3/2人のお茶会 〜周の休日〜
部屋の外側に沿った形の城の廊下。室内からは切れ切れに周公旦の物らしい声と妙な音―――呻き声?のような物が聞こえてくる。
邑姜は数件の書類を運んでいるところだった。特に興味があったわけではなかったが丁度開いている戸口があったのでなんとはなしにのぞいてみる。
思った通り中にいるのは武王と周公旦だ。周公旦とて自分の仕事があるので常に武王と共にいるというわけではないが、なにぶん武王は軍の指揮はとっていたが政治にはとんと疎い。日に数度は『監視』を兼ねて教鞭をとるというわけだ。
監視―――とは言っても武王は別に逃げ出したりするわけではない。太公望が言うところによると『遊び人気質』とのことで、邑姜も言動の端々にその兆候を見てはいるが、頑張っている方だと思う。 「う゛〜〜〜………」だの「む゛〜〜……」だの「わっかんねぇ〜…」だの言いながら、書類の山の中で頭から煙り上げつつ頭をガリガリかいている。
努力する人間は嫌いじゃない。
軽く微笑むと彼女はその場を後にした。
しばし後。
「一息入れませんか」
そう言いながら邑姜が盆を持って部屋を訪れると周公旦の姿はなく、武王はつぶれる寸前だった。
「っか〜〜、生き返る〜〜!」
ぷっは〜! とか言いながらお茶を一気飲みする武王=姫発。一緒に出された肉まんを頬張るその目にはうっすら涙が浮かんでいたりする。
「うめーっ!マジウマ、生きてて良かったァ!?」
「誉め言葉もそこまで行くと白々しいですよ?」
本気なのが判る分かえって引きながらそう言う邑姜に武王はぶんぶん首を振る。
「わかってねぇなー、持って来てんのがオマエ邑姜だからじゃねーか」
「仕事は減らしませんよ?」
部屋の隅から邑姜。
「……そこまで引くことねぇのに」
「お茶なんて誰が持って来ても同じじゃありませんか」
いじける武王に呆れ顔を返す。
邑姜の茶の煎れ方はけして下手ではないがさりとて非常に上手いワケでもない。城内でその主に出そうという茶なら、自分よりよほど美味く煎れてあると思うのだが。
「だから、持ってくる奴が問題なんだよ」
渋い顔で、武王。
「そりゃまぁ、茶は美味い。一緒に付いてくる饅頭も悪くない。ケドなぁ、茶ァ飲むのにも雰囲気ってモンがあるだろうが」
「ええ、まぁ」
「しかしだな、今までンとこ俺に茶ぁ持ってくる奴ときたらその辺わかってねぇ」
「お茶を飲む雰囲気が、ですか?」
張りつめた空気をゆるめるのがお茶の役割だ。普通にしていればそう雰囲気が悪くなる物でもないと思うのだが。
「まずは周公旦な。あいつが茶ぁ持ってくんのは最・悪・だ。くつろぐよーな状況じゃなくなっちまう。そりゃ
あいつだって一息いれる気はあるんだろうが、茶飲み話にすんのが結局政治の話で、俺には全然わかんね〜ところで楽しそーに笑ってやがる。んで、どこが面白いのか聞こうとなんざすれば政治談義が止まらなくなった挙げ句終いにゃ説教だ。後に残されンのは冷めた茶とぐったりした俺ってわけだ」
「………はぁ」
目に見えるようだ。
周公旦の性格を考えれば無理も無いとも思うし、しかし正直武王も気の毒かも。
「ん〜で、次は…楊ゼンな。こいつはまー、オトコゴコロってもんをなんぼかは分かってる奴なんだけどもよ、意外といい加減っつーか何考えてんだか。目の保養させてくれんのは最高っつってもイイんだけどよー」
「目の保養?」
「あ゛? あーっ、いやいや、良い茶器使ったりとか? ホント見事なヤツ!」
実際のところは↓。
『戦争中ってのは分かってンだケドよう、最近まるっきり城下にも行けねぇ。城ン中は男ばっか!
潤いってモンがねぇ。あ〜、女ぁ〜…』
『武王、ワガママ言わないで下さいよ。僕だってそう言う意味じゃたまには外に行きたいですけど我慢してんですから』
『けっ、てめーは美形でモテモテだから余裕かもしんねーがよう。せめてお前ぇが女だったら目の保養なのに。男だもんなぁ…』
『フフン、男でも僕は充分美しいと思いますが? まぁ、美女の方がいいってんなら例えばこんな…』
ヴン…!
『ををっ、カワイーじゃん! 誰だそれ?』
『碧雲さんといって、崑崙の道士の一人ですよ。なかなか美人でしょう?』
『あぁ、中身が楊ゼンだってわかっててもやっぱ女はいいよなあ!』
『(そこまで追いつめられて…?)はいはい、じゃー お茶飲み終わったらまたはんこ押し頑張って下さいね(ホロリ)』
↑…こんな感じ。
こんな事邑姜に言ったらタダでさえ高くはない評価が更に下がってしまう。慌てて続ける。
「ま、まぁ何が善し悪しって茶菓子のほうな。珍しい菓子だったんで『ドコで買ってきたんだ?』って聞いたんだ。そしたらあいつ、自分で作ったって言うんでよ、俺は料理なんてからっきしだからスゲェって誉めたんだ。そしたら目が泳ぎやがって…」
「嘘だったんですか?」
楊ゼンはそんなことで嘘を付くような人には見えなかったが。
「いや、作ったのはウソじゃなかったんだけどな。あいつ、部分変化で茶菓子つくりやがったんだ!
んーなもん気色悪くて食えるかってーの!!」
「……………なるほど」
他人に食べさせようというのだから食べられて困る物ではないのだろうが、食べさせられる方にしてみれば本当に食べていいのか色々な意味ですごく気になる。邑姜も出来れば遠慮したい話だ。
「ま、そんな感じでどいつもこいつもロクでもねぇが、極めつけは太公望だぜ」
「太公望さんがですか?」
邑姜が太公望と一緒に過ごしたのはそう長い期間ではない。しかし、太公望がお茶を飲んだりお菓子を食べたりするのが好きだというのは良く分かった。甘い物好きの怠け者がお茶の相手で雰囲気が悪くなる?
「持って来たのに結局自分で全部平らげたりでもしたんですか、あの人」
「―――そ〜ゆ〜コトもあったな」
やっぱりだ。
「そういうコトもって事は、他にもあったわけですね。太公望さんのしそうな事というと……」
『有り余る知識でその茶葉における最上の煎れ方を追求した挙げ句時間切れ』とか、
『茶菓子の分け方で賭けでも始めたらエスカレートして大目玉』とか、
『仕事量の多さをお互い愚痴り始め、文句の矛先はもちろん周公旦。最高に盛り上がった時背後から忍び寄る影。気が付けば叱られているのは姫発一人』とか。
「……邑姜も分かってンなぁ。そ〜ゆ〜奴だよな、あいつ」
「本当に全部あったんなら武王にも反省すべき点があると思いますけど」
なまじ仲がいいからそんなことになるのだ。実際、話している武王もぶーたれた顔をしてはいるが、ハッキリ言って楽しそうだし。
「いや、まだあるんだぜ? あれは一息入れるって言っても茶じゃなかったんだけどな」
「仕事中に昼間からお酒ですか?」
やっぱり武王は……と、じと〜ん とした視線を送る邑姜に気が付かないフリをしながら一応否定すべきことは否定しておかないと。
「いや、あれは夜だったし別に厳密には仕事中だったったわけじゃないし! あのな、俺だってちっとは勉強すんの。今だってわかんねーことばっかだし。とにかく、それで昔の書を読んでたら太公望が来て…」
『めっずらし〜の〜! 明日は雪か嵐か槍でも降るか?』
『ほっとけ! 明日までにこれ読んじまわねーとまずいんだよっ』
『フムフム、一夜漬けなワケだな(ニヤリ)。いやまぁ、エライ事には変わりない。後で一息入れんか。良いモンがあるのだ…』
しばし後。
『うっしゃぁ、大成功! き〜は〜つ〜っ♪ ワシはやったぞ! 見よ、この戦利品を!』
『なんだよそのコ汚ねぇ壺は』
『聞いて驚け、こいつは周公旦の隠しておった酒だ、その名も“サンコ・ヒョウ”!』
『な、なに!? 名前は知らんがそいつはまさか……! よく無傷で持ってこれたな!』
『フ……酒は人を狂わせるのよ。と、いうわけで勝負だ姫発!』
『―――はぁ? ど〜ゆ〜脈絡でそうなるんだよ』
『驚天動地なことにお勉強なんぞしておるオヌシのために振る舞ってやろうかとも思ったが考えてみればそれはやはり甘すぎる! オヌシのことを思えばこそ、やはりここはきちんとお勉強を終わらせてから酌み交わすのが人の道。わしはここで見守っていてやるから心おきなく読書に励め』
『とか言いながらもう飲んでんじゃね〜か!? 大体それ勝負でも何でもね〜し! おい太公望、言ったことには責任持てよ、なに急に出し惜しみしてやがる』
『………いやぁ、なに。ヤツに秘蔵の酒があると聞いた今日の昼。あたりを付けた部屋に忍び込んでみれば異常なほどの警報機と罠の数々。アレを抜けこっちを潜り、もう少しと言うところで夕飯の時間に。食い終わって戻ってみればもう元通り―――いや、それ以上になっておる。呆然とするわしの背後で周公旦の奴め、怒るでなしに“フッ…”とか鼻で笑いおったのだ。フン、わしが本気になればあんなもん、ちょちょいのちょいでこのとおりだ。しかし、ま、なかなかに体力を使う羽目になったのでなぁ』
『それを俺に転嫁してんじゃね〜よ!』
『そこはそれ、早く終わらせれば良いだけのこと。オヌシならやれる! ハズだ、多分。希望的観測の元では』
『なんかボソボソ言ってやがるし!』
「……で、結局その壺ってのがもともと小さかった上に半分くらいしか入ってなかったらしくてよ。案の定全部飲まれちまった。さすがの俺も怒ったら---」
『いやー、そう怒るな♪ こんな事もあろうかと♪
わしのコレクションの一つを持って来た♪ ほうれ、銘酒“サンコ・リ”だ♪
名前も似ておるしこれで勘弁せい♪』
『くそう、この酔っぱらいジジイ〜っ。えぇい、飲んでやるぅ!』
「……美味かったけどよ、腹立ち紛れについ飲み過ぎて次の日は二日酔いだ。せっかく読んだ書の内容もろくろく思い出せねぇし、アタマ痛ぇし、旦には怒られるし。だいたい期待させといて“さんこひょー”とか言う方の酒は逃しちまったし。あ〜、返すがえすも口惜しい…」
「きっちり息抜きにはなってるじゃないですか…」
面白くない表情で呟く邑姜。
「だいたい、サンコヒョウも名高い酒ですが、サンコリをいただいたのなら恨むことはありませんよ」
「なんで?」
「私も詳しくはありませんが、確かサンコというのは酒造りで有名な“三湖”という地名で、ヒョウは表、リは裏……つまり、三湖裏というお酒はその土地でも特別な物でほとんど出回ることのない幻の酒なんです」
「……俺、それ全部飲んじまったけど」
「太公望さんなりにあなたの頑張りを認めていたということではありませんか。あの人、素直じゃないから……」
微笑む邑姜、苦笑する武王。
「お茶、もう一杯いただきますか?」
「おう、頼むわ」
とぽとぽとぽ、と湯をつぐ音が耳に優しい。
今までこの音を共に聞いていた者たちの内幾人かはこの地を去った。残った者もいるし、こうして新しく来た者もいる。
共通の知人はこの地を去ったが、必ずここに訪れるだろう。いつになるかはしらないが。
「しっかしマジで邑姜、太公望のことよく分かってるよな」
「それを言うなら、そう判断できる武王もよく分かってらっしゃるんでしょう?」
「そりゃ、付き合い長ぇーし」
「また会えると良いですね」
今生の別れではなくても、仙道の時間は人の時間とは違うから。
心は人たらんとしていた太公望の時間はどちらに傾いているのだろう。
「邑姜も会いたいんだろ?」
「武王ほどではないと思いますわ」
さて、それはどれくらいの物だろう。多分、程度の差でしかないんじゃなかろうか。
「つまり会いたいんじゃねーか」
「……まあ、少なくともスープーちゃんには」
「素直じゃないのは親戚だけあるよなー?」
「武王が素直すぎるんです!」
お茶の時間は楽しく流れる。ここにはいない人物によって。二人だけど三人のお茶会。いつか本当に三人でお茶をすることもあるだろう。それがあまり遠いことでないことを祈って。
「んじゃそろそろ残りにかかるかぁ!」
「そうですね。私も太公望さんにあなたのことを頼まれている以上、少し付き合いましょうか」
「げ、邑姜がか?」
女性であるということを差し引いてすら、邑姜の指導による仕事はきっついのであんまり気が進まない。
「どうしてもお嫌なら周公旦様をお呼びしますが」
「呼ばんでいい!
あ〜、太公望戻ってこーい……」
その願いが叶うのは数ヶ月後のことになる。
2002/10月頃
●駄文な気分●
私、太公望のカップリング(恋愛でもコンビでもOK)では普賢との組み合わせが一番好きなのですが、邑姜ちゃんとの組み合わせもほぼ同率で大好きです。なので発邑を見かけるとちょっと複雑…。いえ、発ちゃんの事自体は決して嫌いではありません。しかーし、それも太公望との組み合わせで、なのです。
所詮太公望至上主義…脇カップリングなど思いつきもしない頭脳を持った人間。そんな奴が大宝貝大会前くらいの時期の周の話を考えるとこうなる訳です。
この三人+周公旦でドタバタラブコメとかあったら読みたいなぁ…………自分で書くしかなさげな感じ?