当サイトお客様ではおそらく少数派、文字好きさん方に拍手にて捧いでみた物。
【 隙間の日常 】
「太公望ぉ〜、あーそーぼーっ!」
「おう、天祥か。ちぃと待っておれ、すぐ行く」
窓の外から投げかけられる声もそれに応える声も、どちらも随分慣れた様子で、たまたま報告に来ていた僕は気が遠くなる思いだった。……戦争準備に追われる軍師が仕事をほっぽり出して子供と同レベルで遊んでいられるなんてここはどこの天国だ。
「そう いきりたつな、大人げないのう。…さっきの報告の件は将軍達の方でどうにかなる。おぬしの持っとるその書類は周公旦とこの文官に渡しておけ。午後にはおぬしの指定した要塞の建材が届くはずだから、現場監督と細かいとこを詰めておくがよい。わしの居場所を聞かれたら取り敢えずこの部屋に通せ。面子は大体想像つくからそれぞれに書き置きをしてある。急ぎの用事は武王の所に手伝いに出した武吉に言え、わしを探させたらあやつが一番早い。ではわしは行くからな」
大人げないのはどちらだ、と文句を言うより早く滔々と的確な指示を出され口ごもる。その隙に敵は窓へと歩み寄ると枠に足をかけ―――、って!
「こっちの仕事はいいですよ、でも師叔の仕事は!」
「心配するな、今日は終わりだ」
駆け寄った時にはもう窓の外。軽く上げて振った手はどちらに向けたものか。
「待たせたな、天祥。下準備はOKか?」
「えへへ〜、勿論だよっ」
「仕掛けはわしだ。期待して良いぞ」
逃げ足だけは折り紙付きの周の軍師はやたらと悪い予感をさせる言葉の端だけ残し、数十歳年下の友人と瞬く間に駆け去った。……最近物見台の望遠鏡に墨が塗ってあったり、トイレで首筋にコンニャクが落ちてきたりするというベタベタな悪戯が流行ってるって聞いたんだけど、それって。
師叔の机の上はいつもと比べればそこそこ片づいていた。普段なら一面ぐちゃぐちゃの書類とガラクタ混合の山であるところが、書類だけの山と変な形の文鎮で押さえられたメモの山になっている。メモの一番上の物に僕の名前が見えたので手に取ってみると、
『有能さを見せてみよ』
と書いてあった。
ムカつきながら書類の山にも手を伸ばしてみると、雑だがすでに処理の済んだ物だった。多分、全て。
……こういう時だけは、文句の付けようがない。
すでに一度人質を取られたことがある以上、黄家の人々は迂闊な場所には置いておきにくい。もともと武官の一族で腕に自信のある者ばかりだったこともあって、彼らは一族揃って周の戦支度に加わっている。
天然道士である天祥くんも同様なのだが、まだ年少の彼は剣の稽古に混ざる事がある程度で、基本的に暇を持て余している。四不象や武吉くんと遊んでいることが多いが、彼らもそれなりに仕事があるから―――。
たまに不安になる。こんなに優しくて、あの人は大丈夫なのだろうか。
「太公望、やってくれましたね――――っ!!」
「いかん、一時退却だ!おりゃ逃げろ―――――っ!!」
「あははははははは。ゴメンなさい〜!」
遠くから聞こえてきた声に、下がり気味だった自分の眉がつり上がるのを感じる。本来の僕からしたら有り得ないはずなのに最近たまに胃の辺りが痛くなる、その原因は。
本当にあの人は大丈夫なんだろうか。
−−−−−
◆天祥と太公望。作中にはほとんど接点が無いですが台詞の端々からすると結構仲良しだと思います。爺さんと孫のような、年の離れた兄弟のような。そんなこんなで短く一つ。
書いてみて思ったのですが“黄家と太公望”ってのもちょっと面白そうですね。
ところで天才さんは頭痛か胃痛を患っているんじゃないかと私思っているんですけど、どうですか。
2006/03/13