若葉の季節。 (1/3)









 しゅご――――――っ……

「おー、速い速い。俺、黄巾力士で崑崙から外に出たのは初めてだなぁ」
「そうなの?俺は二回目。っても、前のはろくなモンじゃなかったけどな」
「…………フン」
 今時猛スピードで飛ぶ飛行物体に人影があったら、まず間違いなく仙道だ。今ここを飛んでいるのは黄巾力士。これは崑崙山脈の有名な宝貝ロボで、中枢幹部・十二仙の標準装備。ならばそれに乗る彼らは十二仙なのかといえば、そうではない。その弟子で、まだ道士だ。李家の金タク・木タク・ナタクの三兄弟。それぞれ別の十二仙に師事し、三人ともが若手道士達の中でも希代のホープ!…という事になっている。一応。
 彼らはこれから人間界で行われている戦―――後に言う殷周革命―――に加わるべく周へ行く途中なのだ。
 本来、仙道は人間界への介入は禁止されている。しかし現在進行中の戦は仙女である妲己がその発端。崑崙山が教主・元始天尊はこの際人間界にある全ての仙道を仙人界もしくは彼の作った宝貝・封神台=神界へ閉じ込めるため『封神計画』を発動。自分の一番弟子である太公望にその遂行を一任し、他の仙道達にも協力を要請した。太公望は妲己の操る殷に対抗する勢力として周を選び、現在はそこで軍師の立場にある。

「―――で、これから会う太公望師叔ってどーいう人なんだ、木タク?」
「え? 金タク兄ちゃんだって会ったことあるじゃん」
「んー、でもお前ほどよくは知らないしなあ。お前はあの人が崑崙出るまではちょくちょく会ってただろ」
 基本的に師匠(普賢真人)のオマケで、だが。
「最近会ったって言ったら俺よりナタクの方がそうじゃんか」
「お前なぁ、木タク。あのナタクがまともに返事してくれると思うか?」
“あのナタク”。借り物の黄巾力士に乗っている兄二人と違い、自前の宝貝で飛行中の彼は、崑崙を出てからこっち、ヒトッコトも喋っていない。話しかけても無視するか睨むだけ。ああ、仲良し三兄弟になれるのはいつの日か。
「…ま、それでも一応聞いたんだけどさ。『………気にくわん奴だ。いつかコロス』だってさ。我が弟ながら、素直じゃないってゆーかなんつーか♪」
「兄ちゃん……そいつはちょっと……?」
 君たちが“仲良し☆三兄弟”になれる日は、きっと来ない。
「いいから教えろって。これから俺達は太公望師叔の下で働くことになるわけだし、何かの参考になるかもしれないだろ?」
 もっともらしい事を言っているが、多分、暇つぶしに違いない。そう思いつつも木タクは素直に答えておくことにした。
「…そうだなぁ、狡賢くって狡猾でこすくって(←みんな同じ意味では?)、彼に任せておけば間違いないっ!ってくらい実は頼りになるけど、なかなかそうは見えない人。普段はどうしようもないくらいグータラで、三度のメシと、おやつとお酒と昼寝好き。人をからかうのが趣味だから、ちょっと離れたところにいるくらいが丁度いいって感じの人かな」
「そりゃぁ、誉めてないなぁ〜?」
 基本的には、一応、多分、いい人なんだと思うけど〜、と続ける木タクの目はどっかの四次元を向いている。
 しかし彼の兄もなかなかの強者で。
「まー、頼りになるってんならOKさ。んーじゃ次は…そうだな、師叔について一番印象深い思い出でも教えて貰おうかな?」
「印象深い、ねぇ……」
 脳裏を駆けめぐるこれまでの修行時代。太公望はその初期に結構頻繁に出てくるのだが……楽しい思い出もあるし、巻き添えでヒドイ目に遭ったこともあるし……色々あったのだけれど、“印象深い事”と言われてふと浮かんだのは、太公望に対して現在のようなイメージを持つきっかけになった事件。
「…おーい、木タク〜? 何かないのかー?」
「あーもう、分かった分かった! じゃあ、さっき言ってた黄巾の話! あん時師叔と一緒だったからさ」
 ホント、ロクな思い出じゃないんだけど。…だからこそ忘れないだろう。青い空と白いクモと、見知った人の知らない顔。
「確か…あの時は修行が休みの日でさ。師叔がウチの洞府に遊びに来たんだけど、普賢師匠は十二仙の仕事で出掛けてて…………」


×  ×  ×


「ほー、じゃあ木タクは一人寂しく留守番か」
「別に寂しくなんかねぇですよ!」
 今日はウチの洞府恒例の修行のない日。一応好き勝手な事していいことになっているけど、六:四の確率で太公望師叔を交えてお茶をする。でも今日は残りの四割の方。師匠は崑崙十二仙として外せない仕事があるらしくて外出中。暇つぶしにってくれた本ときたら『宝貝の基礎知識〜その成り立ちから実戦(…実践、じゃねぇんだな)まで〜』なんていう手書きのクセに辞典みたいな分厚いモンで…。理解りやすいしそれなりに面白いのは確かだけど、正直言って師叔が来てくれてほっとした……のも一瞬の事さ。
「ハッハッハ、無理しなくてもよいのだぞ? おぬしが普賢ラブ☆なのは知っておるからのー?」
「あーのでーすねー…(そりゃアンタの方と違うんかい!?)」
 初めて会った時からそうだけど、相変わらず師叔は人をからかうのが大好きだ。それは普賢師匠は男にしちゃぁやたらな美人で、時々見とれちゃったりするのは確かだけど、あくまでも『尊敬!』しているのであって、そういうんじゃあない。断じてないったら、ナイ!
「まあ怒るな、冗談ではないか。それに、ワシを追い返すと後悔するぞ? ほうれ、ココにこのよぉな物が」
 師叔の服は外からでは分からない隠しポケットがあるらしい。手品のように取り出したのは、三段重ねの蒸籠だった(こんなモンが入るという事は四次元ポケットなのか?)。
「そ、それは前回来たとき言ってた幻の飲茶セット?!」
「桃まんと〜、ゴマ団子と〜、野菜春巻きと〜♪。ついでに貰った新茶の茶葉も持参しておる〜。しかし食う奴が一人もおらんでは仕方なし。ここはまあ、わしが一人で片付けるとして……」
「いやぁ、せっかくのお客を追い返すようなことをしたら俺が師匠に怒られっちまいやすぜ! ささ、どうぞお通り下せえ!」
「おぬしも修行が進んだようだのう、木タク? ファーッハッハ!」
…誉めてくれてんだろうけど、ヒトとしては後退したような気もする、なんとなく。

 『幻の飲茶セット』ってのは、下っ端道士な俺達からしたら高嶺の花中の華、崑崙一の美仙女との誉れ高い竜吉公主が手ずから作ったという絶品飲茶セットのこと。師叔は非っ常〜に羨ましいことに竜吉公主の洞府にも出入りしているから、比較的簡単に手に入れることが出来るらしいんだ。
「あやつはあまり外に出られんから、洞府ではもっぱら物作りを趣味にしておってな。服作ったり、人形作ったり、料理作ったり、宝貝…はあんまり作っておらんようだが。菓子などは昔から時々相伴させて貰っておるのだ」
「羨ましい話っすね」
 ため息つきながらそう言ったら、ニヤニヤしながら
「何を言う。おぬしが毎日食っとるモンも味に関しては大差ないはずだぞ、普賢が料理を習ったのも大体あそこだからな」
と返してきた。……だぁから、味以外が羨ましいんですってばぁ。
「因みにわしも基礎だけは習ったが、ほとんど我流だ」
 そういや、師叔もこれで結構料理上手いんだよな、見た目悪い物ばっか作るけど。前に一回、晩飯ご馳走になった時は“モンジャヤキ”とか言うなんだかぐちゃぐちゃした物を焼いてくれた。おいしかったけど、最初見たときは食いもんだとは到底思えなかったぜ。
 そんな事をつらつら考えていたら、師叔は俺みたいな“駆け出し”にはとんでもなくラッキーな一言をつるりと口にした。
「しかし、そんなに羨ましがるんであれば連れてってやらんことも無いぞ? 今日は一日暇だし、竜吉公主は客好きだからな」
 美女・美少女ぞろいの洞府へのお誘い!? 一も二もなく飛びつきたいようなイイ話!!
 だけど。

 ニコニコとしたフツーに人のいい笑顔が、何故か俺の記憶のどっかをかきむしる。

「あ、いや、いやいやいや。今日のところは遠慮させていただきやす! つーか俺、黄巾力士は当分乗りたくないってぇか〜。前に師叔に乗っけて貰ったの、かなり怖かったっすから〜」
 師叔がここから竜吉公主の洞府に行くなら、きっと黄巾力士を使うだろうと思ってつい使った言い訳だった。後から考えたら、これが今回の俺の墓穴だった。
「あぁん?ならオヌシ自分で操縦すりゃ―――ああ、そういやまだできないんだったか」
 一応、動かし方は分かる。非常時のためにって、ここに来たばっかの頃に師匠に教えて貰った。でもそれって、玉虚宮行きの自動操縦の入力方法。なんでかってぇと、操縦自体は結構簡単なんだけどそれなりに細かい操作が必要なんで、『非常時に慣れないコトするより、一番確実なコトした方が良いからね』って師匠が、さ。自力で動かすことがあるんなら、もう少し練習してからにしたい。でもそんな俺の内心はお構いなしに何やら考え込んでいた太公望師叔は、ぱぁっと笑顔になるとこんな事を言ってくれやがったんだ。
「ぃよおし、そんならわしが操縦法を教えてやろうではないか!」
 …………はいぃ?
「何言ってんすか?! そりゃ師叔が操縦できんのは知っちゃいますよ? けど、師叔だって道士じゃないっすかぁ!」
「フッフッフ、しっか〜しワシは黄巾に関しちゃプロなのだ。これを見よ!!」
 師叔が取り出したのは一枚のカード。ゴールド金色のラインがキラリと光るそいつには『黄巾力士操縦免許・特Aライセンス』と書いてあったりしやがった。
「……師叔って本当に暇なんっすね。こんなモンまで作るたぁ……」
 黄巾って崑崙の幹部用の移動宝貝。そのライセンスをど〜して一介の道士が持ってんすか?偽造だ、偽造〜。
「これは正真正銘の本物じゃーいっ!よく見よ、ここに太乙の認め印がある。いくらワシとて、お遊びでこれまでは偽造せんわい!」
 お遊びでなければ偽造するって事かい、もしかして。
 まぁ、師叔はこんなでも一応は元始天尊様の一番弟子だし…免許くらい持っているのかもしれない。特Aライセンスってのが眉唾だけど。
「マジっすかぁ〜?」
「マジじゃ、まじ」
 どぉしても疑いをぬぐい去れない俺にもっともらしい顔でうんうんと肯く師叔。そしてたたみかけるように、
「それにおぬしとて、黄巾に乗ってはみたいのであろう? いいぞ〜、黄巾は。少々図体はデカイが、自由自在に空を駆けめぐる楽しさ」
 うーん、道士は大抵憧れますよね。
「崑崙の反対側にお使い頼まれても遠回りせんでよくってラク!」
 それは確かに魅力的、かなー。
「それに何より白鶴に頼み込まなくても地上に遊びに行けるし!!」
 …………はいぃ?!
「そんな事やってんっすかぁ、師叔は!」
「ふふふ、やっておるのだ。まぁ最近はやっちゃおらぬが…。詳しく知りたければ普賢に聞くがよい。あやつもあれでなかなかヤル奴だからのー」
 嘘だーっ、と言いたいトコだけど……本当なんだろうなぁ。だって師匠、この人と親友なんだもんなぁ。
「何じゃいおぬし急に疲れたような顔をして。―――とにかく、やるのかやらんのかハッキリせんかい」
「え〜っと〜、教えて貰えるのは嬉しんっすけど〜、出来れば師匠がいる時の方がいいかなー、なんて?」
「……そうか、それでは仕方ない。じゃー、今日は普賢はおらん訳だし、ワシは帰るとするかのー」
 やんわりと断ろうとした俺の前でくるっと向こうを向いた師叔の手の上には、“幻の飲茶セット”が乗ったまま。ひ、卑怯だ〜っ!!
「ああっ、師叔! やっぱ俺教えて欲しいっす! 黄巾は全道士の憧れっすよねーっ♪」
「ふふん、そうか。ならば一服した後で付き合ってやらぬこともないぞ」
 そう言って振り返った師叔の顔は、うちの両親が悪戯仕掛けた時に浮かべるのとそっくりな笑顔(母上については基本的にはいい人なんだけど…)。―――そうだよ、これ、先刻の表情! 何か、もしかして俺……ハメられた? やっぱり、ヤバいのか!? 後悔なんてのは昨日のうちにしておくもんだって教えてくれたのは誰だったっけ……。


 そんでも、“黄巾が全道士の憧れ”ってのは本当な訳で、俺も黄巾力士の操縦には結構興味があったりする。一応は一人で乗った事もあるんだけど、そん時の目的地は玉虚宮―――要するにオート操縦だったから、数に入んないよな。
 竜吉公主の飲茶セットは本気で絶品で、師叔の煎れてくれたこれも美味しいお茶をすすりながら次第に気分も上向きになる。正直言って前に乗っけて貰った師叔の操縦、荒っぽいもんだったから……アレなんだけど。こうなった以上はしっかり教えて貰うぜ!
「そんじゃあ師叔、お願いします!」
「よしよし、そんでは起動の仕方からだな! まず、普通はこのボタンを押す。しかし、ロックしてある場合はパスワードが必要だな。そーゆー時はこのパネルを開けて、この赤いコードをこのコネクターに繋ぐのだ」
 ふむふむ、メモしよう……って、それは違うでしょうがぁ―――っ!
「いきなり何言ってんっすかーっ!? そいつぁ非合法な気がビンビンしますぜ!!」
 普通パスワードが必要ってんならそれを入力すればいいわけじゃん、それが何でそんな手順になるんだぁ!!
「あ? ……あー、今言ったことは記憶から抹消せよ。特に元始天尊様なんぞに漏らしたりせんように。よいか?」
 冷や汗ダラダラ垂らすような発言しないで下せぇよ、まったく。

 まあ、その後は普通の起動方法に基本操作のおさらい、音声コマンドの説明にオートパイロットの入力方法、非常時のトラブルシューティング……師叔は完璧なインストラクターだった。
 ……と思う。
「―――とまぁ、ざっと説明するとこんなモンだ。何か質問あるか?」
「………すいやせん、何かもぉ、全然分かんねーです」
 だって、一つ一つは簡単かも知れないけど、ちょっとその、量が……。
「そうかそうか、分からんか。では最早実践あるのみだな。では木タクよ、乗れ」
 だからそのキラキラした笑顔やめて下せェよ…。とは言っても今更後には引けないし。ぐったり疲れた気分で操縦席によじ登る。
 黄巾力士の操縦盤は幾つかのレバーとボタンとメーターで構成されている。多分、これだけ複雑な宝貝としてはかなりシンプルな方なんだろう。単にちょっと動かすだけならレバー操作だけで済むし。でも言い換えれば、難しい動きにはそれなりの操作が必要な訳で。
 俺はメカには弱いんだ〜!!
 ホントは触りたくもねぇ、普賢師匠からも『木タクは戦士系の道士を目指すといいね』って太鼓判押されてるくらいだし!
「やっぱ勘弁して下せぇ! 黄巾力士壊すようなことになったら、俺、師匠に顔向け出来やせんよぅ〜」
「なんじゃい、ここまできて。―――しゃぁないのう、そんではワシの華麗な操縦を一度見せてやるとしようかの。まずは小手調べっつー事でな!」

 師叔はスゴかった。“ラジオ体操”から始まって、“泥棒のよーな抜き足差し足”“スキップ”“欣ちゃん走り”……終いには“ドジョウ掬い”まで踊って見せた!
「す、スゲェ!? さすがっすよ、師叔!!」
「ワーハハハハ、ざっとこんな物よ!(―――うぉわっとっとぉ!?)
 ふんぞり返って笑うのまでしっかり黄巾でやって見せる。残念ながら下で見てた俺からはやりすぎた師叔が落っこちそうになったトコは角度悪くて見えなかったけどさ。

「んじゃ、そろそろおぬしの練習といこうかの!」
「うう…やっぱやるんすかぁ…?」
 でもアレ見た後じゃやっぱ自分でもやってみたいしなぁ…っと、ついつい操縦席まで登っちまった俺にバッチンバッチンとシートベルトをやけに念入りに取り付けた太公望師叔は『初心者でもこれさえあれば問題無しだ♪』とか言いながら懐から何やらバサバサ取り出した。
 渡されたのは上上左とか、ABAB下下上とか色々ビッシリ書いてある紙。
「何すか?コレ」
「これは隠しコマンド一覧だ!」
「ちょっとちょっと、ゲームじゃねぇんですぜ?」
 苦笑いした俺に師叔は真顔で一言。
「しかし太乙の洞府でやった黄巾力士ゲームでは使えたし、大丈夫であろう?」
「―――降ぉろぉしてくれぇぇええっ!!!」

 結局俺は降りられなかった。シートベルトに鍵が付いてんのは何のためなんだろうな?
「ほれほれ、五十メートルほど先の、そう、あの四角い山まで行ったら左に曲がってだな」
「ひだりっ? えっと、今は空中だから、赤いボタン押して」
「惜しいっ、それは左斜め上! んで次はあっちの山の下を潜ってから下方十メートル」
 まだ全っ然憶えてないってのに空中に浮かぶ崑崙山脈の山々を複雑に縫って飛ばされる俺。
 ああっ、頭がグルグルするぅ〜っ!!
「師叔ッ!教えてくれるって言ってたのは嘘だったんすかぁ〜〜〜〜!?」
「ゥワハハハハ!!なぁ〜にを言っておる。これがわしの教え方!物事は体で覚えるのが一番だからの〜う!」
「嘘だぁ! 師叔はゲームで操縦を覚えたクセに〜!!」
「おや、察しが良いではないか。しかし本物があるのならそっちの方が良かろう? ほれほれ、手がお留守だ。次はあそこの隙間を抜けるぞ」
「ひ〜〜〜〜〜っっっっ」
 結局隠しコマンドとやらは必要なかったとだけは言っておく。







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