若葉の季節。 (3/3)









 次の休みの日。
「ふ〜ん、それは災難だったね」
 師匠の黄巾力士はやっぱり壊れっちまってて、俺は修理を頼んだ太乙真人様の手伝いに来ていた。でも、手伝える事なんてほとんど無くて、結局太乙さんのお喋り相手。うう、情けねぇ…。
 しかも太乙さん、ズガガガガッとすげー音立てながら滅茶苦茶精密な回路を結構なスピードで直しつつ、その合間にこっち見ながら喋るんだ。むしろ俺って邪魔なんじゃ…。
「で、太公望は崑崙中のトイレ掃除だって? それってかなり軽いお仕置きだろうけど、まー、何日かかかるんだろうねぇ…。けど、キミその時一緒にいたのが太公望で良かったよね!」
 そりゃ、太公望と一緒じゃなかったらそもそも事故なんて起こってなかったかもだけどさ〜、と続ける太乙さんの口調は軽かったけれど、ちらりとこちらによこした目線は意外に真面目だった。
「どういう事です?」
「だって、フライトデータ見た限りじゃ、二人とも大したダメージ無いの奇跡的だよ? 大体 太公望のレベルじゃ黄巾力士の出力に見合う仙気は絶対にまかなえないんだから。最小限の力で方向をずらして、地上寸前でありったけの仙気を放出して墜落スピードを殺す……言うのは簡単だけど、あの高度でね。さすが太公望ってトコかな」
 それは手放しの賞賛だった。太乙さんはあまり威厳のある方じゃないけど、崑崙の師表十二仙の一員だ。それも宝貝の専門家。そんな、マジで?
「え……でも、師叔はゲームで三位止まりの腕だとかって言ってたっすよ!?」
「げぇむぅ? ああ、アレの事かな……って、まーそりゃそうだけどしっつれいな! 丁度いいや、今出してあるから見せたげるよ!」
 何が気に障ったのか急に憤慨し始めた太乙さんがそー言いながら出してきたのは黄巾力士っぽいデザインの(カッコ悪い)ヘルメット。えー、何スか?これ。
「これが黄巾力士シミュレーターさ! 黄巾は大きいからね、練習するのにも場所が必要だろう? でもこれさえあれば何時でも何処でもヴァーチャルで思う存分練習可能! たかがゲームと侮る無かれ! だけど暇つぶしにもなかなか楽しい一品さ♪。……ただ、黄巾力士は初心者でもある程度は操縦できるように作ったから、あんまり使う人が居ないんだけどねぇ……」
 てゆーかそういう理由じゃないんじゃねぇですか。なんかアヤしそうだもんよ、これ。
 けど、そう思った俺のジト目を太乙さんは敏感にキャッチしちまって。
「折角来てもらったんだし、キミにも楽しんでもらおうかなっ!そぉれ」
「うわ、なにするんすかって、ちょっ!?」
がぽっ。
『それでは黄巾力士シミュレータVer.3.1起動します。レディ・ゴー』


 俺は三回墜落して、内一回は爆発までさせてしまった。うげ。


「……大丈夫? 木タク」
「なんとか……」
 怪しんだりしてゴメンナサイ、太乙さん。あんたぁスゴイっす。
 確かにこのシミュレーターはゲーム仕立てになっていたけれど、実際に操縦するのと変わりないくらい超リアルだった。雷雲の中の強行突破や雲一つない空中での突風の襲来さえなきゃー、俺もこれ欲しいっすよ。
「っかしいなあ、そんな酔うほどひどい設定にはなってなかったハズなんだけど……あ。」
 急に固まる太乙さんの横からのぞき込んでみると、開かれた設定ウィンドウの『難易度』はS++。 ………それってもしかしなくても最高ランクじゃん。
「た〜い〜い〜つ〜さ〜ま〜ぁ……?」
「ご、ゴメンよ木タク。前回太公望がやってそれっきりだったからさぁ、戻しとくの忘れてたんだよ〜」
 目線を逸らしてひたすらわざとらしい笑い声をたてる太乙さんに思わず趣味の悪いヘルメットを投げつけそうになる。どれだけ人気無いんだ、このシミュレーター! ……まぁ、師叔の腕前がどれくらい凄いかってのは分かったけどさ。
「ちなみに前回っていつっすか」
「えーっと、多分十年くらい前?」
 ……ん? てことは師叔って下手すりゃブランク十年か!?
「俺、マジ命拾いだったんすね〜」
「ぇえ? 何言ってんのさ君。太公望が十年くらいで腕落ちるわけないじゃん」
 俺の安堵のため息は、そんな理由で笑い飛ばされた。…さっきからなんだか居心地が悪い。太乙さんの言う師叔と俺の知ってる師叔はどう考えても微妙に別人としか思えない。
 無意味にごそごそ座り直している俺をよそに太乙さんは中断していた作業を再開した。作業用ゴーグルを下ろしているから表情は分かりづらいけれど、口元はまだ笑ってる。
「太公望はさ、」
「―――はいっ?」
 今までこっち見ながら喋ってたのが、作業の手を止めずに急に話しかけられたもんだからちょっとビビった。裏返った俺の声に太乙さんは一瞬手を止めかけたけど、結局作業を続けながら楽しそうに喋り続ける。
「太公望はさ、あのシミュレーターの順位、初めてやった時から三位だったんだよ。そりゃーね、君が思ってるようにアレ、やりに来る人あまり居ないけどね? 一応データ取るために十二仙と他にも何人かにやってもらってたから、それなりの成績だと思うよ。最終的にはスコア結構伸ばして、四位の広成子の倍くらいいっちゃったしね〜。一位、二位の私と道徳と、もうほとんど横並びさ。けど、私たちはシミュレーター作る時点でかなりやり込んでたから、実質的には太公望が崑崙で一番操縦適正があるんじゃないかと私は思ってるよ。……だって、何年越しでもスコア落とさないんだもん」
 ホント、無駄に器用だよねー、彼。そう思わない?……って、軽ぅく聞かれても。そんな話聞かされた後じゃどう答えたらいいのか。
「ま、当の本人はあんな感じだし、例えば君の見ている太公望がニセモノってわけじゃないけどさ。多分ねぇ、みんなが思っているより太公望ってスゴイんだよ。だからどうってモンでもないんだけどね!」



 次の次の休みの日。
「はい、黄巾力士にこれつけてね」
「…何っすか、これ」
 六:四の六割の方だった次の休みの日。太乙さんが言うよーなスゴイ人にはどうしても見えないバカ食い師叔を横目で見ながら(今度こそ持ち主の監督下で練習できる!)と俺は密かに胸をなで下ろしていた。
 そう、これで黄巾力士に近付くことは当分禁止だと思っていた俺に、師匠は“いっそのことマスターしておけば後々役立つかもしれないしね”って言ってくれたんだ。
(師匠、一生付いていきやすぜ…!)
 そんな俺に、師匠は何やらべらべらした物を持って来た。渡されたのは菱形が二つくっついたような形のでかい板。表は黄色と緑に塗り分けられていて、裏は黒い…あれ、磁石かな?
 するとエクレアをもっちゃくっちゃ食ってた師叔が答えをくれた。
「おー、そいつは初心者マークだな」
「初心者まーく?」
「そうだよ、木タク。若葉マークとも言うけどね。“私は操縦が不慣れです”って意味だから、これを貼っておけばみんなの方が避けてくれるから。当分木タクが乗るときは貼っておこうね」
「うむうむ、それが無難だな」
「望ちゃんは黙っててね♪」
「…………」
 わかばまーく。……何かカッコ悪いし、そもそも俺そんなしょっちゅう黄巾力士に乗りたい訳でも、ま〜一応ないんっすけどぉ?
「ねぇ、木タク……どうしても厭、なのかなあ?」
「(…いいから黙って従っておけ! これは三回目だぞ!!)」
 背後から小さな、だけどせっぱ詰まった声で師叔が忠告をくれる。俺は師匠の言うことを三回連続で拒絶したことなんて無いけれど、太公望師叔はたまにうっかりそれをやって酷い目に遭っている、らしい。それが本当かどうかは分からないけれど、師叔のビクビクした様子は多分ウソじゃないと思うから。
「が、合点でさぁっ! 今度からはこれつけて操縦させてもらいますっ」
「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。木タクはいい子だね。このまま育ってくれれば本当に嬉しいんだけどな」
 軽く首を傾げながら綺麗に笑う師匠に、思わず更に背筋が伸びる。期待、されてるんだよな。俺。
「はい!俺、頑張りやすぜ!」
「………ダマされてお、はっ! いや、何でもないぞ!?」
「望ちゃんはちょっとこっちに来てね。じゃ、木タクはもうイイからね」
 ありがとう、そしてさようなら、師叔。なんとなく、だけど きっと当分会えないっすね…。


×  ×  ×


「そんな話も聞いたことあったっけな〜」
「兄ちゃん若ェのにもう呆けたのかよ…」
「んなこと言っても確かあん時ゃ変なウイルスにやられて酷い目に遭ったじゃないか。細かい事は覚えてないって」
「あ〜、そういやそうだったっけ」

 師叔が案外 二面性を持った人なんだってコトは、封神計画に参加して初めて知った。あの夜見た表情も気のせいなんかじゃなく、確かに師叔の一面だってようやく解ったのは、星が落ちた日。
 それが迫害されていた羌族の生まれの所為なのか、実は宇宙人だった所為なのかは俺にとっては大した意味はない。
 あの修業時代からもう、十数年経った。
 その間に起こった人間界での戦争も終わって、俺達が移住した新・仙人界は平和だ。
 今日も爆発音が響いているけれど、どうせハイテンション新婚夫婦の一方的な夫婦喧嘩か、どっかのいざこざをウチの弟が強制的に仲裁?しているかだ。
 なんのかんの言って長いこと敵同士だった二つの仙界が急に仲良しこよしになれる訳も無くって、しょっちゅうイザコザ起きてる蓬莱島。それでも『ガス抜きには丁度いいでしょう。百年もすればおさまりますよ』とか言って新教主は取り締まる気はないらしい。パトロール隊は志願制。……正直言って騒ぎは毎回デカくなるばかりなんだけど、いいのか?
 そんな毎日。
「あーあ、太公望師叔、今頃何してんだろうなっ」
「べっつにあの人のことだし、グータラしてんじゃないの?」
 金タク兄ちゃんはあんまり気にならないらしい。いつもと同じニコニコした顔でそんな事を言う。いつも笑顔って所は、普賢師匠と似ているんだけど、でも。
「まあ、そうなんだろうけどさぁ。ああ、そういやこの間聞いた話じゃ、ウチの実家でお茶してったんだってさ。……これ、ナタクに言っちゃ駄目だぜ、兄ちゃん」
「あはは、手遅れだよ、木タク。さっき俺言っちゃったもん」
「って、まさか、今響いてる爆発音、ナタクの……」
「八つ当たりなんじゃないか? 俺達自由には地上に降りられないもんなぁ」
 金タク兄ちゃん、ちょっとは考えてくれよ、こういう考えナシなところは絶対師匠とは似てない部分だよなっ。……修理にかり出される太乙さんや普賢師匠にその内菓子折でも持ってかなきゃだぜ? まぁ、こんな事があると蓬莱島で師匠に会えるから正直ちょっと嬉しいんだけどさ。…それ以外でもたま〜にこっち来てるらしいのは知ってんだけど、一度も遭ったことないんだよなぁ。
「そんじゃ〜俺はナタクを止める努力でもするか。天祥君ならナタクもちょっとは言うこと聞くし、呼んでくるとして。お前は太乙さん呼んで来いよ」
「わかった!」
 俺の駆けていく先には黄巾力士。
 最近はしょっちゅう神界との往復に使っている、ほとんど俺の専用機だ。
 もう、若葉マークなんてとっくに取れた。多分道士連中の中じゃ、俺が一番操縦上手いと思う。
 まだ師叔の操縦には敵わないんだろうけれど。

 最近神界で普賢師匠が空を見てぼんやりしてたりするのは、多分太公望師叔のことを考えているんだと思う。師叔が生きてるって聞いてからのことだしな。端から見てても仲のいい二人だったけど、(この表現が適当かどうかは知らないが)“べた惚れ”なのは結局師匠の方みたいだからなぁ。ホント、師叔ってば薄情な人だぜ。師匠だけじゃないんですぜ、あんたに会いたいの。例えば俺だってその一人なんだし。
 帰って来たら来たで、また騒動起こすんだろうけどな、あのヒト。本人がどう思ってるかは知らないけど、絶対そういうの引き寄せる体質だと俺は思う。
 でも、それも面白いかもしんないし。
 今までひどい目にも結構遭ったけど、やっぱり楽しかったから。
 それに『竜吉公主に紹介してくれる』って約束、結局果たして貰ってねぇもんな。
 俺の操縦上手くなったらお墨付き書いてくれるって言ってたのも、俺まだ憶えてるんですぜ?
 まあ、当分は腕磨いて待ってますけどね。

「黄巾力士、起動!」

2002/9月 初出

 

 

 ●駄文な気分●

 いやー、色々と捏造甚だしいですね! 木タクはこんなんじゃないだろ?とお思いの方すみません。でも私自身は書いてる時楽しかったです。主要キャラ以外と太公望が仲良しな話って好きなので。
 色々足りてない部分はなんとなく無視してくだされば幸いです。そういえば冒頭には雷震子も居たはずですが見事に影も形もありませんしね…。

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