花 〜周の休日〜
そこにはいつもなにかしら花が咲いている。
特に必要というわけではない。
例えば薬草であるとか、誰かに見せるためだとか、さらに言えば自分が花好きであるとか。
そういうことではまったくなく。
ではなぜいつも花があるのか。
…記念のようなもの、だろうか?
◆
「ほう、綺麗になったものだのう」
呟きながら彼が一歩二歩と足を進めると、踏まれた地面は以前のような固い音ではなく“サクサク”と軽い音を立てる。
いちめんの緑。
最後にそこを離れた時はちょっとした事故(?)で地面はえぐれ、大小様々ながれきと土砂が散乱していた事を思うとずいぶん変わったものである。
「しかもこれは、手を入れておるな。庭園というほどではないが」
もういちど小さくひとりごちると、彼は足下の小さな花を踏みつぶさないように軽く跳んで、そのまま消えた。
月のない夜のことだ。
「今日〜ぉも仕事、明日ぁもしっごと!おいらにゃ休みはありません〜♪」
「そんな至極当然のことを歌って何が楽しいのですか?小兄さま」
「…………楽しくねぇに決まってんだろが」
通りがかりの弟への返事は多分届かなかっただろう―――書類の山から武王=姫発が顔を上げた時には周公旦の背中はすでに遠くなっていたので。もっとも、返事の内容などすでにお見通しで聞く必要なしと判断した可能性が高いが。
王様は忙しい。特に、慣れていない王様は。
すっかり暗くなった周囲とはうって変わって、姫発の部屋は実に煌々としている。もちろん、たまりまくった仕事の山を片づけるためである。
「どこまでやっても終わらねぇ…。旦の奴、“良い加減”って言葉を知らないのかよ。そりゃな、何事も民のためってのはわかってんだが、今日はいくらなんでも多すぎ…って、こんなのまで俺がやる必要あるのかぁ?」
彼の手には“城内におけるトイレの増設についての嘆願書”がにぎられていた。
「トイレの増設か。うむ、重要な案件ではないか。以前ここにおった時もいくつか増やした方がよいのではないかと思っておったのだ。それにあれは落ち着ける空間だしのう」
寸前まで気配もなく姫発のわきから声をかけた人物は……
「ホントか、本当にそう思うのか!?それともコレは手前ェの嫌がらせなのかぁぁあ!?」
「うぉ、お落ち着けっ。ブレイク!ブレイクぅっ!!」
錯乱気味の発にがっくんがっくん揺さぶられてあっさり降参した。
「友人への挨拶に首を絞めるのがおぬしの礼儀か…」
「それを言うなら毎度毎度いきなり湧いてでるのはやめろ。心臓に悪いだろ」
“順応しとるクセに…”とかぼやいているのは太公望。平和になった周に時々遊びに来るのだが、いつも家庭内害虫のようにいきなり“いる”。そんなことができるのは彼が今となっては特別天然記念物的生物『仙道』で、『始めの人』だからなのだが…。
いじけた表情でパラパラ書類を流し読みしている姿はとうていそうは見えない。
「しっかし ちと多いなぁ、コレは。確かにおぬしがやる必要のない仕事も混じっておるのう。周公旦は何をしておるのだ?」
「別の仕事してるぜ。ちょくちょく見に来るけどな、新しい書類持ってよ」
周公旦は山を減らすのではなく、増やす係なのだった。
「ではおぬしの仕事の仕分けをしておるのは邑姜か。あやつがサボるわきゃないし、風邪でもひいたか?」
軽ぅい調子でたずねる太公望、単に思いつきを口にしただけだったが
「あぁ、そっか。そういや今日は邑姜いないんだった」
「なんと?マジであやつが風邪を?」
発の答えを聞いて彼は驚愕した(←失礼)。
「違う違う。あいつが病気するわけね〜だろ、あの自己管理の鬼が(←暴言)。今日は街の方に出てるんだよ」
邑姜は対外的には武王の秘書官ということになっている。実際やっているのも秘書の仕事だ。しかしそれに加えて姫発の王としての教育、実際に政治を取り仕切っている周公旦の補佐、羌族の頭領としての仕事も平行してやり、その他細かいことをあげればきりがない。それらの一環として気軽に出歩けない姫発や周公旦のかわりに街の視察を定期的にしているのだ。
「そんなことまでしておるのか。前々から思っておったのだがあんなにも勤勉な人間がおっていいのか……というか、あやつは人間なのか?!」
「俺たちホント肩身狭いよな〜。これが普通だと思うんだけどよ。知ってっか、あいつ一日三時間しか寝ないんだぜ! んで、起きてる時はずっと仕事」
「おう、知っとる知っとる。人のことを散々ナマケモノ呼ばわりするので計ったことがあるわ。あのバイタリティは天然道士に匹敵する物が……」
ひとしきり邑姜のことを微妙に褒めつつ愚痴ったところで、太公望はふと思い出したように言った。
「街といえば、ここに来る前に少し見てきたが。公園を作ったのだな」
「あれの管理してんのも邑姜だよ。今日も寄ったんじゃねーか」
話の流れでそう答えた発に「いや、そうではなく…」と太公望は口ごもった。
適度に刈られた芝と、ところどころに花。そしていくつかの石碑。
「あれは戦没者記念公園というところか」
「ああ…そーゆーこと。プラス“戦友を讃えて”ってな!」
バシン!
「げふぅっ!!」
「…安心しろよ、お前らの名前は載ってても、仙道だとは書いてない。もっとも俺は仙道だって人は人だと思ってっから、そんなこと気にする必要ないと思うんだがな」
「……おぬしは国のトップであろう。歴史への影響とか体面とか、ちっとは考えよ……」
“弟の一人は道士だし”と、うなずく発に背中をぶっ叩かれた太公望は少しあきれた様子で首をふる。しかし、対する返答は。
「おうよ、だから仙道って書かなかったんじゃねえか。けど、ヒトに対する恩義を忘れるようじゃ、親父に怒られちまうからな」
「ふむ、姫昌に……わしらが礼に値するかどうかはともかくとして、その考えはまぁ、正しかろう」
今は亡き周の文王は、太公望にとって今でも尊敬する人ナンバーワンなのだ。
ちなみに原始天尊は自分に(自分が?)あんまり似ているので、尊敬よりは共感を覚える相手だったりする。
「ちゃんと考えておるのなら、何も言うまい。それでは、わしはちょいと用事があるのでそろそろ帰るとしようかの」
よっこらしょと立ち上がる彼に、発は口に出しかけた言葉を飲み込んだ。歴史への影響だの、体面だの、それに恩義についてまで自分だけで考えた訳じゃないなんて、多分太公望は知っている。考えたのは周公旦と、自分と、それから。
「邑姜に会っていかないのか」
「どうせ怒られるだけだからの〜。南宮活将軍と飲む約束をしておることだし、今日のところはやめておこう。うむ、それがよい」
怒られるようなことをしているのは分かり切っているので気にしないが、ちょっと無視できないことを太公望はのたまわった。―――発もけっこう酒飲みなのだ。
「あ、なんだよそれ。南宮活と飲むぅ?! 俺は聞いてねぇぞっ」
「そりゃ言っておらんから当然だ!おぬしを連れてくわけにはいかんであろうが。そんなことをしてみろ、わしが旦に吊されるわっ!」
目をむいた発に、一瞬“しまった”という表情をした太公望だったが、すぐ開き直ると情けないことを堂々と叫ぶ。ただまぁ、大声という物はなにがしかの主張を押し通すのに確かに有効だが、よけいな人にも聞こえてしまうという特徴を持っていたりもする。
「小兄さま、どなたかいっしょにおられるので…太公望! と言うことは先刻の倉庫荒らしはっ」
「わーっはははは! ではさらばだっ!!」
どうやら周公旦を怒らせるような(つまりは邑姜も怒らせるような)ことをついさっきしでかしてきたらしい。ある程度予測していたのだろう、今度は動揺もなく馬鹿笑いすると、ヒラリと窓から逃亡した。
残されたのは悔しがる周公旦と肩すかしを食らった姫発のみ。
「おのれ太公望! 今までと手口が違うので騙されるところだった…たいした量ではないとはいえ何度も何度も性懲りもなく!」
「は、はは、あはははははは」
「笑い事ではありません小兄さま! だいたい彼はいつもいつも…」
太公望に対する愚痴を延々と聞かされながら、それでも発は笑い続けた。かくいう旦も、真剣に怒ってはいるのだがやはりどことなく楽しそうだった。
太公望の立場やらなんやらはとても複雑であることは否めないが、彼とつきあう上でそれらのことはたいした問題ではない。
問題ではないと思える相手なのだから、それでいいのだ。
一緒にいてもいなくても、彼のことを考えると楽しい。
心に花が咲くように。
「だからあいつも似合わねぇことしてんだろうな…いや、絶対似合わないとは言わねぇが…」
「太公望に泥棒はあまりにも似合っているのではないかと思いますが?」
「ははは、そりゃそうだけどよ! 太公望じゃなくて―――」
◆
そこにはいつもなにかしら花が咲いている。
特に必要というわけではない。
例えば薬草であるとか、誰かに見せるためだとか、さらに言えば自分が花好きであるとか。
たしかに種をまいたのは自分だけれど……そういうことではまったくなく。
ではなぜいつも花を咲かせているのか。
…記念のようなもの、だろうか?
“仙道を交えた戦争”の終焉の地。
ここはあの時彼を送り出した場所だった。今でも思い出すと誇らしい気持ちでいっぱいになる。
ここが公園になると決まった時、ふと思いついて花の種をまいた。
そう、ただの思いつきで、記念のようなもの。
それは心に咲く花のように。
2003/02/11
●駄文な気分●
もともと普賢と太公望の話を考えていたら何故かコレが浮かんでしまったので忘れないうちに書き上げてみたのです。久しぶりにやたら短い時間で書けました(三日〜♪)。
太公望と発の話に見せかけて実は邑姜の話だったりするのです。…到底そうは見えないと思いますがね(笑)。あぁ、邑姜ちゃんが好きだ。
しかし本命の話はどこかへ消えてしまった。どうしたもんだろう、普賢さん…。