お料理バンザイ? (1/3)
今日は、お休みの日。
その厨房は最近弟子の一人の縄張りと化していたりするが、もともとは彼女の物。必要なときにはたちまち彼女の城になる。それは例えばちょっとした薬を調合するときだとか、趣味のお菓子作りをするときに。
砂糖や塩、香辛料の入った壺の数々。広い台の上には大きなボウルが幾つかと、攪拌機やヘラ。オーブンにはすでに火を入れて予熱をとっている。計量した小麦粉・バター・無精卵。それから今回はあらかじめ酒に漬け込んでおいたドライフルーツ。用意する物は出そろった―――いつもより多めに。
「今回は豊作でしたもんね〜♪。でもでもぉ、あんまり食べ過ぎちゃうとダイエットの必要が〜♪」
「どうしてそう食い意地が張ってるのよ、も〜っ。…そうだ、私も手伝いますよ!」
「え、大丈夫なのアンタ」
「大丈夫ですー。いつまでもあの頃の私のままだと思わないでください〜」
「んもう、つまみ食い目的なら閉め出しちゃうわよ?」
「それはあなたでしょっ!」
彼女の弟子達は相も変わらず仲良く騒々しい。その騒々しさをむしろ気に入っている彼女はしかし、二人の会話にちょっとばかり涼しい返答を返した。
「うむ、では手伝ってもらうとしようかの。しかし、私たちが食べる分はいつも通りの分量じゃぞ?」
「えぇ〜〜っ!? そんなぁぁあ」
弟子達のうち姉貴分に当たる少女はダイエットの心配なんぞしていたくせに非常に正直な感想を反射的に返していた。なにしろ師匠は料理の達人、その彼女が作る究極至高のデザートを充分以上に楽しめると思ったのにぃ〜!?
一方妹分の方は気分的には同様だったのだが、まだ多少は冷静だった。
「あぁ、もしかして誰かに差し上げるんですか?」
「いや、誰にというわけではないのだが…。しかし近い内に客が来るはずなのでな。楽しみにしていたところ悪いが我慢してやってくれ」
「そうなんですか…じゃ〜仕方ないですねっ」
「そうよね、楽しみはまだまだありますもん。柿の羊羹…パンプキンパイ…そうだ、葡萄酒も仕込まなくっちゃ」
気分を切り替えた途端数々のデザートを思い浮かべうっとりする弟子達に微笑むと、彼女は手元の作業を再開した。彼女の楽しみは食べることより作ること。そして、誰かに食べてもらって喜ばれること。
思いながら彼女の脳裏に浮かんだ人物は、今作っている菓子をがっついていた。
多分、想像は外れない。
× × ×
崑崙の料理と言えば当然ながらもちろんやっぱり精進料理。……もっとも金鰲は必ずしも生臭禁止ではないらしいが。
ところで仙界は個人主義。自給自足の出来るだけ自活。最低限の衣食住は配給制・それ以上の物は基本的に洞府で作る決まりになっている。
育ち盛りで崑崙にやってきた太公望、成長はゆっくりになってしまいましたが、食欲は衰えず。最初のウチはおとなしかった彼も最近はだいぶん伸び伸びして参りまして。
つまり何が言いたいかといいますと。
「……メシはまだか」
「さっきお昼食べたばっかじゃない? 若年性痴呆症か…ちょっと雲中子のトコ行ってみよっか」
「俺が言ってんのはー、あれっぽっちじゃ足り〜ん!……ッつーことだっちゅうのー」
修行の合間にぼやく毎日になっていたりするわけです。ああ、ツッコミにも力が入らない〜。へばった太公望の隣で微笑む普賢の方はといえば相も変わらず。不満を持っているんだか持っていないんだか。
「燃費悪いんだねぇ、望ちゃん。今度から僕の御飯少しあげようか?」
「…お前は食わんとマズかろ。タダでさえ細っこいのにこれ以上“骨皮筋右衛門”になられちゃ、俺がジジィにどやされる」
「じゃぁ、どうするの? 言っとくけど盗み食いはダメだよ。その時はいいけど長期間続けられる物じゃないからね」
短期間なら推奨なのか、普賢よ。
「むー、そうなると自分たちで作るしかないか」
現在の所他の先輩な道士達(主に白鶴)が作る御飯を頂いている彼らだったが、自分たちで作れば多少の融通が利くのだ。
「と、ゆーわけで自主自立のための第一歩として自炊しようと思うのですが」
「よく言ったエライっ。では係りの者に申しつけておくとしよう!」
今のところまだ元始天尊の信頼分厚い普賢が適当な理由を言いに行って早速聞き届けられたその夜のこと。厨房の片隅で比較的簡単そうな料理を作ってみたりした二人だったのだが。
料理初心者は火元から離れてはいけないんですよ?
「時間は正しかったと思うんだが」
「火力が強かったんじゃないかな」
二人が作ったのは雑炊。でも雑炊は香ばしいならまだしも苦そうな香りがする物ではありません。それに普通もっと水っぽいです。
「………………黒いな」
「炭化しちゃったねぇ」
戻ってみると煙を上げていたりして。
恨めしげに鍋を眺める太公望。火にかけた後、食料庫番に珍しい果物をもらえると聞いて普賢を引っ張っていったのは自分だったりする…。
「真ん中はどうにか食べられそう、かな? じゃ、半分こしよっか」
「………すまん」
“古代中国”では珍しい南国の果物=バナナを握って謝るしかない彼だった。
植物だって生きているわけで、食材は無駄にしてはいけません。そんなわけで夕飯はそれっきりしか頂けなかった彼ら。バナナショックから立ち直った太公望は開口一番、
「これは誰かに習った方が良さそうだな!」
「燃えてるね、望ちゃん」
まだ駆け出しな時期のこと。後年ほどのグータラではなかった彼だったが、いつも一緒の普賢が感心するほどの燃えっぷり。手にしたバナナの皮をポイッとどこぞへ放り投げると(←ポイ捨てはやめれ、元始天尊様がこけるから)無意味にガッツポーズを作る。
「ふっふっふ、俺は食うことに関しちゃ妥協はしないのだ〜!」
「うーん、それじゃあ公主に頼んでみようか」
「そう言えば以前貰った菓子は絶品だった…」
この二人、竜吉公主とは年に何度か書簡届けのお使いで面識があるのだ。
それにしても最初っから自分たちの師匠に習おうという気はないらしい。どうせ習うなら優しい達人が望ましいし? ああ、コネがあるって素晴らしい。
翌日“これも修行の一環”と二人で元始天尊を言いくるめ、竜吉公主の洞府に送ってもらう二人の姿があったのだった。
◆
ところでその日竜吉公主は暇だった。
太公望や普賢より少しばかり前に入ってきた弟子・赤雲&碧雲は現在外回りの修行中。崑崙は空気が綺麗だし、水のバリヤーを張っていれば普段は浄室暮らしの彼女でも修行の監督くらい出来るのだが、今日の修行はごく簡単な薬草園の世話。
『お願いですから洞府にいらっしゃって下さいませ!!』
―――公主は洞府でお留守番なのである。
「あの子らも、私の健康を気遣ってくれるのは良いのじゃが、どうにも年寄り扱いされているようでのぅ」
二人を連れてきた元始天尊は引き留めもせずとっとと帰し、にこにこぼやきながら年若い後輩達をもてなす竜吉公主。……いい暇つぶしなんですね?
そんな彼女に料理技能獲得に燃えている太公望もすっかりくつろぎ、遠慮もせんと公主の茶菓子まで平らげた上に返した言葉は恩知らず。
「それは仕方ないだろう、実際そうなんだし?」
「ちょっ、望ちゃん!?」
「フッ、フフフ、確かに……仕方ないか!」
仙道とはいえ女性に向かってなんちゅう暴言! それまでのほほんとお茶していた普賢は慌てたが、公主は怒るどころか身体を折って笑い始めた。
竜吉公主は太公望が実は結構お気に入りだ。病弱なために気を使われがちな自分にもずばずばと言いにくいことを平気で言うところが小気味よい。それに弟子は二人とも女の子、客と言ったら元始天尊くらいな公主にとって、年若い少年である彼らがやって来ると洞府の中をつむじ風が吹いたような気分になって爽快なのだ。
「さて、料理を習いたいという事じゃったな? 動機はともかく良いことじゃ。私で良ければ喜んで教えようぞ。医食同源、食事は身体の働きに直結した物。覚えておいて損はない。元始はその辺のことは教えておらぬのか?」
「一応習いましたけど…」
「実践はしてないよなー」
別に元始天尊に料理を教えて欲しいとは思わないが、その場合、あのとことんジジィな師匠が大事にしている長〜い髭、アレをどうするのかはちょこっと見てみたい気もする太公望だった。髭の上からエプロン?それともやっぱり三つ編みなの?
多分それを知っているだろう竜吉公主は、太公望の疑問には気が付きませんでして。
「元始め、随分と手を抜いておるのじゃな。それだけおぬしらが優秀と言うことでもあろうが…」
「うんうん、わかってるじゃないか、公主」
「もー、望ちゃんってば。元始天尊様はお忙しいんですよ、公主」
「面倒臭がってんのと違うか?」
「ハハハ、その方が元始らしいかもしれんの」
「竜吉公主までそんな。……ってことはやっぱそうだったんだー」
どうやら普賢も疑っていた様子。
二人の師匠・元始天尊は本を読めば得られる知識であれば教えないし、実技にしても他の十二仙に任すことがちょくちょくある。まぁ元始天尊は忙しいことは確かなので、仕方ない……のだろう、多分、おそらく、そんな感じ。
しかし、今回のこともむしろ渡りに船と思っていた節がある。黄巾力士で二人を送りながら、『や〜、ええ天気じゃのう。今日は戻ってこんでもええぞ、ホッホッホッ』とか言っていたし。
「ふぅむ、では泊まりがけということじゃな? ではもう昼は過ぎておるし午後は簡単な物でも作って、その後は夕飯の支度の手伝いでもしてもらうかのぅ…? ではおぬし達のエプロンを用意しよう。さて、どこに仕舞ったか」
「ただいま帰りました〜! んも〜チョー最悪ですぅ、聞いて下さいよ公主さま!」
「薬草園に害虫が大量発生していまして…虫除けの香と鳥寄せの香を焚いてきたんですけど、ってヤダ、来客中でしたか? あら、太公望様に普賢様」
公主が楽しげにいそいそと立ち上がったところで丁度 赤雲&碧雲のコンビが予定より早く帰ってきた。結果、一緒に料理を習う事になったのだった。