祭りの夜に




昨年曾祖父が亡くなってから、私には新しく大叔父が一人できた。

私の祖母の弟にあたるのだが、事情があって曾祖父の養子に入った人なので私の両親よりも若く、私からすれば少し年の離れた兄弟くらいの年齢らしい。大叔父さんと呼ぶのもはばかられるので、仕方なく名前で呼んでいる。
元々かなり遠いながらも血縁ではあったという彼は親族にもすんなりと受け入れられ、曾祖父の遺産相続でもめるようなこともなく、気が付けば私の家に下宿することになっていた。祖父母と両親が決めたことだ、私に否やはない。しかし半年が過ぎても私はこの人の存在に慣れるということがどうしてもできなかった。

「おい邑姜、近所で祭りがあるそうだな。いっしょに行かぬか」
「宿題がありますので遠慮しておきます」
「おぬしが本気を出せばそんなもの学校の休み時間にでも片付けられるだろうに。母御が浴衣を用意しておるのを知らぬ訳ではあるまい。せめて着てやるくらい良いではないか」
「―――私、は」
「ほれほれ、迷うくらいなら行こう。さあ」

手を取られて椅子から立ち上がらされるのを、振り払うことはできなかった。この人は、苦手だ。私の生活ペースとこの人の生活ペースは明らかに違うのだが、こうしてたびたびこちら側に介入してきて私の調子を狂わせる。
嫌い、と言い切ってしまえないのは彼が私の大好きだった曾祖父とどこか通じる雰囲気を持っているから、ただそれだけに過ぎない。

階下に降りると待ちかまえていた母に捕まった。大叔父は最初から母と結託していたのだろう。ヒラヒラと手を振りながら彼が姿を消すと、母は実に愉しげに私の着付けを始めた。どことなく釈然としない気持ちでそれに付き合う。
母の用意してくれた浴衣は淡い黄緑の地に蜻蛉の柄が描かれた物だった。母からようやく解放され履き慣れない草履に足を通していると、大叔父が奥の部屋から遅れてやって来た。母は彼にも浴衣を用意していたのか。黒に近い紺色の浴衣を軽く崩して着ている彼は、もしかしたら和装に慣れているのかも知れない。まるで普段からそうした格好をしているかのように似合っていた。

「ほう、馬子にも衣装と言うものだな」
「…そのお言葉、お返しします」
「ははは、怒るな。その浴衣、似合っておるよ。隣を歩くのが楽しそうだ」
「ではお母様、行って参ります。遅くならないうちに戻りますので」
「無視かい。あー、それでは娘御をお預かりします。責任持って送り届けますのでご心配なさらぬよう。して、土産は何を所望しますかな」

背後で交わされる会話は保護者同士の物で、それは何故だか私の心に波風を立たせる物だった。普段からダラダラとした生活を送るこの人はだがしかし両親からは信頼されている。両親はただ私より歳が上だと言うだけでこの人を信頼している訳ではないのだと思う。けれど私はこの人を年上だとすら思えないのに、ただ年若いと言うだけで被保護者扱いされるのは受け入れにくい物だった。



私の住む割合に古い住宅街の外れ、それよりも少し古いらしい小さな神社がこの地域の祭りの開催地だ。
この日の為に設置されたスピーカーが祭囃子や盆踊りの曲をエンドレスで流し、普段はこじんまりと薄暗い境内は色とりどりの提灯に飾られその闇と光が独特の雰囲気を醸し出している。混雑すると言うほどではないが屋台に並ぶ人々は誰も楽しそうで、どこかチクチクとしていた私の心もほんの少しほぐれたような気がした。来るつもりの無かった祭りではあったが、決してこの雰囲気自体は嫌いではないのだ。
参道の両脇に並ぶ屋台には私の興味を引く物は大して無いが、普段の生活では誰もが目に留めないそれらの物がキラキラと輝いて見えるのは理解できる。それが祭りの雰囲気というものだろう。

「邑姜邑姜、りんご飴があるぞ。おぬしも食べぬか?」
「あんなに大きな物は私には無理です。一人で挑戦なさってください」
「一人ではつまらなかろう、折角の祭りではないか。うーん、それではおぬしには杏飴で」
「…ありがとうございます」

断るタイミングが掴めずひょいと手渡されてしまった、透明な水飴の中に杏の閉じこめられたその飴は、沢山の光源を受けて煌めいている。少し見上げてみれば大叔父は私の握りこぶしより一回りは大きな真っ赤な林檎の入った飴を豪快に囓っている所だった。そう言えば、彼は甘味が好きなのだ。一度町中のケーキ店に付き合わされたことがある。あの時も今も、見るからに美味しそうに甘味を口にし、満面の笑顔を惜しげもなく振りまいていた。もう一度手元の飴に目をやると、それは先程よりも美味しそうに見えた。



境内をのんびりと一周し、その後かき氷とお好み焼きを食べた。打ち上げ花火は自宅で見ようと、お土産に頼まれたと言うたこ焼きを買って少し早めに家路につく。
元々私たちの会話は大叔父が私に話しかけてくることによって始まるものなので、彼が喋らなければ静かなものだ。普段より人通りの多い夜道を無言で歩く。間にあるのは彼が手に提げたたこ焼きの入った袋のシャラシャラという音と、小さな水音ばかりだ。
小さな水音は私の手元からするもので、街灯の下でふとその中身を確認する。透明なビニールの中で小さな赤い魚が3匹、まだ元気そうに泳いでいた。

「―――やはり生き物はまずかったかのう」
「……はい?」

その内容よりも気まずげな声に驚いて振り返る。半歩後ろにいた彼は、私の驚いた表情に気付くと苦笑した。

「もういい年なのにはしゃいで悪かった。……どうも祭りとなるとわしはいかんな。おぬしの家には池があるからとつい捕ってきてしまったが、あれだけデカい鯉どもではこいつらを入れたら食われてしまうやもしれぬ。物置にでも水槽があれば良いが、無いようなら誰ぞ知り合いにでも世話を頼むゆえ、許せ」

実際に大人ではあるのだが、彼にそんな大人びた表情をされると苛立つのは何故なのだろう。
金魚すくいをやりたいと言ったのは確かに彼で、だけど私はそれを止めなかった。一つの掬い網で小さなお椀いっぱいの金魚を掬って得意そうに笑う彼に、さすがに数を減らしてくださいと怒ったけれど、元気なものを選んで渡してくれたその時は、きっと私も笑っていた。
祭りが終われば、いつもの日常。それでも。

「水槽くらい、探せばあります。無ければ用意すればいいでしょう」
「邑姜?」
「この子達は私が頂いた物ですから、私が世話をするのが筋でしょう。違いますか、―――太公望さん」

祭りが終わっても、残る物があってもいいと思うのだ。その煌めきは一夜の夢でも、確かにそこにあったのだから。
照れたように笑うその表情も、きっと私の記憶に残る。この金魚たちを見るたびに思い出す。
明日からもこの人の存在に慣れてしまうことは無いだろう。年上だとすら思えない。毎日が苛立ちの連続だ。

この人は、苦手だ。
それでも嫌いに、なれないから。



2006/07/09

 

 

 ●駄文な気分●

 そろそろお祭り、金魚すくいな気分だなぁとか思っていたら降ってきたネタ。私の中で太邑はこんな感じのイメージです。
 

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