝の挨拶をしようと立ち止まった竜吉公主に普賢ももう一度挨拶し、とびらを閉めようとして
「あぁそうだ、公主。……望ちゃんは恋したことってないと思うよ。人を愛することは充分知ってる人だけど、ね」
にっこり笑った顔はとびらの向こうに消えた。
「そうじゃな。私もそう思うよ」
答える者のもういない廊下で彼女はつぶやいた。
太公望は愛を知っている。でもきっと恋は知らない。そう思うのは、もう千年以上生きた身ではあるが自分もまだ恋をしたことがないからだ。
でもそれを寂しいことだと思っているし、碧雲を見ていると羨ましいと思うこともある。恋はいいものだ。
「太公望も恋が出来るようになるとよいな」
とても優しい表情で、もう一度つぶやいた。