桃花酒宴 〜周の休日/崑崙の休日〜 (2/4)









「何よアンタ暗いわね〜、ちゃんと飲んでんのぉ―――っ?」
 元・周軍メンバーはけっこう盛り上がっていて、武王がやってきた昼頃にはすでに酔っぱらいが出来上がりつつあった。
「聞太師もねー、飲みが足んなかったからぁ、この新婚美人妻がお酌してあげたのよっ。あははははは」
 ああ、それでさっきから後ろが騒がしいんだ。どんな飲ませ方したんだろう。
「ちょっと蝉玉くんっ! ほどほどにね、ねっ? ほら、向こうで君のファンだったってゆー元兵士の人たちが呼んでたよ!!」
「あら? ファンを待たせるのはやっぱりマズいわよねぇぇ。……じゃ、また後で来るからね〜、普賢真人っ」
 顔が真っ赤なわりにはしっかりした足取りで去っていく彼女の手には一升瓶が3本。コップを渡そうとしたら笑顔で断られた。ああ、なるほど。
「別にアレ一気飲みしても僕は大丈夫なんだけどね。心配ありがとう、楊ゼン」
 今回の総責任者の彼はすでに後悔しているような顔つきだった。まぁねぇ、時々爆発音がしたり、急性アルコール中毒で人がバタバタ倒れたりするような宴会の責任を取る立場なんだものね。おまけに彼、まだ素面みたいだし。
「君も少し飲んだら? このお酒僕が持ってきたんだけどオススメだよ。望ちゃんもこれ好きなんだ♪」
 差し出した杯を彼はちょっと見つめて、それから僕のとなりにどかっと腰を下ろすと受け取った。そのまま僕とは目を合わさずぐいっと一気にあおる。
「う゛っ、ゲホゴホガハッ!!」
 あ、むせた。
「な……なんですかコレっ!? 無茶苦茶度数高いじゃないですかっ!」
 甘口で飲みやすいんだけど、アルコール含有量80%近いからねぇ。
「ごめんね、楊ゼンには少しキツかったかな」
 僕も一杯飲んでそう言うと、彼は驚いたような顔をした。
「それ、水で割って飲む物じゃないんですか?」
「ぇえ? 氷くらいは入れるけど……味が薄くなっちゃうし」
「……思ってたより酒豪だったんですね」
 僕ってなんでだか酒に弱いイメージあるみたいなんだけど、何でだろう。
「僕たち原始天尊さまに鍛えられたからね。あの人もすごいお酒好きだから。泥酔拳なんて編み出すくらいだしねぇ」
 そう、原始天尊さまの直弟子は皆酒好きだ。堅物で知られる広精子やスポ−ツが生活の大半を占める道徳、外見が赤ちゃんの道行だってそう。玉鼎だってけっこういけるはずだけど、どうやら自分の弟子にはそういう授業はしなかったみたいだね。……僕も木タクにお酒を飲まそうなんてまだ思ってないけどさ。
 手酌でもう一杯、淡い桃色のお酒を杯にそそぐ。さらりと頬を風がなで、花びらが一枚、二枚、さざめく水面に散る。

「樽が足りねーぞっ! あと、カラオケ大会するから参加者は集まれ〜!」
「花が足りないのならこの僕が咲かせてあげようじゃないか!」
「や…やめろ……。趙、公…めっ」
「しっかりして下さい、聞仲さま―――っ」
「黄飛虎が来ているだとぉっ!? 飲み比べの勝負がまだついていないんだっ、とっとと出てきやがれ!」
「あ〜、南宮活将軍。武成王でしたらアナタの後ろに……」
「あはははあはあは、はははははははは」
「あーっ、もう。天祥に飲ませた奴はいったい誰さ〜!?」

「風流だね……」
「そぉですか?」
 どっと疲れた様子の楊ゼンに笑顔を返す。盛り上がってるのはいい事だし、静かに飲むのばかりが通の酒ってわけじゃないと思うよ?
「まあまあ。せっかくの無礼講なんだしいいじゃない。この面子で静かに飲めるわけないって君だって分かってたでしょ?」
「それはそうなんですけどね」
 苦笑いでも笑顔は笑顔。少しは気分もほぐれてきたかな。
「そう言えば望ちゃんもね、しんみりした酒宴よりはこういう場の方が好きなんだよ」
「………そのお酒、もう一杯頂けますか?」
「どうぞ」
 今度は用心深く口に運ぶ楊ゼン。そうだね、やっぱりせっかくのお酒だもの、おいしく飲んでもらった方がいい。
「それはね、僕と望ちゃんで作った物なんだ。僕が12仙入りする少し前だったかな……」
「師叔が作ったんですか」
「うん。ほら、豊満って仙桃があるでしょう? あれが仙桃で造ったお酒で育てるんだって聞いてね。それなら普通の仙桃も凝縮させたら似たものが作れるかもって望ちゃんが言い出して。原始天尊さまの倉の仙桃を一山持ち出して蒸留したんだよ」
「蒸留酒だったんですか。どうりで…」
「他にも仙桃のワインとかも作ったんだけどね。望ちゃんはこっちが気に入ったみたいで、原始天尊さまに没収された後もよく持ち出して飲んでたなぁ。でも原始天尊さまも気に入ったらしくて全部飲まれちゃってさ。だからもう一回作って、今度は人間界に隠したんだ。―――だから、今君も飲めるってわけ」
「?………あぁ!」
 一度、全てを失ったあの日。
「何がどう転ぶかなんて本当に分からないよね」
 良いことも、悪いことも。取るに足らないと思っていることも。
「どんなことが今日に繋がるかなんて、誰にも分からないよね。明日がどうなるかも」
 そう、例えば君はあの時、こんな日が来るとはきっと思っていなかったでしょう?
「やあ、なかなか盛況なようだな。楽しんでいるか? 楊ゼン」
「し……師匠っ!?」
 手元に視線を落としていた彼は、声を掛けられて初めて目の前の人物に気が付いたようだった。途端、みるみる表情が幼くなっていく。今日ここで会えることなんて分かっていただろうに、不意を衝かれただけでこのありさま。だけど、そんな相手が居るというのは羨ましいことだね。
「あ〜、大漁たいりょう!! 金鰲の宝貝もどっさりさ! みんなありがと〜! さぁ飲も―――っ!!」
 そんな2人の後ろでは、急激に増えた神たちが宴会場に三々五々と散っていく。玉鼎を含め、崑崙跡地に行ったばかりに太乙の人海戦術にかり出された人たちだ。
 神の割合が増えてきたけど、フツーの人から見たらやっぱり空中にお酒が消えてゆくように見えるんだろうなぁ。それなのにパニックが起きないのは、予備知識があるっていうより全員酔っぱらいだからなのかも……。どうしようもない事を考えているとひとしきり弟子の頭をなでて満足したらしい玉鼎に声をかけられた。
「どれ、私にも一杯頂けるか。太乙に聞いたが、それが太公望の『桃花』なのだろう? 良い香りだ」
「ふげ〜ん、私にも一杯! 作るの手伝ったのにそれっきりってのはひどいよ〜っ」
「はいはい、でも悪いけどみんなには内緒にしてね。すぐなくなっちゃうからさ」
 ひらひら手を振りながら杯を大事そうに持って去っていく太乙には目もくれず、楊ゼンは間近に佇む玉鼎が杯をゆっくり干すのをぼーっと見つめていた。そういえば彼、教主になってから忙しいという理由で、一度も神界に足を運んだ事がない(書簡はしょっちゅう届くけど)。
「どうした、楊ゼン?」
 だけどその辺の微妙な心理には疎いんだよね玉鼎は。そこがいいところでもあるんだけど。
「いっ、いえ。久しぶりなので、つい…。お変わり無いようでなによりです。お、お元気でしたか?」
「はは、何を言っているんだ。いつも手紙でやりとりしているじゃないか。ああ、そういえばこの前通天教主さまにお会いしたが、お前のことを気にかけておられたぞ。忙しいのは分かるが、一度会いに行って差し上げた方がいいのではないか?」
「それは……」
 基本的に個人主義で、何年も顔を合わせなくても当たり前の仙人界だけど、この一年、神界には結構出入りがあった。みんな一回来ると気は済むみたいでそれっきりの人が多いけれど……逆に言えば一回は誰かに会いに来るんだよ。原始天尊さまもこっちにいるし、今のところ一度も顔を出していないのって崑崙では楊ゼンくらいだと思う。
「もちろん、どうしても会いたければこちらから出向けばいいのだが、な。私たちはいわば過去の者だ。新しい仙人界に顔を出すのは何となく気が引けてな」
 神界の居心地がいいというのもあるのだが、と言って玉鼎は笑った。
 燃燈道人ほどの人が500年をかけて作ったというだけあって、神界はかなり良くできた世界だ。そのうえ空間宝貝の技術も使われているらしく、見た目よりかなり広い。金鰲島と崑崙山を合わせても余裕があるだろう。今の神の数からしたら広すぎるくらいだ。今のところ出身別に住み分けているから新仙人界のようなイザコザもほとんど無いし。……これは今後変えて行かなきゃならないと思っているんだけどね。
 それはともかく。楊ゼンがいつまでも口ごもってるお陰で何やら雲行きが怪しくなってきた。
「まさか、とは思うが、お前……。今でもお父上を恨んでいるのかい?」
「いいえっ、そんなことはありません! それはもうケリをつけたことです。ただ……」
 二人とも、せっかくの宴会に暗い空気振りまくのはやめてくれないかなぁ、まったくもう。
「楊ゼンは王天君がいるから神界に来たくないんでしょ? 3人いたっていう内の2人分、神界にいるものね」
 本当はそれだけじゃないみたいだけど、理由としてはこっちの方が大きそうだし。
「そうなのか、楊ゼン」
 ねぇ、どうしてそこでびっくりするの玉鼎。いきさつは身をもって知っているでしょうに。
「………………師匠は、」
「うん?」
「師匠は、あんな殺され方をして、王天君が憎くないんですか! どうしてそんなに平静でいられるんです!? 確かに今こうして僕は師匠に会うことができますけど、それであいつのやったことが消えるわけじゃないじゃないですかっ。武成王や天化くんも……今だって僕はできることならあいつを六魂幡で消し去ってやりたいのに……」
 ようやく重い口を開いた楊ゼンは、それまでの鬱屈が爆発したらしい。その激しい口調に思わず玉鼎と顔を見合わせる。一応、楊ゼンも王天君の事情は一通り知っているはずなんだけど……。やっぱり王天君のいちばんの被害者だから、根は深い。
「太公望師叔と同一人物で融合までしてしまったのも腹が立ちますが、それが2人もいるんですよ? 出会う確率も二倍! 本当に失礼だとは思いますが、僕は神界には足を踏み入れたくないんです」
「あー、しかしだな、楊ゼン。そう思うならなおさら一回神界に来てみるべきだと思うぞ」
 普通にそう言ったらきっと反発されてたと思うんだけど、このセリフを言ったときの玉鼎はあさっての方を見ながら微妙に引きつった笑みを浮かべていた。
「――どういう意味ですか?」
「あのね。君の言う通り神界には確かに王天君がいるけど、彼ら来るなり融合しちゃったから今は1人しかいなんだ。おまけになんて言うかこう……」
「毒気が抜けてしまったとでも言うのか。言動はあまり変わらないが、今は完全に無害だな。お前が来たら、もしかしたら謝るくらいはするかもしれん」
「はぁーっ、本当ですか…?」
 うさんくさそーな顔をするけど、本当なんだよねぇ、これが。
 ただ、多分楊ゼンが直接王天君に会うことは二度とないと思うけれど。
 今日出てくるとき『彼によろしく』って言ったら、笑ってたから。







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